吉祥清水 Kichijo Shimizu 村上市
吉祥清水は、大正13年(1924)に、大毎(おおごと)集落の住民有志38名が、吉祥岳の麓に湧き出る清水を飲料水として集落内に引き込んだことに始まり、吉祥清水の水汲み場所は、地域の「大毎集落づくり委員会」が、平成5年(1993)には東屋などを整備し、地域内外の多くの人が訪れる。(☛
吉祥岳) 大毎集落の人々の暮らしを支えてきた大切な命の源であった。この清水は、地元でしか手に入らない地酒「日本国」の仕込み水としても使用されており、集落では新たな利活用に向け様々な取組が行われている。 松尾芭蕉が奥の細道で出羽街道を歩いた際、街道沿いに湧く清水のおいしさに感銘して 「結ぶより まず歯にしみる 清水かな」と詠んだといわれている。大毎に立ち寄った際にも、吉祥岳に端を発する良質な清水を堪能したと思われる。 平成20年(2008)に環境省が水環境の一層の推進を図ることを目的に募集した「平成の名水百選」に認定された。
≪現地案内看板≫
吉祥清水 大毎集落が、この地に形作られ始めたのは、---(不明)---の頃であったろうか。 慶長二年(一五九七)越後御絵図(瀬波郡)には「大事川」を挟んで「大事村 家四拾弐間」と書かれている。恐らくそれより何百年も前から、人々の暮らしがあったのだろう。人々は鰈山や吉祥岳の麓から湧き出た水を集めて流れる大毎川の豊かな水に頼って、生活してきた。 現在、大毎地区簡易水道の水源も、すべて吉祥岳の麓から湧き出る湧水である。 また、以前から各家庭で利用されている水道も、そのほとんどが、吉祥岳の麓に出る湧き水を引いたものである。 いろいろと話し合いを重ね、「吉祥清水」と名付ける事にした。 この施設は、大毎水道組合の御厚意で水を提供して頂き、平成五年度の「集落づくり委員会」の事業として完成したものである。 平成六年三月 大毎集落づくり委員会 地図 ストリートビュー |