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龍ヶ窪は、葦ヶ崎台地の谷内集落と岡集落の境界に立地し、通称「立石の池」と呼ばれ
ていた。
池は長さ180メートル、幅70メートル、面積7579平方メートル、かつては大樹
が茂り昼なお暗い神秘を含む池であった。
現在 も涌き出る水の量は大変に多く、1日に4万3000リットルといわれていま
す。
津南町に湧水が多いのは、この地方が日本有数の豪雪地帯であることが大きく関係して
いる。一冬の積雪量は20mを超え、一晩に1m積もることも決して珍しくない。そ
の雪は多くは雪どけとともに川へ流れるが、一部は地面に染み込んで地下水となる。そ
れが、長い時間を経て、段丘のがけから涌き水となって出てくるのである。
竜ヶ窪の水は、昔からどんなに雨の少ない年でも、決して涸れることがない。
この水は飲料水として用いられ、また農業用水として広く利用されてきた。昭和30
年代に施工された水道も、この池に水源を求めている。
池一帯は早くから禁猟区に指定され、自然環境保全地域となっている。このため野鳥特
に水鳥が多く住み、野鳥の宝庫といわれ36種が確認されて、探鳥会には最適の地とな
っている。
また、池には、本県には少ないカワマスが生息し、周囲には広葉樹や針葉樹の変化に富
んだ森林が分布し、特に東側にはブナの自然林が見られる。
景勝地としても水源地としても信仰に近い親しみを持つこの池には、上下両池畔に谷内
、岡の人達が祭る社があり、7月始めの巳の日は「巳まつり」と称して祭典がある。
龍ヶ窪は、昭和59年に環境庁が実施した「名水百選」に選定され、その清冽なゆう水
を求めて多数の人々が訪れている。
津南町ではこれより早く、昭和47年(1972)6月、町の名称天然記念物に指定し
ている。
(歴史紀行より)
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☆ 龍の伝説 ☆
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《伝承》
昔、越後の国(新潟県)の南のはずれに、妻有の里・芦ヶ崎という村がありました。
ある年、長い日照りが続き村人はヒエやアワどころか水一滴なく苦しい生活をして
いました。
ある時、一人の青年が、天上山へ何か食べるものはないかとさがしに出かけました
。すると、昼寝をしている龍を見つけました。龍のそばに卵があったので、龍が眠って
いるすきに卵を盗み出しました。 そして、その大きな卵を村に持ち帰り、村人と相談
した結果せめて年寄りと子どもだけでも食べさせることにしました。 卵を割り始める
と、卵の中の龍の子が母親流に助けを求めました。するとそこへ怒り狂った龍が現れ村
人を食い殺ろそうとしました。 庄屋をはじめ村人は、「子どもだけは助けてほしい。
」と龍に頼みました。 龍は必死の村人に心を打たれ、村人のために三日三晩雨を降ら
せ、池を作ってやりました。 村人たちは喜んで龍にお礼を言うと、龍は、「この池は
おまえたちの美しい心の象徴だ。 しかし、人の心の曇るとき、この池はかれてしまう
であろう。」と言い残して消えました。 村人は、この池を「竜ヶ窪」と名付けて大切
にし、神社を建てて龍神様をおまつりしたということです。
津南町立芦ヶ崎小学校編 「竜ヶ窪に伝わるお話」より
http://www1.ocn.ne.jp/~asisyo/densetsu.htm
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