著作権重要判例要旨[トップに戻る]







伝記的作品の翻案性(4)
「ドキュメンタリー『卡子 出口なき大地』等vs.小説『大地の子』事件」
平成130326日東京地方裁判所(平成9()442 

 著作者は、著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する(著作権法27条)。右翻案とは、ある作品に接したときに、先行著作物における創作性を有する本質的な特徴部分が共通であることにより、先行著作物の創作性を有する本質的な特徴部分を直接感得させるような作品を制作(創作)する行為をいう。したがって、ある作品が先行著作物に関する翻案権の範囲内に含まれる否かは、①先行著作物における主題の設定、具体的な表現上の特徴、作品の性格、②当該作品における主題の設定、具体的な表現上の特徴、作品の性格、③両者間における、ストーリー展開、背景及び場面の設定、人物設定、描写方法の同一性ないし類似性の程度、類似性を有する部分の分量等を総合勘案して判断するのが相当である。
 
各対照表において、原告が指摘する部分の翻案権侵害の有無については、以下二ないし五において個別具体的に検討するが、総論的な点を簡潔に述べておく。
 
第一に、原告各著作物は、概要、昭和23年(1948年)、国民党軍の支配下にあった長春は、中国共産党軍(八路軍)が包囲して兵糧攻めにしたため、市民の多くが飢餓状態に陥ったこと、原告は、当時七歳であったが、長春を脱出する際に国民党軍と八路軍の間に設けられた「卡子」(チャーズ)において脱出を許されるまでの数日間凄惨な状況の中に置かれたこと、家族らは、かろうじて脱出を果たしたが、原告は、その後、栄養失調の上、結核菌に冒されたことなど戦争下での苛酷な体験を基礎に、歴史的な事実として(フィクションを交えないドキュメンタリーとして)、著作されたものである(詳細は後記認定のとおりである。なお、原告各著作物については、原告の父親に対する鎮魂、敬愛追慕の情などが執筆の動機の一つである等の特別の事情も存在する。)。このようなノンフィクションの性格を有する著作物において、歴史的な事実に関する記述部分について、文章、文体、用字用語等の上で工夫された創作的な表現形式をそのまま利用することはさておき、記述された歴史的な事実を、創作的な表現形式を変えた上、素材として利用することについてまで、著作者が独占できる(他者の利用を排除することができる。)と解するのは妥当とはいえない
 
第二に、被告小説は、日中の歴史を背景に、戦争によって捨てられた子どもである戦争孤児(いわゆる中国残留孤児)を主人公として、孤児と中国養父母との心の交流を軸として、戦火の中でも失われなかった人類愛を描こうとした大河小説である。一般に、作家は、小説を執筆するに当たって、読者に対し、最も効果的に、テーマを伝え、感動を与えることができるよう、ドラマチックなストーリー展開を案出し、各種の登場人物を創出し、人物の性格、思想、行動、人間関係等を設定するなど、知識、経験及び創造力を尽くし、創作的な工夫を凝らして、作品を完成させるものであるといえる。このように創造力を駆使して執筆される小説の性格に照らすならば、例えば、歴史的事実、日常的な事実等を描くような場合に、他者の先行著作物で記述された事実と内容において共通する事実を取り上げたとしても、その事実を、いわば基礎的な素材として、換骨奪胎して利用することは、ある程度広く許容されるものと解するのが妥当である。
 
そこで、このような観点を踏まえた上で、両者間における、ストーリー展開、背景及び場面の設定、人物設定、描写方法等の類似性の有無、程度を総合勘案して判断することにする。
 
(略)
 以上のとおり、「卡子 出口なき大地」と被告小説とは、原告及び主人公が、脱出行の過程で卡子に入り、卡子内の惨状に直面し過酷な体験をするが、ようやく卡子から脱出するという大まかな筋において、共通又は類似するが、当時長春に残った者が長春包囲の下での惨状に直面し、脱出行の過程で卡子に入り、過酷な体験をするということは、体験者に共通したいわば一つの歴史的事実ともいうべきもので、その歴史的事実に沿った範囲内で基本的あらすじが類似しているからといって、そのことだけで、「卡子 出口なき大地」の創作性を有する本質的特徴部分を感得するほどに共通していると解することはできない。かえって、「卡子 出口なき大地」と被告小説とは、前記記載したとおりの、ストーリー展開、背景及び場面の設定、人物設定、描写方法等の相違点があることを総合勘案すると、被告小説中の該当部分は、「卡子 出口なき大地」中の該当部分を翻案したものということはできない。











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