「むぅ…………」
銀河の妖精とも称される銀河の歌姫ナンバー1……の座は最近少し危ないが容姿とスタイルならまだまだ……いや待て、ランカちゃんもこれからまだまだ成長するかも……いやいや、この際重要なのは男の癖に私達と張り合える容姿のあの朴念仁の好みだけだが……ともあれ端正な顔の眉間に皺を寄せる私。
(……グレイスが生きていたら笑みを浮かべたままいつもの如くおしおきね)
そう考えると一旦手を止めて眉間をマッサージした。やりたい放題やってくれたグレイスだが指導内容には罪は無いのでおとなしく従っている。肉体改造もしていなければゼントラーディの血も混じっていない私としては日々の弛まぬ努力は欠かせないのだ。そう、この天才シェリル・ノームなればこそさらなる努力を!
「……なに他人の家の縁側で見得を切ってるんだ? 歌舞伎にでも転向する気か?」
立ち上がって、ダン、と気合を入れるために足を踏みしめた所で庭からツッコミが入った。
「……あ、見てた?」
あはははは、と苦笑いを浮かべると庭からアルトがジト目でこちらを見ていた。
マクロスF小話
「七夕」
発端は無論いつものごとくシェリルである。そろそろ禁断症状が出てきたので、スケジュールを調整し休みを作ったシェリルは早速アルト分を補給しようとしたのだが、携帯が繋がらない。ならば当直中かと判断するや躊躇無くS.M.Sを襲撃した。
「アルトがいない!? 仮にも軍人でしょ!? 隠してんじゃないでしょうね!?」
「ち、違いますよ! 今はそんなにシフトも厳しくないし、たまたま今日から非番なだけです!」
詰め寄るシェリルの対応を行うのはルカである。
シェリルはアルト目当てで気軽にS.M.Sにやってくるが依然として銀河のトップアイドルであることには変わりない。アルトや一部の上級士官は別として腰が引けてしまうのを責めるのは酷というものだろう。余談ではあるが紆余屈折の末S.M.Sオーナーのビルラーと取引してS.M.Sへの出入りフリーパスを獲得したシェリルは大手を振って歩き回っている。ともあれ、アルトが不在、あるいは手が離せない場合に生贄となるのがかろうじて親交があるルカであった。
「じゃあなんで携帯がつながらないのよ!? ……はっ、まさかランカちゃんと逢引」
「逢引って……いえ、それはないんじゃないかな、と」
「なんでよ!?」
「いや、ランカちゃん今日コンサートがあったはずだからそんな余裕は……」
「ふっ、甘いわね」
そこでポージングして髪をかき上げるシェリル。ざわっ、と辺りがざわめく。
「むしろコンサートの前だからこそアルトに会うんじゃない。気合を入れるためにね! もちろんそのままコンサートにも来るなら最高のステージをみせてあげるわ!」
腕組みして宣言するシェリル。
おぉーっと周囲から歓声が上がる。
「アルト先輩は強壮ドリンクですか……あぁ、どちらにしても違いますよ」
「どうして?」
「アルト先輩、実家に帰るって行ってましたから。お父さんの見舞いを口実にして久しぶりに和室を満喫してくるとかなんとか……」
「……何が口実よ。まるっきり逆じゃない」
「ですよねぇ……そんなわけで連絡はそちらにすればいいとわかっているので非常用の連絡回線以外は切っているんだと思いますよ」
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
「……あのシェリルさん?」
「なぁに?」
なにやら笑みを浮かべているシェリルを見て冷や汗を浮かべるルカ。
「まさかとは思いますけど……先輩の実家に?」
「そんなに驚くような事かしら? これでも私あそこでしばらく寝泊りしていたこともあるのよ?」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!! という声を尻目に身を翻すとシェリルは駆け出した。スターの休暇は短いのだ。
<早乙女家正門前>
「アルトを出しなさい」
「この早乙女の屋敷の門前で仁王立ちできるのは貴女ぐらいでしょうね」
途方に暮れた守衛に呼び出された矢三郎は苦笑しながら言った。
まぁどうぞ、と先導して中に入るとシェリルもおとなしくついて来る。
何だかんだと世話になった借りはまだ返していないので当分はおとなしくする、ということらしい。
少なくとも前回会った時にはそう言っていた。
(アルトさんと違ってとにかく素直ですねぇ)
とことん天邪鬼なアルトを見慣れた矢三郎にとってはそういう風に受け止められる。
「で、アルトは?」
「口実のお見舞い中です。まぁ何だかんだと口で言いながらもあのアルトさんが嵐蔵先生にお会いになられているんです。いま少しお待ち下さい。貴女が来られたなどと知れたらその場で終わりです」
「……私もそんなに時間はないんだけど?」
「未来のお父上の機嫌を取るのも重要では?」
「なっ!」
ぼっ、と紅くなるシェリル。
矢三郎は足を止めるとふり返る。
「おやおや、芸は違えど銀河一の役者ともあろう方がこうもあっさりと……アルトさんがお気に入るはずです」
「……そういうあんたも慣習の上の事とはいえさすがはアルトのお兄さんね。このシェリル・ノームに随分と見事な不意打ちだわ」
矢三郎を睨むシェリル。
「おやおや怖い怖い。……ともあれ以前お使いになられていたお部屋に案内します。アルトさんもあちらに泊まられるそうですし、お見舞いもそんなに長くは時間はかからないでしょう。……お二人とも話に困るでしょうから」
「あ〜確かにそんな感じね。ま、いいわ。だったらせっかくだから前に来ていた服用意してくれない?」
「既に女中に頼んであります」
「手回しのいいことで……なんで、そんなにアルトの面倒を看るの? 普通、もっと屈折しそうなものだけど?」
「私も役者ですからね。……努力だけではたどりつけない境地に至れる才能を知ってしまうと……貴女にもおわかりでは?」
「そんな言い訳聞きたくないわね。私は努力して勝つ、それだけよ」
「そんな貴女とアルトさんが巡り会ったのも縁、ということでしょうか」
「……で、なんでここにいる?」
「そんなの私がオフだからに決まっているじゃない!」
ふふん、と胸を張って宣言するシェリル。浴衣を着ているせいか今ひとつ決まっていない。
「兄さん!」
「次からはここに通すようにお願いしましたから問題ありませんよアルトさん」
「ちっがぁーーーう!!!」
「あ、アルトさんも浴衣にしますか?」
「もういい兄さんは行ってくれ! 俺はこいつと話をつける!!」
「はいはい。あぁアルトさん」
「なんだ!?」
「今日は何日でしょう?」
「七月七日! それがどうした!?」
「せっかくですのであんなものを用意してみました」
そう言って庭を指差す矢三郎。
「…………もしかして」
「はい。笹です」
「ササ?」
「短冊は硯箱の横に置いておきましたのでどうぞ」
そう言い残すと矢三郎は立ち去った。
「あんたのお兄さんって変わってるわよね」
「……なんでああなんだよ」