著作権重要判例要旨[トップに戻る]







通信衛星放送サービス事業者の侵害主体性
「通信衛星デジタル放送番組『スターデジオ』事件A」平成120516日東京地方裁判所(平成10()19566/(別訴)「通信衛星デジタル放送番組『スターデジオ』事件@」(平成120516日東京地方裁判所(平成10()17018 

【コメント】本件において原告らは、「被告は、本件番組において本件各音源を所定の態様で公衆に送信することにより、受信者による本件各音源のMDへの録音を惹起させているところ、当該行為は、原告らがそれぞれ本件各レコードについて有しているレコード製作者としての複製権(著作権法96条)を侵害する。」と主張しましたが、その事実関係は、概ね次のとおりです。

原告ら(レコード等の製作販売などを業務とする株式会社)は、それぞれ、「本件各レコード」にそれぞれ固定されている各楽曲の実演(「本件各音源」)を最初に固定した者であり、本件各レコードにつき、著作隣接権(レコード製作者の権利)を有する。

被告は、放送法上の番組編集の責任主体である委託放送事業者として、通信衛星放送サービス「スカイパーフェクTV」の第400チャンネルないし第499チャンネルにおいて、音楽を中心としたラジオ番組(「本件番組」)をデジタル信号により有料で公衆に無線送信しており、本件各音源も本件番組において公衆に無線送信されている。

本件番組においては、概ね次のような処理・過程を経て、本件各音源を含む、商業用レコードに収録された音楽が送信され、公衆に受信されることになる:@アナログ再生及びデジタル変換(音楽CDをアナログ再生し、その信号をデジタル信号に変換する)→A圧縮(上記デジタル信号をコンピュータ上で所定の規格に従い圧縮する)→B保有サーバへの収録(上記圧縮されたデジタル信号を保有サーバに収録する)→C番組編成及び編成サーバへの入力(各チャンネル毎に番組を編成した上、その内容をプログラムデータ形式で編成サーバに入力する)→D送出サーバへの送信及び収録→E衛星への放出(アップリンク)及び衛星から地上への送信→F公衆による受信

 
なお、以下の判示に登場する原告主張に係る「解釈その二」とは、次のようなものです。
 
『レコード製作者の複製権が及ぶ範囲の解釈その二
 
仮に、著作権法が、レコード製作者の複製権について、特に「複製」行為のみの禁止を求めることができる権利として規定しているものと解釈したとしても、何がその「複製」行為であるかについては、行為の具体的な態様及びそこにおいていかなる具体的な行為が重要であるのかという観点から、実質的に解釈されるべきである。
 
すなわち、「複製」行為とは、「有形的に再製する」行為であり(著作権法2115号柱書)、「既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを(有形的に)再製する」行為であるが、このように定義される「複製」行為を具体的な態様の側面から分析すると、本質的に、
 
ア 既存の著作物等に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものの有形的な再製により、利益を享受しようとする意思に基づき、
 
イ 既存の著作物等へアクセスし、
 ウ アクセスした既存の著作物等の内容及び形式を知覚し、
 
エ 知覚された既存の著作物等の内容及び形式を記憶ないし記録し、
 
オ 記憶ないし記録された既存の著作物等の内容及び形式を伝達し、
 カ 伝達された既存の著作物等の内容及び形式を有体物に物理的に固定する、
 
という全体として一連の行為からなり得るものである。
 
そして、技術が進展し、メディア、機器等が発達した今日においては、例えば、送信技術の進展により、右イないしオの各行為と右カの行為とが別の場所で行われることが可能になっているところ、このような場合、右イないしオの各行為と右カの行為とが送受信を介して別の場所で行われているからといって、そのことにより右イないしオの各行為が、全体として一連の「複製」行為の一部を構成しなくなるものではなく、依然として、右アの意思に基づく右イないしカの各行為からなる全体として一連の「複製」行為の一部を構成するものであることには、何ら変わりがないはずである。しかも、このように技術の進展により複雑化・細分化された全体として一連の「複製」行為においては、右カの行為に利用される機器等が発達すればするほど、右カの行為における有体物への物理的な固定作業自体は、単に機器のボタン等を押すなどするだけの簡単な作業にすぎなくなり、右カの行為の実行は、単に全体として一連の「複製」行為における手段の役割を果たすにすぎないものとなるのであり、これと比較して、右イないしオの各行為における作業こそが、実質的な意味を持つに至るのである。
 
したがって、右イないしオの各行為を物理的に行う者と右カの行為を物理的に行う者とが別である場合でも、右イないしオの各行為を物理的に行う者が、右アの意思に基づき、右カの行為を物理的に行う者を自己の手足として利用しているときには、著作権法の規律の観点から、全体として一連の「複製」行為を行っているものと実質的に評価すべきものであり、しかも、右アの意思に基づき、右カの行為を物理的に行う者を自己の手足として利用していると言うためには、その者による右カの行為の物理的な実行そのものを支配ないし管理し、右カの行為の物理的な実行による直接的な利益を得ていることは必要不可欠ではなく、その者に対し、積極的に援助、誘引、助長等して、その者をして右カの行為を物理的に実行させ、そのことにより営業上の利益を得ていれば足りるものというべきである。』 


 …によれば、本件番組において送信された本件各音源を受信した受信者の中に、これを受信チューナーに接続した録音機器によってデジタル方式のMDに録音する者が相当数存在することが推認されるところ、右のような録音が当該受信者による本件各レコードの「複製」行為に当たることは明らかである。
 
原告らは、本件において、右のような受信者による本件各レコードの複製の直接的な行為主体が当該受信者であることを前提としながらも、本件番組のサービス形態や受信者による利用実態からすれば、本件番組を送信することによって右のような受信者による本件各レコードの複製を生じさせるに至る被告の行為は、それ自体原告らの本件各レコードについての複製権を侵害する行為と評価し得る旨主張し、右主張を根拠付けるための理論構成として、前記「レコード製作者の複製権が及ぶ範囲の解釈その一」及び「同その二」を主張するので、原告らが主張する右二つの解釈及びその本件番組へのあてはめの当否について検討することとする。
 
[原告らが主張する「解釈その一」について]
 (略)
 
[原告らが主張する「解釈その二」について]
 
原告らが主張する「解釈その二」の要旨は、著作物等を複製する行為を具体的な態様の側面から分析すると前記第アないしカ記載の一連の行為からなるとの前提に立った上で、右一連の行為のうち、前記イないしオの行為を行う者と前記カの行為を行う者とが異なる場合であっても、前者が前記アの意思に基づいて、後者を自己の手足として利用していると認められる場合には、前者が、自ら複製行為の実質的部分を実行しながら、後者を自己の手足として利用することによって、全体として一連の「複製」行為を行っていると実質的に評価できるというものである。
 
その上で、原告らは、これを被告が本件番組において本件各音源を送信しこれを受信者がMDに録音する場合に当てはめると、被告が本件各レコードを使用して本件各音源をサーバに収録する行為は前記イないしエの行為に、右サーバを使用して本件各音源を無線送信する行為は前記オの行為にそれぞれ当たるから、被告は自ら本件各音源の複製行為の実質的な部分を実行しているものといえ、また、被告は、受信者を積極的に援助、誘引、助長等することにより、その者を自己の手足として利用して本件各音源の物理的な録音行為を行わせているといえるから、全体として一連の複製行為を自ら行っているものと実質的に評価できる旨を主張する。
 
そこで検討するに、原告らの右主張のうち、前段の一般論を述べる部分は首肯し得るものの、これを本件の場合に当てはめる点については、以下に述べるとおり、是認することができない。
 
原告らは、被告が本件各レコードを使用して本件各音源をサーバに収録し、さらに右サーバを使用して本件各音源を無線送信する行為が、前記イないしオの行為に当たるもので、本件各音源の複製行為の実質的部分である旨主張するので、まず、この点につき検討する。
 
前記アないしカのような一連の行為に分析される「複製」行為のうち、その本質的な部分が、最終的に著作物等を有体物に物理的に固定する前記カの部分であることは明らかであり、これに対して、前記イないしオの部分は、それ自体を独立してみれば本来的に複製行為としての性質を持つものではなく(ただし、前記エの記録行為がそれ自体「複製」となり得る場合も考えられるが、この点はここでの論点とは別個の問題である。)、これが複製行為の一部として観念され得るのは、それが専ら前記カの有体物への固定に向けて行われるものであり、これに至る一連の段階的な経過として評価し得るからであるといえる。しかるところ、本件番組において、被告が本件各レコードを使用して本件各音源をサーバに収録し、さらに右サーバを使用して本件各音源を無線送信する行為は、本来、放送事業者がレコード製作者との関係においてその許諾を要せずに自由に行い得る放送行為又はこれに付随する準備行為として行われるものにほかならないのであって、他方、右送信を受信した受信者がこれを録音するに至るか否かは右受信者個々人の自由意思に係る不確定の事項なのであるから(しかも、本件においては、右送信にかかる音源の大部分が受信者によって現に録音されているという具体的な事実を認めることもできない。)、結局のところ、被告の右行為は、専ら受信者による本件各音源の録音に向けて行われるものとはいえず、これに至る一連の段階的な経過として評価し得るものではない。なるほど、受信者による録音が現に行われた場合のみを前提とすれば、被告による前記のような行為が受信者による録音を招来させたという関係が認められるものといえるが、前記のとおり、右のような事態は、被告の右行為による必然的な経過として生じるものではなく、受信者個々人の自由意思に基づく選択によって結果的に生じるものにすぎないのであるから、このことによって、被告の右行為が一般的に専ら受信者による録音に向けられたものであるといえないことは明らかである。
 
したがって、被告による前記の行為が本件各音源の複製行為の実質的部分である旨の原告らの主張は失当である。
 さらに、原告らは、被告が受信者を自己の手足として利用して、本件各音源の物理的な録音行為を行わせている旨主張するので、この点につき検討する。
 
一般に、ある行為の直接的な行為主体でない者であっても、その者が、当該行為の直接的な行為主体を「自己の手足として利用して右行為を行わせている」と評価し得る程度に、その行為を管理・支配しているという関係が認められる場合には、その直接的な行為主体でない者を当該行為の実質的な行為主体であると法的に評価し、当該行為についての責任を負担させることも認め得るものということができるところ、原告らの前記前段の主張も、右のような一般論を著作権法の「複製」行為の場合に当てはめるものとして理解する限りにおいて、これを是認することができる。
 
そして、被告が本件番組において本件各音源を送信しこれを受信者がMDに録音する場合における、被告と受信者との間の関係をみると、被告と受信者との間には、被告がその送信に係る本件番組の受信を受信者に許諾し、これに対して受信者が一定の受信料を支払うという契約関係が存するのみで、受信された音源の録音に関しては何らの合意もなく、受信者が録音を行うか否かは、専ら当該受信者がその自由意思に基づいて決定し、自ら任意に録音のための機器を準備した上で行われるものであって、被告が受信者の右決定をコントロールし得るものではないことからすれば、被告が受信者を自己の手足として利用して本件各音源のMDへの録音を行わせていると評価しうる程度に、被告が受信者による録音行為を管理・支配しているという関係が認められないことは明らかである。
 原告らは、被告が本件番組における本件各音源の送信に当たって、@「FAX BOXサービス」及び「サウンドナビ機能」を提供し、A多数のチャンネルを音楽ジャンルごとに細分化し、B解説やトーク等を入れることなくそのままフルサイズで、C反復継続して、Dデジタル方式で送信していることをとらえ、受信者の欲望を殊更にかき立て、自己の手足として利用して本件各音源の録音行為を実行させている旨主張するが、原告らが指摘する右のような本件番組のサービスの形態は、受信者による音源の録音に便宜を与えることになるという意味において、原告らが主張するとおり右録音を誘引、助長する面があることは否定できないものの、これによって、右録音を行うか否かについての受信者の自由意思が排除されるものではないから、被告が受信者を自己の手足として利用しているといえるだけの管理・支配の関係をもたらすものとはいえない。
 
そもそも、原告らの主張の趣旨は、被告と受信者との間に右のような管理・支配の関係がないとしても、被告が、受信者による録音を右のように積極的に誘引、助長しながら本件番組の送信を行い、その結果受信者による本件各音源の録音を招来させ、これによって自己の営業上の利益を図り、他方で原告らのレコード販売による経済的利益を害しているという事情からすれば、実質的にみて、受信者を自己の手足として利用して本件各音源の録音を行わせていると評価できる、というところにあると思われる。しかしながら、原告らが指摘する右のような事情は、本件番組のサービスの実情に照らし、商業用レコードの利用をめぐって原告らと被告との間に実質的な利益の不均衡が生じていることを示すものとして理解し得るとしても、そのことによって、被告が受信者を自己の手足として利用しているとして、録音の直接的な行為主体ではない被告をその行為主体であると擬制するという結論を導き出す原告らの立論には、論理の飛躍があるというべきであり、法理論的な裏付けを欠く主張というほかはない
 
したがって、被告が受信者を自己の手足として利用して、本件各音源の物理的な録音行為を行わせている旨の原告らの主張も理由がない。
 
以上によれば、原告らの「レコード製作者の複製権が及ぶ範囲の解釈その二」に基づく主張も採用できない。
 
(略)
 
なお、本件の特質にかんがみ特に付言するに、本件における原告らの主張の趣旨は、本件番組の公衆送信がその実態からみて、著作権法がおよそ想定していない新しい形態のものであるが故に、これに著作権法の規定をそのまま当てはめると、レコード製作者である原告らの利益を不当に侵害し、その犠牲の下で本件番組を運営する被告に不当な利益をもたらすという実質的な利益の不均衡を生じさせることになるから、このような結果を生じさせないように、著作権法を実質的に解釈すべきであるというものであると思われる。
 
しかしながら、当裁判所としては、著作権法の解釈論としては、前記のとおりの結論を採るのが相当であると考える。なるほど、原告らが主張するような本件番組の公衆送信の実態を前提とすれば、現状において、原告らと被告との間に、実質的な利益の不均衡が生じているとの原告らの主張も理解し得ないではないが、この点を著作権法の解釈に反映させようとする原告らの本件における主張は、法律の解釈論の枠を超えるものといわざるを得ない。あえていえば、右のような実質的利益の不均衡を問題とする議論は、立法論として、又は、著作権法97条に基づく二次使用料の額の決定のための協議を行う際や文化庁長官による裁定を求める際に、主張されるべきことというほかはない。

【コメント】上記事件とほとんど同じ事実関係を有する別訴では、被告らは、共同して、本件番組において本件各音源を公衆に送信することにより、受信者が本件各音源をMDに録音することを教唆・幇助しているところ、当該行為は、原告らがそれぞれ本件各レコードについて有しているレコード製作者としての複製権(著作権法96条)を侵害する。」との原告らの主張に対し、以下のように判示しています。 

 …によれば、本件番組において送信された本件各音源を受信した受信者の中に、これを受信チューナーに接続した録音機器によってデジタル方式のMDに録音する者が相当数存在することが推認されるところ、右のような録音が当該受信者による本件各レコードの「複製」行為に当たることは明らかである。
 
[著作権法1021項によって準用される同法301項の適用の可否]
 
右のような受信者による本件各音源のMD録音が、一般的に、個々の受信者にとって、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」を目的として行われていることは明らかであり(右の事実自体については当事者間に実質的な争いがないといえる。)、また、右録音が公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器を用いて行われるものでないことも明らかであるから、個々の受信者による右録音行為は、著作権法1021項によって準用される同法301項が規定する「私的使用のための複製」に当たるものといえる(個々の受信者の中には、右のような使用を超えた使用を目的として、本件各音源をMDに録音する者がいることも考えられるが、被告らがそのような録音を具体的に教唆・幇助しているという事情はおよそ認められないから、本件では、右の点は考慮しない。)。
 
原告らは、著作権法301項は、ベルヌ条約9条(2)本文に基づく規定であるから、同法301項の「私的使用のための複製」に当たるというためには、同条約9条(2)ただし書が規定する「ただし、そのような複製が当該著作物の通常の利用を妨げず、かつ、その著作者の正当な利益を害しないことを条件とする。」との条件を満たす必要があるとの前提に立った上で、本件番組の公衆送信に関する前記記載のような実情からすれば、本件番組の受信者が本件各音源をMDに録音する行為は、レコード製作者によるレコードの通常の利用を妨げるものといえるから、同法301項の「私的使用のための複製」には当たらない旨主張するので、右主張の当否につき検討する。
 
まず、ベルヌ条約9条(2)の規定と著作権法301項との関係をみると、同法301項は、同条約9条(2)本文が特別の場合に著作者等の複製権を制限することを同盟国の立法に留保していることを受け、右複製権の制限が認められる一態様を規定したものということができるから、同条約9条(2)との関係においては、同法301項が同条約9条(2)ただし書の条件を満たすものであることが必要である。しかしながら、具体的にどのような態様が右条件を満たすものといえるかについては、同条約がこれを明示するものではないから、結局のところ、各同盟国の立法に委ねられた問題であるといわざるを得ない。そして、右のような同条約9条(2)を具体化するものとして規定されている同法301項は、それが同条約9条(2)ただし書の条件に沿うものであるとの前提の下で、前記のような要件の下における複製を複製権に対する制限として認めることを規定しているというべきである。したがって、著作権法によって認められる私的使用のための複製であるか否かを論じるに当たっては、同法301項の規定に当たるか否かを問題とすれば足りるものであって、同条項の背景となるベルヌ条約の規定を持ち出して、その規定に当たるか否かを直接問題とするまでもないというべきである。したがって、原告らの前記主張は、その立論の前提において誤りがあるといわざるを得ない。
 
そして、本件番組の個々の受信者による本件各音源のMDへの録音が、一般的に、前記記載のような目的・態様のものであり、それが著作権法301項の規定に当たるものであることは前記のとおりなのであって、原告らが主張する前記記載のような本件番組の公衆送信の実情を考慮したとしても、それが個々の受信者による録音の目的・態様自体に影響を及ぼすものではないから、右の結論を左右するものではない。しかも、原告らが主張する「レコード製作者によるレコードの通常の利用を妨げる」という状態は、本件番組の公衆送信が前記のような実態のものであるが故に初めて生じ得るものであるが、単に本件番組を受信するにすぎない聴取者に対して、右のような公衆送信の実態に関する責任を問うことはできないはずであるところ、その目的・態様において著作権法301項の「私的使用のための複製」に本来該当すべき個々の受信者による録音行為について、右のような公衆送信の実態を理由として、著作権法301項の「私的使用のための複製」に該当しない違法な行為であると結論付けることは、結局のところ、個々の受信者に、自己の責任領域に属しない他人の行為についての責任を負わせるに等しい結果となるのであって、実質的にみても不当というべきである。
 
したがって、原告らの前記主張は理由がない。
 
以上によれば、本件番組において送信された本件各音源についての音楽データを受信した個々の受信者がこれを受信チューナーに接続したオーディオ機器によってMDに録音する行為は、一般的に、著作権法1021項によって準用される同法301項で許容される「私的使用のための複製」に当たるから、原告らの本件各レコードについてのレコード製作者としての複製権を侵害するものとはいえない
 
原告らの主張は、個々の受信者による本件各音源のMDへの録音が本件各レコードの違法な複製であることを前提とした上で、被告らによる本件番組における本件各音源の公衆送信が、右ような個々の受信者による違法な複製を教唆又は幇助する行為として違法であるという構成によるものであるところ、前記で述べたとおり、個々の受信者による本件各音源のMDへの録音は、本件各レコードの違法な複製とはいえないのであるから、原告らの主張は、その前提を欠くものというべきである。
 
したがって、原告らの違法な私的複製の教唆・幇助による複製権侵害の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。











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