著作権重要判例要旨[トップに戻る]







意見ないし論評が他人の著作物に関するものである場合における名誉毀損の成否
月刊雑誌『諸君!』評論事件平成100717日最高裁判所第二小法廷(平成6()1082 

 本件は、上告人の著作物について被上告人B1の執筆、公表した評論が上告人の名誉を毀損するものであるとして、上告人が被上告人らに対して損害賠償等を請求するものであり、前提となる事実関係の概要は、次のとおりである。
 
上告人は、昭和5212月に株式会社D新聞社から発行された「ベトナムはどうなっているのか?」と題する書籍を執筆し、その176ないし178頁において、「一二人の集団″焼身自殺″事件」との見出しの下に、「去年の六月一二日」にカントーでベトナムの僧尼が焼死した事件(以下「本件焼死事件」という。)が堕落・退廃した僧侶の無理心中事件であるなどとするベトナム愛国仏教会副会長E師の談話の紹介等を内容とする記述(以下「本件著作部分」という。)をした。
 
被上告人B1は、被上告人株式会社B2発行の月刊雑誌「諸君!」昭和565月号に、「今こそ『ベトナムに平和を』」と題する評論を執筆し、その58ないし63頁において、本件焼死事件はベトナム政府の宗教政策に抗議する集団自殺であったとした上、本件著作部分に関する上告人の執筆姿勢を批判する内容の記述(以下「本件評論部分」という。)をした。
 
本件評論部分は、全体で300行を超える分量のものであり、「A記者の報道」という見出しが付された部分、「焼身自殺か無理心中か」という見出しが付された部分(以下「中段部分」という。)及び「真実の探究」という見出しが付された部分(以下「後段部分」という。)の三部分から構成されている。
 
中段部分は、全体の長さが55行であり、その内容は、「この事件について、A記者は『焼身自殺などというものとは全く無縁の代物』、『堕落と退廃の結果』であるといっている。」という3行の文章で始まり、続いて、本件著作部分がその第一段落及び末尾の注を除いて引用されており、その引用部分は、若干の加除訂正があるものの、おおむね本件著作部分を正確に表現している。
 
後段部分は、全体の長さが76行であり、その内容は、「何より問題なのは、A記者がこの重大な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに、断定して書いていることである。」、「従ってカントーの事件でもA記者は現場に行かず、行けずに、この十二人の僧尼の運命について政府御用の仏教団体の公式発表を活字にしているのである。」、「もちろん逃げ道は用意されている。A記者はこの部分を全て伝聞で書いている。彼自身のコメントはいっさい避けている。なんともなげやりな書き方ではないか。」、「誤りは人のつねといっても、誤るにも誤りかたがあるというもので、十二人の殉教を″セックス・スキャンダル″と鸚鵡返しに本に書いたというのでは言訳はできまい。」などとして、本件焼死事件が無理心中事件であるとするE師の談話をそのまま紹介した上告人の執筆姿勢を批判するものである。
 
他人の言動、創作等について意見ないし論評を表明する行為がその者の客観的な社会的評価を低下させることがあっても、その行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出たものであり、かつ、意見ないし論評の前提となっている事実の主要な点につき真実であることの証明があるときは、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱するものでない限り、名誉毀損としての違法性を欠くものであることは、当審の判例とするところである(最高裁平成元年1221日第一小法廷判決、最高裁平成999日第三小法廷判決頁参照)。そして、意見ないし論評が他人の著作物に関するものである場合には、右著作物の内容自体が意見ないし論評の前提となっている事実に当たるから、当該意見ないし論評における他人の著作物の引用紹介が全体として正確性を欠くものでなければ、前提となっている事実が真実でないとの理由で当該意見ないし論評が違法となることはないものと解すべきである。
 
これを本件について見ると、本件評論部分は、被上告人B1が上告人の著作物である本件著作部分を論評するものであり、その前提として中段部分において本件著作部分の内容を引用紹介している。そのうち冒頭の3行は、本件焼死事件に関する本件著作部分の記述がE師の談話をそのまま紹介したものではなく上告人自身の認識、判断であるかのような内容となっており、これが本件著作部分の内容を要約して紹介するものとして適切を欠くものであることは否めない。しかし、前記記載の後段部分の記述を併せて読むならば、本件評論部分は、専ら上告人が本件焼死事件に関するE師の談話をその真偽を確認しないでそのまま「鸚鵡返しに」紹介したことを批判するものであって、その内容が上告人自身の認識、判断であるとしてこれを批判するものではなく、そのことは、本件評論部分を通読する一般読者にとって明白であるということができる。中段部分冒頭の3行が本件著作部分の引用紹介として適切を欠くものであることは、前記のとおりであるが、その適切を欠く引用紹介の内容が右批判の前提となっているわけでもない。したがって、本件評論部分は、全体として見れば、本件著作部分の内容をほぼ正確に伝えており、一般読者に誤解を生じさせるものではないから、本件評論における本件著作部分の引用紹介が全体として正確性を欠くとまではいうことができず、その点で本件評論部分に名誉毀損としての違法性があるということはできない。そして、被上告人B1の本件評論部分の執筆、公表は、公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出たものであり、また、意見ないし論評としての域を逸脱するものであるともいえないから、これが不法行為に当たらないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。











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