著作権重要判例要旨[トップに戻る]







利用許諾契約の解釈-「映画化権」という表示の意味が争われた事例-
「脚本『七人の侍』映画化事件」
昭和530227日東京地方裁判所(昭和48()3464 


【コメント】本件は、映画「七人の侍」の脚本を著作し、当該脚本につき共有著作権を取得したと主張する原告らが、映画会社である被告に対して、当該映画化権を有することの確認を求めた事案です。本件では、契約上表示された「映画化権」という用語が「物権的な」排他権の意味で使われたのか、それとも「債権的な」利用権の意味で使われたのかが主な争点として争われました。

 
なお、本判決文には、当時の日本映画界における脚本家と映画会社の関係の一端をうかがい知ることができ、現在の映画関係者の参考になると思われる部分がありますので、当事者の主張部分(被告側の「抗弁」と原告側の「抗弁に対する認否」)の一部について、次に掲載します。

◆被告側の「抗弁」

 
ところで、右各契約においていわゆる映画化権とは、著作権者の許諾に基づく単なる債権的な利用権ではなくして著作権の一支分権である物権的な権利を意味する。
 
原告らは、当時、映画の脚本家が映画会社に対して、その著作にかかる脚本につき、映画化の権限を付与する場合は、一般に、一回限りの利用許諾をするにすぎず、かつ、その製作期間は1年半とする商慣習があつたと主張する。しかし、脚本の物権的映面化権は映画会社に帰属するとする契約が通常であり、原告ら主張のような慣習は存在しなかつた。原告らは、わが国の映画会社が資力に乏しく、そのためにこのような商慣習が成立したというが、被告は、昭和28年に、原告らに対し合計金100万円の脚本料を支払っており、この金額は当時の貨幣価値からみて極めて高額なものであつて、原告らの主張は、その前提においてすでに誤っている。また、原告らは、利用許諾を得た映画会社による映画化が遅れた場合、脚本家はその脚本を他に利用させる機会を失うことになるので、製作期間は許諾後1年半に限ることになったとも主張する。しかし、フリーの脚本家で、未だ脚本料の支払いも受けていないというような場合ならばともかく、本件のように、映画会社の企画と指示に従い、かつ、その会社が映画製作することを予定して、脚本が執筆され、しかも前述のように、多額の脚本料が支払われているような場合に、原告らが主張するような商慣習が成立する余地はない。のみならず原告らと被告との間にも原告ら主張のような取引慣行は成立していない。

◆原告側の「抗弁に対する認否」

 
原告らが、被告との間の契約において、本件脚本につき、もし、いわゆる映画化権を譲渡するという表現を用いたことがあったとしても、右表現は、物権的映画化権の譲渡を意味するものではない。けだし、当時、映画の脚本家が映画会社に対して、その著作にかかる脚本につき、映画化の権限を付与する場合は、一般に、一回限りの利用許諾をするにすぎず、かつ、その製作期間は1年半とする商慣習が存在し、原告らと被告との間の契約も、かかる商慣習にしたがつて解釈されるべきだからである。すなわち、東宝、東映、大映等の映画会社と日本シナリオ作家協会との間において、昭和223年ころ、「米国においては、映画会社が脚本家から脚本著作権をその映画化権とともに譲り受け、数次の映画化を行う慣習があるが、わが国では、映画会社の資本力をもってしては、脚本家に対し満足すべき対価を支払うことができないから、映画会社が映画化できるのは最初の一本だけとし、二本目からは別に契約することとし、また映画化が遅れた場合は、脚本家が当該脚本を他に利用させる機会を失うことになるので、許諾後1年半経過すれば、映画化する権利が消滅する。」という協議が成立し、その後それが慣習として行なわれてきたのである。かりに、各映画会社と日本シナリオ作家協会との間に、右のような慣習が存在しなかったとしても、少なくとも原告らと被告との間にはかかる取引慣行が成立し、今日に至っている。 


 そこで、右契約にいわゆる映画化権が、被告主張のとおり、物権的映画化権を意味するかどうかについて検討するに、…の各証言によると、同証人らが供述しようとするところは必ずしも明確ではないが、要するに、右契約における映画化権とは、被告が主張するような物権的権利であり、したがつて本件映面化権は現に被告に属するものであるとするにあるようである。しかしながら、被告主張に添う右各証言は、後記各証拠に照らし、にわかに措信することができないのである。
 却って、…によれば、右契約が締結された当時及び少なくともその数年後までの間において、脚本についていわゆる映画化権を取得した、被告会社を含む映画会社が、相当期間にわたり映画化をしない場合及び一旦映画化をしたのち相当期間を経過した場合には、当該脚本を著作した脚本家が他の映画会社に(再)映画化をさせる事例が少なくないことが認められ、また、…によれば、被告は、昭和401011日に、オリジナル脚本「蜘蛛巣城」につき、一切の権利は脚本家に帰属し、被告はその脚本により映画を一本だけ製作し、利用する権限を取得したものにすぎない旨を宣言し、また、昭和50年には、オリジナル脚本「天国と地獄」につき、全く同様の宣言をしていることが認められる。
 
そして、これらの事実に、原告A、同C各本人尋問の結果によると、前記契約が締結された当時、日本の映画界では、脚本家が映画会社のために脚本を書いた場合、その脚本の映画化権は映画会社に属するけれども、映画会社が脚本を買い取る金額、いいかえれば映画化権を永久的に映画会社に帰属させるに充分な対価を脚本家に支払いえない経済事情下にあったことなどから、そのころ、シナリオ作家協会と被告会社を含む映画会社5社との間で、映画会社がその脚本によって映画を一本製作したらその脚本の映画化権は脚本家にもどるし、もし脚本について映画化権を取得したのち1年もしくは1年半を経過しても映画会社が映画を製作しない場合には、映画化権は当然に脚本家にもどるとするとりきめがなされていた事情を窺い知ることができないでもないことを斟酌すると、前記契約に「映画化権」というのは、被告主張のような物権的映画化権ではないと解するのが相当である。











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