羽黒山政司新潟市



羽黒山政司 1914年11月18日〔生〕-1969年10月14日〔没〕

 中之口村 大字羽黒生まれ(当時松長村) 本名小林正治

農家の三男で、風呂屋の主人を志して昭和 4年 1月に上京し、伯母が経営する両国の風呂屋に奉公した。非凡な体格を見出した立浪から毎日の様に勧誘され続け入門を決意した。羽黒山の名は郷里の羽黒に因んだ。
左差しで怪力を生かして右上手を引き附け、胸を合わせて吊りながら寄って攻め、時に豪快な上手投げで叩き附ける攻撃的な取り口であった。
19歳のとき土俵、序ノ口から各段優勝して 1場所ずつで23歳で入幕するという新記録を打ち立てた。以後も全て勝ち越して入幕三場所で小結、26歳で大関に昇進した。
大関昇進直前に母親ミナさんが亡くなり落ち込む時期もあった。
昭和16年11月に吉田司家から第36代目の横綱免許が授与された。大正時代生まれで最初の横綱。「剛」の印象を持たせる容姿や土俵入りは双葉山の「柔」と好対照だった。戦争中の食糧不足や勤労奉仕で一時は体重が90kgに減った。
戦前は双葉山の陰に隠れてしまったが、双葉山の引退後は第一人者として戦後の荒廃時代を支えた。アキレス腱を 2回切って一時は再起不能と言われたが見事に復活し、12年に亘り横綱を務める驚異の持久力を示した。
昭和21年に妻が亡くなり、 3週間後には長男も亡くなる悲劇に遭ったが、悲しみに堪えて11月には全勝を飾った。
昭和27年、36歳での最年長全勝優勝は日本中を興奮の渦に巻き込みました
昭和28年1月4日目に右手親指を二瀬山に噛まれて骨折したが、他の 3横綱が不振だったので休むに休めず、添え木を当てて痛み止めを注射し、土俵へ上がる時に添え木を外す悲壮な土俵を務めた。
そして、昭和28年9月17日に引退。引退するまで幕内在位39場所、優勝7回、うち全勝優勝4回。

引退後、2代目立浪親方を襲名。多くの力士を育て、相撲界に多大な貢献をした。故郷の地名から四股名をとったほど郷土を愛した羽黒山。幼い頃父を無くし、母ミナさんの女手一つで育てられた羽黒山は早く出世をして母を楽にさせたいという気持ちが強かったという。
1969(昭和44)年10月14日、東京都新宿区にある慶應義塾大学病院にて、尿毒症により死去。



《墓所》
   敬覚寺 東京都台東区西浅草一丁目


中之口先人館
〔所在地〕新潟市西蒲区中之口363
〔アクセス〕


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ジャンル:老舗料亭
アクセス:JR越後線巻駅 徒歩4分
住所:〒953-0041 新潟県新潟市西蒲区巻甲2533(地図
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情報掲載日:2015年11月28日


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