[e128]著作権の侵害性(2)

【創作性の程度と保護の範囲】

新著作が他人の著作物を基本として作成された場合であっても、そこに独自の創作性が加えられた結果、通常人の観察するところにおいて、旧著作の著作物としての特徴が、新著作の創作性の陰にかくれて認識されないときは、新著作は単なる複製でも二次的著作物でもなく、他人の著作物の自由な利用により創作された独自の著作物であると認められ、著作権侵害とはならないというべきである。この場合、模範として利用された旧著作の独自性が顕著であればあるほど、新著作中に化体された精神的業績が高度であることが、新著作を独立の著作物として保護するため必要とされるが、旧著作が個性的表現の僅少なものであれば、これに対する著作権による保護は厳格に限定されねばならないから、新著作の著作物としての独自性は認められ易くなるといえる。
昭和53年09月22日富山地方裁判所[昭和46(ワ)33]

著作権法が保護の対象としているのが現実になされた具体的な表現のみであるとしても、現実になされた具体的な表現に創作性が認められる場合に、次に問題となるのは当該著作物の保護の範囲であり、保護の範囲の広狭を検討するに当たって、本来は著作権法上の保護の対象とならない発想、すなわち、思想又は感情あるいは表現手法ないしアイデア自体の創作性が影響を及ぼすことがあることは、否定できないところである。すなわち、一般的にいって、発想に卓越した創作性が存在する場合には、保護の範囲は広いものとなるであろうし、単に著作者の個性が表われているだけで、誰が行っても同じになるであろうといえるほどにありふれたものとはいえないといった程度の創作性しか認められない場合には、保護の範囲は狭いものとなり、ときにはいわゆるデッドコピーを許さないという程度にとどまることもあり得るであろう。
平成12年11月30日東京高等裁判所[平成10(ネ)3676]

あえて特許法と関連づけて述べるならば、前述したとおり、著作権法が保護の対象とするのは「表現されたもの」に限られるのであるから、著作権法においては、保護の対象となるのは、いわば、特許法における「実施例」に対応するもののみであり、この、「実施例」に対応する現実になされた具体的表現を出発点として、その表現の本となっている発想等を考慮しつつ、保護の範囲をどこまで拡張すべきかが判断されることになる、というべきである。
平成12年11月30日東京高等裁判所[平成10(ネ)3676]

著作権法にいう複製あるいは翻案とは、既存の著作物に依拠してこれと同一のものあるいは類似性のあるものを作製することであり、ここに類似性のあるものとは、「既存の著作物の、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての創作性の認められる部分」についての表現が共通し、表現が共通しているその結果として、当該作品から既存の著作物を直接感得できると判断できるものであって、この判断には、表現の本となる発想自体の創作性が影響を与え得る、と解すべきである。
平成12年11月30日東京高等裁判所[平成10(ネ)3676]

著作物と認めるためのものとして要求すべき「創作性」の程度については,例えば,これを独創性ないし創造性があることというように高度のものとして解釈すると,著作権による保護の範囲を不当に限定することになりかねず,表現の保護のために不十分であり,さらに,創作性の程度は,正確な客観的判定には極めてなじみにくいものであるから,必要な程度に達しているか否かにつき,判断者によって判断が分かれ,結論が恣意的になるおそれが大きい。このような点を考慮するならば,著作物性が認められるための創作性の要件は厳格に解釈すべきではなく,むしろ,表現者の個性が何らかの形で発揮されていれば足りるという程度に,緩やかに解釈し,具体的な著作物性の判断に当たっては,決まり文句による時候のあいさつなど,創作性がないことが明らかである場合を除いては,著作物性を認める方向で判断するのが相当である。
ある表現の著作物性を認めるということは,それが著作権法による保護を受ける限度においては,表現者にその表現の独占を許すことになるから,表現者以外の者の表現の自由に対する配慮が必要となることはもちろんである。このような配慮の必要性は,著作物性について上記のような解釈を採用する場合には特に強くなることも,いうまでもないところである。しかし,この点の配慮は,主として,複製行為該当性の判断等,表現者以外の者の行為に対する評価において行うのが適切である,と考えることができる。一口に創作性が認められる表現といっても,創作性の程度すなわち表現者の個性の発揮の程度は,高いものから低いものまで様々なものがあることは明らかである。創作性の高いものについては,少々表現に改変を加えても複製行為と評価すべき場合があるのに対し,創作性の低いものについては,複製行為と評価できるのはいわゆるデッドコピーについてのみであって,少し表現が変えられれば,もはや複製行為とは評価できない場合がある,というように,創作性の程度を表現者以外の者の行為に対する評価の要素の一つとして考えるのが相当である。このように,著作物性の判断に当たっては,これを広く認めたうえで,表現者以外の者の行為に対する評価において,表現内容に応じて著作権法上の保護を受け得るか否かを判断する手法をとることが,できる限り恣意を廃し,判断の客観性を保つという観点から妥当であるというべきである。
平成14年10月29日東京高等裁判所[平成14(ネ)2887]

著作権法上の著作物の要件である「創作性」については,著作権法に定義規定がないが,独創性を備えることまで必要であると解すると,著作権による保護の範囲を不当に限定することになりかねないことや,創作性の有無を画する客観的な判定基準を求めることは難しいことなどを考慮すると,表現者の個性が何らかの形で発揮されていれば,創作性自体は認めることができるものと解すべきである。
ただし,創作性の程度には自ずと幅があるのは当然であるから,当該著作物の著作権を新たな著作物が侵害したといえるかどうかを判断するに当たっては,当該著作物の保護の限度を画する要素として,その創作性の程度を考慮することは当然必要になるものと解される。すなわち,創作性の高い著作物については,その保護の範囲は拡大し,著作者の個性は現れているものの極めてわずかな創作性しかない著作物については,保護の範囲は極めて狭小なものに限定されると解するのが相当である。
平成16年11月24日東京高等裁判所[平成14(ネ)6311]

創作性が認められるといっても,創作性の程度には,高いものもあれば,辛うじて著作権法上の保護を認め得る程度に低いものもある。そして,創作性は肯定し得るもののその程度が低いものは,創作性が高いものに比べて,著作権法上の保護の範囲も自ずと限界があるものというべきであ(る。)
平成18年05月31日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10091]≫

創作性の存在が肯定される場合でも,その写真における表現の独自性がどの程度のものであるかによって,創作性の程度に高度なものから微少なものまで大きな差異があることはいうまでもないから,著作物の保護の範囲,仕方等は,そうした差異に大きく依存するものというべきである。したがって,創作性が微少な場合には,当該写真をそのままコピーして利用したような場合にほぼ限定して複製権侵害を肯定するにとどめるべきものである。
平成18年03月29日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10094]

確かに,創作性の幅が狭い場合であっても,他に異なる表現があり得るにもかかわらず,同一性を有する表現が一定以上のまとまりをもって当該表現物のほとんどの表現を占めるといえる場合には,そのほとんどの表現を選択していることをもって複製権侵害に当たる場合もあるとも考えられるが,その場合であっても,一定以上のまとまりをもった具体的な表現に筆者の個性が現れていると言えなければ,著作権法によって保護される表現上の創作性を認めることはできないというべきである。
平成27年1月30日東京地方裁判所[平成25(ワ)22400]

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