著作権重要判例要旨[トップに戻る]







出版者の注意義務(8)
「三島由紀夫手紙事件」
平成111018日東京地方裁判所(平成10()8761/平成120523日東京高等裁判所(平成11()5631 

【コメント】本件は、原告ら(亡F(筆名G、以下「G」という。)の相続人)が、Gが書いた未公表の手紙を掲載して、書籍を発行した被告らの行為が、@原告らが相続したGの当該手紙に係る複製権を侵害する行為であり、また、AGが生存していたならばその公表権の侵害となるべき行為であると主張して、当該書籍の出版等の差止め、損害賠償の支払及び謝罪広告等を請求した事案です。 

【原審】

 
不法行為の成否
 
前記のとおりであるから、本件各手紙が掲載された本件書籍を出版した被告らの行為は、本件各手紙に係る原告らの複製権を侵害する行為に該当し、また、「Gが生存しているとしたならばその公表権の侵害となるべき行為」(著作権法60条)に該当する。
 
被告Eは、本件各手紙が、Gの未公表の手紙であり、これを本件書籍に掲載して出版すれば、著作権を侵害することを認識していたものと認められるから、右複製権の侵害行為及び著作権法60条の規定に違反する行為をするにつき、故意又は過失があったといえる。また、被告会社は大手の出版会社であり、被告Dは被告会社の第一出版局長の職にあって、出版活動に従事していたのであるから、書籍を出版するに際して、他人の著作権を侵害することがないよう注意すべき義務があったといえる。しかるに、右注意義務を怠ったのであるから、右複製権の侵害及び著作権法60条の規定に違反する行為をするにつき、過失があったといえる。
 
したがって、被告らの行為は、右複製権を侵害し、また、著作権法60条の規定に違反し、共同不法行為を構成する。

【控訴審】

 
不法行為の成否について
 
控訴人らは、本件書籍に本件各手紙が公表された当時、素人はもとより専門家でも、手紙の著作物性について確かな見解(司法判断の予測)を持することは不可能であり、手紙の著作物性は誰にも知られていないに等しく、国民の依拠すべき法は、事実上存在しなかったから、控訴人らには、故意がないのはもちろん過失もないと主張する。
 
著作権法は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義し、特に「手紙」を除外していないから、右の定義に該当する限り、手紙であっても、著作物であることは明らかである。この点について、手紙の著作物性は誰にも知られていなかったとか、国民の依拠すべき法が事実上存在しなかったとか、ということはできない。
 
(略)
 
右認定の事実によれば、昭和50年ころには既に、交際相手にあてた私信という程度の手紙も著作物(すなわち、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの)であること、及び、右のような手紙にも著作者の著作権が及ぶということが、週刊文春のような一般向け週刊誌にも、「法解釈上の通説」として説明される程度の事柄であったことが認められる(ちなみに、当庁第六民事部の書棚の入門書、実務書等にも、…等、手紙の著作物性を説明し、その著作権は著作者(発信人)にあるとする記述がみられるところである。)。
 
本件各手紙を読めば、これが、単なる時候のあいさつ等の日常の通信文の範囲にとどまるものではなく、【F】(管理人注:原審の「G」)の思想又は感情を創作的に表現した文章であることを認識することは、通常人にとって容易であることが明らかである。また、控訴人らが本件各手紙を読むことができたことも明らかである。そうである以上、控訴人らは、本件各手紙の著作物性を認識することが容易にできたものというべきである。控訴人らに過失がないとの主張は、採用することができない。











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