著作権重要判例要旨[トップに戻る]







複製権又は翻案権侵害の判断基準(8)-ノンフィクションが問題となった事例-
「ノンフィクション『箱根富士屋ホテル物語』事件」平成220714日知的財産高等裁判所(平成22()10017等) 

【コメント】本件は、「原告書籍」(以下、「被控訴人書籍」という。ただし、「物語」ともいう。)の著作者である被控訴人が、控訴人Xが「被告書籍」(以下、「控訴人書籍」という。ただし、「破天荒力」ともいう。)を執筆し、控訴人会社がこれを発行・販売した行為が、被控訴人書籍について被控訴人が有する著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害する旨主張して、控訴人らに対し、控訴人書籍の印刷、発行又は頒布の差止め等を求めた事案です。

 
原判決は、控訴人書籍のうち、原判決添付別紙対比表1のNo.71の「破天荒力」欄の前段の下線部分に対応する文章(「彼は,富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない。」との部分。以下「本件文章」ともいう。)が同「物語」欄の下線部分に対応する文章(「正造が結婚したのは,最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない。」との部分。以下「対比文章」ともいう。)を再製したものであって、被控訴人の有する複製権を侵害するものと認め、本件文章を削除しない限り、控訴人書籍を印刷、発行又は頒布してはならないとの限度等で、被控訴人の請求を一部認容したため、控訴人らが、控訴人ら敗訴部分を不服として本件控訴に及んだほか、被控訴人も、被控訴人敗訴部分を不服として、附帯控訴に及んだものです。

 
なお、本件で問題となった書籍は、以下のようなものです。

「原告書籍」(「被控訴人書籍」・「物語」)は、明治11年創業の「富士屋ホテル」の歴史について、創業者である山口仙之助、その娘婿で実質的な2代目の経営者である山口正造及び同じく仙之助の娘婿で実質的な3代目の経営者である山口堅吉の3名の事績に焦点を当てながら叙述されたノンフィクション作品である(原告は、堅吉の孫)。

「被告書籍」(「控訴人書籍」・「破天荒力」)は、箱根の開発と近代化に尽力したとされる5名の人物(山口仙之助、福沢諭吉、福住正兄、二宮尊徳及び山口正造)について、その人物像や箱根のために果たした業績を紹介、評価しながら現代において学ぶべき「志」等を論じた作品である。 


 控訴人らによる被控訴人の複製権又は翻案権の侵害の成否について
 
[原判決添付別紙対比表1について]
 
被控訴人は,控訴人書籍が被控訴人書籍に依拠していること(当事者間に争いがない)を前提として,原判決添付別紙対比表1のNo.…,以上合計15箇所の「物語」欄の下線部分の各記述部分がそれぞれ表現上の創作性を有する著作物であり,これと表現上の同一性又は類似性を有する控訴人書籍の「破天荒力」欄の対応する下線部分の各記述部分がその複製又は翻案に当たる旨,特に,対比文章(No.71の「物語」欄の下線部分)が被控訴人の正造という人物に対する一定の評価が個性的に表出した部分であり,単なるアイデアではなく,被控訴人の創作性を有する表現であるとして,本件文章が対比文章の複製又は翻案に当たる旨を主張する。
 そこで検討すると,著作物の複製(著作権法21条,2115号)とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう(最高裁判所昭和5397日第一小法廷判決参照)。ここで,再製とは,既存の著作物と同一性のあるものを作成することをいうと解すべきであるが,同一性の程度については,完全に同一である場合のみではなく,多少の修正増減があっても著作物の同一性を損なうことのない,すなわち実質的に同一である場合も含むと解すべきである。
 
また,著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。
 そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法211号),既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,複製にも翻案にも当たらないものと解するのが相当である(最高裁判所平成13628日第一小法廷判決参照)。
 
このように,複製又は翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が,著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(著作権法211号)。そして,「創作的」に表現されたというためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,筆者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきであるが,他方,文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合には,筆者の個性が表現されたものとはいえないから,創作的な表現であるということはできない
 
したがって,上記各控訴人書籍記述部分がこれに対応する上記各被控訴人書籍記述部分の複製又は翻案に当たるか否かを判断するに当たっては,当該被控訴人書籍記述部分が創作性を有する表現といえるか否か,創作性を有する場合に当該控訴人書籍記述部分がこれを再製したものであるか否か及び当該被控訴人書籍記述部分の表現上の本質的特徴を直接感得することができるか否かを検討する必要がある
 
そこで,以上の見地から,原判決添付別紙対比表1について個別に検討することとする。
 
<No.10について>
 
この箇所の被控訴人書籍記述部分と控訴人書籍記述部分とでは,@7頭いた仙之助の牛が5頭になったこと,A7頭のうち2頭が死亡したのであろうとの推測を記述している点が共通している。
 
しかしながら,上記共通点のうち,@は,事実であり,Aは,思想であって,被控訴人書籍記述部分と控訴人書籍記述部分とは,表現それ自体ではない部分において同一性を有するにすぎないから,複製又は翻案に当たらない
 
(略)
 
<No.36について>
 
この箇所の被控訴人書籍記述部分と控訴人書籍記述部分とでは,@仙之助が日本人著名人の宿泊を断ることに関する「慶應義塾出身名流列傳」の記載を紹介し,かつ,引用していること,A富士屋ホテルは外国人の金を取ることを目的とする旨の仙之助の発言に関する「八十年史」の記載を紹介し,かつ,引用していること,B仙之助が富士屋ホテルという事業を通じて日本の外貨獲得を考えていたこと,Cこうした仙之助に対する積極的な評価を記述している点で共通する。
 
しかしながら,上記共通点のうち,@及びAは,いずれも事実であり,Bは,事実又は思想であり,Cは,思想であって,被控訴人書籍記述部分と控訴人書籍記述部分とは,表現それ自体ではない部分において同一性を有するにすぎないから,複製又は翻案に当たらない
 
(略)
 
<No.71について>
() この箇所の被控訴人書籍記述部分(対比文章。「正造が結婚したのは,最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない。」)と控訴人書籍記述部分の前段(本件文章。「彼は,富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない。」)とは,いずれも,正造と富士屋ホテルとの関係を,「(富士屋ホテル)と結婚したようなもの」「だったのかもしれない」との用語で記述している点が共通する。
 
そして,対比文章及び本件文章は,いずれも,@正造が明治40年にいわゆる婿養子として孝子と結婚したこと,A正造と孝子が大正154月に離婚したが,婿養子であった正造が富士屋ホテルにとどまる一方,仙之助の実子である孝子が山口家を出たこと,B孝子が離婚後に再婚した一方で,正造が再婚しなかったことの記述に引き続いて用いられており,しかも,対比文章及び本件文章に続いて,これを裏付ける事実として,C正造が自らの設立した学校等の関係者を子どもとして扱うこととして,富士屋ホテルトレーニングスクールを設立するなどしたことが記述されている。
() しかしながら,「(特定の事業又は仕事)と結婚したようなもの」との用語は,特に配偶者との家庭生活を十分に顧みることなく特定の事業又は仕事に精力を注ぐさまを比喩的に表すものとして広く用いられている,ごくありふれたものといわなければならない。しかも,「だったのかもしれない」との用語も,特定の事実に関する自己の思想を婉曲に開陳する際に広く用いられている,ごくありふれた用語である
() してみると,前記の正造と富士屋ホテルとの関係の特異性と,「結婚したようなものだったのかもしれない」との用語の慣用性に鑑みると,前記()@ないしCの事実に接した者が,これについて「正造は,富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない。」との感想を抱くことは,それ自体ごく自然なことであって,対比文章と本件文章との前記共通点は,結局,正造と富士屋ホテルとの関係という事実に関して共有されるであろうごく自然な感想という思想であるというべきである。また,対比文章及び本件文章は,これが表現であるとしても,上記のような思想をいずれもごくありふれた用語で記述したものであるから創作性が認められない。したがって,対比文章と本件文章とでは,表現それ自体ではない部分又はせいぜい表現上の創作性のない部分において同一性を有するにすぎないから,いずれにせよ,複製又は翻案に当たらない
() この点について,被控訴人は,「仕事(会社)と結婚」との表現は,「家庭(夫婦)生活よりも仕事を優先する仕事人間」との脈絡で皮肉等の否定的なニュアンスが込められることが一般的であるところ,対比文章にはそのようなニュアンスは感じられず,むしろ,対比文章は,正造とホテルとの間の運命的・宿命的なつながりに関する深い文脈であって,「かもしれない」との表現を受けて,読者に感慨を迫るものとなっているから,創作性が認められる旨を主張する。
 
しかしながら,「仕事(会社)と結婚」との表現に否定的なニュアンスが込められていることが一般的であるとまではいえないし,「かもしれない」との用語も,前記のとおり,ごくありふれたものであるから,これを「仕事(会社)と結婚」との比喩と組み合わせたからといって,直ちに創作性が認められるというものではない。
 
また,被控訴人は,対比文章に先立つ歴史的事実等を前提とすれば,正造と富士屋ホテルとの関係を表現する方法として,「ホテルと結婚」のほかにも多数の選択肢の幅があるから,創作性が認められる旨を主張する。
 
しかしながら,特定の思想を表現する方法に多数の選択肢があるとしても,その選択された表現自体がありふれたものであれば,これに創作性を認めることができないことは明らかである。
 
したがって,被控訴人の主張は,いずれも採用することができない。
 
(略)
 
以上によれば,原判決添付別紙対比表1の各被控訴人書籍記述部分と控訴人書籍記述部分とでは,いずれも,表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性のない部分において同一性を有するにすぎないから,複製又は翻案に当たらないというほかない。
 
[原判決添付別紙対比表2について]
 
被控訴人は,控訴人書籍が被控訴人書籍に依拠していること(当事者間に争いがない)を前提に,いわゆるノンフィクション作品においては,事実,提示する資料・文献等の取捨選択あるいはこれらの資料等の引用及び要約の仕方に著作者の創作性が発揮されるところ,原判決添付別紙対比表2の各控訴人書籍記述部分が,いずれもこれらに対応する各被控訴人書籍記述部分で発揮された上記の創作性を有する部分と同一又は類似しており,したがって当該被控訴人書籍記述部分を再製し,又はこれを土台として修正・増減等して変形して制作されたものであるから,被控訴人の複製権又は翻案権を侵害している旨主張する。
 
そこで,まず,被控訴人が問題にしている原判決添付別紙対比表2のX1ないしX21の以上合計21箇所について個別に検討することとする。
 
<X1について>
 
この箇所の被控訴人書籍記述部分と控訴人書籍記述部分とでは,@仙之助の戸籍上の出生地が実在しない地名であること,A仙之助の実父の紹介,B仙之助が山口粂蔵(以下「粂蔵」という。)の養子となったこと,C粂蔵が横浜で「伊勢楼」という遊郭を営んでいたこと,D粂蔵が新たに「神風楼」という遊郭も開き,「伊勢楼」を姪に任せ,自らは「神風楼」の経営に当たったこと,E当時の横浜で外国人客を取ることが許されていた遊郭が「岩亀楼」という遊郭だけであったが,粂蔵の働きかけによりどの店でも外国人客を取ることができるようになったことが記述されている点が共通しており,被控訴人書籍記述部分では,上記@ないしEの事実は,概ねこの順序で記載されている。
 
しかしながら,被控訴人書籍記述部分の上記事実の選択及び配列自体に表現上の格別な工夫があるとまでいうことはできない。むしろ,被控訴人書籍記述部分には,粂蔵が横浜で遊郭を経営していたことに関連して,横浜の遊郭の来歴やいわゆるブタ小屋火事という事実を記述しているのに,控訴人書籍記述部分にはそれがなく,控訴人書籍記述部分には,当時の遊郭の性格を説明する記述や,当時の横浜の異国然とした様子を説明する記述があるのに,被控訴人書籍記述部分にはそれがないことに加えて,控訴人書籍記述部分では,上記事実が@,B,A,B,C,D及びEの順序で記載されているため,両者は,事実の選択及び配列が異なっている
 
(略)
 
既に説示したとおり,著作権法は,思想又は感情の創作的表現を著作物として保護するものである(著作権法211)から,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分は,著作権法による保護が及ばない。すなわち,歴史的事実の発見やそれに基づく推論等のアイデアは,それらの発見やアイデア自体に独自性があっても,著作に当たってそれらを事実又は思想として選択することは,それ自体,著作権による保護の対象とはなり得ない。そのようにして選択された事実又は思想の配列は,それ自体としてひとつの表現を構成することがあり得るとしても,以上のとおり,原判決添付別紙対比表2記載の各被控訴人書籍記述部分の事実又は思想の選択及び配列自体には,いずれも表現上の格別な工夫があるとまでいうことはできないばかりか,上記各被控訴人書籍記述部分とこれに対応する各控訴人書籍記述部分とでは,事実又は思想の選択及び配列が異なっているのである。
 
したがって,上記各控訴人書籍記述部分は,これに対応する各被控訴人書籍記述部分と単に記述されている事実又は思想が共通するにとどまるから,これについて各被控訴人書籍記述部分の複製又は翻案に当たるものと認めることができないことは明らかである。
 
(略)
 
以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも一部認容した原判決は,控訴人らの控訴に基づき,取り消されるべきものであり,また,被控訴人の附帯控訴は棄却されるべきものである。











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