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特許実施契約の錯誤無効の成否
石風呂装置専用実施権設定契約事件平成200828日東京地方裁判所(平成19()17344/平成210128日知的財産高等裁判所(平成20()10070 

【コメント】本件は、原告が、被告Yとの間で、被告Yが特許権者であった石風呂装置の特許につき、専用実施権設定契約(「本件実施契約」)を締結し、同契約に基づいて被告Yに対し契約金として3000万円を支払ったところ、その後、同特許を無効とする審決が確定したため、上記特許に係る石風呂装置を独占的に使用することができなくなったとして、被告らが、共謀の上、上記特許に無効原因があることを知りながら、原告にそのことを告げずに原告に同特許が有効であると誤信させ、また、同特許に係る発明を実施したものでない石風呂装置を同特許に係る発明を実施したものであると誤った説明をして、原告にその旨誤信させて上記専用実施権設定契約を締結させた上、契約金3000万円を支払わせたこと等が共同不法行為に当たると主張して、被告らに対し損害賠償を請求し、また、上記事実によれば、同契約は、錯誤により、又は公序良俗違反により無効であると主張して、被告らに対し、不当利得返還請求権に基づき契約金の返還等を請求した事案です。

 なお、本件では、専用実施権設定契約の錯誤による無効に関し、原審と控訴審で判断が割れました。 


【原審】

 
上記で認定説示したところによれば,原告は,その設立をした関係者が被告Y及びZからZ装置が本件発明の実施品である旨の説明を受け,Z装置と同一の装置を独占的に実施するのに必要であるとの認識の下に本件実施契約を締結したものである。ところが,実際には,Z装置は本件発明の技術的範囲に属さず,原告は,本件実施契約を締結してもZ装置と同一の装置を独占的に実施することのできる地位を獲得することができなかったものである。原告がこのことを知っていれば本件実施契約を締結することはなかったということができるから,原告には本件実施契約の締結につき要素の錯誤があったというべきである。
 
本件実施契約書の61項は,「本契約に基づいてなされたあらゆる支払いは,事由の如何に拘わらず乙(判決注・原告)に返還されないものとする。」と規定している。しかしながら,前記で認定した事実によれば,同条項の定めは,特許無効審判制度が存在することを前提として,本件特許権につき,契約締結後,無効審判が請求され無効審決が確定した場合であっても,本件契約金等の返還をしない趣旨を合意したものであることが認められる。同条項につき,上記の趣旨を超えて,本件実施契約につき錯誤や詐欺等が存在する場合において,契約の無効や取消しを理由として本件契約金等の返還請求をすることが一切できないとの趣旨まで含むことについての合意があったことをうかがわせる証拠はない。
 
以上によれば,本件実施契約は錯誤により無効であり,被告Yは,原告に対し,不当利得として,本件契約金3000万円の返還義務を負う。

【控訴審】

 
上記の本件実施契約の締結前後の事実経緯に照らすならば,本件実施契約を締結するに当たり,Z装置が本件発明の技術的範囲に含まれると原告が誤信した点は,要素の錯誤に当たると解すべきではなく,また,原告の認識した事実に何らかの点で誤りがあったとしても,それは重大な過失に基づくものというべきであるから,原告は本件実施契約の無効を主張することができない
 
その理由は,以下のとおりである。
 
すなわち,本件実施契約は,営利を目的とする事業を遂行する当事者同士により締結されたものであり,その対象は,本件特許権(専用実施権)であるから,契約の当事者としては,取引の通念として,契約を締結する際に,契約の内容である特許権がどのようなものであるかを検討することは,必要不可欠であるといえる。すなわち,合理的な事業者としては,「発明の技術的範囲がどの程度広いものであるか」,「当該特許が将来無効とされる可能性がどの程度であるか」,「当該特許権(専用実施権)が,自己の計画する事業において,どの程度有用で貢献するか」等を総合的に検討,考慮することは当然であるといえる。そして,「技術的範囲の広狭」及び「無効の可能性」については,特許公報,出願手続及び先行技術の状況を調査,検討することが必要になるが,仮に,自ら分析,評価することが困難であったとしても,専門家の意見を求める等により,適宜の評価をすることは可能であるというべきである。
 
本件では,原告は,被告K(管理人注:原審の「被告Y」のこと)から,専用実施権の設定を受け,その権利に基づいて,第三者に再許諾(通常実施権)をし,また,自ら施設を運営するすることによって,利益を図ることを計画していたのであるから,原告としては,そのような事業目的との関連性において,本件特許権(専用実施権)の価値(発明の技術的範囲等)を分析,評価及び検討をすべきであったというべきである。
 
ところで,本件特許権は,当事者双方が予測しなかった事情によって,無効とされるに至ったが,本件実施契約では不返還の特約が付されていたため,原告は,無効となったことを理由として,支払った金額の返還を求めることはできなかった。
 
しかし,仮に,本件特許が無効とされる事情が発生しなかったとすれば,本件特許権は,その特許請求の範囲の記載のとおりの技術的範囲及びその均等物に対する専有権を有していたのであり,その専有権は,原告の計画していた事業において,有益であったというべきである。実際にも,原告は,本件実施契約に基づく再許諾権限に基づいて,湯本館に対して,通常実施権を付与したことにより,525万円の契約金の支払を受けていた。そうすると,技術的範囲についての原告の認識の誤りは,原告の計画していた事業の妨げになったとは到底解することはできず,Z装置が本件発明の技術的範囲又はそれと均等の範囲に含まれていない限り原告において本件実施契約を締結する意思表示をすることがなかったであろうとまで認めることはできない
 
以上のとおりであって,原告に,本件実施契約の対象たる特許権に係る発明の技術的範囲についての認識の誤りがあったからといって,その点が,本件実施契約についての「要素の錯誤」に該当するということはできない。また,仮に,何らかの誤認があったとしても,それは,このような事業を遂行する過程で契約を締結する際に,当然に調査検討すべき事項を怠ったことによるものであって,重大な過失に基づく誤認であるというべきである。











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