著作権重要判例要旨[トップに戻る]







写真に依拠した水彩画の翻案性が問題となった事例
「京都祇園祭写真の著作権等侵害事件」
平成200313日東京地方裁判所(平成19()1126 

 本件水彩画の制作は,本件写真の翻案権を侵害するか
 [本件写真の著作物性について]
 
著作権法27条に規定する著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,同法211号の規定するとおり,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13628日第一小法廷判決)。
 
本件写真は,祇園祭のイベントである神幸祭において被告八坂神社の西楼門前に4基の神輿(子供神輿を含む。)を担いだ輿丁が集まり,神官がお祓いをする直前の場面を撮影したものである。本件写真の被写体が客観的に存在する被告八坂神社の西楼門と,同じく客観的に存在しながらも時間の経過により移動していく神輿と輿丁及び見物人であり,これを写真という表現形式により映像として再現するものであること,及び,写真という表現形式の特性に照らせば,本件写真の表現上の創作性がある部分とは,構図,シャッターチャンス,撮影ポジション・アングルの選択,撮影時刻,露光時間,レンズ及びフィルムの選択等において工夫したことにより表現された映像をいうと解すべきである。すなわち,お祭りの写真のように客観的に存在する建造物及び動きのある神輿,輿丁,見物人を被写体とする場合には,客観的に存在する被写体自体を著作物として特定の者に独占させる結果となることは相当ではないものの,撮影者がとらえた,お祭りのある一瞬の風景を,上記のような構図,撮影ポジション・アングルの選択,露光時間,レンズ及びフィルムの選択等を工夫したことにより効果的な映像として再現し,これにより撮影者の思想又は感情を創作的に表現したとみ得る場合は,その写真によって表現された映像における創作的表現を保護すべきである。
 
なお,被写体自体が創作的表現になり得ると解すると,同一の撮影場所であれば,誰が撮影したとしても同一となるものを保護することを意味することになるとの反論があり得るものの,本件写真のように,撮影者が人々の動きのある神幸祭のある一瞬の風景を,上記のような構図,撮影ポジション・アングルの選択,露光時間,レンズ及びフィルムの選択等を工夫して撮影し,これを再現した,その創作的表現を保護するのであれば,特段の弊害は生じないものと解される。
 
[本件写真の具体的な創作的表現について]
 
本件写真は,被告八坂神社の境内の西楼門の正面よりやや斜めの位置で,アーケードの上に撮影ポジションをおき,子供神輿と神官の姿を明確にとらえることができるようにし,また,被写体を広角域で捉えてその遠近感を強調するために広角レンズを用いて,被告八坂神社の境内の西楼門から4基の神輿までの全体にピントが合うように奥行きを広げ,さらに,夕方6時以降の時刻であることを考慮して,ASA400のフィルムにより,1/15秒のシャッタースピードで撮影されたものである。
 
その結果,本件写真においては,神官及び4基の神輿が相当細部にわたるまで鮮明に写し出されており,とりわけ,お祓いをする神官にあっては,手に持つ榊の紙垂のなびく様子が止まって写されており,神輿にあっては,その屋根の円形模様,色彩その他の細部の装飾までもが色鮮やかに写されている。
 
このように,本件写真の創作的表現とは,被告八坂神社の境内での祇園祭の神官によるお祓いの構図を所与の前提として,祭りの象徴である神官と,これを中心として正面左右に配置された4基の黄金色の神輿を純白の法被を身に纏った担ぎ手の中で鮮明に写し出し,これにより,神官と神霊を移された神輿の威厳の下で,神輿の差し上げ(神輿の担ぎ手がこれを頭上に担ぎ上げることをいう。)の直前の厳粛な雰囲気を感得させるところにあると認められる。
 
[本件写真と本件水彩画との対比]
 本件水彩画が本件写真に依拠して制作されたことは,前記認定のとおりである。そのため,本件水彩画は,その全体の構成から細部の描写に至るまで,本件写真を基にして制作されたとみられる部分が多い。… これに対して,本件水彩画においては,神官のお祓いを見守る人々は上記のとおり薄い画線と色彩で簡略化されており,また,西楼門背後の樹木は省略されている。
 
本件水彩画においては,このようにデフォルメされている部分もあるものの,とりわけ,4基の神輿は,金色及び西楼門と同一の赤色で彩色を施され,多くの純白の法被の中で浮かび上がるがごとく,鮮明に描かれている。
 
本件水彩画のこのような創作的表現によれば,本件水彩画においては,写真とは表現形式は異なるものの,本件写真の全体の構図とその構成において同一であり,また,本件写真において鮮明に写し出された部分,すなわち,祭りの象徴である神官及びこれを中心として正面左右に配置された4基の神輿が濃い画線と鮮明な色彩で強調して描き出されているのであって,これによれば,祇園祭における神官の差し上げの直前の厳粛な雰囲気を感得させるのに十分であり,この意味で,本件水彩画の創作的表現から本件写真の表現上の本質的特徴を直接感得することができるというべきである。
 
なお,本件写真と本件水彩画では,神官の動作及び持ち物に違いが認められる。しかしながら,本件水彩画では,神官の動作を紙垂が付された棒を高く掲げる動作に修正して,神官のお祓いの動作をより強調するものであって,この意味で,厳粛な雰囲気をより増長させるものと認められる。したがって,上記の表現の相違は,本件水彩画から本件写真の表現上の本質的特徴を直接感得できるという上記認定を左右する程のものではない。
 
[結論]
 以上のとおり,本件水彩画に接する者は,その創作的表現から本件写真の表現上の本質的な特徴を直接感得することができると認められるから,本件水彩画は,本件写真を翻案したものというべきである。











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