ザバッ!
海面を切り裂いて飛び出した黒い機体はそのまま低空を飛ぶ。
機体の名はナイトメアフレーム蜃気楼。
目的地は中華連邦。
『殿下。しばらくお休みになられては如何ですか?』
スピーカから聞こえた機内通信の声に顔を上げるルルーシュ。
「殿下はよせ。第一、今の私はルルーシュですらない。今の私はゼロだ」
『殿下におきましてはもしやこの私の忠義にお疑いを?』
「は? なんだそれは? お前の忠節に疑念があれば手を緩めたりするものか。だいたい……」
いくら機械の身体だからといって自ら望んで臨時増設したカーゴ内に甘んじて詰め込まれる者がいるものか。
ガウェインと違い一人乗りとして設計された蜃気楼に余分なスペースなどない。
それならばと当人が言い出したのが操縦系統を臨時増設したカーゴである。文字通り『操縦系統のみ』であり、耐G装備など何もなく、邪魔となればボタン一つで本体から排除できるただの箱である。
そんなものを自分から言い出してしかも嬉々として乗り込んでいる人間の忠義を疑ったりなどするものか。
『勿体無いお言葉。このジェレミア、改めまして粉骨砕身の覚悟で励む所存』
「それももういい」
『さすれば、ささやかながら私の忠義に褒美を賜りたく』
「ほう? 少しはオレンジの頃の気質が残っていたか?」
『御意』
「いいだろう。何が望みだ?」
『殿下と二人きりの時には、殿下、とお呼びすることをお許し頂きたく』
「……」
人はそれぞれ大事なものを持っている。それが他人からは理解されないことも多々ある。
だが、ジェレミアの一番大事なものが何か自分は知っている。少なくとも知っていると信じている。ならば……
「いいだろう。ジェレミア、この私を殿下と呼ぶ事を許す」
『ありがたき幸せ!』
「なに、お前の忠義に報いるには安い報酬だ。それにお前用の機体が完成すればお前にも黒の騎士団の前線に立ってもらう事になる。そうすればそうそう二人きりにもなれまい」
『なんの、私に機会を与えて下さるというのに何の不満がありましょうか』
「あまり嬉しい事を言うな。私は無償の奉仕というものに慣れていない。変に勘繰ってしまう」
『左様ですか。では、話を戻しますが、しばらくお休みになられては?』
「いや、今回は到着してからあまり時間の余裕がない。すぐに外交交渉に当たる以上眠らずに頭を醒ましておいたほうがいい」
『なるほど』
「それよりは気分転換でもした方がいいだろう。世間話はできるか?」
『世間話でありますか? それはあまり自信がありませんが、よい機会ですのでお聞きしたいことがいくつか?』
「言ってみろ」
『なぜ彼らにギアスを使われないのですか?』
「……」
『あえて説明は不要と存じますが、ロロとシャーリー、そして何より枢木スザクです』
「……“使いたくないから”だ!」
「痛っ」
シャーリーが突然お腹を押さえて顔をしかめた。
学園地下の司令室、ルルーシュとロロの相変わらずどこかずれている会話がツボに入ったのか笑いを懸命に堪えていた際の出来事である。
「シャーリー!?」
「大丈夫、ちょっとひきつっただけだから」
慌てて駆け寄るルルーシュに笑みを返すシャーリー。
「まだ完治していないのだ。おとなしくしていろ」
事態を察したヴィレッタが言った。
「傷口……」
そこで顔を青くするロロ。
「ん? あー、ロロ! また気にしてるでしょ!?」
「いや、だって……」
「もう! 私は気にしてないって言ってるでしょ!?」
そう言うなりロロを引っ張って頭を胸に抱え込むシャーリー。
「わっ! あ、あの……」
「いーい? ロロはちょっとナナちゃんにヤキモチやいちゃっただけでしょ? 今はナナちゃんも大事だよね?」
「そ、それは、だって兄さんの妹なんだし……」
「よろしい。まったくロロはもうちょっとルルのふてぶてしさを見習った方がいいよ」
「ちょっと待ってくれシャーリー。誰がふてぶてしいって?」
「ルル」「兄さん」「お前に決まっている」「ルルーシュ様です」
「くっ……」
咲世子にまで言われて、悔しそうに顔を背けるルルーシュ。
「前にも言ったがシャーリーだって私を撃った事があるんだ。細かいことは気にするな」
「あ、あれはその……」
「私など怪我どころか記憶まで失って大変だったんだぞ」
ぶつぶつ、とつぶやくヴィレッタ。
「ん?」
不意に沈黙しているその場に気付き顔を上げるヴィレッタ。
「な、なんだ?」
「なるほどな」
「あぁそれで」
うなずく兄弟。
「なるほど、記憶を失っている時に扇副司令と恋仲になられたのですね」
「ぶっ!」
核心をついた咲世子に吹き出すヴィレッタ。
「え、えぇーっ!! ヴィレッタ先生って恋人いらしたんですか!?」
「ち、違う!」
「はい。扇要様とおっしゃいましてカレン様とも親しい間柄の方です」
「わーステキ!」
「コホン……ジェレミア卿の手伝いに行って来る」
そういって出て行くヴィレッタ。
「逃げましたね」
「さすがはヴィレッタ様です」
「……しかしわからんな。記憶が無かった時はともかく扇はどうやって再びヴィレッタを篭絡したんだ?」
「「「……」」」
じとーっとした目でルルーシュを見る三人。
「はぁ、ルルは変らないな〜」
「すみません、シャーリーさん。こんな兄ですが」
「む〜っ」
「え? あ、あの……」
「呼び方変えるって言った」
「え? あ、あぁぁぁ!」
「許す代わりに私の呼び方変えるって約束した!」
「そ、その……」
「ま、まぁシャーリー、ロロも……」
「ルルは黙ってて!」
「……はい」
すごすごと引き下がるルルーシュ。
「はい。じゃ、ロロやり直し」
にっこり笑うシャーリー。
「え、あ、あぁうぅ……」
「ロ〜ロ?」
「に、兄さん!」
「諦めろ、この件についてはお前の敗北は決定事項だ」
「そ、そんな!」
「ロ〜ロ?」
「う、うぅ……ね」
「ね?」
「……義姉さん」
「よろしい!」
ぎゅーっとロロの頭を抱えるシャーリー。
「わー! 当たってます当たってます!」
「え、何が?」
「い、言えません! と、とにかく放して下さい!」
「最近シャーリー様はミレイ様に似てらっしゃいましたね?」
「咲世子もそう思うか? まぁ悪いことではないと思うのだが……」
「えぇ、私もそう思います」
やっとの事で解放されるロロ。
「はぁはぁはぁ、あ、あのね兄さん?」
「ん? 何だ?」
にっこりと笑うルルーシュ。
「あ、あはは……」
(怒ってる! 無茶苦茶怒ってるよ兄さん! そんな不可抗力だよ! 僕は胸に触ろうなんてこれっぽっちも!)
ちなみにルルーシュは気付いていない、というか胸云々まで思考がつながっていないので完全にロロの一人相撲である。
「ルルーシュ様、そろそろお時間でした」
そういってジェレミアが入ってくる。
「わかった。咲世子、後を頼む」
「かしこまりました」
「あ、ルル、カレンによろしくね」
「ああ、わかったよ」
「……でも、カレンも大変ね。黒の騎士団も軍隊みたいなものらしいから男の人ばかりだろうし……」
「ん? そんなことはないよ?」
「え?」
「あ、兄さん!」
「C.C.もいるし、神楽那様や千葉との仲も悪くなさそうだ。第一、斑鳩のオペレータ陣を含めて女性兵士の割合……シャーリー?」
あっちゃ〜、という顔をしているロロの隣でなにやら剣呑な笑みを浮かべているシャーリー。
「へぇ〜そうなんだ。初めて聞いた」
「ま、まぁ黒の騎士団の話だからね」
「ジェレミアさん」
「何だ?」
「そのC.C.とか、か……なんとかっていう女の人って美人ですか? 後、いつもルルのそばにいるとか?」
「そうだな、ブリタニア人でないのがやや難点だが、ルルーシュ様のそばにいる女性はみな美人揃いだ」
「シャ、シャーリー?」
「ねぇルル。ルルってばゼロなんだからそういう人の配置ってルルが決めるのよね?」
「と、当然」
「へぇぇぇぇぇ〜」
「…………」
シャーリーの顔を見ていると冷や汗がだらだらと出てくるルルーシュ。
(不味い、不味いぞこの流れは! どうやらまた何か間違えてしまったらしいが……わからん! ロロは何か気付いている様子だが、今は話せる状況ではないし……えぇい! なぜいつもいつもシャーリーの時だけ間違えるんだ!?)
「C.C.さんといえば、以前はルルーシュ様のお部屋に寝泊りされていらっしゃいましたね」
知らずに爆弾を投下する咲世子。
ぶちっ
何かが盛大に切れる音がした。後ずさるロロ。
「…………」
無言でルルーシュに近寄るシャーリー。
「ま、まてシャーリー。何か誤解をしていないか?」
「誤解?」
「あぁ、アイツはただ俺のベッドで寝ていただけで……」
「!!」
「……死なないで兄さん」
ロロは天に祈った。
「ルルの……浮気者――――っ!!!」