会津八一 新潟市



1881(明治14)年8月1日 〔生〕- 1956(昭和31)年11月21日〔没〕

會津八一は明治14年新潟市古町の料亭・会津屋で、1881(明治13)年8月1日に生まれた。
日本の歌人・美術史家・書家。雅号は、秋艸道人、渾斎。新潟県の地方紙「新潟日報」の題字は会津が揮毫したもの。
1914(大正3)年春、八一が転居先の東京小石川で郷里越後から受け入れた学生3人に「心得」を示す(「学規」碑として後に残される)。
1945(昭和20)年から翌21年7月まで旧中条町西条町の丹呉家ですごした。そしてこの1年余りの間に多くの作品を残している。

1946(昭和21)年7月25日より、會津八一は伊藤文吉別邸(現、北方文化博物館新潟分館)内の洋館を「南浜・秋艸堂」と呼んで、永眠するまで暮らした。
1951(昭和26)年、新潟市名誉市民。
1956(昭和31)年11月21日、76歳で没した。


著作
  1. 『會津八一全集』全12巻、中央公論社 数度刊行、新版1982-84年。
  2. 中公文庫 『渾齋随筆』 1978年/『續 渾齋随筆』 1984年
  3. 中公クラシックス 『東洋美術史』 2009年(解説大橋一章)

歌碑
  1. 新発田市天王1563(市島家邸宅内)
      昭和22年10月天皇陛下の下越地方巡幸に際しての作の短歌
  2. 会津八一「学規」碑 icon
      新潟県見附市新潟町386 天徳寺内
  3. 会津八一の生家の碑
      新潟市中央区古町5番町
  4. 秋草道人(会津八一歌碑)
      胎内市西条町1-74 太總寺境内
      


     瑞光寺
        住所 新潟県新潟市中央区西堀通3番町797
        TEL  025-229-4336

会津八一記念館
〔所在地〕新潟市中央区万代3-1-1メディアシップ5階
〔連絡先〕 025-282-7612
〔アクセス〕
  • 電車…新潟駅より850m 徒歩10分
〔特徴〕會津八一の書画、原稿、書簡、文房具、印章、写真、生活用具など1万2千点
〔HP〕 http://aizuyaichi.or.jp/

略歴
  • 1910年、早稲田中学校の英語教員
  • 1918年、早稲田中学校の教頭
  • 1924年、初の歌集『南京新唱』を刊行
  • 1925年、早稲田高等学院教授
  • 1931年、早稲田大学文学部教授
  • 1933年、『法隆寺・法起寺・法輪寺建立年代の研究』(東洋文庫)が刊行
  • 1934年、文学博士の学位
  • 1940年、歌集『鹿鳴集』を刊行
  • 1941年、書画図録『渾齋近墨』
  • 1944年、歌集『山光集』
  • 1945年、早稲田大学教授を辞任
  • 1946年、5月、「夕刊ニイガタ」社長
  • 1948年、早稲田大学名誉教授
  • 1951年、新潟市名誉市民
          『會津八一全歌集』を刊行
  • 1956年、死去

  • 1988年、会津八一「学規」碑建立
    「一.ふかくこの生を愛すべし、一.かへりみて己を知るべし、一.学芸を以って性を養ふべし、1.日日新面目あるべし」
  • 2012年9月、和歌「うまやとの みこのまつりも ちかつきぬ まつみとりなる いかるかのさと」の歌碑が奈良県斑鳩町、法隆寺に設置される
  • 2014年8月、会津八一記念館がメディアシップに移転
  • 2016年2月、会津八一の揮毫碑「春のくさ暮れて あきのかせにおとろき 秋のかせやみてまた はるのくさにもなれり」が古町通7番町のアーケード街に移設





  • ①会津八一の生家の碑
  • ②会津八一の墓所(瑞光寺)
  • ③会津八一記念館
  • ④市島家邸
  • ⑤会津八一「学規」碑
  • ⑥秋草道人(会津八一歌碑)







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