朝。目を覚ましたエリーは、つい自分のいる場所を確認していた。
 自分がいるのがロブソン村でなく、ザールブルグ、貸し与えられたばかりの工房である事に安心する。
「…夢じゃないんだよね。ここはザールブルグで…アカデミーに入れて…」
 入学式も終わったのに、まだアカデミーに入れたことが実感できていなかった。
 昨日のことを思い返す。
 アカデミーで話を聞いた後、まっすぐ工房に戻った。もらったばかりの『絵で見る錬金術』を早く読みたかったから。書かれていたのは本当に基本的なことだけだったけれど、少しでも錬金術に近づけると思うとそれだけでわくわくして何度も読み返した。それで夜になっちゃったんだっけ。ついでに各種中和剤の作り方も思い出してエリーはちょっと嬉しくなる。
 「うん。見習いだけど錬金術師になったんだ。よーし、頑張ろう!」


 外に出る。これから生活する街。今までばたばたしていたし、第一余裕がなくてよく見ていなかった。
 まだ少し歩いただけなのに、随分遠くに来た気がする。
 それぐらいザールブルグには珍しいものがあふれていた。
 ロブソン村は田舎だったから、こんなに多くの人はいなかった。
 きちんと舗装された道。そこに並ぶ数々の店。通りには様々な色と活気があふれている。
 何もかもが新鮮に映る。
 職人通りを抜け、広場に出た。
 ここってザールブルグの真ん中なんだよね。そんなことを思いながらぐるっと見回す。道が広場を中心に放射線状に走っている。同じ様な家がたくさんある。そんな中、アカデミーの建物はやっぱり目立っていた。
 他に何か違うもの……大きな木、それからお城。
 エリーは歩き出した。


 妖精の木、シグザール城、と見て回ったエリーは再び街に戻ってきていた。
 きょろきょろと動いていた視線がある看板の上で止まる。
 酒場【飛翔亭】
 イングリド先生には酒場に行くように言われていた。
 お金を稼ぐには酒場で仕事を探す、とか。
 でも…。む〜、どうしよう。何か怖いなぁ。
 …………。
 ……まだ朝だし、きっと大丈夫だよね。入ってみないことには始まらないもん。よしっ!
 気合いを入れ、ドアに手をかける。
 おそるおそる中に入り、エリーは少し安心した。自分の想像とは違って綺麗に片づいた明るい雰囲気で、店の隅には楽団までいる。
「なんだ、そんなに怖い所じゃなかったんだ。」
「ここはお嬢さんみたいな若い女の子が来るような場所ではないよ。」
 安心したのもつかの間、突然声をかけられて飛び上がる。
「えっ、あ、あ、あ、あの……!」
 言葉が出てこない。おろおろと辺りを見回すと、カウンターの中の男達も酒を飲んでいた店の客も皆、エリーに注目している。やっぱり来ない方が良かったかな。後悔が頭をかすめる。
「何のようだ?……ん?ああ、もしかしてアカデミーの生徒か? 仕事だったら紹介するぜ。」
 別の声にどうにか自分の用を思い出す。
 (ば、場所は間違ってないみたいだよね。なら、ちゃんと聞いてみないと。)
 目をつぶって深呼吸し気持ちを落ち着ける。
「あの。初めまして。アカデミーの生徒でエルフィールって言います。」
 お金を稼ぐのに仕事が欲しいこと。でもどんな仕事なのか、そもそも酒場がどういう所なのか、よく分かっていないこと。
 飛翔亭のマスターだと言う男に、自分の来た目的を話した。
「そうだな。ここでは酒以外にも役に立ちそうな情報なんかを売っている。あんたみたいな錬金術師にはアイテムの調達を仕事として斡旋している。今ある仕事はこんな所だ。」
 マスター、ディオの差し出した紙を見る。



 運命の星?…うう、何だろう?聞いたこともないよ。
 次。チーズケーキ…これもダメだあ。名前は知っているんだけどなぁ。まだ作り方がわからないし…。
 えーと、次は…フェスト。良かった、これなら分かる。大して珍しくもない石で、確か工房にもあったはず。
 やってみようかな。思案しているとディオが内容を見て一言付け加える。
「ああ、それならあんたにはちょっと簡単すぎる仕事かもしれんな。」
 それに背を押され、エリーは依頼を引き受けた。


 ところがフェストの数は足りていなかった。
 おまけにザールブルグの付近だと、どこでとれるかも知らなかったのだ。
「どうしよう!」
 …こうしてエリーの初仕事は始まった。