私の名前はホシノ・ルリ。

ルリは漢字で瑠璃と書きます。

テンカワさんはそれにちなんである女の子に名前をつけたそうです。

それを聞いたのはずっと後の事でしたけど、初めて名前を聞いた時にその理由を聞いたとしても、たぶん私は嬉しかったと思います。

あなたはどうですか、ラピスラズリ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ ブリッジ>

 
 
 

「通常空間復帰確認」

非常用を除いて照明の消えた薄暗いブリッジでルリは一人つぶやく。

それを聞く者は誰もいない。みんな自分のシートで気を失っている。

気を失っているはずだった。

「現在位置特定

「月軌道かな?」

「へ!?」

背後からの声に思わず振り返るルリ。

「ごめん、驚かしちゃったかな?」

「テンカワさん?」

艦内着姿のアキトが立っていた。

 

「とりあえずディストーションフィールドの出力最大のままでこの空域を離脱しよう」

一通り状況を確認したアキトはルリにそう告げる。

「あの

「大丈夫ユリカの許可はもらってるよ」

「あれでですか?」

『展望室生中継』と表示されたウィンドウを指し示すルリ。

 

『むにゃむにゃ』

展望室の芝生で寝こけるユリカ。隣にはイネスも横たわっている。

 

「問題あるかな?」

………そうですね」

少し考えた後、とっととナデシコを動かし始めるルリ。

近くで花火があがった。

忘れてはいけない。

ここは今戦場なのだ。

 

 

ある程度距離を保った所でルリはナデシコを停止させた。

連合軍からも通信が入ってきているが現状では対応しきれないので回線を繋がず無視している。

「それにしてもテンカワさん他の方より随分と起きるのが早かったですね」

艦内のどこを見ても乗組員達は気を失っている。

自分自身についてはおそらくナノマシンによる強化体質がなんらかの効果を発揮したのだろうとルリは推測しているが、アキトが目覚めている理由がわからない。

確かブリッジにはいなかったような気がするから、アキトは自分よりも早く目覚めてブリッジまでやって来た事になる。

「まぁ俺は免疫が有るからね」

「免疫、ですか?」

「ま、何事も慣れという事かな」

(我ながら無茶をしていたもんだ)

そう苦笑しつつお茶を入れるアキト。

「はい、ルリちゃん」

ありがとうございます」

ずずず、とお茶を飲む二人。

ちなみに茶菓子はアカツキのところから持ち帰ったショートケーキである。

やっぱりこっちのアキトさんはなんだか暖かいですね)

ひと心地ついたルリはそう思った。

食堂にいる時のアキトも同じ感じがするのだが、なにぶん食堂はアキトのもう一つの戦場であるのでなかなかゆっくりとはできない。ブリッジにアキトが来る時は戦闘時とか黒装束の時が多く、そういう時のアキトはどこか冷たく感じる。そのため、ルリがこのアキトとゆっくりする時間はそう多いものではなかった。

そんなことを考えながらほうじ茶を飲むルリ。

ちなみに話し掛ける時は『テンカワさん』だが頭の中で考える時は『アキトさん』に変化している事にルリ自身はまだ気づいていない。

それはそれとして、忘れないように。

ここは現在戦場なのだ。

「そうはいってもみなさんが起きませんとナデシコは動きませんし」

 

 

やや戦場から離れた事もあり、グラビティブラストは飛んでこないがたまにミサイルがフィールドに当たっている。まだ、実質的な被害はないがジョロやバッタも集まり出している。

「それにしても遅すぎるな。こんなに長く気絶するはずはないんだけどやっぱり不安定なジャンプのせいかな?」

ジャンプ?)

アキトの言葉に疑問を浮かべながらも口には出さないルリ。代わりに別の提案をする。

「テンカワさんのエステバリス一機くらいなら私とオモイカネだけで十分サポートできますよ?」

「俺もそう思ったんだけど、この前無理したせいか俺用の0G戦フレームがばらばらでさ。アサルトビットも転がってるし、格納庫はなんだかいつもに輪をかけてごちゃごちゃしてるしセイヤさん、またなんか作ってんのかな?」

ということはアキトさんは既に格納庫にも行ってきたということですね。時間的にどのくらいになるんでしょうか?)

そろそろ起き始めたな」

アキトの視線の先でゴートが頭を振りながら起き上がろうとしている。

「ルリちゃん」

「はい」

「警報、音量最大で」

そう言った後ルリの耳を両手で覆うアキト。

「わかりました」

 

 

直後、艦内のいたるところで悲鳴があがったが、より大音響の警報にかき消され誰の耳にも届く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

第8話 『瞳に映るその人へ』

 

 

 

 

 

 

「状況報告!」

耳を押さえながらゴートが言った。

後ろではどうやら耳がよかったらしいジュンが床の上をごろごろ転がりまわっている。

「いやはや、今のはさすがにきつかったですな」

そう言いながらもハンカチを取り出すと涼しい顔で眼鏡のレンズを拭くプロスペクター。

「現在位置月軌道上。周辺宙域にて連合軍と木星蜥蜴が交戦中。本艦はその真っ只中でチューリップから出現した模様。その後戦場から一定の距離を置いて待機中です」

アキトが耳を手で覆っていたおかげでまったく被害の無いルリが報告する。

「エンジンその他異常無し、て言っても壊れた所は壊れたまんまだけどね……やっぱりアキト君ってどっか身体がおかしいんじゃない?」

平気な顔でお茶の後片付けをしているアキトを見るミナト。ミナト自身は思ったより軽症である。

ちなみにアキトが平気なわけはなく聴覚がほぼ完全に麻痺している。ただ、耳がろくに聞こえない状態というのにも慣れているし、ついでにいうなら激痛を我慢するのも慣れているためである。

(うーん、実に不健康だ)

ちょっと考えが足りなかったと反省中のアキト。

「連合軍から通信が何度も入っていますぅ、あいたたた」

職業柄やはり耳がいいメグミは目元に涙を浮かべて耳を押さえている。もっとも片方の耳はヘッドフォンで覆われていたため事無きをえたようだ。

「敵は!?はぁはぁ」

展望室から走ってきたらしいユリカが息を切らせながら言った。

「バッタ、ジョロ等小型兵器が集まりつつあります。敵駆逐艦の一部もこちらに進路を変更しました」

ルリが報告し、本格的に活動を再開するナデシコ。

「本艦はディストーションフィールド出力最大で現状位置を維持!準備出来次第エステバリス隊発進!以後別命あるまで本艦の直掩をお願いします!」

そこまで言って力尽きたのかへなへなと座り込むユリカ。

だが、その両腕が持ち上げられる。

「へ?」

「すみませんねぇ艦長。本社の方が艦長とお話したいといっておりまして」

右腕を持ち上げるプロスペクター。

「えぇ?」

「そういうわけで通信室の方へ向かう」

左腕を持ち上げるゴート。

「えぇーっ!?」

「では、ジュンさん後をよろしく」

「あ、はい」

ついうなずくジュンの前でハッチが閉じていく。

プシュー

かくしてユリカはプロスペクターとゴートに連行されて行った。
 

「さて、俺も出るかな?セイヤさん、俺のエステは?」

『予備の0G戦フレームを用意している所だ。壊さないように加減して戦えよ!』

「わかりました。それじゃみんな

振り返ったアキトの額に汗が浮かぶ。

五感を駆使して戦うパイロット達は耳も当然いい。

その結果、

「あ、あたまがガンガンしやがる

「ぐーるぐるぐるぐる……

「けーほーにけーおーされた、あははははは」

「ゆめがっあっすをよんでいるっと、くらぁ」

床の上で水揚げされたマグロ状態になっているパイロット達。

………

(この起こし方は封印しよう

そう心に誓うアキトであった。

 

 

 

<月軌道 ナデシコ周辺宙域>

 

 

「気を取り直していっくぞーっ!!」

「おぅっ!!」

リョーコとガイを先頭に突き進んで行くエステバリス。

「元気なのはいいけどナデシコの直掩が仕事なんだよね〜」

笑いながらも肩をすくめるヒカル。

「あんなに離れていいのかな〜」

遠くに上がった閃光を見て苦笑するアキト。

「3時方向に敵集団、やるよっ」

いいざま、バッタの集団にライフルを撃ち込むイズミ。

「いっきまーす!!」

ヒカル機は急加速するとその射線に沿って敵集団に突っ込んだ。

同時にいくつかの爆発が起こる。おなじみのディストーションフィールドによる高速度攻撃。平たく言うと体当たりである。ただし、起きた爆発はいつもよりかなり少ない。

「えーたったの3機ぃ?」

追撃をかわしつつそうもらすヒカル。いつもなら敵集団を全滅させている。

「敵も強化されているってことね」

イズミやアキトのライフルの弾も何割かは敵のフィールドに弾かれている。

「「上等!!」」

「「「ん?」」」

叫び声に顔を上げる二人。

「どつきあいなら望むところでぇ!」

「その通り!ゲキガンフレアァァァーッ!!」

赤と青のエステバリスが先を争うように敵集団に突っ込むと大きな花火が巻き起こる。

「てめぇーっヤマダそりゃ俺んだ!!」

「るせぇっ俺はダイゴウジガイだーっ!!」

怒鳴り合いながらもバッタの群れを文字どおり叩き落として行く両機。

「はぁ仲がいいんだか悪いんだか

「でも、結果的にはフィールドの相乗効果で破壊力が増してるみたいね」

「水と油、ただしどっちも煮えたぎってるね。南無南無」

三人が感想をもらす間に敵を殲滅し終える二人。

「おぉし、次行くぞ次っ!!」

そう言って飛び出したリョーコの前に青いエステバリスただしガイ機よりも明るい青色をしているが現れる。

「なんだぁ!?」

「エステバリス?」

『退がりたまえ、この先は危険だ!』

聞きなれた声にアキトの口元が思わず緩む。

「お前は!?」

「リョーコちゃん指示に従うんだ!」

そう言いながらリョーコ機に手をかけるアキトのエステバリス。

「テンカワ!?」

「とにかく一度ナデシコへ」

「ちっあとで説明しろよ!」

そう言ってリョーコ機が後退を始めると他の3機も続く。

『なにすぐにわかるよ。こちらアカツキ、射線上より退避した、やってくれ』

 

 

バババババババ!!

男が連絡した直後、何条もの重力波がエステバリス達の上を貫いた。

 

 

 

<ブリッジ>

 
 
 

「なんだ!?」

思わず叫ぶジュン。

「グラビティブラストの様です。本艦がいるエリアの敵、半数程消滅しました」

ルリが報告を終える前に再び何条ものグラビティブラストが宙をなぎ払う。

「これは時間の問題ねぇ」

ミナトが言っている間に敵を示す光点がどんどん減っていく。

「多連装、更に連続射撃の速度もナデシコより早い。少なくとも相転移エンジンの総出力においてナデシコを凌駕しているわね」

いつの間にかブリッジの中央に立って解説を始めるイネス。

「い、イネスさん、なにかご存知なんですか?」

「少なくとも推測はできるわね。その船はおそらくナデシコよりも大型、当然相転移エンジンそのものの数も多い。でも、船のサイズというものはある程度用途に応じて決まるから単純な戦艦とは言えないわね。おそらくはナデシコサイズの船を収容可能な移動ドック、移動母艦とでもいったものじゃないかしら?」

正体を知っているとはおくびにも出さずいけしゃあしゃあと説明するイネス。

「後方より大型艦接近映像まもなく入ります」

「認識コードを受信ND−002、コスモス。本艦を収容すると言ってきています」

「どうするの?」

一斉に上部デッキを見上げるブリッジ要員3人。その視線の先には一人しかいない。

「い?あ、そのコホン」

咳払いして気を取り直すジュン。

「とりあえず状況が状況だ。ユリカが戻ってくるまでは現状位置で待機。その旨、コスモスに連絡してくれ」

 

 

 

<格納庫>

 
 
 

「ほぉ、こりゃ新型じゃねぇか」

ナデシコの物ではないエステバリスが収容されるなりそう呟くウリバタケ。

興味は大いに有るようだが別段狂喜しているわけでもない。

「俺達のが最新型じゃなかったのかよ?」

「なんかずっこい」

「それは8ヶ月前の話さ」

不平をもらすリョーコとヒカルの頭上から声がかけられる。

「技術は日々進歩している。それは我々も敵も同じ事だよ」

「なんだぁお前?」

リョーコの見上げる先ではアサルトビットのハッチを開き、リョーコ達と同じパイロット用の艦内服の男が姿を現した所だった。

「僕はアカツキ・ナガレ、コスモスから来た男さ」

キラリと前歯が光る。

苦笑するアキト。

「相変わらずだな

気づいたアカツキが片手を上げる。

「やぁテンカワ君、お久しぶり。元気そうでなにより」

そう言うとアカツキはエステバリスを下りる。

「ああ、そっちもな」

「なんだテンカワ、このロン毛と知り合いか?」

「まぁそんなところかな?」

(しかし懲りない奴だな。また本名を名乗るのか?)

忠告を見事に無視された形のアキトはアカツキに近寄ると小声で聞いた。

「新型の0G戦フレームはお前の専用機だけか?」

「いいや、君の忠告通りとりあえずナデシコのパイロット全員分の新フレームを用意しておいたよ。もちろん予備もだ」

小声で『どうせ作っているのはウチだしね』と付け加えるアカツキ。

「そりゃ助かる」

「といっても、技術は段階的にしか上がって行かないからね。ここで運用してもっと実戦データを集めないと」

「せいぜい頑張ってくれ」

「ところで、テンカワ君の機体はあのピンク色のアサルトビットがついている奴かい?」

格納デッキ内を見回してアカツキが言った。

「ピンク色ってまぁそうだな」

「後はレッド、イエロー、グリーン、ブルーか。うーん、僕の機体がかぶっちゃってるね」

「まぁ前回はガイが死んでいや、なんでもない」

「ちょっとカラーリングを変更しようか、何色がいいと思う?」

勝手に悩んでろよ」

「おや、つれないね」

なにやらひそひそ話を始めた二人だが既にまわりの人間の興味はなくなっていた。

「よーし、いくら新型のフレームが来るって言っても俺達が整備し直すまでは使えねぇ。それまではこいつらの出番だ。さっさと整備始めろ!!」

『うぃーっす!!』

エステバリスに群がる整備班一同。

「ふわぁぁーっ起きだちだったから眠いぜ」

「シャワーシャワー」

「シャワーからお湯がしゃわっとでたくっくっくっくっく」

「おーし飯だ飯だ!!」

さっさと引き上げていくパイロット一同。

 

「おやいつの間に?」

いつの間にか人がいなくなったことにやっと気づくアカツキ。

「それよりエリナはまだ来ないのか?」

「エリナ君かい?今、コスモスで指揮をとっているからね。この会戦が終わったら移ってくるんじゃないかな?」

「そうかで?」

ポケットから小さなカードを取り出すアカツキ。表面を押すとどこかの建物らしき図面が表示される。

「これがコスモス内部の案内図。で、ここがお姫様のお部屋迎えに行くのかい?」

ああ」

「そうかい、ま、ブリッジの改造とか修理は明日一杯はかかるだろうし今日はのんびりするといいだろう」

「そうさせてもらうよ」

そう言って歩み去るアキト。だが、ふとその足が止まった。

「どうかしたかい?」

ところでお前なんでナデシコに乗ったんだ?」

アカツキは肩をすくめると質問には答えずアキトとは反対側に歩いていった。

 

 

 

<コスモス艦内>

 

 

コンコン

ドアをノックするアキト。

だれ?』

ナデシコのクルーだよ。入ってもいいかい?」

プシュー

足を踏み入れるアキト。

ベッドに腰掛けた少女。その金色の瞳が瞬きもせずにアキトを見つめていた。

あなたは?」

「俺はテンカワ・アキト」

テンカワ・アキト?」

「アキトでいいよ」

わたしのなまえをつけてくれたひと?」

「そうだよラピス」

そうわたしはラピス、ラピスラズリ。なぜわたしになまえをくれたの?」

「俺が君に名前をつけたかったから、かな?」

わからない」

「実はもう一つ、俺がしたいことがあるんだ」

なに?」

「君を迎えに来たんだ。一緒にナデシコに行こうラピス」

ラピスは感じた事の無い気持ちを覚えていた。

いや、違う。たしかあの時も

 

『こんにちは。私はエリナ、エリナ・キンジョウ・ウォンよ』

………

『これからのあなたの訓練計画を取り仕切る為に来たの』

くんれん?』

『そう。あなたは機動戦艦ナデシコのサブオペレータになるの』

なでしこ?』

『ま、おいおい説明していきましょう』

………

『そうそう忘れないうちに、今日からあなたの名前はラピスよ』

なまえらぴす?』

『そう。ラピスラズリ。名付け親はテンカワ・アキトって人』

てんかわあきと』

『ナデシコに行けばその人にも会えるわ』

 

あの時も感じた気持ち。

「おいでラピス」

すっと手がさしのべられた。

ラピスはゆっくりゆっくり手を伸ばすとその手を取った。

あったかい」

アキトは何も言わずに微笑んだ。

 

 

<ナデシコブリッジ>

 
 
 

ナデシコが火星でチューリップに入ってから月軌道近くで再度チューリップから出る間に、地球では8ヶ月もの時間が経過していた。火星で発見した護衛艦クロッカスの状態から鑑みても、チューリップによる空間移動はかならずしも瞬間移動とは呼べない様ね」

ブリッジの中央では意気揚々とイネスが解説を行っている。無論、艦内放送も生中継で行っている。

「その間にネルガル本社は連合軍と和解。現在両者は協力して地球及び月面上の敵勢力の排除に当たっている艦長」

続いてゴートが現状の説明を行い、最後にユリカがモニターに大映しになる。

「以上の経緯からナデシコは本日付で連合軍極東方面艦隊に編入される事になりました。よって本艦は民間の戦艦であると同時に軍属の戦艦となり、今後の行動は連合軍の命令により決定されます。

 ですが、あくまでも民間のネルガル重工所属であるナデシコは命令に対する拒否権を認められており、命令に不服がある場合はこれを拒否する事ができます。また、これらの命令に反しない範囲で自由な行動が認められています。よって本艦及び本艦の乗組員の皆さんは軍艦及び軍人となるわけではありません。

 本艦の艦長としてみなさんのご理解を頂き、かつこれまで通りのご協力をお願いする次第です。どうもご静聴ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げるユリカ。

再びゴートがモニターに映る。

「本艦は、改修及び各種物資の搬入の為、明後日0900までコスモス内にて待機する。当直要員を除いて明日2400までは非番とする。以上、解散」

感想をもらしながらめいめい散って行く乗組員達をきょろきょろと見回すユリカ。

「あれ、アキトは?」

「テンカワ君?そういえば最初っからいなかったわね」

ミナトが答えると、そこに男性の声が加わった。

「彼ならお姫様を迎えにコスモスに行ったよ」

「おや?」

声の主を見て眉を動かすプロスペクター。同じ様に気づいたゴートも囁く。

「ミスター

いやはや何を考えておられるのやら、といったところですな」

対照的にまったく気にした様子の無いユリカ。

「あらアカツキさんお久しぶりです」

「いや、艦長もお久しぶり」

思いっきり初対面なのだが自然な口調で言ってのけるアカツキ。

「艦長、知り合い?」

「ええミナトさん。こちらはネルガルのかふぐふぐ」

「あ、あはははは。僕はアカツキ・ナガレ、コスモスから来た男さ。よろしく」

そう言って前歯を光らせるアカツキ。

ふーん。で、何で艦長の口を押さえてるの」

ジト目で尋ねるミナト。

「おやいつの間に、おっと失礼艦長」

「ちょっとアカツキさんなにするんですか!?」

「艦長がばらそうとするからだろうが!」

小声でしかししっかりと怒鳴るアカツキ。

「ネル

「しぃーしぃーっ!」

慌てて人差し指を口に当てるアカツキ。

「あぁ、秘密でしたねそういえば。すっかり忘れてました」

ぼん、と手を打つユリカ。

「わかってくれればいいんだよ艦長」

額の汗をぬぐうアカツキ。

(やれやれ、本当に最高の人材なのかね?)

そう思いつつプロスペクターの方へ軽く視線を送る。

プロスペクターはプロスペクターで素知らぬ振りで眼鏡を直している。

(さて、会長と艦長どちらが上手ですかな?)

 

 

<コスモス艦内>

 
 
 

数時間後、支度を終えたラピスを連れてナデシコに向かうアキト。

「あれ?」

「どうしたのアキト?」

立ち止まるときょろきょろと辺りを見回すアキト。

「いや、ナデシコから来るのに使った通路がない」

「つうろ?」

「ああ、どこに

その時アキトの背後から声がした。

「物資の搬入も終わったし、とっくに連絡通路は収容したわよ。通路の中の空気だってただじゃないんだから」

「そっか」

「そうかって少しは驚いてよ」

やれやれと言った表情を浮かべつつエリナが進み出た。

いきなり現れていきなり話し掛ければ驚くだろうと思ったのにこのざまである。もっともアキトは数秒前にエリナの気配を察知していただけなのだが。

「じゃ、どうやって帰ったらいいんだ?」

「私と一緒にシャトルで飛んで行けばいいでしょ」

「なるほど」

「愛想がないわねま、いいわ」

そう言った後で上から下へ艦内着姿のアキトを見下ろす。

あら」

知らず声が漏れる。

「なんだよ?」

少し気分を害した様子でアキトが言う。

よくよく考えれば顔をまともに見たのも初めてだし、その仕種もやや子供っぽく感じる。

少なくとも会長室で会った人間とはまるで別人だ。

「ふーん」

「だからなんだよ?」

「なんでもないわ。とりあえず私は連れを連れてくるから待ってなさい」

「エリナ」

「え?」

呼ばれて左右を見渡す。

誰もいない。

ちょいちょいとスカートを引かれて顔を下に向ける。

「ラピス?」

「連れってラピスのことか?」

アキトがたずねる。

「そうだけどなんでここにいるの?」

「アキトがむかえにきてくれた」

「むかえにって

ラピスの人見知りの激しさを知るエリナとしては驚くほか無い。

「あなた、本当にこの子と初対面?」

少なくともラピスは今日まで俺を見た事が無いはずだけどな」

「ふぅーん」

見たところラピスはアキトの手をぎゅっと握って離そうとしない。

「まるで親子みたいねぇ

問題が無ければ養子にしようかと思ってるんだけど

それを聞いてたっぷり10秒間沈黙するエリナ。

………つくづくあなたってわからない人ね」

そう感想を述べるエリナ。

「そうかな?」

「そうよ。ま、いいわ。会長も好きにさせろって言ってるし。でも独身男性に女の子を任せるのはどうかと思うけど?」

「まだ、本人の了解をもらったわけじゃないけど、11歳の女の子も一人引き取るつもりなんだけどな」

ぽりぽりと頭をかくアキト。

………ますます、まずいんじゃない?」

「や、やっぱそっかな?」

ちょっと弱腰になるアキト。

「アキト」

「ん?どうしたラピス?」

笑顔でかがみこむアキト。

真剣に父親ね、これは)

「わたしをアキトのこどもにしてくれるの?」

「ああ。ラピスさえ嫌じゃなければ俺と一緒に暮らそう」

………

「まぁまぁそう焦る事はないんじゃない?とりあえずはナデシコに行きましょう」

「そうだな」

そう言ってエリナに続こうとするアキト。

「ん?」

「どうしたの?」

エリナとアキトが振り返るとアキトの手を握ったままラピスが立ちつくしている。

「どうかしたのラピス?」

エリナが繰り返すとラピスが声を上げた。

「アキト!」

「?」

「わたしわたしアキトのこどもになりたい!」

顔を見合わせるエリナとアキト。

アキトは笑顔を浮かべるとラピスに向き直る。

エリナは肩をすくめると背を向けて歩き出す。

(ほんと変な人)

そう思いながらもエリナは養子縁組の手続きの段取りを考えていた。

アキトは笑顔のままラピスに言った。

ありがとうラピス」

 

 

 

 

 

時間をしばらくさかのぼりチューリップに突入した直後のナデシコ。

場所は展望室。

どうせ飛ぶなら、ということで既に展望室に移動しているアキトとユリカ。

イネスはなにやらランダムジャンプの観測の準備があるとかであちこち行ったり来たりしている。

あのさユリカ」

「なにアキト?」

あ〜そのなんだ、ラピスをだな、養子として引き取ろうと思うんだけど、お前はどう思う?」

「?」

きょとん、とした顔になるユリカ。

「つまり、だな」

………

ずいっ

「な、なんだよ」

ずずっ

なにやら満面の笑みを浮かべて近寄ってくるユリカを見て後ずさるアキト。

「えへへアキト、それってどうして私に聞くの?」

「へ?」

「アキトがラピスちゃんを養子にするのはもちろん大賛成だけど、それをどうして私に聞くの?」

ずいずいっ

「どうしてって、いや、その、つまり……

ずずずっ

「うんうん、つまり?」

ずいずいずいっ

「つ、つまりだな、その、この戦争を終わらせたら

ずずっずずっ

「うんうん、終わらせたら?」

ずいずいずいずいっ

「その、俺と

ずっずっずっずっ

「うんうん、アキトと?」

ずいずいずいずいのずいっ

もはや文字どおり目と鼻の先に迫ったユリカの顔。

期待に満ちあふれている瞳から目をそらすと赤くなるアキト。

「えぇい、それは終わった後の話だっ!!」

ばっ

腕の力だけで後方へ水平跳躍するアキト。

「あーずるいっ!!」

立ち上がると追跡に移るユリカ。無論、アキトも既に逃走に移っている。

「待ちなさいアキト!」

「待てと言われて待つ奴がいるかっ!!」

 

(20代半ばにもなってなに恥ずかしいことやってるのかしらね

展望室を走り回る二人を尻目に足元にセンサーを設置していくイネス。

(ま、あの二人があんな馬鹿な事をやっているうちはまだ平和って事かしら)

 

 

 

<ブリッジ>

 
 
 

再び現在。

「というわけで新しいクルーです」

プロスペクターの紹介を待たずわき返る乗組員一同。

『え〜〜〜〜〜〜っ!!』

「あたしが今度このナデシコの提督になったムネタケよ!ちょっと聞いてんのあんた達!?」

 

無論誰も聞いていない。

 

ルリ用の特注品を更に一回り小さくしたブリッジ要員用の制服に身を包んだ少女。そのそばに立つアキトごと取り囲み一同はわいわいと騒いでいる。

「きゃあ可愛い!」とメグミは叫び、

「ルリルリにライバル登場か?」とウリバタケはカメラを取り出し、

「ねぇ名前なんて言うの?」とミナトは優しく問いかける。

「ラピスラピスラズリ」

それだけ言うとラピスはアキトの後ろに隠れてしまう。

「ラピスは人見知りするんだ。慣れるまでそっとしておいてやってよ」

「おやおやサブオペレータさんはテンカワさんのお知り合いですか?」

「俺の子供だ」

プロスペクターの質問に対するアキトの回答に再び沸き返る一同。

『え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?』

どこか遠くでキノコ頭がわめいているが誰も聞いていない。

「正確には養子だ。手続きはまだだけどな」

「ちょっとちょっとアキト君本気?」

「ああ、ラピスは俺が責任を持って育てる」

真剣なアキトの目にうなずくミナト。

「そっかぁ、よかったねラピスちゃん。お父さんが出来て」

こくり、とかすかにうなずく気配を感じて目を細めるミナト。

「あのテンカワさん」

ルリの物問いたげな視線にうなずくアキト。

「ラピスは言ってみればルリちゃんの妹みたいなもんだよ」

「やっぱりそうですか」

ラピスを頼むよルリちゃん」

「はい、わかりました」

頼まれたことがなぜか嬉しくてうなずくルリ。

「ねぇねぇラピスちゃん。あたしのことはお母さんって呼んで

スパコーン!!

間髪いれずユリカの頭をはたくアキト。

「いったーい!!」

「お前はラピスに何を吹き込んでんだ!?」

「だってアキトがお父さんならユリカはお母さんでしょ!?」

「却下だ却下!!」

例の如く始まった夫婦喧嘩にやれやれと囲みを解いていく一同。

「ゆりか?」

首をかしげるラピスにルリが説明する。

「テンカワさんの大事な人ですよ」

「アキトのだいじなひと?」

「ええ、そうです」

あなたはだれ?」

「私はルリです。ホシノ・ルリ。ルリでいいですよラピスラズリ」

「ルリわたしもラピスでいい」

ぴこん

二人の間に割って入るウィンドウ。

「そうそう、これは私のお友達のオモイカネ」

『よろしくっ』

と表示するウィンドウに小さく笑うラピス。

「よろしくオモイカネ」

 

 

「こほん。みなさんそろそろよろしいですかな?」

『?』

プロスペクターの声に一同は向き直りユリカとアキトも喧嘩をやめる。

「副操舵士のエリナ・キンジョウ・ウォンです。よろしくお願いします」

士官服の女性がびしっと敬礼して自己紹介をすると一同から歓声と拍手、口笛が送られた。

『おぉー』

パチパチパチパチパチ。

「なんだ、補充要員ってどんな人達かと思ってましたけどよさそうな人達でよかったですね」

そういうジュンの肩を叩くウリバタケ。

「ま、どっちも美人だしな」

うんうんとうなずく二人の前では正副操舵士が握手を交わしている。

「ハルカ・ミナトよ、よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 
 

「ちょっとあんたたちこの待遇の違いはなによ!こら聞きなさいって!!」

そしてひたすらわめくキノコが一人。

「アキトなにあれ?」

「見るなラピス、馬鹿がうつるぞ」

「わかった」

 
 
 

落ち着いたところでプロスペクターがアキトに声をかける。

「ところでテンカワさん」

「なんですかプロスさん?」

「ラピスさんのお部屋はどうしますか?養子のお話は聞いていませんでしたのでルリさんと同じように士官用の部屋を用意していたのですが」

「そうですね。まぁ俺の部屋も広いですから女の子の一人くらい

そこでわっと押し寄せる女性陣。

「ちょっとアキトさん、それはまずいんじゃないかと」

「そうよぉアキト君、いくら年が離れてたって女の子なんだからぁ」

「テンカワに限ってそれはねぇだろ」

「テンカワに限ってぇ?」

「「ひゅーひゅー」」

「お前ら

ぷるぷると拳を握りしめるリョーコ。

「でも、ちょっと考えちゃうわね。あたしでよければ預かろうか?」

ミナトの言葉に少し考えるアキト。

確かに女性の部屋に預けるほうがいいかもしれない。特にミナトならうってつけと言える。

「ラピス、お前はどうしたい?」

「アキトとおなじへやがいい」

「じゃ、やっぱりそうするか」

「うん」

あっさりと終わる。

「では、ラピスさんはテンカワさんのお部屋に同居という事で」

「あほらし」

「なんなんだか」

「ま、アキト君らしいっていえばらしいわね」

「あ、ミナトさん」

散っていく女性陣の中のミナトに声をかけるアキト。

「なーに?」

「部屋の件はともかくとして、ラピスに女の子の心得を教えてやってくれませんか?」

「女の子の心得?」

「ええ、なんだかんだ言っても所詮俺は男ですし、ラピスも一般常識って奴がかけていますから」

「それは別にかまわないけど、あたしでいいのぉ?」

「ミナトさんがいいんです!!」

どこか鬼気迫る勢いで力説するアキト。

ああ確かにナデシコの乗組員はいい奴ばっかだよ。それはいい、それはいいんだけど)

『性格に問題はあっても腕は一流!!』

なんだよなぁ)

「ふぅん」

なんです?」

「本当に大事にしてるんだ」

えぇまぁ」

「そう。わかったわ」

「ありがとうございます」

「ふふ、ラピスちゃんよろしくね」

「?」

きょとんと首をかしげるラピス。

そこで聞こえないように小声で耳打ちするアキト。

『ミナトさん。できたら、ルリちゃんも』

『ルリルリ?』

『ええ、ちょうど一緒にいたからなんて感じでしてくれると助かります』

『ちょっとまさかアキト君

さすがに驚いた顔をするミナト。

『まぁなんというかそのまさかという奴で』

ぽりぽりと頭をかくアキト。

『アキト君頑張ってるんだ』

………

にっこり笑うミナトに顔を赤くするアキト。

 

 

「艦長、艦長?どうかしました?」

自分の席で突っ伏しているユリカに呼びかけるルリ。

「ひーん、アキトのばかぁ」

アキトがたよりにしてくれないのでいじけているユリカ。

「はぁ

アキトさん、賢明な判断ですね)

 

 

 

<格納庫>

 
 
 

ウリバタケはブリッジに行って戻って来ず、整備班の面々はブリッジの映像に釘付けであり、格納庫に人気はない。

そんな中初めて対面するアカツキとイネス。

「はじめましてかな?ドクター」

「まぁ一応そうなるかしらねアカツキ君」

「あなたの持ち込んだデータのおかげでうちは大助かりだよ」

「そのかわり、行き詰まるのも早かったでしょう?」

そう言ってイネスは笑みを浮かべる。

「簡単にデータをくれるはずだ。物ができても運用できる人間がいないなんてねぇ」

「どちらもね。もっともこっちじゃ運用できる人間はいても物ができていないようね」

格納庫の隅に転がるいくつかのパーツを見てつぶやくイネス。いかにウリバタケ達が腕利きでも日々の整備の傍らに作るのでは遅々として進まない。

「なんならうちで引き取ろうか?」

「確かに今ここに転がっているあれなら万が一外部に技術が漏れるようなことがあってもそんなにひどいことにはならないけど、アカツキ君の所には別件をお願いしたいのよ。ナデシコでは機密性が高いとはお世辞にも言えないから」

「おだやかじゃないねぇ」

「そうよ。その件だけは絶対外部に漏れる訳にはいかないの。トップシークレット中のトップシークレットで開発を進めてもらいたいの」

「了解」

「ま、新型機も届いた事だし、しばらくはそれで頑張ってもらいましょう。もっともアキト君にはまだまだでしょうけどね」

「おいおい一応カスタム機だよ?」

「今、本当のカスタム機を作っている所よ。出来上がったら違いがわかるわ」

「やれやれで、ドクターは?」

アカツキの意味不明の質問に肩をすくめて答えるイネス。

「悪いけど私はナデシコの乗組員よ」

「そりゃ残念」

アカツキはあっさりと引き下がる。

「ま、うちの不甲斐ない連中に頑張ってもらうしかないか」

二人はゆっくりと格納庫に背を向けると歩き出した。

「ところで一つだけ聞いておきたいんだが

「なにかしら?」

「ドクターは、いや、君たちは何がしたいんだい?」

イネスは微かに笑みを浮かべる。

「さぁ?何かしらね?」

 

 

つづく


 
 
 
 

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