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停止条件付き契約において商標権移転の効果の発生の有無が争われた事例
「ピーターラビット商品化事業ライセンス契約事件」
平成141227日東京地方裁判所(平成12()14226/平成160315日東京高等裁判所(平成15()831 

【コメント】本件(甲事件)は、原告が被告に対し、@「原告表示」は、原告及び原告商品化事業を行っているグループの商品表示又は営業表示として周知著名であるところ、被告は、これと同一である「被告表示」を使用している又は使用するおそれがあると主張して、不正競争防止法211号、2号及び31項に基づいて、被告表示を付した商品の製造等の差止めを求めると共に、同法4条に基づいて損害賠償を請求し、また、A「本件合意」に基づいて「本件商標権」(1)ないし(6)の移転登録手続を求めた事件です。
 
ここで取り上げる「争点」は、「被告は原告に対し本件合意に基づいて本件商標権(1)ないし(6)について移転登録義務を負うかどうか」という点です。

 
上記争点に関連した事実関係は、概ね、次のとおりです。

原告は、ベアトリックス・「ポター」が創作したピーターラビットという名のうさぎを登場人物とする「ピーターラビットのおはなし」を始めとする一連の絵本の出版を1901年に開始し、1903年にはピーターラビットの人形について英国特許を取得してピーターラビットの商品化事業(「原告商品化事業」)を開始した。

原告は、日本において、昭和46年(1971年)に有限会社「福音館」書店を通じて「ピーターラビットのおはなし」の絵本の販売を開始し、昭和51年(1976年)には福音館を日本における原告商品化事業のエージェントとし、被告とライセンス契約を締結するなどして、日本における原告商品化事業を開始した。

原告と被告は、昭和51年(1976年)923日、原告商品化事業に関するライセンス契約(「1ライセンス契約」)を締結した。第1ライセンス契約は、昭和62年(1987年)930日に新たなライセンス契約(「第2ライセンス契約」)に改定された。第2ライセンス契約は、平成11年(1999年)1019日をもって終了し、その後現時点に至るまで、原告と被告との間に契約関係は存在しない。

原告、被告、福音館は、昭和62年(1987年)930日、同年413日付けの「レター オブ アグリーメント(Letter of Agreement)」(「本件合意」)を締結した。

被告は、別紙商標権目録記載(1)ないし(6)の「本件商標権」の登録名義人である。 


【原審】

 
…によると,以下の事実が認められる。
 
1ライセンス契約の締結交渉は,昭和50年(1975年)5月から開始され,昭和51年(1976年)923日に第1ライセンス契約が締結された。同契約中には,以下の条項がある。
 
1.ライセンシーは一切のライセンス許諾物品について,領域の法律が規定する法的保護(商標登録,特許,著作権又は意匠登録)が得られるよう,ライセンシーの費用負担により文書又は申請書を作成し完成させることに同意する。したがって,ライセンシーはここに,当該登録の目的でライセンシーの署名が必要となるすべての書類に署名し,これを完成させること,及び登録又は登録出願に損害を及ぼすか,これらを失効させるような作為を控え,不作為を回避することに同意し,これを請け負う。原告も福音館も,上記登録が交付されるかどうかについて保証せず,また,当該登録の拒絶はいかなる方法でも本契約に基づくライセンシーの義務に影響を及ぼさない。
 
ライセンシーは,一切のライセンス許諾物品が,原告が要請,承認する合理的な著作権,商標,特許,その他の関連する表示を付していることを,原告及び福音館に保証する。
 
ライセンス許諾期間中に,第三者が財産に関する権利を侵害するか,侵害を試みた場合,ライセンシーは,当該侵害又は侵害未遂について,直ちに福音館に連絡するものとする。
 2.財産(「ピーターラビットのおはなし」等に出てくるポターのイラストレーション)及び当該財産に関連する登録意匠における全ての著作権及びその他すべての権利はここに,ライセンス許諾物品について明示的にライセンシーに許諾された権利及びライセンスに服することのみを条件として原告に留保する。これ以外に黙示的又はその他のいかなる権利も,財産又はライセンス許諾物品についてライセンシーに付与されるとはみなされない。」
 
被告は,昭和51430日,本件商標権(2)ないし(10)を出願し,これらの商標権は,被告を権利者として登録された。
 
本件商標権(1)は,昭和47411日に伊藤万株式会社によって出願され,昭和50年に登録されたもので,これらの出願,登録は,原告の承諾を得ることなく行われた。被告は,本件商標権(1)を伊藤万株式会社から1010万円で譲り受け,昭和61年(1986年)127日移転登録がされた。
 
本件商標権(1)ないし(6)の各商標は,「ピーターラビット」と「PETERRABBIT」を二段書きにしたもの,本件商標権(7)ないし(10)の各商標は,ピーターラビットのイラストレーションであり,そのうち,ピーターラビットのイラストレーションについては,原告が著作権を有している。
 
本件商標権(2),同(8)を除く商標権における商品区分は,いずれも第1ライセンス契約におけるライセンスの対象商品を含むものである。
 
被告は,本件商標権の取得に当たって,原告に対しては,対価を支払っていない。
 
(略)
 原告と被告間では第1ライセンス契約の更新に向けての作業が継続して行われていた。その際,本件商標権の取扱いについて,原告と被告との間で協議が行われ,原告と被告は,昭和62年(1987年)930日,本件合意を締結した。
 
本件合意の内容は,以下のとおりである。なお,訳文中の「前記契約」とは,第2ライセンス契約を指す。
 
Warne recognises that Familiar is the owner of certain trademarks in Japan which Familiar registered in Familiar's name with the approval of Warne in order to prevent third parties from using Familiar's rights in Japan and that these trade marks are not the subject of the said Agreement. In the event that Familiar decides, of it's own will, not to manufacture the licensed product, Familiar will then transfer and assign to Warne the said trade marks on such reasonable terms and conditions as are mutually agreed to between Warne and Familiar.
 
(訳文)
 
「ウォーンは,第三者が日本においてファミリアの権利を使用することを防ぐためにファミリアがウォーンの承諾を得てファミリアの名義で登録した日本における商標について,ファミリアが所有者であること,並びに,かかる商標が前記契約の対象でないことを確認する。ファミリアが,その意思により,ライセンス商品の製造を行わないことを決めた場合,ファミリアはウォーンとファミリアの間で相互に合意する合理的な条項及び条件に従って前記商標をウォーンに移転しかつ譲渡する。」
 
(略)
 
…によると,以下の事実が認められる。
 
1ライセンス契約の有効期間満了日である昭和62年(1987年)930日が間近に迫ってきたことから,原告と被告は,更なる契約更新に関する交渉を開始した。
 
被告は,契約更新に際して,本件商標権の取扱いを書面で明確にしておくことを考え,昭和61年(1986年)920日,原告に対し,商標権の取扱いに関するレター・オブ・アグリーメントのドラフト案(以下「被告第1ドラフト案」という。)を送付した。
 
また,昭和62年(1987年)413日,被告は,原告に対し,被告第1ドラフト案を多少変更したドラフト案(以下「被告第2ドラフト案」という。)を提示したが,その内容は,本件合意と同一のものであった
 
これに対し,原告は,昭和6264日,被告に対し,商標権の取扱いに関するレター・オブ・アグリーメントについての原告の提案を送付した(以下「原告ドラフト案」という。)。
 
原告ドラフト案によると,商標権を移転する場合として,@ライセンス契約の期間が満了した場合,Aライセンス契約が解約された場合,B原告が保有する著作権の保護期間が期間満了により消滅した場合のいずれか最初に起こった時点であること,譲渡内容に関しては,原告と被告の間で相互に合意する合理的な条項及び条件に従って行うものとされていた。
 
昭和62629日,被告は,原告に対し,原告ドラフト案を拒否すると共に,被告第2ドラフト案に署名するように求めた。
 
昭和62714日,当時原告の役員であったAは,被告に対し,書簡を送った。その中で,Aは,@被告第2ドラフト案には署名できないこと,A被告が原告ドラフト案に署名することを躊躇することは理解できること,B原告は,第三者が日本において被告の権利を使用することを防ぐため,被告が原告の承諾を得て被告の名義で登録した日本における商標について,被告が所有者であることを確認すること,本件商標が著作権ライセンス契約の対象ではないことを確認することを述べた。
 
昭和62730日付けで,被告は原告に対し,被告第2ドラフト案を修正したドラフト案を提示した。同被告ドラフト案では,被告から原告に対する商標権の譲渡に関する条項がすべてなくなっていた。
 
31日,被告の担当者であったBは,福音館の担当者であるCに対し,書簡を送付した。その中で,Bは,Cに対し,前日付けのドラフト案でサインをもらうことの仲介を依頼すると共に,被告としては,新しいライセンス契約と商標権の取扱いを関連づけたいこと,Aが気に入らない「In the event that Familiar decides, of it's own will, …」の三行を削除し,上記のAからの手紙と同じことを三者同意として新しいライセンス契約に添付したいという被告の心情をAに伝えてもらいたいこと,被告は,新しいライセンス契約が一方的に原告の意思で解約された場合の商標権の取扱いを心配している旨述べた。
 原告は,Cに対し,昭和62923日付けの書簡において,同年413日付けの被告第2ドラフト案に署名する用意がある旨を伝えた
 
昭和62930日,原告と被告との間で被告第2ドラフト案の内容と同一の本件合意が成立した
 
2ライセンス契約の更新時期(平成11930日)が近づいてきたことから,原告と被告は,新たな契約更新に向けた交渉を開始した。
 
原告と被告は,第2ライセンス契約の終了時期を延長して交渉を継続したが,合意するに至らず,原告は被告に対し,第2ライセンス契約を更新しない旨通知し,平成111019日,第2ライセンス契約は終了した。
 
以上認定した事実からすると,本件合意は,ライセンス契約の更新に当たって本件商標権の取扱いを明確にするために被告の提案によって作成されたものであること,本件合意中の「In the event that Familiar decides, of it's own will,」の部分について,原告は当初はこの部分を挿入することを拒み,上記認定のような条項を提案していたこと,しかし,原告は,最終的には,契約の更新を優先させて,被告の提案したドラフト案を了承し,合意に至ったこと,以上の事実が認められ,これらの事実に「In the event that Familiar decides, of it's own will,」という文言を総合すると,本件合意は,被告が,自らの意思に基づいて自発的にライセンス製品の製造を中止した場合には,本件商標権を原告に移転するという意味のものであると解するのが相当である。
 
上記認定した事実からすると,原告と被告は第2ライセンス契約の更新に向けて交渉を継続していたが,合意に至らず,原告は被告に対して第2ライセンス契約を更新しない旨通知し,同契約は,平成111019日終了したことが認められる。この事実からすると,被告は,第2ライセンス契約の更新を望んで原告と交渉していたが,交渉が合意に至らず,同契約は期間満了により終了し,その結果,ライセンス製品を製造できなくなったものと認められるから,被告が,自らの意思に基づいて自発的にライセンス製品の製造を中止した場合に当たるとは認められない
 
この点,原告は,第2ライセンス契約の改定交渉に当たり,原告は,合理的かつ建設的な提案を行い,被告の提案に対しても大幅な譲歩を繰り返したが,被告は,自らの意思に基づき第2ライセンス契約の改定に応じず,その結果,原告からのライセンスに基づく商品の製造を中止するに至ったと主張するが,本件全証拠によるも,同交渉に当たり,被告のみが自らの主張に固執して交渉の成立を妨げたというような事情は認められないのであって,双方の主張が一致しないために交渉が合意に至らなかったに過ぎないものということができるから,上記のとおり,被告が,自らの意思に基づいて自発的にライセンス製品の製造を中止した場合に当たるとは認められない。
 
また,原告は,そもそも期間の定めのあるライセンス契約を締結したこと自体,被告の意思に基づくものであり,ライセンス契約の期間満了とともにライセンスビジネスを中止することは,被告の意思に基づくものであると主張するが,本件合意が原告が主張するような趣旨のものであれば,ライセンス契約の期間満了によって本件商標権を移転する旨の合意をすれば十分であって,上記認定のような経過を経て本件合意のような約定をする必要がなかったことは明らかであるから,原告の主張は採用できない。
 
さらに,原告は,被告は,ポターが著作したピーターラビットの図柄を付した製品の製造を,自己の意思により中止しているから,自らの意思に基づきライセンス商品の製造を中止したといえると主張するが,ライセンス契約が終了した以上,ライセンス商品の製造を中止するのは当然のことであって,本件合意が原告が主張するような趣旨のものであれば,ライセンス契約の終了によって本件商標権を移転する旨の合意をすれば十分であって,上記認定のような経過を経て本件合意のような約定をする必要がなかったことは明らかであるから,原告の主張は採用できない。
 
よって,原告の被告に対する本件商標権移転登録手続請求は,理由がない。

【控訴審】

 
本件合意に基づく本件商標権(1)ないし(6)の移転登録義務について
 
1審原告は,「本件合意において,本件商標権の移転登録義務が発生する条件を,原判決のように,「1審被告が自らの意思に基づいて自発的にライセンス製品の製造を中止した場合」と解すべきではない。」旨主張する。
 
具体的には,1審原告は,まず,「原判決の解釈では,当事者の合理的意思に反する不合理な結果が生じる。すなわち,@上記解釈では,移転登録義務発生の条件が,「単に債務者の意思のみに係る」ものとなり,条件付法律行為である本件合意自体が無効となってしまうはずであり(民法134条),有効な法律行為を行おうとした当事者の合理的意思に反する結果を招く。Aまた,上記解釈によれば,第2ライセンス契約が終了して1審被告が「ピーターラビット」商品の製造販売を行う権利を失い,その結果本件商標権に係る商標を使用することができなくなった場合でも,商標登録のみは1審被告に残るという無意味なねじれ状態が発生する。Bさらに,1審被告が本件商標権を保有するのは,1審原告と第2ライセンス契約を締結し,その承諾を得たためであるから,第2ライセンス契約終了後は,1審被告が本件商標権の登録名義人である理由がなくなるにもかかわらず,上記解釈によれば,1審被告が登録名義人のままであるという不合理な結果を招く。」旨主張する。
 
しかしながら,@については,民法134条は,「其条件が単に債務者の意思のみに係るとき」(いわゆる純粋随意条件)について規定するものであるところ,本件合意における本件商標権の移転登録義務発生のための停止条件は,「1審被告が自らの意思に基づいて自発的にライセンス製品の製造を中止した場合」というものであって,債務者の行為に係る事実を停止条件としているものである(いわゆる単純随意条件)から,上記解釈を前提としても,本件合意には民法134条が適用される余地はないと解すべきである。
 
また,ABについては,本件合意の文言及びその締結経過に鑑みれば,1審原告の指摘する点を考慮しても,本件合意に関する前記の認定を何ら左右しないというべきである。元来,本件合意は,「ファミリアが,その意思により,ライセンス商品の製造を行わないことを決めた場合,ファミリアはウォーンとファミリアの間で相互に合意する合理的な条項及び条件に従って前記商標をウォーンに移転しかつ譲渡する。」というものであるから,例えば,第2ライセンス契約終了後に,1審原告と1審被告との間で本件商標権(1)ないし(6)についての具体的な譲渡条件が合意できない場合にも,本件商標権(1)ないし(6)の登録名義のみが1審被告に残るという事態が発生するものである。したがって,本件合意は,そのような結果が生じることを容認しているものと解さざるを得ない。
 次に,1審原告は,「本件合意締結当時の交渉経過によれば,本件合意は,新しいライセンス契約が一方的に1審原告の意思により解約された場合の本件商標権の取扱いに関する1審被告の心配を払拭するためのものにすぎず,第2ライセンス契約が期間満了により終了した場合に本件商標権の移転登録義務が発生しないことまで定めるものではない。仮に,本件合意が,「ピーターラビット」商品の製造を続ける意思を1審被告が主観的に持っている限り,本件商標権の移転登録義務が発生しないという趣旨のものならば,本件商標権の移転登録義務に関する定めを削除すれば足りたはずである。」旨主張する。
 
しかしながら,前記認定のとおり,@本件合意は,1審被告の提案を契機に作成されたものであること,A1審原告は,当初,1審被告提案に係る1審被告第2ドラフト案を拒み,対案として,本件商標権を移転する場合を,ライセンス契約の期間が満了した場合,ライセンス契約が解約された場合,1審原告が保有する著作権の保護期間が期間満了により消滅した場合のいずれか最初に発生した場合とする条項を提案していたこと,Bしかし,最終的には,1審原告は,契約の更新を優先させて,当初拒んでいた「In the event that Familiar decides, of it's own will,」の部分を含む1審被告提案に係る1審被告第2ドラフト案を了承し,合意に至ったこと,以上の事実が認められるのであるから,このような交渉経過に本件合意の文言も総合すれば,本件合意は,第2ライセンス契約が期間の満了により終了した場合には本件商標権の移転登録義務は発生しないという趣旨を定めるものであることは,明らかである。このような趣旨を規定するには,1審原告指摘のように,本件商標権の移転登録義務に関する定めを削除する方法も考えられる(現に,1審被告は,そのようなドラフト案も提示している。)が,そのような方法を採用しなかったからといって,上記のような趣旨が規定されたものではないということはできない。
 
また,1審原告は,「1審原告は,第2ライセンス契約の期間満了の半年以上前の平成113月から,第2ライセンス契約改訂の交渉を持ちかけ,また,上記交渉のため契約期間を同年9月末日から1019日まで延長することを提案したにもかかわらず,1審被告は,相変わらず身勝手な態度をとり続け,期間満了を迎えた。その後も,1審原告が,なおトップ会談の機会を設け,譲歩案を提示したにもかかわらず,1審被告は,妥協を拒絶した。このような交渉経過に照らせば,1審被告は,その意思によりライセンス商品の製造を行わないことを決めたものというべきである。」旨主張する。
 
しかしながら,前記認定のとおり,本件において,第2ライセンス契約の内容の見直しを求め,かつ,第2ライセンス契約を更新しない旨通知したのは,1審原告である。そして,上記1審原告の行動を受けて開始された1審原告・1審被告間の交渉において,合意の成立に向けて双方が譲歩するなどして努力したが,結局妥協点を見い出し得ないまま交渉は不成立に終わったものであり,この交渉経過につき1審被告の交渉態度のみが一方的に非難されるべき筋合いではないというべきである。
 
したがって,1審原告の上記主張は,その前提を欠き,理由がない。











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