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譲渡契約の解釈(7)
「映画『
妻と拳銃』製作資金調達事件」平成201204日東京地方裁判所(平成20()2106/平成210729日知的財産高等裁判所(平成21()10005 

【コメント】本件は、原告が、原告と被告イーエスとの間で、原告の代表者が監督をした映画作品について、原告が被告イーエスに対してビデオグラム化権を譲渡する旨の売買契約を締結したにもかかわらず、被告イーエスが売買代金を支払わなかったと主張して、被告イーエスに対し、債務不履行に基づく損害賠償などを求めた事案です。


【原審】

 
被告イーエスに対する債務不履行による損害賠償請求権の有無について
1) 原告は,原告の代理人であるアジアシネマギルドと被告イーエスとの間で,本件売買契約が締結されたことを前提として,被告イーエスには,本件売買契約上の売買代金支払債務の不履行がある旨主張する。
 
しかしながら,アジアシネマギルドと被告イーエスとの間で本件売買契約が締結されたとの事実を認めるに足りる証拠はないから,その余の点について判断するまでもなく,この点に関する原告の主張は理由がない。
2) 判断についての補足説明
 原告は,原告の代理人であるアジアシネマギルドと被告イーエスとの間で本件売買契約が締結された旨主張し,これに沿う証拠として,原告の代表者であるZの陳述書を挙げる。そして,同陳述書中には,「被告イーエスは,アジアシネマギルドのエージェントであるWを通じて,2005年の10月ころには,「妻と拳銃」の内容(特に主演女優がV氏であった点),また,実際に製作が開始されていることを知り興味を示し,交渉の結果,形式的には「嵩山少林寺」等のビデオグラム化権の売買,実質的には「妻と拳銃」に対する2800万円の製作出資に合意しました。」との記述がある。
 しかしながら,被告イーエスの代表者であるYが上記事実を否認していること,Zの上記陳述内容を裏付ける客観的証拠が存しないこと,Zの上記陳述は,アジアシネマギルドのWと被告イーエスとの間で行われたという交渉の内容や経緯に関する具体的記述を欠き,また,被告イーエスとの間で締結されたという契約内容についても明確な記述を欠き,その内容自体曖昧かつ不明確なものであると言わざるを得ないこと(そもそも,Zは,被告イーエスと直接に交渉をしたことはないにもかかわらず,現在,原告は,Wと連絡を取ることができないというのであり,原告(Z)が,被告イーエスと直接に交渉をしたWから,これらの点について充分な事情を聴取し得たのかも疑わしい。)などに照らし,容易に信用することができない。
 原告の主張によれば,Zは,平成1712月に,Wから,被告イーエスに提示する予定の合意書面の案であるとして,甲第7号証を示されたものの,Zは,Wに対し,上記書面において,@「妻と拳銃」のビデオグラム化権の独占的使用が,確定的に被告イーエスに対して許諾されることになっていること,A本件映画A及びBのビデオグラム化権の独占的使用許諾の対価が350万円となっていること,B「妻と拳銃」プロジェクトに対する出資とビデオグラム化権の独占的使用許諾とが切り離されていること,について意見を述べ,これに同意しなかったということであり,これによれば,平成1712月の段階において,Wは,甲第7号証に記載された内容で被告イーエスと交渉を進めていたということになる。
 原告の上記主張を前提とすれば,平成1712月の段階で上記のような交渉段階であったにもかかわらず,同月末ころには,アジアシネマギルド(W)と被告イーエスとの間で,本件ビデオグラム化権A及びB(本件映画A及びBのビデオグラム化権)についての独占的使用許諾が2800万円の対価で合意されたということになる。しかしながら,このようなことは通常考え難い。
 原告は,本件売買契約が締結されたものの,被告イーエスが上記契約内容の書面化(すなわち,合意書面の作成)に同意しなかったため,本件売買契約に関する契約書(合意書面)が作成されなかった旨主張する。
 
しかしながら,アジアシネマギルドと被告イーエスとの間で,実際に本件売買契約が締結されていたとすれば,被告イーエスが,その契約書(合意書面)の作成に同意しない合理的理由を見出し難い。
 仮に,原告が主張するように,本件売買契約は,形式上は本件ビデオグラム化権A及びBの売買であるものの,実質的には,「妻と拳銃」の製作に対する出資であり,売買代金は,「妻と拳銃」のビデオグラム化権の手付けに近い性格を有していたというのであるならば,なおさら,被告イーエスは,「妻と拳銃」に関する権利関係を明確にするため,本件売買契約に関する合意書面の作成を要求するのが通常であると考えられる。本件ビデオグラム化権A及びBの対価として2800万円は高額に過ぎるという点については,被告イーエスのみならず,原告も認めるところであり,そうであれば,原告の債権債務や被告イーエスの債権債務に関する合意内容を明確化することなく(原告の主張によっても,本件売買契約の具体的内容は判然としない。),被告イーエスが2800万円を拠出することに合意したとは考え難い。
 原告は,Zは,平成1816日に「イレブン」という飲食店を訪れたところ,被告イーエスのY,被告イーネットのX及びWが飲食しており,この際,Zは,Xから「私は売る自信がありますから」と言われた旨主張する。
 
しかしながら,Y及びXは,それぞれの陳述書において,同日,「イレブン」という飲食店でZとたまたま会ったことがあるとの事実は認めるものの,本件売買契約や「妻と拳銃」の製作への出資の話などをしたことはない旨陳述しており,これらの証拠が存するにもかかわらず,原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
 
そもそも,仮に,Xが上記発言をしたとしても,当該発言の前後のやりとりは不明であって,上記発言をもって,本件売買契約が締結されたとの事実を認めるには足りない。
 原告は,アジアシネマギルドの代表者であったUが,被告イーエスを訪問して,Yに甲第8号証を交付したものの,Yはこれについて特に異議を述べなかった旨主張し,これに沿う証拠として,Uの陳述書を挙げる。そして,同陳述書中には,「甲第8号証は,私がY社長のところに持参したことに間違いありません。平成181月の中旬ころだったと思いますが,はっきりした日時の記憶はありません。」との記述がある。
 
しかしながら,被告イーエス(Y)はこれを否定していること,上記記述は,平成18111日に350万円を受領した後,同月中旬になぜこのような書面を被告イーエスに交付することになったのか,あるいは,YとUとの甲第8号証を交付した前後のやりとりなどについて具体的記述を欠くものであること,甲第8号証の体裁(作成日の記載もなく(「2006年月日」と月日の記載が空欄であり),アジアシネマギルドの社印やその代表者であるUの印鑑の押印もないこと)などに照らし,容易に信用することができない。

【控訴審】

 被控訴人イーエスに対する債務不履行による損害賠償請求権の有無について
(1) 控訴人は,控訴人の代理人であるアジアシネマギルドと被控訴人イーエスとの間で,本件売買契約が締結されたことを前提として,被控訴人イーエスには,本件売買契約に係る代金支払につき債務不履行がある旨主張する。
(2) …によれば,以下の各事実が認められる。
 Zは,平成17年夏ころから,「妻と拳銃」と題する映画の製作に取りかかっていたものの,同映画の製作を続行するために,製作資金を調達する必要に迫られていた。
 そこで,Zは,Wに対し,出資者の開拓などを依頼することにし,控訴人は,同年128日ころ,アジアシネマギルドと連名で,「営業代行業務委託に関する覚書」と題する書面を作成し,控訴人が著作権を有する映像作品についての営業をアジアシネマギルドに委託した。
 
なお,Wは,アジアシネマギルドの「EXECUTIVE PRODUCER」であり,「水野晴郎事務所の筆頭番頭」である旨の名刺を有していた。
 
Wは,同月ころ,被控訴人イーエスのYや被控訴人イーネットのXを訪れ,同人らに対し,Zが現在「妻と拳銃」と題する映画を撮影中であり製作資金を調達する必要があること,アジアシネマギルドが控訴人からの依頼に基づき出資者を探していることなどを話し,2800万円ほどの出資を依頼したが,YやXはこれを断った。
 
Wは,平成18111日,再度,被控訴人イーエスのYを訪ね,同人に対し,控訴人が「妻と拳銃」の製作資金として350万円を早急に調達する必要があることを話した。
 Yは,映画の解説を水野晴郎に依頼していたところ,水野晴郎の関係者であるWから,本件ビデオグラム化権A及びBの販売・譲渡(本件映画A及びBの複製・頒布の許諾)について,アジアシネマギルドが代理権を有していることを聞き及び,水野晴郎との関係上,やむを得ず,控訴人に対して350万円を貸し付けることにし,その担保として,本件映画A及びBの複製・頒布の許諾を受けて,これらの作品をビデオグラム化して販売し,その代金を,Zに対して支払うべきロイヤリティに充てる(貸金債務と相殺勘定とする。)ことにして,Wに対し,350万円を交付した
 Zは,Wから上記350万円を受領し,本件映画A及びBの原盤(ただし「ポチの告白」の原盤を除く。)を,Wを通じて,被控訴人イーエスに交付した。
(3) 以上のとおり,被控訴人イーエスは,控訴人の代理人であったアジアシネマギルドとの間で,被控訴人イーエスが控訴人に対して350万円を交付する代わりに,本件映画A及びBの複製・頒布につき控訴人の許諾を受ける旨の本件合意をしたにすぎないものであって,少なくとも,控訴人と被控訴人イーエスとの間で代金を2800万円とする本件売買契約が締結されたことを認めることはできない
 したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件売買契約の成立を前提とする控訴人の主張は理由がない。
 (上記認定判断の補足)
 
作成名義人がアジアシネマギルド,あて先が被控訴人イーエスとされた「Z監督作品ビデオグラム化権の権利金について」と題する書面(甲8)上には,アジアシネマギルドないし控訴人が被控訴人イーエスから350万円の支払を受けたこと,本件ビデオグラム化権A及びBの権利金は合計2800万円であることが,それぞれ記載されており,これらの記載内容は,本件売買契約の成立及びその代金が2800万円であるとの控訴人の主張に一部沿うかのようである。
 しかし,同書面は,全体がワープロ印刷されたものであり,作成日付の記載がなく(単に「2006年月日」とされているのみである。),作成名義人とされているアジアシネマギルドの社印も,代表者であるUの署名や押印もないなど,契約書面としての体裁が全くなく(このような書面は,何人でも容易に作成でき,作成者の詮索は不可能である。),しかも,同書面が被控訴人イーエスに交付されたと認めるに足りる証拠はなく(アジアシネマギルドのUは,同書面を被控訴人イーエスのYに交付した旨述べ,控訴人もその旨主張するが,被控訴人イーエスはこれを否認しており,同社がこれまでも一貫して本件売買契約の成立を否認してきたこと等に照らすならば,同書面がYに交付されたとは認められない。),同書面によって,本件売買契約が締結されたものと認めることはできない
 また,アジアシネマギルドのUは,控訴人の上記主張に沿う供述をしているが,被控訴人イーエスとの交渉の担当者はWであって,Uがその交渉内容の基本を把握しているものとは認められず,現に,同人は,被控訴人イーエスとの交渉経過につき具体性に欠ける供述をしており,本件売買契約の締結に関するUの供述部分は信用性に乏しい。そして,Z自身の供述についても,Uの供述同様,被控訴人イーエスとの交渉経過についての具体性に欠け,単に,控訴人・被控訴人イーエス間で本件売買契約を締結した(「形式的には「嵩山少林寺」等のビデオグラム化権の売買,実質的には「妻と拳銃」に対する2800万円の製作出資に合意した」)旨述べるにとどまり,350万円の出資に至る経緯について詳細に述べるY,Xの供述と比較しても,信用性に乏しいといわざるを得ない。
 このほか,アジアシネマギルドが作成名義人とされている覚書(甲7)も,甲第8号証同様,不完全なものであるが,その内容は,むしろ被控訴人イーエスの主張に沿う内容(本件合意に類似した内容)となっている。
 控訴人の主張によれば,本件売買契約は2800万円(これが本件ビデオグラム化権A及びBの対価として高額すぎることは当事者間に争いがない。)もの出資を伴うもので,契約の性質上,契約の成立とともに契約関係が基本的に終了するというような単純な内容の契約ではないにもかかわらず,契約成立後の利害関係を規律するような契約書は存在しないことになる。しかも,真に本件売買契約が成立したのであれば,両当事者,とりわけ被控訴人イーエスにおいて契約書の作成を拒むべき合理的な理由は見当たらない(控訴人が主張するように,本件売買契約が,形式的には本件ビデオグラム化権A及びBの売買であるが,実質的には,「妻と拳銃」の製作に対する出資であり,売買代金は,そのビデオグラム化権の手付に近い性格を有していたのであれば,被控訴人イーエスが,「妻と拳銃」に関する自らの権利を明確化するため,契約書の作成を強く求めた可能性は高いと認められる。)。
 
控訴人は,映画業界においては,契約書を作成しないことはよくある旨主張するが,本件売買契約はまとまった金額を代金額とする契約であって,しかも,契約内容も,控訴人の主張によれば,出資を含む複雑な内容であり,このような類型の契約について,契約書を作成しないという業界慣行等があることは,にわかに想像し難いところ,証拠上も,そのような慣行等があることを窺わせる証拠は何ら提出されていない。
 
確かに,甲第8号証の存在等からすれば,控訴人が,本件売買契約の締結を希求していたことは容易に推認できるが,現実には,控訴人・被控訴人イーエス間で何ら契約書が交わされないまま,被控訴人イーエスが控訴人に対して350万円を交付するとともに,控訴人が被控訴人イーエスに対して本件映画A及びBの原盤を交付したにすぎず,その後,控訴人・被控訴人イーエス間において,契約交渉が継続したとは認められない。
 
以上の事実からすれば,控訴人・被控訴人イーエス間において,本件合意(被控訴人イーエスが控訴人に対して350万円を交付する代わりに,被控訴人イーエスが本件映画A及びBを複製・頒布すること(より具体的にはDVD化して販売すること)につき控訴人が許諾する旨の合意)が成立したことは認められるが,それ以上の契約等の合意の成立を認めることはできない。なお,控訴人は,被控訴人イーエスに対して,本件映画A及びBの複製・頒布を許諾したことにつき否認するが,被控訴人イーエスが控訴人に対して350万円を交付したのと同時期に,これらの映画に係る原盤が被控訴人イーエスに交付されたこと,アジアシネマギルドが控訴人の営業につき委託を受けていたこと等の諸事情にかんがみれば,同許諾があったとみるのが合理的である。
 
このほか,控訴人は縷々主張するが,本件売買契約の成立の推認を肯んずるような具体的な事実について,何ら主張立証はされていない。











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