岩船大祭 Iwafune Festival 村上市



927年(延長5)に成立した延喜式の神名帳という書物には、当時の全国の主なる神社3132座が記録されている。現在では所在不明の社も多いが、現存する神社は式内社と呼ばれ、由緒正しい神社として崇敬されている。越後国では56座が採録されており、石船神社は磐舟郡8座の筆頭に記されている由緒ある神社である。7世紀に東北遠征を行った阿部比羅夫(※1)の創建と伝えられている。
石船神社の例祭、岩船大祭は10月19日に「本祭り」を迎える。祭神饒速日命が磐樟舟(堅固な舟)で一族を引き連れ、この地に上陸したという故事をしのぶ祭りであるという。
岩船の祭りがいつの頃から始まったかは明らかではないが、中世平林城に盤踞し、岩船を領していた色部氏の「色部氏年中行事」(1558~1570)には、「九月拾九日、大明神の、お的の次第の事」「すまい(相撲)のこと」として、石船神社の祭礼についての記載が見られる。明治初期に政府の太陽暦採用により、期日を一月遅れの10月19日に改め、現在に至っている。

先頭を行くのは『お舟屋台』である。石船神社から大鳥居まで下され、屋台に移される「お舟」は、漆を何度も重ねて朱色に塗った豪華なもの。
「木遣り唄」とともに氏子各町自慢の 「おしゃぎり」と呼ばれる玉槍、神輿、堆朱や金箔を施した絢爛華麗な屋台9台が岩船の町を練り歩く。鄙とはいえ古い歴史に彩られた港町の、勇壮な祭りを今に伝えている。
先太鼓は屋台巡行の先導役をつとめるのだが、前夜は巡行ルートを3度に亘って回り、道を祓い浄めるのである。この地方の一年を締めくくる秋祭りである。

昭和63年(1988)、岩船大祭は、山車と「とも山」行事(※2)を中心に、祭祀研究史上貴重なものとして、剣の無形民俗文化財に指定された。




※1 阿部比羅夫(あべの ひらふ)生・没年、生国ともに不詳658~662の軍役に活躍(参考)
※2 御霊代を神殿に返納する儀式


石船神社

市の南西部、日本海岸べりに盛り上がる諸上寺山の南西麓にある、岩船港を見守るように建つ神社。
大化4年(648)、越後国主安倍比羅夫の創建と伝えられる。大同2(807)年、北陸道観察使・秋篠朝臣安人が下向の際に社殿を建立。越後国の北の守護神として京都・貴船神社の御祭神三柱を合祀初、以来、明神様と呼ばれ、地元の人々に深く信仰されてきた。神社境内に磐舟柵の碑がある。
近世には村上藩主代々の尊信が厚く、港町岩船の産土神として、土地の人々の信仰を集め、祀られてきた。
神域は約1万5000㎡、木々に囲まれて明治39年(1906)再建の社殿が建つ。社殿裏の社は県の天然記念物にも指定され、ヤブツバキなどが鬱蒼と茂り、古社を物語っている。日本海岸のツバキ樹叢として、植物学的に貴重とされている。
境内には松尾芭蕉の句碑2基があるが、芭蕉が奥の細道に出かけた際、立ち寄ったことが知られている。社前に湧く清水は、眼病に効き目がありと信じられている。
10月18・19に開かれる例祭は、岩船まつりと称され、”お舟”をはじめ、シャギリと呼ばれる数台の豪壮な山車が街中へ繰り出し、遠近からの人出で雑踏する。

  • 〔御祭神〕
    饒速日命 ( にぎはやひのみこと )水波女命 ( みづはのめのみこと )高靇神 ( たかをかみのかみ )闇靇神 ( くらをかみのかみ )
  • 〔所在地〕新潟県村上市岩船三日市9−29
  • 〔問い合わせ先〕 0254-56-7010
  • 〔アクセス〕
  • 〔駐車場〕 数台
  • 〔特徴〕











岩船大祭まで













石船神社