[e065]共同著作物の意義と共同著作者性

共同著作物とは,2人以上の者が共同して創作した著作物であって,その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものをいう(著作権法2条1項12号)。したがって,共同著作物というためには,著作者と目される2人以上の者の各人につき創作的関与が認められることが必要である。
平成17年07月01日東京地方裁判所[平成16(ワ)12242]≫

プログラムの著作物(同法10条1項9号)の作成に複数の者が関与している場合において、各人が共同著作者となるためには、各人が当該プログラムの作成に創作的に寄与していることを要し、著作物の企画を立てた者や単なる開発委託者のように、補助的に参画しているにすぎない者は共同著作者にはなり得ないものというべきである。
平成14年08月29日大阪地方裁判所[平成11(ワ)965]

プログラムの著作物の作製に複数の者が関与している場合において,関与者が共同著作者となるためには,当該プログラムの作製に創作的に寄与していることを要し,補助的に参画しているにすぎない者は共同著作者にはなり得ないというべきである。
平成16年04月23日大阪高等裁判所[平成14(ネ)3322]

デバッグや検収の作業を橘高工学の従業員とAが協力して行ったとしても,デバッグはプログラムの修正の作業にすぎないから,同修正により新たに創作性のある表現がされたといった特段の事情のない限り,そのプログラムが橘高工学の従業員とAの共同著作となるものではない。
平成19年07月26日大阪地方裁判所[平成16(ワ)11546]

上記座談会は,原告が複数の三坂小学校関係者に対して,個々人の文章や手紙又は電話による質問をもとに,異なる時点,異なる場所でされた回答等をあたかも同一の場所で座談会を開いたかのような体裁の文章に仕上げたものである。
そうすると,上記座談会については原告の個性が表れており,同原告の創作的関与がされたもので,同文章につき原告は少なくとも共同著作物の著作者の権利を有するものということができる。
平成17年07月01日東京地方裁判所[平成16(ワ)12242]≫

原告は,本件原画の著作権者であるP4の相続人である被告P2から,P4ノートの原画に着色するよう依頼されたものではあるが,P4自身との間における共同製作の意思の共通を認める事情は見あたらず,文化社版を原告とP4の共同著作物と認めることはできない
平成21年10月22日大阪地方裁判所[平成19(ワ)15259]

原告X4が上記創作を行ったのは,亡Wの死後であるから,上記各部分は,原告X4が単独で創作したものであって,亡Wがその創作に関与したことはない。しかも,原告X4は,亡Wの死後に,本件著作物の執筆を依頼されたものであるから,亡Wの生前に,亡Wと原告X4とが,互いに共同で本件著作物を創作することを合意していたこともない
そして,仮に亡Wが,自己の死後に,その遺稿をもとにして第三者が本件著作物を完成させることを望んでいたとしても,亡Wが,その第三者が原告X
4となることを知っていたわけではない以上,亡Wにおいて,原告X4と共同して本件著作物を創作する意思を有していたと認めることはできないというべきである。
そうすると,本件著作物が,亡Wと原告X
4とが共同して創作した共同著作物であると認めることはできない
しかし,上記のとおり,原告X
4は,本件著作物について,少なくとも上記創作部分を新たに執筆しているから,その部分については本件著作物を翻案することにより創作した二次的著作物と認められるものである。したがって,原告X4は,少なくとも本件著作物について二次的著作物の著作者としての権利を有するものと認めるのが相当である。
平成25年03月01日東京地方裁判所[平成22(ワ)38003]

本件「英訳平家物語」は、著作権法上の翻訳著作物に該当するというべきところ、翻訳の定義はさて置き、右「英訳平家物語」作成の過程において控訴人【注:外国人】が果した役割およびその成果に着目するならば、右「英訳平家物語」の創作には、控訴人独自の、被控訴人【注:日本人】と対等の立場よりする、創意工夫や精神的操作が存在する、というべく、しからば、この点において、同法上、控訴人は、右「英訳平家物語」につき、共同著作者としての地位を有する、と認めるのが相当である。
(略)
控訴人の本件英訳に関する創意工夫は、被控訴人の本件英訳における創造的精神的活動に作用し、それが、控訴人の関与なしに行われたその後の本件英訳にも引継がれ、あるいはこれに強い影響をおよぼした、と推認することができ、この点からすると、本件においては、控訴人が本件英訳に関与した部分を単に機械的形式的に分離し、その計量から、控訴人の右英訳に対する寄与度を評価することはできない、というのが相当である。
しからば、控訴人の本件英訳の関与量が形式的には全体の約50パーセント相当であつても、同人の本件英訳における創意とその精神的労力は、右関与部分を超え、残余の約50パーセントの部分にもおよんでいる、と評価し、控訴人の本件英訳の関与量は、著作権法上、控訴人に本件「英訳平家物語」の共同著作者としての地位を認めるにつき、何等妨げとならない、というべきである。
昭和55年06月26日大阪高等裁判所[昭和52(ネ)1837]≫
【コメント】
原審(地判)昭和52年09月05日京都地方裁判所[昭和50(ワ)577]≫では、以下のように共同著作者性を否定しました:
原典の翻訳作業に複数の者が関与した場合、誰が翻訳者であるのか問題となるが、翻訳作業に関与した者の中から翻訳者を決定するには、関与者が基本となる翻訳、校訂、再校訂、完訳と続く一連の翻訳作業の中で如何なる役割を担なつたかという質的面と関与者が翻訳された書物の全体の如何なる分量の翻訳作業にたずさわつたかという量的面とを相関的に評価して決定すべきである。特に関与者の翻訳作業の中での役割を評価するにあたつては、翻訳には、原典に対する正確な理解と移し換える国語への精通が必要であるから、右関与者の原典の理解力、移し換える国語の精通性の程度が重要な要素となる。
而して原告【注:外国人】が被告【注:日本人】に与えた援助は前記認定のとおり被告の行つた英語訳につき文法上の間違いを正し、用語の訂正、変更、リズムの調整を行い、英語を母国語とする人から見ると感ぜられるぎごちなさを正し、更にそれらの訂正、変更部分につき被告から原典の説明を受けて二人で再検討し、最終稿は被告が決定したものであるから原告の寄与は、被告には難しいぎごちなさの除去、リズムの調整という質的に高い部分を含んでいるがこれを以て翻訳とみることは相当でない。このことは被告は原典を理解し、これを英語に訳し得る能力をもつているから作品のよしあしは別として単独でも翻訳をなし得るのに対し原告は原典を理解できないのであるからそもそもそうした翻訳ができないことを考えても明らかである。

被告Bが本件書籍の日本語原稿を執筆したものであるが、本件書籍には、原告でなければ用いないような中国語的な表現や、執筆者が原告であることを前提とするような表現を用いた部分、原告が手渡したメモ書きがほぼそのままの表現で記載されている部分が存しており、しかも、本件書籍執筆当時の原告の日本語能力は、助詞、外来語の使用等についてやや問題があったものの、日本語の会話、読書きはほぼ問題なくできる域に達しており、本件書籍に示された日本語表現をすることは可能であったと推認される。
また、第四章に記載されている気功法の大部分は原告が提示したものであり、その中には原告が創作した独自の要素を含む気功法も含まれており、原告は被告Bに対しこれらの気功法の動作、注意点を具体的に伝えたものと推認できる。
そして、本件書籍第四章における気功法の記載は、前記のように、動作、注意点をほぼそのまま記載したものであるから、こうした記載内容からすると、原告が提示した気功法について、日本語原稿を執筆した被告Bによって、日本語としてより適切な表現やわかりやすい表現にするなどの創作的な表現要素が含まれているものの、原告が被告Bに伝えた具体的な気功法の動作、注意点が、文章表現においても表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ反映されているものと推認できる。

上記のような事情からすると、本件書籍における創作的な表現は、原告が掲載を提案した気功法に関する部分も含め、原告及び被告Bが共同で行ったものであり、本件書籍は原告及び被告Bの寄与を分離して個別的に利用することができないものであるから、共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たるというべきである。
平成14年12月10日大阪地方裁判所[平成13(ワ)5816]

本件著作物のうち、本件書籍二章冒頭から89頁5行目まで(以下「B部分」という。)の文章については、Bが具体的に口述して被告Dに記録させた部分はBが創作したと認めるべきであり、Bが抽象的に書いて欲しい事柄を指示しただけで文章表現は被告Dが自分で考えた部分や、Bの明示の指示はなかったがBの意思を推測して被告Dが自由に書いた部分は被告Dが創作したというべきであり、被告Dが書いた文章をBが点検して補充訂正した部分は両名が共同して創作したというべきであるが、B部分のうちのどの文章でBと被告Dのどちらがどれだけ創意を働かせたかは具体的には明らかでなく、その関与の態様毎に明確に区分することはできないから、結局、B部分全体がBと被告Dが共同して創作したものであって、各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものであると認めるのが相当であ(る。)
平成4年08月27日大阪地方裁判所[平成2(ワ)2177]

原告は,本件書籍の文章表現について,単に被告Bの口述表現を書き起こすだけといった,被告Bの補助者としての地位にとどまるものではなく,自らの創意を発揮して創作を行ったものと認められる。また,被告Bは,自らの体験,思想及び心情等を詳細に原告に対して口述し,被告Bの口述を基に原告が執筆した各原稿について,これを確認し,加筆や削除を含め表現の変更を指摘することを繰り返したのであるから,被告Bも,本件書籍の文章表現の創作に従事したものと認められる
そうすると,本件書籍の文章表現は,原告及び被告
Bが共同で行ったものであり,原告と被告Bとの寄与を分離して個別的に利用することができないものと認めるのが相当であるから,本件書籍は,原告と被告Bとの共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たるというべきである。
平成20年02月15日東京地方裁判所[平成18(ワ)15359]

本件書籍は,上記で認定したとおり,82個の単元,多数のコラムや課題学習等から成るものの,各単元やコラムは,本件書籍の他の部分とは分離して利用することも可能であり(本件教科書【注:本件書籍のこと】が,中学校用歴史教科書として使用することが予定された書籍であるからといって,各単元やコラムが中学校用歴史教科書としてしか利用することができないわけではない。),また,各単元やコラムは,特定のテーマに関連する本文の記述(側注を含む),関連する写真,地図,図表やこれらの解説文等で構成されているものの,本件記述(各単元において図版や解説文を除外した本文部分やコラムにおいて,図版や解説文を除外した部分)を,写真,地図,図表やこれらの解説文等とは分離して利用することも可能であるから,本件書籍はこれらの各著作物が結合したいわゆる結合著作物に当たるというべきであり,これらの各単元やコラムが一体として著作権法2条1項12号の「共同著作物」に当たると解することはできない
平成21年08月25日東京地方裁判所[平成20(ワ)16289]

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