著作権重要判例要旨[トップに戻る]







タイプフェイスの著作物性(2)
「‘ヤギ・ボールド’装飾文字事件」昭和540309日東京地方裁判所(昭和49()1959)/昭和580426日東京高等裁判所(昭和54()590 

【原審】

 
原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも、本件各文字ないし本件文字セツトが著作物を有すること、換言すれば、著作権法第2条第1項第1号所定の著作物たる要件をすべて具備することを、その請求を理由あらしめるためには必要な原因の一部とするものである。
 
そこで、まず、原告がデザインしたと主張する本件各文字及び本件文字セツトの著作物性について、検討することとする。
 
本件各文字及び本件文字セツトは、原告の主張それ自体から明らかなとおり、いずれもデザインされた文字の書体、すなわちデザイン書体であるところ、デザイン書体は、一般に、著作物性を有しないものというべきである。…
 
現行著作権法は、その第2条第1項第1号において、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義し、ある作品が著作物であるためには、少なくともそれが文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであることを要求する。そして、デザイン書体が一般に文芸、学術又は音楽の範囲に属するものでないことは、ここに縷説するまでもなく明白であり、また本件当事者間においても争いがない。したがつて、デザイン書体が著作物性を有するといえるためには、それが著作権法上美術の範囲に属するものでなければならない
 
著作権法上「美術」とは、原則として、鑑賞の対象たるべき純粋美術のみをいい、応用美術でありながら著作権法により保護されうるのは、同法第2条第2項の規定によつてとくに美術の著作物に含まれるものとされる美術工芸品に限られる、と解するのが相当である。
 
およそ美術は、種々の観点から分類されうるが、美術価値に関する純粋性、ないしは美的価値と効用価値の関係という観点からは、純粋美術・鑑賞美術と応用美術・効用美術とに分けられ、両者は相互に排斥し合う関係に立つものとされる。すなわち、純粋美術は、絵画、彫刻等専ら美の表現のみを目的とするものであるのに対し、応用美術は、単に美の表現のみではなく、装飾又は装飾及び実用の兼用をも目的とするもの、換言すれば、実用に供され、あるいは産業上利用されることを目的とする美的な創作物をいい、(一)美術工芸品、装身具等実用品自体であるもの、(二)家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの、(三)文鎮のひな型等量産される実用品のひな型として用いられることを目的とするもの、(四)染織図案等実用品の模様として利用されることを目的とするもの等が、これに属するものと理解されている。
 
ところで、著作権法第2条第1項第1号にいわゆる「美術」を純粋美術の趣旨に解し、同条第2項をもつて、本来美術の著作物に含まれない美術工芸品をとくにこれに含ませるべく定めた特別規定とみるべきか、はたまた、右にいう「美術」を純粋美術のみならず応用美術をも指すものと解し、同条第2項を単なる注意的規定とみるべきかは、解釈上一個の問題たりうべく、右各規定の文言のみからは、必ずしも十分な決め手は得られないかもしれない。しかしながら、現行著作権法制定の経過をも併せ考えれば、解釈論としては前説を採るのが妥当であろう。すなわち、同法成立に至るまでの過程においては、著作権制度審議会審議記録(一)にもその一端が窺われるように、応用美術をどの範囲まで著作権法によつて保護すべきかが大いに論議されたが、結局、意匠法等工業所有権制度との調整措置の法制化が困難であること、使用者側関係団体に強い反対があつたこと等の事情から、応用美術については、純粋美術に最も近い実体をもつ美術工芸品だけをとくに保護することとしたのである。
 
以上に説示したところとは異つて、純粋美術と応用美術とは相互に排斥し合う関係に立つ概念ではなく、応用美術作品でありながら同時に純粋美術の性質をも兼有するものがありうるとの前提に立つて、かかるものも美術の著作物に含まれるとする見解が見受けられる。前掲著作権制度審議会審議記録(一)に、「図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、著作権法において特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有するものであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。」、「図案等については、原則として意匠法等による保護に委ね、著作権法においては特段の措置を講じないこととするが、量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的として製作されたものであつても、それが同時に純粋美術としての絵画、彫刻等に該当するものであれば、美術の著作物としての保護を受けるものとする。」、「産業上の利用を目的として創作されたものであつても、それが純粋美術と同様な意味において美術的著作物にあたるものであれば、美術的著作物として取り扱うこととする。」とあるのは、その一例である。しかしながら、この見解において、応用美術品でありながら同時に純粋美術としての絵画、彫刻等に該当するものと、該当しないものとの境界は、極めてあいまいであり、したがつて、応用美術品でありながら著作物性を有するものとして、具体的にいかなる態様の作品を想定するのか詳かでないうえ、それが産業上の利用を目的として製作される以上、意匠法等工業所有権制度による保護に値するものであるかぎり、製作者には当該制度を利用する機会は与えられている(この点で、当初は純粋美術として製作された絵画が、後に至つてたまたま産業上利用されるようになつた場合とは、大いに異る。)のであるから、工業所有権制度との調整措置が講じられていない現段階において、にわかにこの見解を解釈論として採用することには、いささか躊躇を感ぜざるをえない。かりに一歩を譲り、この見解を採るにしても、著作権法によつて保護されるべき応用美術作品は、それが産業上利用されることを目的とするという製作意図を一応捨象して、客観的外形的に観察するかぎり、絵画、彫刻等専ら美の表現のみを目的とする純粋美術作品と区別しえず、通常美術鑑賞の対象とされうるものに限定されるべきは、むしろ当然であろう。
 
デザイン書体は、一般に、専ら美の表現のみを目的とする純粋美術の作品とはいえず、また、通常美術鑑賞の対象とされるものでもない。すなわち、文字は、元来、情報伝達のための実用的記号(の一種)であるところ、デザイン書体は、かかる事実を前提に情報伝達という実用的機能をにない、かつ、当該機能を果すために使用される記号としての文字に、美的形象を付与すべくデザインしたものであつて、そのこと自体から、実用に供されることを目的とするものということができる。デザイン書体のうち、印刷用活字・写真植字用文字盤等大量生産を予定する実用品に直接応用されることを目的とてデザインされるタイプ・フエイスにおいては、実用品との関連性は極めて直接的であるが、一応これら実用品との直接的関連をはなれて、抽象的に記号としての文字にデザインを施す場合にも、その本質においてはなんらの差異も認められない(なお、デザイン書体が応用美術の分野に属するものであること自体は、原告も自認するところである。)。
 
著作物性を肯定されることのある「書」及び「花文字」も、文字を素材とする美的作品であるという点においては、デザイン書体と異るところがない。しかし、「書」についていえば、文字が毛筆で書かれているからといつて、ただそれだけで著作物性を取得するわけではない。専ら美の表現を目的として書かれ、美術的書となつて、はじめて美術の著作物として保護されるのである。そして、美術的書においては、たしかに文字が書かれてはいるが、それは情報伝達という実用的機能を果すことを目的とせず、専ら美を表現するための素材たるに止まり、そのことによつて、通常美術鑑賞の対象とされるのである。ことは「花文字」についても同様である。文字に装飾が施され、社会的には「花文字」といわれるものであつても、それが書籍のテキスト等に使用され、情報伝達のための実用的記号として機能するものであるかぎり、いまだ著作物とはいえず、絵画ともいえる程度にまで達し、通常美術鑑賞の対象とされるに及んで、はじめて美術の著作物として保護されるものというべきである。そして、ここに至れば、その文字は実用的記号としての性格を喪失するのである。したがつて、「書」及び「花文字」に著作物性を肯定される場合があるからといつて、これをもつて、デザイン書体が著作物たりうることを理由づける根拠とすることは、できないものというべきである。
 
そして、デザイン書体が美術工芸品に該当しないことは、説明するまでもない。
 のみならず、…によれば、本件各文字及び本件文字セットは、単にデザイン書体であるというに止まらず、1969年から翌70年にかけて、原告が、写植機及び写植用フイルムの販売を業とするフアクシミル・フオト・タイプ社の注文に応じ、いずれもタイプ・フエイスとして製作したものであることが認められるのであり、これに反する証拠はない。
 
そうすると、以上、説示してきたところにより、本件各文字及び本件文字セツトは、いずれも著作物性を有しないものというべきであり、それらが著作物であることを請求の原因の一部とする原告の本訴各請求は、進んでその余の点につき判断するでもなく、すでにこの点においてすべて理由がないから、これを棄却することと…する。

【控訴審】

 
控訴人の被控訴人らに対する本訴各請求は、いずれも、本件各文字(別紙…記載の文字、記号などの書体)ないし本件文字セツト(同…記載のとおり配列された文字などの書体の一揃い)が著作物性を有すること、換言すれば、著作権法第2条第1項第1号に規定された著作物たる要件をすべて具備することを前提として主張するものである。そこで、本件各文字及び本件文字セツトの著作物性について検討する。
 
文字及びこれに付随して広く用いられる記号(以下、これを「文字等」という。)は、様々な態様をとりうる書体をもつて、はじめて、かつ、専らこれによつて表出されうるものであり、書体を伴わない文字等はない。すなわち、文字等については、その表出に用いられうる書体が文字等と不可分に存しているといいうべきものである。したがつて、特定人に対し、書体について独占的排他的な権利である著作権を認めることは、万人共有の文化的財産たる文字等について、その限度で、その特定人にこれを排他的に独占させ、著作権法の定める長い保護期間にわたり、他人の使用を排除してしまうことになり、容認しえないところである(文字等が本来情報伝達の手段である以上、それは直ちに公に用いられるであろうから、他人がそれとは全く独自に同一著作物を創作して著作権を取得するという余地は、まず考え難いし、万人共有の財産を独占してしまうことには変りはない。)。
 
もつとも、いま文字等の限度において考えるに、たとえば、書や花文字のあるもののように、文字を素材としたものであつても、専ら思想又は感情にかかる美的な創作であつて、文字等が本来有する情報伝達という実用的機能を果すものではなく、美的な鑑賞の対象となるものであるときには、それは、文字等の実用的記号としての本来的性格を有しないから、著作物性を有するとしうべきものである。
 
また、文字等ひいてその書体は、その本来の性質として、必要に応じ、大小、太細、濃淡などの態様、黒、青などの色彩をもつて、種々の素材上に、思想又は感情を表現する文を構成するための手段として組み合せられて用いられるべきものであることはいうまでもなく、この意味で、まさに実用的なものである。そして、一般に、実用的なものが、おのずから様々に美的な表現を包含するのは当然であり、現に、文字等の広く一般に用いられている書体においても、そのままで美的な表現を十分具えており、更には、日常個々人が作出する書体も、美的な創作的表現を様々に具えることが多いことは疑いの余地のないところであつて、むしろ、実用的なものこそ、美的かどうかは優れて主観的な面を有するものであるとはいえ、多くの優れた美をおのずと具現するものである。そして、著作権法上の著作物性は、美的な価値の多寡高低によつて決せられるものではなく、単に美術の範囲に属するか否かによつて決せられるものであつて、文字等の書体について美的な表現を創作するにあたつての労作の多少などは、著作物性の決定については考慮されるべきものではない
 
文字等の書体は、結局、著作物として特定人に付与される排他的権利の対象とされえないものというべきである。
 
著作権法は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(第2条第1項第1号)と定め、著作物の例示をし、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を美術の範囲に属するものの代表的な著作物として示しており(第10条第1項第4号)、また、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」(第2条第2項)と規定している。更に、「美術の著作物」については、「著作者は、その美術の著作物…をこ…の原作品により公に展示する権利を専有する。」(第25条)と規定し、また、「美術の著作物」の原作品の所有者による展示についても、「美術の著作物…の原作品の所有者又はその同意を得た者は、こ…の著作物をその原作品により公に展示することができる。」(第45条第1項)とし、右の「展示が行なわれた場合には、公表されたものとみなす。」(第4条第3項)と定めている。
 
たしかに、著作権法第2条第1項第1号の規定にいう「美術の範囲に属するもの」のうちには、同法の「建築の著作物」や「写真の著作物」なども包摂されるものであるが、著作権法における前記のような著作物についての例示規定や「美術の著作物」の展示に関する規定などに鑑みても、著作権法が第2条第1項第1号の「美術の範囲に属するもの」とした著作物は、そのうち実用に供されるものについては、創作されたときに、これを客観的にみて、鑑賞の対象と認めうる一品製作の著作物というものと解するのが相当である。著作権法の規定全体を通してみても、実用に供され、あるいは、産業上利用される、本来、量産の予定されることが外観からも認められるような美的な創作物について、これを著作権法による保護の対象としたものと理解しうる、たとえば意匠法など工業所有権制度との調整措置などを定めた規定は見出せない。かえつて、成立に争いのない…号証(著作権制度審議会答申)及び…号証(著作権制度審議会答申説明書―答申の付属書として審議会から文部大臣に提出されたもの)によれば、著作権法改正の審議過程においても、「実用に供され、あるいは、産業上利用される美的な創作物」(応用美術)の保護(答申説明書第一の四)について検討されてはいるが、そこには、「応用美術とくに図案、ひな型などは、その産業上の利用に関しては、意匠法又は商標法の適用を受けるものであるから、これらについて著作権法による保護を図る場合には、意匠法など工業所有権制度との調整に配意しなければならない。著作権法と意匠法などとでは、権利保護の方法、権利の性質、保護期間などにおいてかなり顕著な相違があり、単純に図案などを絵画、彫刻などと全く同様に著作権法によつて保護することとすると、両制度の重複によつて、従来意匠法などを基調としてその秩序を保つてきている産業界に対し、大きな影響を与えるおそれがあるから」、図案などについては、著作権制度、工業所有権制度双方の利点を取入れた別個のより効果的、合理的な保護制度の検討が必要であるが、右の調整措置の法制化が困難である場合には、今回の著作権制度の改正においては、著作権法による保護の対象を、実用品自体については、美術鑑賞の対象たりうるいわゆる一品製作の美術工芸品に限定することとし、量産される実用品は、それが美的な形状、模様あるいは色彩を有するものであつても、著作権法による保護の対象とはせず、図案などについては、将来において、効果的な保護の措置を検討すべきものである旨述べられている。
 
右の趣旨を受けて、著作権法は、とくに「美術工芸品」についての規定(第2条第2項)を設けたものと認められる。著作権法の規定内容と右の立法過程における審議内容とを併わせ考えてみても、著作権法が実用に供されるもので「美術の範囲に属する」著作物としたのは、創作されたときにこれを客観的にみて、鑑賞の対象となるべき絵画、彫刻などと同視しうるような一品製作の美術工芸品であると解するのが相当である。
 
そして、右の立法過程において期待された著作権法と意匠法など工業所有権制度との調整措置が現在なお実現されていないからといつて、著作権法についての右の解釈を変更することはできない。けだし、意匠法などを含む工業所有権制度における調整措置なしに、著作権法による保護の対象をひろげることは、これまで意匠法などを基調として確立されてきた工業所有権制度内の法的秩序を大きく乱すことになるからである。
 
…によれば、本件各文字及び本件文字セツトは、単にデザイン書体であつて、1969年から翌70年にかけて、控訴人が、写植機及び写植用フイルムの販売を業とするフアクシミル・フオト・タイプ社の注文に応じ、いずれもタイプ・フエイスとして製作したものであることが認められ、これに反する証拠はない。
 
右認定事実によれば、本件各文字及び本件文字セツトは、それぞれ「一組のデザインとして、印刷、タイプライター、その他の印刷技法によつて文を組立てる手段として意図された」タイプ・フエイス(書体)であることが明らかであつて、本件各文字にはデザインが施されているとはいえ、各文字、数字、その他の記号などは、本来的にそれらの組合わせによつて、情報伝達という実用的機能を期待されたものであり、それがため、そこに美の表現があるとしても、文字等についてすべての国民が共通に有する認識を前提として、特定の文字なり、数字なりとして理解されうる基本的形態を失つてはならないという本質的制約を受けるものである。この点からしても、本件各文字を美術鑑賞の対象として絵画や彫刻などと同視しうる美的創作物とみることはできない
 
更に、本件文字セツト(各一揃い)を客観的にみても、タイプ・フエイスとして文を組立てるうえでの実用的利用目的のために、それぞれのセツトは、アルフアベツト、各種記号、数字の順に配列されたものとみられ、この配列形態によつて、鑑賞の対象として絵画や彫刻などと同視できる鑑賞美術の著作物を創作的に表現したものとは認められない
 
以上のとおりであるから、いずれの点からしても、控訴人の本件各文字及び本件文字セツトについての著作権侵害を理由とする本訴各請求は、理由がなく失当として棄却されるべきものであり、これと同趣旨に出た原判決は正当であつて、本件控訴は、理由がないから、棄却されるべきものである。











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