林家こん平 長岡市



林家こん平(本名: 笠井光男) 1943年(昭和18年)3月12日〔生〕 -

1943年(昭和18年)3月12日 新潟県刈羽郡小国町(元・千谷沢村) の農家で六人兄弟の末っ子として生まれる。小学校に上がる前から農作業を手伝った。地元の農業委員会の委員長をしていた父親も、こん平を政治の世界に進めたがった。その父親は、こん平が小学校3年のときに亡くなっている。
中学3年の秋、ラジオから流れてきた、故林家三平の新作落語を聞き、弟子入りを決断する。さっそく売り込みの手紙を書き、東京・根岸の三平の家に押しかけた。一度は断られる。
1958年の春、米一俵を持って、再度押しかける。三平も、食い扶持があるうちはいてもいいと迎え入れた。その後入門を許可される。
こん平という名前のいわれは、入門当時はかなりやせて、目がつりあがっていたので、師匠とおかみさんが簡単につけた芸名だ。
1966年(昭和41年)に始まった「笑点」に第一回から出演している。「笑点」という番組は、こん平の落語人生そのものといってもいい。
『越後生まれのこん平』『私のふるさとチャーザー村』など、昔の芸人は田舎者のレッテルを貼られることをきらったが、こん平は、生まれ故郷を隠さないで、自分のふるさとを大切にする。
1972年(昭和47年)9月に真打昇進。
兄弟子・林家珍平が俳優に転業した後は惣領弟子となり、三平亡き後は一門を統率。林家正蔵、林家しん平といった三平の預かり弟子や林家たい平ら直弟子など多くの弟子を育成する。

また、卓球が得意な事でも知られており、三遊亭小遊三と共に「らくご卓球クラブ」を創設。

2004年(平成16年)8月、多発性硬化症で入院し、9月、 『笑点』を降板する。
2015年8月、日本テレビ系『24時間テレビ38 愛は地球を救う』内で放送された『チャリティー笑点』に11年ぶり生出演。
2017年1月30日、「らくご卓球クラブ」創立30周年記念『新春初打ち会』に参加する。





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