著作権重要判例要旨[トップに戻る]







旅行案内書の制作受託者の付随的債務が問題となった事例
「空港案内図事件」
平成170512日東京地方裁判所(平成16()10223/平成180531日知的財産高等裁判所(平成17()10091 

【コメント】本件における争点は、「制作委託契約において、受託者は、著作権侵害に至らない態様であっても、相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害との疑義を受けるような態様で、他人の出版物を模倣・複製しない旨の付随的な債務を有するか」という点です。 

【原審】

 
一般に,旅行案内書の制作は,可能な限り数多くの資料を収集して分析,検討して行なうのが通常であるから,旅行案内書の制作委託契約上,制作受託者が,著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を使用しない義務を当然に負うものとはいえない

【控訴審】

 いずれにしても,控訴人は,当審において,被控訴人には「他人の出版物を模倣・複製しない義務」があると主張する(さらに,控訴人は,「控訴人が他社の成果物を著作権侵害と疑義を受ける程度に複製・模倣して出版することは,…社会的信用を著しく損なうもの…」とも主張しており,被控訴人に対し,「著作権侵害との疑義を受ける程度に他人の出版物を模倣・複製しない義務」をも主張するものと解される。)。以下,この主張を前提に判断する。
 
上記義務が書籍の制作委託契約上当然に生じる一般的義務であるとする控訴人の主張については,当裁判所も採用し得ないものと判断する。その理由は,原判決のとおりであるので,これを引用する(ただし,「使用しない義務」とあるのを「模倣・複製しない義務」と訂正する。)。
 
そこで,本件制作委託契約における合意内容に照らし,被控訴人に上記のような義務があることを肯認することができるか否かについて,検討する。
 
(略)
 
以上の事実関係に立って検討するに,控訴人とK&Bとの合意内容は,被控訴人に引き継がれているものと認められるところ,少なくとも初版については,被控訴人が現地取材を行い,その後も原則として取材を行って,本件委託に係る制作を行うことが合意されたものと認められる。そして,OFCから控訴人書籍について著作権に関する問題が指摘された後に作成された合意書ではあるが,被控訴人は,「他の著作物の著作権を侵害したり,他の著作物の掲載情報を使用したりすることをしない」との合意がされたことも認められる。
 
もっとも,旅行案内書の制作は,可能な限り数多くの資料を収集して分析・検討して行うのが通常であり,かつ,そのような分析・検討を行うことは,質の高いものを制作するために,社会的にみても有効適切な手段であり,望ましくもあるのであるから,上記のような事情があるからといって,直ちに,本件制作委託契約の合意内容としても,他人の出版物を利用ないし使用したり模倣・複製する行為が,程度のいかんを問わず一切禁止されるというほどの合意が成立していたものと推認することは合理的ではない。
 
他方,旅行案内書の制作・発行の業務を含む出版業界においては,著作権の保護の問題は,業務の根幹に係わる問題であり,最終的に司法手続によって著作権侵害であるとの確定判断がされる事態に至らなくとも,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を引き起こすこと自体,著作権を扱う業務であるだけに,出版業者としての信用が傷つくであろうことは容易に推察されるところであって,この業界に身を置く者としては,そのような事態を含めて,著作権紛争を未然に防止ないし回避しようとするのが合理的な行動であると認められる。
 
このような事情をふまえて,前記認定事実を検討するならば,確かに,現地取材を行うとの約定自体は,直ちに他社の案内図を参照することを禁ずることを意味するものではないが,現地取材を行うことにより,他社の案内図とは自ずと異なったものが制作されることが期待され,これによって,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を回避し得る可能性が高まるのであって,現地取材の約定は,上記のような事態を回避しようという趣旨の一つの現れであると理解し得る(A社が独自の現地取材によって知り得た有用性の高い詳細情報を盛り込んだ案内図について,B社がこれを参照して当該詳細情報に基づいた案内図を制作したとすると,結果的に本件のように著作権侵害が成立しない場合であっても,著作権侵害の成否を巡ってAB間に紛議が生じ得る事態は回避し難いが,B社が独自の現地取材によってこれを調査確認して敷衍すれば,そのような事態の多くは回避することができるであろう。)。また,合意書における「他の著作物の著作権を侵害したり,他の著作物の掲載情報を使用したりすることをしない」との合意も,OFCとの紛争が生じた後の合意であり,かつ,他の著作物の掲載情報の一切の使用を禁じる合意が成立したというには,前記実情等に照らして無理があるとしても,そのような文言により,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を回避しようという趣旨のものとして,従前からの認識が確認されたものと理解するのが相当である。
 
以上の諸事情を総合勘案するならば,本件制作委託契約には,被控訴人において,著作権侵害に至らない態様であっても,相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害との疑義を受けるような態様で,他人の出版物を模倣・複製しない旨の付随的な債務があったものというべきである。
 
進んで,被控訴人に上記の債務不履行があったか否かを検討する。
 
…に照らせば,被控訴人(現実の担当はK&Bの担当者)がOFC空港案内図に依拠して本件空港案内図を制作したことは明白というべきであり,しかも,既に認定したとおり,両者が共通する部分が多数に上るのであって,著作権侵害の成否を左右する創作性の有無は判断者によって微妙に異なることも少なくないことを考えると,結果的に著作権侵害は否定されるべきものではあるが,OFCから控訴人に対する著作権侵害の指摘は,相当程度に合理的な根拠に基づいてなされたものといわざるを得ず,これに対してとった控訴人の措置及びその結果がすべて控訴人の自己責任に帰するものということはできない。
 
そうすると,被控訴人は,上記の本件制作委託契約に伴う付随的な債務に違反したものというべきであって,被控訴人は,控訴人に対し,債務不履行に基づき,相当な損害を賠償すべき債務がある。
 
(略)
 
控訴人は,さらに,不法行為に基づく損害賠償請求権による相殺の主張をするが,前記で検討した内容と実質的に同じであり(本件制作委託契約に基づく付随的債務と同様な債務は,特別な約定がされなくとも,事案によっては肯認することができるものである可能性があり,さらに,契約関係を別にしても,一定の取引関係にある当事者間においても,事案によっては信義則上の観点から,不法行為の注意義務として肯認することができる場合もあり得ないではない。),不法行為責任が成立することも考えられないでもない。しかしながら,仮に不法行為責任を肯定し得たとしても,その相当損害の範囲及び額は,前記で認めた130万円を超えるものとは認められない。











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