HARPER & ROW v. NATION ENTERPRISES, 471 U.S. 539 (1985)
フェア・ユースに関する代表的な判例)

≪事件の概要≫

フォード元大統領は、Harper&Row社等と、自身の回顧録を出版する契約を結びました。その回顧録("A Time to Heal")には、ウォータゲート危機などに関する「今まで出版されたことのない重大な素材」が含まれる予定でした。当該契約ではまた、Harper&Row社等に、本体である回顧録の出版前にその抜粋部分の掲載を許諾することに関する独占的な権利(業界で「ファースト・シリアル・ライツ」(first serial rights)として知られている。)が認められていました。回顧録が完成に近づいたことから、Harper&Row社等は、Time誌と、出版前抜粋部分掲載契約(a prepublication licensing agreement)の交渉に入り、回顧録中の所定部分から7,500語を抜粋して使用する権利と引き換えに、25,000ドル(うち、12,500ドルは前金、残りの12,500ドルは出版時に)支払う旨の合意を取り交わしました。なお、Time誌は、万一、当該抜粋箇所の出版前にそれと同じ素材が他から出版されたら、残額の12,500ドルの支払いについて再交渉する権利を留保していました。ところが、予定されていたTime誌の記事が公表される前に、The Nation誌が、匿名の情報源から秘密裏に持ち込まれたフォード元大統領の(回顧録の)原稿をもとに、2,250語(このうちの少なくとも300~400語が著作権による保護を受けうる表現で、これらは問題の原稿からの一語一句そのままの引用であった。)の記事を公表してしまいました。その結果、Time誌は自社の記事の掲載を取りやめ、Harper&Row社等に支払う予定であった残りの12,500ドルの支払いも拒絶しました。
Harper&Row社等は、とりわけ著作権の侵害を主張して、The Nation誌を相手取って連邦地方裁判所に訴えを提起しました。連邦地裁は、The Nation誌の行為を著作権の侵害であると認定しましたが、上訴裁判所(第2巡回区控訴裁判所)は、The Nation誌の行為(著作権によって保護されうる表現である300~400語の出版行為)は、著作権法107条に規定する「フェア・ユース」として是認されると判示して、原審を破棄しました。

重要判示部分

以下に、本ケースに関する結論部分を適宜抜粋していきます。
なお、米国著作権法107条参照。

【第1のファクター(Purpose of the Use)について】

2巡回区控訴裁判所は、The Nation誌による利用の一般的な目的が報道(news reporting)であったと正しく認定した。報道は、「裁判所が特定の状況下でフェアユースとみなしうる種類の活動であることを示す」ために、107条に列挙されている具体例の1つである。…「107条第1文に述べられている利用が特定の場合においてフェアユースとなるか否かは、同条第2文で言及されている要因(ファクター)を含めて、確定的な[決定力のある]要因をいかに適用するかにかかっている。」 ある記事がおそらくは「ニュース」に該当し、それ故に生産的な利用であっても、そのような事実は、フェアユースの分析において1つの要因になるに過ぎない。

(原文)
The Second Circuit correctly identified news reporting as the general purpose of The Nation's use. News reporting is one of the examples enumerated in 107 to "give some idea of the sort of activities the courts might regard as fair use under the circumstances." …" Whether a use referred to in the first sentence of section 107 is a fair use in a particular case will depend upon the application of the determinative factors, including those mentioned in the second sentence." The fact that an article arguably is "news" and therefore a productive use is simply one factor in a fair use analysis.

発行[出版]が非営利とは対照的な商業的[営利的]なものであったという事実は、フェアユースの認定に不利に働く可能性のある別の要因である。「著作権により保護されている素材の商業的な利用は、いずれの場合も、当該著作権の権利者に帰属する独占的な権利[恩恵]を不当に利用するものと一応推定できるのである。」…営利・非営利を区別するポイントは、当該利用のただ1つの動機が金銭的な利得にあるかどうかということではなくて、当該利用者が、慣例的な対価を支払うことなく、著作権により保護されている素材を利用して利益を受けそうかどうかという点である。

(原文)
The fact that a publication was commercial as opposed to nonprofit is a separate factor that tends to weigh against a finding of fair use. "Every commercial use of copyrighted material is presumptively an unfair exploitation of the monopoly privilege that belongs to the owner of the copyright." …The crux of the profit/nonprofit distinction is not whether the sole motive of the use is monetary gain but whether the user stands to profit from exploitation of the copyrighted material without paying the customary price.

【第2のファクター(Nature of the Copyrighted work)について】

2番目に、著作権法は、著作権により保護されている著作物の性質に注意を向けている。「A Time to Heal」は、未発効の歴史的物語又は自叙伝とみなしうる。法は、一般的に、フィクションやファンタシジーよりも事実的な作品(factual works)を広める必要性の方がより大きいと認識している。…「事実作品の分野においてさえ、ファクツ[事実]とファンシー[空想・想像]の相対的な割合[比率]について、さまざまな段階のものがある。(ファンシーで)わずかしか飾られていない地図や人名録から、優雅に叙述されている伝記文学まで、さまざまである。そのため、(事実作品において)その基礎をなしている事実が確実に広められるようにするために、どの程度表現性のある部分がコピーされることを許さなければならないかは、事案ごとに異なるであろう。」

(原文)
Second, the Act directs attention to the nature of the copyrighted work. "A Time to Heal" may be characterized as an unpublished historical narrative or autobiography. The law generally recognizes a greater need to disseminate factual works than works of fiction or fantasy. …"Even within the field of fact works, there are gradations as to the relative proportion of fact and fancy. One may move from sparsely embellished maps and directories to elegantly written biography. The extent to which one must permit expressive language to be copied, in order to assure dissemination of the underlying facts, will thus vary from case to case."

当該回顧録からのいくつかの短い引用は、おそらくは、事実を伝達するためにある程度必要である。…しかし、The Nation誌は、(事実の伝達として許される)例外的な表現[句]で止めることをせず、公人(公人であっても、著作者としての個性化された表現の中にその権限は存在する)の主観的な描写や叙述を抜粋[引用]したのである。そのような利用は、当該作品中の最も表現性のある要素に焦点を当てているため、事実を広めるという必要性を超えている。

(原文)
Some of the briefer quotes from the memoirs are arguably necessary adequately to convey the facts. …But The Nation did not stop at isolated phrases and instead excerpted subjective descriptions and portraits of public figures whose power lies in the author's individualized expression. Such use, focusing on the most expressive elements of the work, exceeds that necessary to disseminate the facts.

ある著作物が未発行であるという事実は、その著作物の「性質」において極めて重大な要素である。前に我々の議論が立証しているように、フェアユースの範囲は未発行の著作物に関しは狭い、といえる。発行著作物の批評[論評]や、公衆に伝達され若しくは報道機関に広められた演説のニュース報道において、相当の引用がフェアユースとみなし得るとしても、自身の表現を最初に公衆に提示することをコントロールする著作者の権利は、その提示(公表)前においては、当該著作物のフェアユースに対抗して、そのような利用を否定的なものとする方向に働く。最初に発行する権利は、そもそも発行するのか否かの選択(権)だけでなく、著作物の最初の発行をいつ、どこで、そしてどのような形でするのかという選択(権)をも包含しているのである。

(原文)
The fact that a work is unpublished is a critical element of its "nature." Our prior discussion establishes that the scope of fair use is narrower with respect to unpublished works. While even substantial quotations might qualify as fair use in a review of a published work or a news account of a speech that had been delivered to the public or disseminated to the press, the author's right to control the first public appearance of his expression weighs against such use of the work before its release. The right of first publication encompasses not only the choice whether to publish at all, but also the choices of when, where, and in what form first to publish a work.

【第3のファクター(Amount and Substantiality of the Portion Used)について】

次に、著作権法は、われわれに、著作権によって保護される著作物全体との関連における、利用されている部分の量及び実質について検討することを求める。絶対的な言い方をすれば(他との関連を考慮に入れなければ)、実際に引用された表現は、「A Time to Heal」のなかの相当の量ではない部分であった。しかしながら、連邦地裁は、「The Nation誌は、当該書籍の本質的な核心部分を抜き取った」と判示した。当裁判所は、当該抜き取りに関して連邦地裁判事が行った質的な性質についての評価を上訴裁判所が覆したことは誤りであったと信じる。

(原文)
Next, the Act directs us to examine the amount and substantiality of the portion used in relation to the copyrighted work as a whole. In absolute terms, the words actually quoted were an insubstantial portion of "A Time to Heal." The District Court, however, found that "The Nation took what was essentially the heart of the book." We believe the Court of Appeals erred in overruling the District Judge's evaluation of the qualitative nature of the taking.

制定法の文言が示すように、抜き取りは、その部分が侵害作品(他の著作権を侵害している作品)に関して相当の量ではないという理由のみで許されるものではない。Hand判事が適切に述べたように、「剽窃者は、自己の作品のうちのどれほどの量が著作権を侵害していないかを示すことによって、自らの不法行為[侵害行為]を弁解することはできない」のである。逆に、侵害作品の相当の[実質的な]部分が一語一句そのままにコピーされたものであったという事実は、もともとの創作者(著作者)にとっても、また、著作権によって保護されている他人の表現を市場で利用してそこから利益を得ようとする剽窃者にとっても、そのコピーされた素材が質的に価値あるものであることを示す証拠となる。

(原文)
As the statutory language indicates, a taking may not be excused merely because it is insubstantial with respect to the infringing work. As Judge Learned Hand cogently remarked, "no plagiarist can excuse the wrong by showing how much of his work he did not pirate." Conversely, the fact that a substantial portion of the infringing work was copied verbatim is evidence of the qualitative value of the copied material, both to the originator and to the plagiarist who seeks to profit from marketing someone else's copyrighted expression.

未発行の原稿から直接的に抜き取られた部分は、一語一句そのままの引用ではぎ取られたもので、侵害作品(The Nation誌の記事)の少なくとも13%を構成している。このThe Nation誌の記事は、未発行原稿のドラマティックな[劇的な]焦点部分としての役割のある当該抜粋(引用)箇所を中心に構成されている。抜粋(引用)箇所の表現上の価値及び侵害作品におけるその主要な役割という見地からすると、当裁判所としては、第2巡回区控訴裁判所(上訴裁判所)が「当該雑誌(The Nation誌)は、フォード元大統領のオリジナルな[創作的な]表現を、その取るに足らないような、もっと言うと、ほんのわずかの量を抜き取ったものである」としたことに同意できない。

(原文)
Stripped to the verbatim quotes, the direct takings from the unpublished manuscript constitute at least 13% of the infringing article. The Nation article is structured around the quoted excerpts which serve as its dramatic focal points. In view of the expressive value of the excerpts and their key role in the infringing work, we cannot agree with the Second Circuit that the "magazine took a meager, indeed an infinitesimal amount of Ford's original language."

【第4のファクター(Effect on the Market)について】

最後に、著作権法は、「問題とされる利用が著作権によって保護されている著作物の潜在的な市場又はその価値に対していかなる影響を及ぼすか」について焦点を当てている。この最後のファクター[要因]は、疑いなく、フェアユース(の認定に際して)のとりわけ最重要な要素である。「フェアユースは、それが適切に適用される場合には、他者による、そのコピーされる著作物(被利用著作物)の市場性を実質的に損なわないコピー(利用行為)に限定される。」 第1審裁判所(連邦地裁)は、市場に対する潜在的な影響だけでなく、実際の[現実的な]影響も認定した。Time誌が予定されていた連載を取り止めて、(残額の)12,500ドルの支払いを拒絶したことは、侵害における直接的な影響であった。…著作権侵害から得られる利益の分配に関して言うと、当裁判所はすでに次のように判示している:侵害要素と被侵害要素をまぜこぜにする侵害者は、「その者が、被侵害者に正当に属する利益のすべてを確保[保証]するために、(侵害から得られた)利益を分配できないのであれば、その者は、その限りで、よって生じた結果を甘受しなければならない」のである。同様に、著作権者がひとたび侵害行為と利益の喪失との間の因果関係の存在を、妥当な蓋然性をもって(with reasonable probability)証明すれば、仮に当該著作権によって保護されている表現の抜き取りが一切なかったとしてもその損害は生じていたであろうことを示すべき責任(立証責任)は、当然に侵害者に転換されるのである。

(原文)
Finally, the Act focuses on "the effect of the use upon the potential market for or value of the copyrighted work." This last factor is undoubtedly the single most important element of fair use. "Fair use, when properly applied, is limited to copying by others which does not materially impair the marketability of the work which is copied." The trial court found not merely a potential but an actual effect on the market. Time's cancellation of its projected serialization and its refusal to pay the $12,500 were the direct effect of the infringement. …With respect to apportionment of profits flowing from a copyright infringement, this Court has held that an infringer who commingles infringing and noninfringing elements "must abide the consequences, unless he can make a separation of the profits so as to assure to the injured party all that justly belongs to him." Similarly, once a copyright holder establishes with reasonable probability the existence of a causal connection between the infringement and a loss of revenue, the burden properly shifts to the infringer to show that this damage would have occurred had there been no taking of copyrighted expression.

さらに重要なことは、フェアユースを否定[無効に]するためには、問題とされている利用行為が「仮に広く行われるならば、著作権によって保護されている著作物(被利用著作物)の潜在的な市場に不利な影響を与えるであろうということを示しさえすればよい。」 そこでは(この検討においては)、原著作物に対する損害だけでなく、その二次的著作物の市場に対する損害も考慮に入れなければならない。

(原文)
More important, to negate fair use one need only show that if the challenged use "should become widespread, it would adversely affect the potential market for the copyrighted work." This inquiry must take account not only of harm to the original but also of harm to the market for derivative works.

より総体的な見方をしても[より大局的に見ても]、未公表の原稿から、その出版前に、著作権者の同意なしに、広範囲な引用を許すようなフェアユースの法理は、最初から順番に連続して公表・出版する権利(first serialization rights)一般の市場性に対して、相当な[実質的な]損害可能性を惹起する。「単発的で軽微な著作権侵害であっても、それが何度も掛け合わされると、全体として著作権に大きく食い込んでいくことになるが、このようなことは防がなければならない。」

(原文)
Placed in a broader perspective, a fair use doctrine that permits extensive prepublication quotations from an unreleased manuscript without the copyright owner's consent poses substantial potential for damage to the marketability of first serialization rights in general. "Isolated instances of minor infringements, when multiplied many times, become in the aggregate a major inroad on copyright that must be prevented."

要するに、伝統的なフェアユースの法理(これは著作権法の中に具現化されている)は、The Nation誌によるこれら著作権によって保護されている素材の利用行為を正当としないのである。

(原文)
In sum, the traditional doctrine of fair use, as embodied in the Copyright Act, does not sanction the use made by The Nation of these copyrighted materials.

The Nation誌は、(問題の利用行為が)フェアユースとして許されないのであれば、自身がフォード元大統領の原稿からおよそ300語を一語一句そのまま直接引用して利用したことは、著作権侵害を構成すると自認した。当裁判所は、The Nation誌による未発行原稿からのこのような逐語的な抜粋部分の利用はフェアユースではなかったと認定する。よって、上訴裁判所の判断は破棄されるとともに、本件は、当裁判所の判断に沿う形で、さらなる審理のために差し戻されるものとする。

(原文)
The Nation conceded that its verbatim copying of some 300 words of direct quotation from the Ford manuscript would constitute an infringement unless excused as a fair use. Because we find that The Nation's use of these verbatim excerpts from the unpublished manuscript was not a fair use, the judgment of the Court of Appeals is reversed, and the case is remanded for further proceedings consistent with this opinion.



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