[e029]編集著作物の著作者性

本件編集著作物である「智惠子抄」は、詩人である高村光太郎が既に公表した自らの著作に係る詩を始めとして、同人著作の詩、短歌及び散文を収録したものであって、その生存中、その承諾の下に出版されたものであることは、原審の適法に確定した事実である。そうすると、仮に光太郎以外の者が「智惠子抄」の編集に関与した事実があるとしても、格別の事情の存しない限り、光太郎自らもその編集に携わった事実が推認されるものであり、したがって、その編集著作権が、光太郎以外の編集に関与した者に帰属するのは、極めて限られた場合にしか想定されないというべきである。
そもそも本件において、光太郎以外の者が「智惠子抄」の編集に携わった事実が存するかをみるのに、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、この認定したところによれば、
(1)収録候補とする詩等の案を光太郎に提示して、「智惠子抄」の編集を進言したのは、上告人A1の被承継人であり、A2の名称で出版業を営んでいたD(以下、単に「D」という。)であったが、「智惠子抄」に収録されている詩等の選択は、同人の考えだけで行われたものでなく、光太郎も、Dの進言に基づいて、自ら、妻の智惠子に関する全作品を取捨選択の対象として、収録する詩等の選択を綿密に検討した上、「智惠子抄」に収録する詩等を確定し、「智惠子抄」の題名を決定した、(2)Dが光太郎に提示した詩集の第一次案の配列と「智惠子抄」の配列とで一致しない部分がある、すなわち、詩の配列が、第一次案では、光太郎が前に出版した詩集「道程」の掲載順序によったり、雑誌に掲載された詩については、その雑誌の発行年月順に、同一の雑誌に掲載されたものはその掲載順に配列されていたのに対し、「智惠子抄」では、「荒涼たる歸宅」を除いては制作年代順の原則に従っている、(3)Dは、第一次案に対して更に二、三の詩等の追加収録を進言したことはあるものの、光太郎が第一次案に対して行った修正、増減について、同人の意向に全面的に従っていた、というのである。
右の事実関係は、光太郎自ら「智惠子抄」の詩等の選択、配列を確定したものであり、同人がその編集をしたことを裏付けるものであって、Dが光太郎の著作の一部を集めたとしても、それは、編集著作の観点からすると、企画案ないし構想の域にとどまるにすぎないというべきである。原審が適法に確定したその余の事実関係をもってしても、Dが「智惠子抄」を編集したものということはできず、「智惠子抄」を編集したのは光太郎であるといわざるを得ない。したがって、その編集著作権は光太郎に帰属したものであり、被上告人が、光太郎から順次相続により右編集著作権を取得したものというべきであって、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。
平成5年3月30日最高裁判所第三小法廷[平成4(オ)797]

著作者が企画案ないし構想を提供する第三者の進言により、はじめて著作を決意し、その協力により著作物を完成するという経過をたどることは、決して稀ではなく、その場合進言をした第三者が当然に著作権者となるものではない。著作物をもととして完成される編集著作物について、第三者が進言した場合でも同様である。
編集物で著作物として保護されるのは、「その素材の選択又は配列によって創作性を有する」ことが必要であるから(著作権法12条1項)、Aが「智惠子抄」の編集著作権者であるというためには、その素材となったCに関するBの作品を自ら選択し配列したと認められることが必要である。
平成4年01月21日東京高等裁判所[昭和63(ネ)4174]≫

控訴人が,本件写真集の掲載写真について作品のテーマごとにグループ分けして配列することなどを提案した点は,アイデアの提供あるいは助言にすぎないというべきであり,控訴人の行為をもって,Aらによって撮影された本件各人形の相当数の写真の中から本件写真集に掲載された写真を取捨選択し,選択した写真の配列,レイアウト等を決定し,本件各人形の写真の選択及びその配列をしたという,創作的な表現活動であると評価することはできない。
平成19年07月25日知的財産高等裁判所[平成19(ネ)10022]≫

編集著作物は、編集物に収録された素材たる著作物の選択、配列に創作性が認められるが故に著作物として保護されるものであることに鑑みれば、素材について創作性のある選択、配列を行つた者が編集者であると解すべきであることはいうまでもないところであるが、それにとどまらず、素材の選択、配列は一定の編集方針に従つて行われるものであるから、編集方針を決定することは、素材の選択、配列を行うことと密接不可分の関係にあつて素材の選択、配列の創作性に寄与するものというべく、したがつて、編集方針を決定した者も当該編集著作物の編集者となりうるものと解するのが相当である。しかしながら、編集に関するそれ以外の行為、例えば素材の収集行為それ自体は、素材が存在してこそその選択、配列を始めうるという意味で素材の選択、配列を行うために必要な行為ではあるけれども、収集した素材を創作的に選択、配列することとは直接関連性を有しているとはいい難いし、また編集方針や素材の選択、配列について相談に与つて意見を具申すること、又は他人の行つた編集方針の決定、素材の選択、配列を消極的に容認することは、いずれも直接創作に携わる行為とはいい難いから、これらの行為をした者は、当該編集著作物の編集者となりうるものではないといわなければならない。
昭和55年09月17日東京地方裁判所[昭和44(ワ)6455]

編集著作権の発生は,編集作業を実際に誰が行ったかという観点から認定すべきであり,契約の内容がこれを直ちに左右するものではない。
平成24年12月26日大阪高等裁判所[平成24(ネ)1019]

題号の選択それ自体が,編集著作物としての創作性を基礎付けるものではないから,本件書籍の題号が,控訴人の提案どおりのものと決定されたからといって,このことから直ちに,控訴人を本件書籍の編集著作者とすべきことになるわけではない。
平成28年1月27日知的財産高等裁判所[平成27(ネ)10022]

著作権判例エッセンス トップ 


     Kaneda Copyright Agency
     カネダ著作権事務所


      Home  メール相談  契約マネジメント  文化庁登録マネジメント  侵害対応マネジメントその他 
      アメリカ著作権局登録マネジメント