著作権重要判例要旨[トップに戻る]







同一の英語論文をベースにした学術論文同士の翻案性が問題となった事例
「‘エスニシティ’論文事件」
平成110723日東京地方裁判所(平成9()18763/平成120329日東京高等裁判所(平成11()4243 

【コメント】本件は、原告が、「被告第一論文」(タイトル:「離脱者・媒介者・民族的闘士−エスニック紛争の中の諸主体−」)は、「原告論文」(タイトル:「エスニシティと現代社会−政治社会学的アプローチの試み−」)を翻案したものであるから、被告の行為(被告第一論文の執筆公表行為)は原告の著作権(翻案権)を侵害するなどと主張して、損害賠償等を求めた事案です。

 
なお、被告第一論文と原告論文とは、【C】論文(‘An exploratory synthesis of primordial and mobilizationist approaches to ethnic phenomena, Ethnic and Racial Studies’というタイトルの英語論文)の紹介を通じて「エスニシティ」を論ずるという基本的性格において共通する面がありました。 


【原審】

 
被告第一論文は原告論文を翻案したものかについて
 
…によると、以下の事実が認められる。
 
原告論文は、現代の新しく複雑な民族問題の解明を目的とした「エスニシティと現代社会−政治社会学的アプローチの試み−」と題する論文であり、新しい民族問題を「エスニシティ」という概念を中軸として検討し、近年の「エスニシティ」活性化の要因を、最新の学説によりながら分析しており、全体の構成は、「一 はじめに」、「二 定義と解釈」、「三 エスニシティを活性化させる諸要因」、「四 むすび」という四つのパラグラフからなっている。
 (略)
 
被告第一論文は、「エスニック紛争にかかわる主体の諸類型を構築することを課題とし、かつ主体の諸類型に関連するいくつかのテーマに触れる」ことを目的とした「離脱者・媒介者・民族的闘士−エスニック紛争のなかの諸主体」と題する論文であり、主として西欧の地域・民族運動を分析対象としたものであり、全体の構成は、「エスニシティの復興」、「エスニック紛争のなかの主体類型」、「主体類型の理論的含意」、「多様な選択肢」の四つのパラグラフからなっている。
 
(略)
 右認定の事実に証拠を総合して、原告論文と被告第一論文とを全体として対比すると、両者は、その目的、構成、議論の展開、結論がいずれも異なるものと認められる。
 
前記のとおり、原告論文及び被告第一論文に別紙第一目録記載のとおりの記述があることは争いがなく、これによると、両論文に別表記載のとおりの記述があることが認められる。
 
そこで、被告第一論文の別表1ないし6の記述とそれに対応する原告論文の記述について検討する。
 
(略)
 
[別表2の部分について]
 
原告論文には、「『原初的アプローチ』がエスニシティの持つ表出的役割≠重視していたのに対し、」との記述があり、被告第一論文には「『原初的特性重視アプローチ』とは、エスニシティの表出的側面を重視し、」との記述がある。…によると、原告論文の右記述のうち、「原初的アプローチ」という語は、【C】論文の「primordial approach」を翻訳したもの、「表出的」という語は、【C】論文の「expressive」を翻訳したもので、社会学における一般的な訳語であることが認められる。また、…によると、【C】論文には、「原初的な極」という項目において、「エスニック・グループは、文化、アイデンティティ、信念と関係する表出的諸問題を解決するために形成される」と記載されていることが認められる。そうすると、原告論文の右記述は、【C】論文で述べられていることを、社会学における一般的な訳語を用いて記述したものである。なお、「重視する」という語句は、【C】論文に基づいて、必ずしも一義的に用いられるものではないとしても、それのみでは著作物性が認められるものではない。したがって、被告第一論文の右部分が原告論文の右部分を翻案したものとは認められない
 
(略)
 
[別表3の部分について]
 
原告論文には、「エスニック・グループは他の利益集団同様、利益を追求・獲得する為に組織化される」との記述があり、被告第一論文には、「エスニック集団が他の利害集団と同様に、利益を追求し獲得するために組織される」との記述がある。…によると、C】論文には、原告論文の右記述をそのまま記載した部分はないが、【C】論文では、動員主義的アプローチについて、右のような趣旨の説明をしていることが認められる。「利益を追求」、「獲得」という語句は、【C】論文に基づいて、必ずしも一義的に用いられるものではないとしても、それのみでは著作物性が認められるものではない。また、原告論文では「利益集団」としているところを被告第一論文では「利害集団」とするなど、具体的な表現も異なる。したがって、被告第一論文の右部分が原告論文の右部分を翻案したものとは認められない
 
(略)
 
[別表4の部分について]
 
(略)
 
原告は、両論文がともに、【C】論文の類型概念によりエスニックな運動の基本的性格を示すことができるという点と、同一の地域・民族紛争にも様々な主体があり得るのであり多様性を有するという点を論じており、後者について70年代のスコットランドを例に挙げて論じている旨主張するが、右のような原告論文の内容(論点)は、アイデアであってそれ自体が著作物として保護されるものではなく、両論文の表現が大きく異なっていることは、別表4により対比してみると明らかである。
 
したがって、以上の各点について、被告第一論文の別表4の部分が原告論文の別表4の部分を翻案したものということはできず、他にそのようにいうべき事実は認められない。
 
(略)
 
[別表6の部分について]
 
原告は、両論文が、客観的属性でエスニシティが規定できるという一般的な考え方に対し、近年のエスニックな現象の逆説的な実態、すなわち、客観的な属性(客観的特徴)では捉えられない主観的な要素が際だってきたという論点を記述していると主張するが、原告論文の右のような内容(論点)自体はアイデアであって著作物として保護されるものではなく、両論文の表現が大きく異なっていることは、別表6により対比してみると明らかである。
 
したがって、被告第一論文の別表6の部分が原告論文の別表6の部分を翻案したものということはできない。
 以上述べたところからすると、被告第一論文が原告論文に依拠したかどうかについて判断するまでもなく、被告第一論文の別表1ないし6の部分はいずれもこれに対応する部分の原告論文を翻案したものであるとは認められない。

【控訴審】

 
控訴人は、本件において複製権の侵害ではなく翻案権の侵害を主張するものであるとし、複製においては同一性が論じられるが、翻案においては「原著作物を感得し得るか」が論じられるのであるから、その判断基準は類似をも含む実質的同一よりも更に広い範囲であり、同一性の薄い場合も含むものであって、原著作物の内面的形式を維持しつつ、これに創意に基づき新たな具体的表現(外部的形式)を与えた場合も翻案であるにもかかわらず、原判決は、表現の相違を根拠として翻案を否定しており、外部的形式の変更にとらわれて内面的形式が維持されていることへの配慮を怠ったものであると主張する。
 
仮に、控訴人の主張のように、翻案権の侵害を判断するにおいて、「原著作物を感得し得るか否か」という基準を採用するとしても、本件においては、前示のとおり、被告第一論文並びに被告科研費論文及び第二論文が、いずれも原告論文及び原告報告を翻案したものでなく、すなわち、表現上の類似性を欠くものであり、しかも、両者を全体として対比すると、その目的、構成、議論の展開等がいずれも異なるものと認められる以上、前者が後者を感得させるものでないことは明らかである
 
したがって、この点に関する原判決に誤りはなく、控訴人の主張は失当といわなければならない。











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