Vol,1


Lovely Little Things
Rare Pic.
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マイケル・デ・バーレス
Michael Des Barres
「アンファン・テリブル〜恐るべき子供たち」・・・・・こんなコピーでグラム・ロックの次世代のアイドルになるべく、日本では73年後半に紹介されたシルヴァー・ヘッド。そこの看板スター、ボーカリストのマイケルです。
まだKISSも出てこない時期、すでに日本の歌舞伎のような白塗りのメークをしたりしてましたが、音の方はいたって単純なハードロック。ロキシー・ミュージックよりはずっと若くて、荒削りで純真なバンドでした(ロキシーはインテリでちょっと確信犯的に変態してた)。
ただし、あんまり荒削りすぎて(下手ともいう)、私は5回もコンサート見に行ったわりにはあまり感動はなくて、たいして印象にも残ってません。
この写真は、74年の1月来日したときに私が撮りました。
彼とはそう頻繁に会わなかったような気がしますが、なんせ彼は「王子」でしたので、私と友人は来日中、毎日花束を届けに行ったものです。
のち、同じ年の6月ロンドンで、たしかロン・ウッドとキース・リチャーズのコンサートに行ったら、バッタリ彼に会ってしまい、バンドは元気にしてる?と聞いたら、もうシルヴァー・ヘッドは解散したよ!とあっさりほざいてましたねぇ。
マイケルは、シルヴァー・ヘッドの解散後、
ZEPのレーベル、スワンソング所属のディテクティヴなるバンドでしばらく活動し、85年のライブエイドのときは、ロバート・パーマーの代役だか後釜で、パワー・ステーションのメンバーとして歌ってました。その後は俳優になったようで、クリント・イーストウッドの映画「ピンク・キャディラック」には重要な役で出てました。今も俳優やってるそうです。最新の噂では息子さんも俳優だそうです。やはり美形かしら?

  
パンキー・メドゥス
Panky Meadows
クイーン、キッス、エアロスミスが70年代後半の3大アイドルバンドであったのは間違いありませんが、日本で、その彼らと一時は女の子の人気を分け合うくらいスゴイ注目を集めたエンジェルというアメリカのバンドがおりました。ちょっとプログレがかった、ネオ・ハード・ロックというとこで、なかなかドラマチックなサウンドしてました。
全員、ライブでは白いヒラヒラ系のコスチュームで、まさに天使の集団のごとき美形バンドがエンジェルでした。正確に言うと美形は、このギタリストのパンキーを含む3人だけでしたが、とくにこのパンキーは最も女の子の熱い視線を集めたものです。この髪型も、のちずいぶんとマネされたっけ(あとになってサーファー・カットと言われた)。
77年の2月ころ来日したのですが、プロモーターの不手際、不祥事があってとても可哀想な目にあったそうです。ギャラはもらえたのかしら?
実はこのエンジェルは、私がちょうどロンドンから帰ってきたばかりのころに来たので、ボーッとしてたら結局1度も見ないうちに彼らは帰国してしまったのです。ホントは大好きだったのに惜しいことしました。
写真を撮ったのは私ではありませんが、美形となれば彼を見せないわけにはいきません。パンキー、今はどうしているんでしょうねぇ? 
エンジェルのもう一人の超美形は、次回お見せします。

 
カール・パーマー
Carl Palmer
彼は、エマーソン・レイク&パーマーのドラマーでした。
72年の7月に来日したELPは、着いた羽田空港にファンが300人も押し寄せ(私も当然行った)、もうのっけからファンの集団に追いまわされる、というアイドル現象を巻き起こしてしまったのです。
彼らはすでにイギリスでもアメリカでも人気はありましたが、まだレッド・ツェッペリンのようなスーパースターでもなかったのに、なぜか日本では女の子が彼らをアイドルにしてしまったのでした。
その原因は、もちろんキース・エマーソンのカッコいいルックスにもありましたが、何と言ってもカールの、その愛らしいまだ少年といってもいいくらいあどけなさの残る面差しだったのでしょう。それまで日本で紹介されていた写真や、数少ない動く映像で見られたカールは、肩までたれるサラサラのロングヘアー、クリクリとした眼差し、形よい口元、さわやかな笑顔で、まさに少女漫画の美少年そのものでした。その上、元ナイスのキース・エマーソン、元キング・クリムゾンのグレッグ・レイクと張り合えるくらいのスゴ腕のドラマーとくれば、女の子のアコガレの的にならない方が不思議なくらい!
ところがやって来たELP、キースとグレッグはイメージ通りでしたが(グレッグは予想より太ってた)、ビックリしたのはカールの変貌ぶりでした。
肩まであったサラサラヘアーを、どうしたわけかバッサリ切ってしまい、ほとんどイガグリ、栗坊主・・・てこともないけど、当時のロックスターとしては珍しいほどの短髪少年となって、私ら日本のファンの前に現われたのです。
ちょっとガッカリしたのは私だけじゃなかったと思うな・・・。
その髪型のせいだけじゃないけど、私は来日の早い時期から、カールはもういいわ、とサインさえもらう気もなくなってました。でも写真だけはかろうじて2枚撮っていたんですね。これはそのうちの1枚です。今見れば、短髪でもやっぱりカワイイ少年でした。
この72年以降も、カールは空手の修行(試合?)のためよく来日していたそうです。たしか黒帯なのよ。髪を切ったのもそのためか・・・とあとで納得。のちエイジアのメンバーとしても有名になりましたね。現在では、ELPの3人のうちじゃ1番ステキなオジさまかもしれない・・・。

 
ロビン・ザンダー
Robin Zander
チープ・トリックのボーカルですね。アレ、ギターも弾くの?
スミマセンが、私はチープ・トリックは78年来日のときコンサートは見ましたが、見る前も見たあとも全然ファンでなかったので、彼らに関しては名前と顔くらいしか知らないのです。
この写真は記者会見のあとのレセプション・パーティーで撮りました。そのころ編集をやってた雑誌関係で撮ったのですが、ロビンはそこの編集長と熱心にしゃべり込んでいて、あまりこちらを向いてくれませんでした。たまに向いてくれた顔より、この横顔の方がとても可愛いかったようです。ファンでなくても、たしかにロビンはカール・パーマー以来の美少年だと思いましたよ。バンドにはもう一人、女の子受けするベースがおりましたが、その彼はこの次の次にお見せします。
美少年といえば、誰もが黙る有名どころが当時はいましたね。クイーンのロジャー・テイラーくん。残念ながら、私はロジャーもクイーンもルックスには全然興味なくて、どこがいいんだろう・・・と当時は冷ややかな目で見てました。そういうわけで、そろそろロジャーが出てくるんじゃ?と期待した皆さんにはゴメンナサイ! クイーンはありません。

 
フィリップ・ルイス
Philip Lewis
80年代初頭に注目された、イギリスの美形ぞろいのメタルバンド、ガール(Girl)のボーカルだったフィリップです。
デビューは1979年のことだったようですが、1980年の1月からのUFOのツアーのサポートアクトとして起用され、日本からも早速取材陣が押し寄せ(MLの東郷さんとか伊藤政則氏とか)、またもあれよあれよという間に日本では女の子のアイドルとなってしまいました。
音的にはヘヴィメタルで(たしかNWOBHMとかなんとか、(要するに新しいメタルサウンド)本国では圧倒的に男の子向けのバンドのはずでしたが、日本ではまず外見から・・・という風潮もあって、彼らはポスト・ジャパン扱いで日本に紹介されたものでした。
私は、前年日本に来たとき仲良くなったUFOをどうしてもロンドンで見たくて、たった3回のハマースミス・オデオンでのコンサートのためだけにイギリスに行ったのですが、大物扱いのUFOとはあまり話も出来ず、仕方ないのでこのガールの楽屋で始まるまで時間をつぶすことになりました。パスを用意してくれた友人が、すでに彼らと仲良かったからです。そこでとったのがこの写真です。フィリップは、一応フロントマンとして、カメラを向けるとさすが隙もなく、どんなアングルでもキマってましたね。
髪は黒かったですが、目は深いブルーでホントに整った顔立ちの美少年でした。私は、まぁカワイイわね、くらいの感想で写真のモデルとしてはとても気に入ったものです。
ガールは、同じ80年の11月に来日してます。バンドとしてはあんまり上手い!というほどでもなかったかな・・・。フィリップは、のちアメリカで、LAガンズというバンドを組みました。もちろんLAメタルでした。

 
フィル・コリン
Phil Collen
彼もガールのメンバーで、ギタリストでした。もう一人のギターのジェリー・ラフィーくんに比べると、フィルはすでに大人であまり群れなして騒いだりもせず、楽屋でもギターを抱えている時間が多かったようです。他のメンバーよりミュージシャンっぽい感じを強く受けて、私は初めて会ったガールの中では彼が1番気に入ったのでした。実際演奏の方もいい腕だと思ったものです。
案の定、フィルはわりと早い時期に、このガールからデフ・レパードにスカウトされていき、その後の世界的な活躍は、80年代のロックを聴いてた人なら知らない人はいないでしょう。今もデフ・レパードは彼も含めて活動しているようです。
ガール時代のフィルは、フィリップについでフォトジェニックなカワイらしさでしたが、最近の彼もまだ渋くはなく、なかなかさわやかな(若々しい)オジさんでした。
P.S. ガールの写真は、ドッサリありますよ!

  
ジャスティン・ヘイワード
Justin Hayward
ジャスティンは、ムーディー・ブルースのギタリストでした。
現在のマニアたちの間では、プログレ界の5大バンドといえば、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエス、ジェネシス、そしてELPなんだそうですが、70年代からプログレッシブ・ロックに触れていた私らとしては、ムーディー・ブルースとあとプロコル・ハルムを入れて7大バンドとなぜしないのかとても不満。変拍子やら超絶テク、世紀末的な内容の歌詞、10分以上の大曲がなければプログレとは呼んじゃいけない決まりでもあるんでしょうかねぇ?
プログレの定義はともかく、ムーディー・ブルースはそのカテゴライズから滑り落ちてしまった、ちょっと気の毒な忘れ去られたバンドかもしれない。
彼らは60年代中ごろデビュー当時は、ちょっと黒っぽいサウンドの普通のポップ・グループでしたが、67年に「サテンの夜」というオーケストラをバックにした壮大な曲をヒットさせ、それ以後はのち言うところのコンセプト・アルバムを次々に発表し、プログレ・バンドと呼ばれるようになります。彼らは70年代前〜中盤にかけては、ピンク・フロイドと並ぶ大人気バンドとなり、74年の1月に来日もしました。
まだマイナーだったイエスやジェネシスより、ずっと分かりやすくて親しみやすい曲も多かったので、ヒットチャートに取り上げられることもよくありました。
ジャスティンは、60年代からメンバーがわりと老け顔の多い中、最も童顔でかつエレガントな美青年で、ワイルドなハードロック系のロックスターとは別次元で究極の「王子」でした。
私はなぜかオフでは会ってませんが、友人たちは大阪まで追っかけをして、この写真はどうやら大阪駅で撮ったらしいです。時期はシルヴァー・ヘッドのすぐあと。
彼は、女の子にチヤホヤされてデレデレするほど素朴でもワカゾーでもなく充分大人でしたが、ロック・ミュージシャンとしてはソフトでアクがなさすぎて、少々印象が薄い人です。
ファンだったわりに、その後の動向はよく知らない私です。ゴメンナサイ。

 
デイヴ・クレムソン
Dave Clempson
デイヴ”クレム”クレムソンはハンブル・パイのギタリストとして、当時から知る人ぞ知るマニア向けのギタリストでした。
ピーター・フランプトンが60年代後半にハードというバンドでデビューし、超美少年ということでたちまちアイドル扱いとなり、でも彼はそれが不満で比較的早いうちにハードを辞め、新たに組んだのがハンブル・パイ。
やはりスモール・フェイセスで女の子のアイドルだったスティーヴ・マリオットと一緒になったことで、スーパーグループ流行りだった69年ころは大注目を浴びたものです。元アイドル二人に加え、ドラムのジェリー・シャーレイも幼い風貌の紅顔の美少年、ベースのグレッグ・リドレーのみが骨っぽい大人の男で、これまたなかなかの男前。ルックス面では、ハンブル・パイは一時期ミュージック・ライフあたりでは充分アイドルしてました。
ところがフランプトンは、たしか1枚アルバムに参加しただけで、あっさりパイを脱退してしまい、その後釜として加入したのがこのデイヴ・クレムソン。ピーター以上に華奢で幼い顔立ちのクレムは、そのルックスとは裏腹に実はかなりスゴ腕のギタリストで、決して派手ではありませんでしたがハンブル・パイを盛り立て、フロントマンのスティーヴ・マリオットを終始支え続けました。
彼は、パイ以降もいわゆる”ミュージシャンズ・ミュージシャン”としていろいろなセッションにも顔を出し、大きな話題にこそなりませんでしたが、いい仕事をたくさん残してます。とくにコージー・パウエルのソロアルバム『Over the top』の中の「The loner」というジェフ・ベックに捧げる曲では、マックス・ミドルトンと共に哀愁をしょった物すごく味のあるギターを聴かせ、大いに泣かせてくれました。
この写真は、すでにハンブル・パイの公開のとき発表してますが、改めて美形ミュージシャンの一人としてご紹介します。まるで未成年かと見まごうばかりの可愛いルックスでしたが、このときもちゃんと奥様連れでした。

 
サイモン・カーク
Simon Kirke
サイモンはフリーのドラマーで、のちバッド・カンパニーのメンバーとして長い間ロックファンに知られるところとなりました。
彼は、背も高く体つきもガッチリしていて(筋肉質のいいカラダ)「カワイイおにいちゃん」なんて呼ぶにはあまりふさわしくないと思われがちですが、フリーのころはまだ充分若く、あどけなさの残る笑顔がまぶしい美青年で、この写真でもお分かりのようにけっこうカワイかったのです。
これはすでに公開済みの写真で、72年7月、ELPが後楽園でコンサートをやったときサポートアクトとして共に来日したとき私が撮ってます。
こんな顔していても、ステージに上がると物すごい形相の「金髪赤鬼小僧」と化してしまったのですけどね・・・。
このフリーのときは、サイモンは気のいいお兄ちゃんで、ファンに対しても誰に対してもとても感じよく、礼儀も愛嬌もある好青年と評判でした。どうやら来日中に風邪でもひいたのか、熱を出したこともあったそうで、よけいファンの熱い声援が彼に集まりました。一緒に来ていたELPの、キース・エマーソン以外のメンバーの評判がファンの間では大層悪かったので、そのせいもあってELPファンからフリーのファンに転向した者も大勢いたものです。
但し、3年後バッド・カンパニーとして来たときは、周りも彼をビッグスター扱いで、本人も何だか人柄が変わっていたようで、私は少なからず残念に思いましたね。
顔つきもフリーのときとはエラク変わってしまいました。ビッグスターになるとすべてが変わるのね・・・とはその当時私ら元ファンのボヤキだったものです。
最近、またバッド・カンパニーが再結成されたそうですが、結局日本には来なかったし、あれから一体どうなったんでしょう? 誰か知ってたら教えて下さい。

 
ロバート・スウィート
Robert Sweet
今回の10人の中では1番スゴイかもしれない超美貌の彼は(彼ですよ、間違いなく男です)、ロバート・スウィートくんで、80年代中期にアメリカで注目されたストライパー(Stryper)というクリスチャン・メタル・バンド(マジにホント)のドラマーでした。
来日したのは、85年と87年ですので、正確には70年代から外れますが、エクストラとしてご紹介します。
コンサートは見に行きましたが、私は会いに行くまではいかず、この写真も友人の追っかけファンが撮りましたが、あまりにキレイなので山ほど写真を分けてもらいました。写真を撮った子の腕もいいのですが、よくぞここまで男がキレイになれるものか、という見本のような人物でしたね。でも決して彼はゲイでもおカマさんでもありませんでした。
ストライパーは、メタルバンドと言っても、なんせ熱心なクリスチャンでしたので、アメリカでは布教活動も兼ねてライヴをやっていたとか・・・。たしか日本でもコンサートの最後に聖書をステージから客席に投げていたようです。
ステージ衣装は全員、黒と黄色のストライプが基調でやたら派手でしたが、彼らはまさに天使のメタルバンドというところで、デスだのゴシックとは無縁。曲もわりとポップ路線に近い美しいメロディー中心の曲が多く、コンサートもあまり汗臭さを感じさせないものだったような思い出があります。
ロバートくんは、ドラマーでも奥に引っ込むようなことはせず、ドラムセットも横に置いて、顔は客席に向けるようにバックボーカルをとりながらドラムを叩いてました。
今はきっといい宣教師にでもなっているんじゃないでしょうか?



 夏川 翠 2002.2

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