青い空

 

「パラソル部隊降下ぁ!!」

「ラッコさんの落下傘部隊ぷ、くくく」

「やかましい!!」

 

白い雲

 

「女共に負けんなよぉ!!」

「俺様に任せとけ!!」

「待って下さいガイさーん!」

 

照り付ける太陽

 

「二人ともちゃんと日焼け止め塗った?」

「あ、はい。塗りました艦長」

ぬった」

 

 

そんなわけで南の島です。

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦 ナデシコ五つの花びらと共に

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコは新型のチューリップの調査のためにテニシアン島に来ています。

「このナデシコだから、このあたしの優秀なナデシコだから

とかなんとか提督が言っていましたけど、単独で多種多様な任務に対応可能なナデシコは、『使い勝手が良く、どんな面倒を押し付けても心が痛まない』らしく、いいように使われて変わった任務ばかりこなしています。実際、ここと対照的な北の果てでの大使捜索(大使は白熊さんでみんな呆れていましたそういえばユリカさんや単独で救出に向かったアキトさんはさほどでもありませんでしたね?)を皮切りにあちこちに行っていますけど大規模な戦闘には参加していません。

 

 

<砂浜>

 
 
 

「せきどうのしまなのにどうしてみなみのしまなの?」

「いい質問ね。説明しましょう」

ジュースを飲みながら、イネスさんがラピスに説明をしています。ラピスがナデシコに乗ってから2ヶ月程ですが、ブリッジの人以外にはまだ人見知りするようです。

でも、どういうわけだかイネスさんには懐いていて時々医務室に遊びに行っているみたいです。変な癖がうつらなければいいですけど。

 

 

「ほらほらルリちゃんこんな所まで来て端末とにらめっこしてないで泳ぎましょ!」

「あっ」

ユリカさんに腕を引っ張られてしまいました。私の腕がユリカさんの胸にあたってユリカさん、本当に日本人ですか?あ、ミナトさんはもっと………いえ、なんでもありません………いいんです。私、まだ少女ですから。

それはそれとして、ちょっと困りましたね。

「どうしたのルリちゃん?」

ぐっと顔をのぞき込まれました。

ユリカさんは一見のほほんとしていますが、私やラピスの表情の微妙な変化を見逃さないので侮れません。

「ん?」

にこにこにこにこと笑顔のユリカさんです。下手な尋問より非常に効果的です。ひょっとしてわかっていてやっているんでしょうか?

どちらにしろ抵抗は無意味なようです。私は観念して白状しました。

私、泳げません」

 

 

 

 

 

 

第9話 『南の島で一休み、一休み?』

 

 

 

 

 

 

ルリやラピスの教育メニューはオペレータ養成を目的に組まれており、運動は最低限の運動能力の維持のみを目的としている。そこには水泳などという項目は存在しない。そもそも大型の艦船やコンピュータのオペレータが泳ぐ必要があるとすれば、沈没するほどの深度がある海洋の上空で乗艦が撃墜された場合くらいだろう。水泳の必要など考慮の対象にすらなっていなかった。

 

バシャバシャバシャバシャ!

「はい、そこで顔を上げて息継ぎ!」

「ふあいっ」

「ラピスちゃん、返事はしなくてもいいのよ?」

スイスイ、スー

「つまり腕の動きと足の動きをうまくリンクさせるわけですね」

「そういうこと」

 

入り江は臨時の水泳教室と化していた。教師はミスマル・ユリカ、イネス・フレサンジュ、ハルカ・ミナトの三名である。もともと二人の少女は成長期の子供としては運動不足気味な所があったのでちょうどいい。

「それにしてもイネスさん詳しいわね」

ミナトが言った。

先程からイネスは的確な指導を行っており、その甲斐あってか、はたまた学習能力の高さゆえか、どうにか二人の泳ぎが形になってきている。

「そうですね。私と違ってずっと火星にいたのに」

ユリカも頷く。

火星では泳ぐという娯楽はなく、実際ユリカも地球に来るまでは泳いだことはなかった。

「一応、医者のはしくれだし、いろいろスポーツに興味もあったのよ。はい、そこまで。二人とも休憩にしなさい。冷たい飲み物でももらってくるといいわ」

ようやく解放された二人は返事をする元気もないのかうなずくと海を上がっていった。もっとも泳ぐという行為自体は気に入ったらしく顔は上機嫌である。

「そういえば、ずっと火星、で思い出したけどアキト君は?」

そういってミナトが辺りを見回す。

ビーチバレーをしているパイロット達の中にはいない。日光浴をしているホウメイガールズ他生活班の中にもいない。かといって整備班など他のグループ達の中にいる様子でもない。

「あれ、どこいったんだろ?一緒に泳ぎたいのに

そう言う割に何事もなかったようにラピスとルリの後を追うユリカ。

「なに?」

ミナトは首をかしげた。

 

 

<即席ビーチバレー場>

 

 

「ガイさん!!」

メグミがボールを高くあげる。

「ゲキガンシュートォ!!」

叫びつつスパイクするガイ。

「内緒でバレーをしててもばればれー、ふふっ」

地面を転がり意味不明なことを言いつつレシーブするイズミ。

「おりゃぁーっ!!」

それをリョーコが打ち込んだ。

「きゃっ!」

ボールの勢いに負けてメグミが尻餅をついた。

「メグちゃんだいじょーぶ?」

焼きイカをかじりつつ観戦しているヒカルが聞いた。

「あいたたた」

可愛らしいお尻を撫でながら起きあがるメグミ。

「だからやめたほうがいいっつったろ?俺達と基礎体力が違うんだからよ」

ネット越しにリョーコが言った。

「やっぱあたしがかわろうか?」

交代を申し出るヒカル。

「い、いいえ!私は負けません!何事も努力と根性です!」

メグミはキッと闘志に燃える顔を上げた。

「おう!よく言ったメグミ!それでこそ俺の相棒だ!」

我が意を得たりと頷くガイ。

「いきますよガイさん!」

「おうよ!」

ゴォォッ!!

なにやら二人の背後に熱血の炎が燃え上がる。

どうでもいいけどこっちの得点なんだからボールよこせよな」

ありゃ何も聞こえてないね」

 

 

<砂浜、奥>

 
 
 

団扇片手に将棋盤を挟むプロスペクターとゴート。

パチン

「それで?」

パチン

「現在、テンカワがオモイカネにここのシステムを制圧させています。平行してここの情報収集を行っていますので、ある程度の情報が集まり次第自分とテンカワで

パチン

「相手はあそこですから厄介ですね。しかし、よくよく考えるにナデシコにも陸戦隊が必要ですな」

パチン

「ええ。自分やテンカワは別として白兵戦に長けた人材が不足しています。パイロットを陸戦隊に回すのは

パチン

「木星蜥蜴相手なら不必要でしたが、先々のことを考える必要がありますかテンカワさんも歩兵としては不向きでしょう?」

パチン

「ええ。単独行動格闘戦や潜入工作はともかくとして、部隊行動や射撃戦などは不得手だと本人も言ってます」

パチン

「とはいえ、さすがにこればっかりは軍隊上がりでないと

パチン

ゴートの眉がぴくりと上がる。

ミスタ」

「いけませんなゴート君。待ったはなしですよ」

プロスペクターの眼鏡が陽光を反射して光る。

………

「詰み、ですな」

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 
 
 

プシュー

「ふう………あれ?」

ブリッジに戻ってきたジュンはオペレータ席に見慣れぬ姿のアキトを見つけた。

「ん?ジュンか。どうしたんだ?泳ぎに行ったんじゃなかったのか?」

どうやら例の黒装束からマントとバイザーを外した状態らしい。口調は普段のアキトのままなのでジュンも特に緊張せずにすむ。

「そういうテンカワは何をしているんだ?」

「うん?ま、ちょっとな」

どうやらルリの席でなにやらオモイカネとアクセスしているらしい。

ジュンは自分の席に戻らずアキトの所へ向かう。

僕は留守番だよ。みんな出払っている時に何が起こるかわからないからね」

「ユリカに頼まれたのか?」

「いや、ユリカは関係ない。僕はナデシコの副長だからね」

そういって肩をすくめるジュンを見て笑みを浮かべるアキト。

「そうか」

「それよりなんだいん?ここの地図かい?」

アキトの前のウィンドウに表示されている内容を見るジュン。

「警備システム?ああそういえば資料には別荘があるとか書いてあったけど」

「ちなみにその別荘の持ち主はクリムゾンコンツェルンの重役だ」

「クリムゾンっていうとたしかネルガルと競合している?」

「ああ、今の所はネルガルの方が上だけどな。ま、それはいいや。とにかく今、その別荘にはその重役の娘が来ている」

「それで警備システムかちょっと待った。この島、チューリップが落ちたんだろ!?」

「まぁチューリップから落ちた種みたいなもんだけどあ、チューリップなら球根か?」

「なんで避難していないんだ!?ていうか軍は何をしてるんだ!?」

「まぁ活動状態のチューリップが落ちてきたならまだしもな。危険があるかどうかは今から俺達が調査するわけだし、退去命令を出せなかったんだろう。相手も相手だしなよし、オモイカネ頼む」

条件設定が終わり、処理をオモイカネに任せるアキト。

『了解』

そう表示された途端めまぐるしくデータがスクロールしていく。実際はもっと高速のはずなのでオモイカネの演出だろう。

(誰が仕込んだんだか

そう思いつつアキトはなにか聞きたそうなジュンに顔を向ける。

「ルリちゃんもラピスもせっかく遊んでるんだ。邪魔するのもなんだろ?そういって協力を頼んだのさ」

「いや、そういうことじゃ

「別荘の主は何をやらかすかわからない人物だからさ。先手を打ったんだ。今やっている情報収集が終わり次第、俺とゴートでここの警備部隊を制圧する。オモイカネには管制システムを制圧してもらう予定だ。何かあったらサポートを頼むよ」

「ユリカは了解ずみ、か?」

「ああ」

「聞きたいのはそっちなんだよ。いいかい?」

そう言うとジュンはラピスの席に座り正面を向いて手を組み合わせた。

「こんなことを話している場合じゃないのかも知れないけど、なかなかテンカワと二人っきりっていう時がないしね」

実際、アキトと二人っきりになるのは難しい。ブリッジで二人っきりということはありえない。食堂で働いている時はとても話どころじゃないし、そうでなければルリやラピスの相手をしている。二人っきりで話をしたければ前もって呼び出すか、仕事のない夜中に訪ねていくしかない。それでも部屋にはラピスがいるし、時間帯によってはユリカもいる。

「先に断っておくけど、別に愚痴を言いたいわけじゃない。ユリカはああいう性格だからね。今の状態じゃどうしようもない」

「そうだな」

苦笑するアキト。

「聞きたいのは他の面でのユリカと君のことさ。今のテンカワを見ていればユリカが君を信頼するのはわかる。パイロットとしての能力もそうだけど、君はこうやって人の見ていない時でもみんなのためにいろいろなことをしている。別に誰に頼まれたわけでもないのにね。別にパイロットやコックだけやっていたって誰も文句を言いやしないし、本来はそれ以上のことをやるべきじゃない」

「越権行為で営巣にでもぶちこむか?」

「茶化すなよ。副長としてナデシコのためになっていることを止める理由はないよ」

「そりゃどうも」

「ただ、知りたいのはどうしてユリカがテンカワを信頼するかさ」

「ん?さっき自分で言ったじゃないか。今の俺を見ていればって」

「今、ユリカはどこだい?」

海だな」

ピコン。

気を利かせたのかオモイカネが水着姿のユリカを投影する。一緒にいるのが、イネス、ミナト、ルリ、ラピスなのでなかなかというかかなり男泣かせの光景だ。

アキトは苦笑しつつウィンドウを消した。視線を戻すと見とれていたらしいジュンが我に返りコホンと咳払いする。

そういうことさ。今に限ったことじゃないだろうけど、別にテンカワのしていることを見た訳じゃないのにどうしてユリカは君がそうしているとわかるんだ?今、思えばナデシコが出航したあの時には既にユリカは君を信頼していたように見えた」

………

「ユリカは君と数年ぶりに再会したばかりなのにも関わらず、だ」

 

 

<浜の一角>

 
 
 

「ねぇ、ちょっと、やめなさいよ。あたしを誰だと思ってるの!?手を出したらただじゃおかないわよ!!」

真剣な表情で相手とにらみ合う首男もとい、落とし穴に引っかかって首から下を砂浜に埋められたムネタケ。日射病にでもなって倒れればさすがに助けてもらえるかも知れないが見かけによらず彼はタフだった。目下最大の敵は顔の前をなにやら行ったり来たりしているヤドカリである。やがて、ヤドカリは何を思ったかハサミをわきわきとさせながらムネタケの顔に向かって歩み出す。

 

浜の一角で悲鳴が上がったがすぐに波にかき消された。

 

 

 

<再びブリッジ>

 
 
 

「恋愛感情の方は納得がいくさ。一度決めたら10年やそこら会わなくたってユリカならね。ただ、君の能力に関しては知る由もないだろう?僕はユリカと幼なじみだし、士官学校も同期だったけどその間君の話を聞いたことは一度もない。ユリカがテンカワと会っていたりどこかでテンカワのことを聞いたのだとしたら話くらいは聞いてたはず……なんだよ?」

アキトは笑みを浮かべていた。

「いや、お前がナデシコの副長にふさわしい能力を持っていると再確認できて嬉しかったのさ」

「お世辞なら結構だよ」

「別にお世辞じゃないさ

実際、アキトのジュンに対する評価はかなり高い。プロスペクターとてユリカの幼なじみというだけでジュンをナデシコの副長にする程酔狂ではない。仮に軍の普通の戦艦に乗せて純粋に艦長としての能力を比較した場合、ユリカよりもジュンの方が上だろう。ユリカは本来、司令官、提督、参謀といった大部隊を率いる立場でこそ本領を発揮する。一艦程度の指揮をするような人材ではない。単艦で戦闘を行ったり戦局を左右するナデシコは特殊なケースなのだ。無論、逆にジュンが一艦の指揮にしか向いていないというわけではない。軍人としてのジュンは多方面でその能力を発揮する人材だ。それは戦後の連合宇宙軍でのジュンの立場や実績を見ればわかる。

ピコン!

おっと」

オモイカネから情報収集終了の連絡が入る。

「悪いが時間だ」

マントをつかむと立ち上がるアキト。

「そうか」

ジュンは特に追求せず席を立つと自分の席に戻ろうとした。それをアキトが呼び止める。

「ジュン」

「なんだい?」

ユリカが俺に会ったのも話したのも数年ぶりというのは本当だ」

「別に気を使わなくてもいいさ」

………

「テンカワ?」

真剣な顔のアキトを見て立ち止まるジュン。

いつか、お前にも話す。きっとその時が来ると思う」

………

「それまで俺を信じてみてくれないか?」

………

………

 

 

<森の中>

 

 

トトトトトト

小走りに少女が駆けている。

ガッ

「あ!」

躓いて前のめりに倒れる少女。

「おっと」

パフッ

「あら?」

地面のはるか手前で受け止められた少女は、何が起こったのかと顔を上げた。

「お怪我はないかいお嬢さん?」

そう言って少女を助け起こしたのは白いスーツに身を包んだ長髪の男性だった。

「あら、ありがとうございます」

少女はにっこり微笑むと男の腕から離れて優雅にお辞儀した。こちらはグリーンのドレスに身を包んでおり、二人ならぶとここが南の島の森の中という状況を忘れそうになる。

「私、アクアと申します」

「存じてるよ、何度かパーティでお見かけしたことがあるからね」

「あら、覚えて頂いているとは光栄ですわ、アカツキ・ナガレさん」

二人は笑顔で対峙した。

地球最大の企業コンツェルン、ネルガルの会長とそのライバルであるクリムゾンコンツェルン重役の娘。またまたここが南の島ということを忘れてしまう状況であった。

 
 
 
 

 

<みたび、ブリッジ>

 
 
 

ふぅ、と息を吐くジュン。

「テンカワのことならとっくに信じてるよ。第一、艦長のユリカが君を信じているんだ。信じなきゃやってられないだろ?」

「そっかありがとう」

「照れるようなこと言うなよ」

二人して笑い合ったあとジュンは顔を引き締め言った。

で、なにか起こりそうかい、この島で?」

わからないとしか言えないな、正直な所。いきなりクリムゾングループの私兵が攻めて来るって事はないと思うが」

「戦争をしている時に内輪もめでもないだろ?」

「だといいんだがな

そういうとアキトはバイザーをつけた。同時に身に纏う空気と口調が変わる。

エステバリスの発進準備をすませておいてくれ」

「了解だ」

 

 

<森の中>

 
 
 

「ネルガルの会長さんがこんな所までいらして下さるなんて、もしかして私に御用ですか?」

「いや、残念ながらデートの相手は別の女性でね。あなたに無断で誘っては失礼と思ってご挨拶に伺ったまでだよ」

「あらあら、振られちゃいましたね」

「そんなことはないさ。実は彼女は当て馬もとい当てチューリップで本命は君というのはどうだい?」

「もう、お上手ですね」

表面上は和気あいあいと話している二人。かといって腹の探り合いに徹しているかというと

(やれやれこの娘、とんだ女狐なのかそれとも天然か?)

アカツキは相手が何を考えているのか今一つ読めずにいた。

ふと、アキトとの会話を思い出す。

 

 

「俺の経験から言うんだけどさ、彼女をクリムゾンの関係者と考えない方がいいぞ。自己中心的な視野しか持っていない確信犯とでもいうか、とにかく自分の世界にいっちゃってる子なんだ」

なにやら青い顔をしたアキトが言った。

よくイメージがつかめないんだけど?」

「んーたとえば、『ああ、私たちは結ばれない運命、せめて天国で一緒になりましょう』とかいいながらお前と無理心中するとかな」

言っていることは冗談めいているがアキトの顔は真剣そのものだった。

………僕は別に彼女の恋人でもなんでもないんだが?」

そんなことは彼女には関係ないんだよ。とにかく油断するなよ。言えるのはそれだけだ」

 

 

(とりあえず彼女の家に行ったら終わりだったっけ?)

おそらくありとあらゆる罠が手ぐすね引いて待っているはずだ。この島自体彼女のテリトリーだとも言えるがそれについてはとりあえず放置する。クリムゾングループの警備部隊が島のあちこちに潜んでいるはずだが

 

 

<森の中、ただしほぼ島の反対側>

 
 
 

「うっ」

男が上げた声は口を覆った手で掻き消された。

男がくずおれるとゴートは逆手に握った銃をホルスターに戻す。その後、男の体を適当な茂みに隠した。トロピカルな柄のシャツに半ズボン、加えてビーチサンダルという服装に大口径の銃を吊るしたホルスターはこのうえなくミスマッチだが気にしている様子はない。

「これで1ダースか。まぁこんな所だろう」

そうだな」

「!?」

不意に近くから聞こえた声に反射的に銃を抜くゴート。身体は無意識にその場を飛びのいて距離を取っている。

だが、銃口を向けられた相手は微動だにしていなかった。

テンカワか。脅かすな」

悪かった」

低い声で答えるアキト。顔を覆うバイザーに黒づくめのおなじみのスタイルだ。こちらは場の雰囲気にこの上なくマッチしている。

「相変わらずだな。全然気配が読めなかったぞ」

………

アキトは特に反応を示さない。

(つくづく二重人格な男だ)

もっとも本人の弁及び医療班からの正式な報告書によると、服装と口調で意図的に人を変えているのであって、精神的な問題はないという話だ。

確かに、こうやって一言も発せずに立っている姿とラピスやルリ達と楽しそうに話している人物が同一人物だと二重人格かと疑うのは普通の反応だろう。もしかするとこの男はそういったことを考慮してあえて極端に違う印象を与えるようにしているのかもしれない。

(ま、味方である限りはどうでもいいことか)

そう結論づけるとゴートは思考を切り換えた。

「で、そちらの首尾は?」

森の入り口で二人は分担を決めた後、それぞれ単独行動を行っていた。

11人だ。夜まで目覚めることはない」

「そうか。後は管制室を制圧すれば問題ないな」

アカツキがアクアの相手をしている間に二人は警備部隊が余計なちょっかいをかけないように排除して回っていた。無論、表立って事を構える訳にもいかないので気絶させるに留めているが。

オモイカネから連絡があった。管制システムは制圧したから、独立したシステムがない限りいつでもシステムを凍結できるそうだ」

「では、仕上げといくか」

「ああ」

二人は前もって調べておいた地図に従って管制室に向かう。

「ところでテンカワ」

なんだ?」

「森に入る前から聞きたかったんだが

「何をだ?」

その格好、暑くないか?」

………

森の中とはいえテニシアン島は赤道直下、気温も湿度も総じて高い。身体にぴったりとフィットする服に加えてマントをつけていればどうなるか?

………

………

………

………聞くな」

 

 

<森の中の会見場>

 
 
 

ピッ

「失礼こちらアカツキ」

コミュニケが表示したのは、ナデシコのマーク、ただそれだけだった。

「了解」

そう言うとアカツキは画像を消す。今のは問題なく制圧完了したという合図だ。

「さて、そろそろ仕事が有りますので失礼しますよ」

「あら、残念ですわね。私の家でお食事でもと思ったのですけれど」

「申し訳ない。また、次の機会にでもご招待に預かりますよ」

「あら、次の機会と言わず今からで結構ですのに」

「何事も手順というのがありましてね」

「そうですか、仕方ありませんね」

「それでは」

一礼するとその場を去るアカツキ。

(ふむ、さしてどうということも無かったな。テンカワ君は何を警戒していたんだ?)

首をかしげるアカツキの後ろで、カチ、と何かのスイッチが押される音がした。

「うふふ、ぽちっとな」

「え?」

立ち止まると後ろを振り返るアカツキ。ちょうどアクアが手を開き、手に持った何かを落とした所だった。

今落としたのは何か聞いてもいいかい?」

心持ち青ざめた顔のアカツキ。

「お気になさらないで、ただのお約束ですから」

対照的ににこやかな顔のアクア。

お約束?」

「ええ、お約束なんでしょ?自爆装置って」

ドォォォォーン!!

島を揺るがす大音響と共に遠くで火柱が上がった。

 

 

<砂浜>

 
 
 

「あら?」

「へ?」

爆発音らしき音に意外という表情を浮かべるイネスとユリカ。

 

 

<森の中>

 
 
 

「どういうことだテンカワ?」

両肩に男を二人担いで走りながらゴートが言った。背後から爆風が追ってきている割には落ち着いた調子である。

俺にもわからん」

アキトも男を一人担いで先を走っている。

ちなみにいきなり爆発した施設から気絶した管制要員を担いで逃げ出した所である。

「管制システムはオモイカネが監視していた。ということは管制システムを通さずに単純な無線信号かなにかで起爆する爆薬を警備部隊にも知られずに仕掛けておいたということか」

……あの子ならやりかねないな」

さすがに顔をしかめるアキト。

 

 

<砂浜>

 
 
 

「えーどうしてどうして!?」

遠くの方で上がっている火の手を見て慌てるユリカ。

「なにか見落としがあった様ね。ユリカさんとりあえず」

「そうですね、緊急事態

ピコン

一斉にウィンドウが表示され、現れたジュンが全員に向かって言った。

『緊急事態発生!乗組員は至急帰還されたし!!』

「ジュン君!」

『発進準備をすませておくからユリカも急いで戻ってきて』

「りょーかい」

『うん』

ジュンのウィンドウが消える。

ユリカは手でメガホンを作ると乗組員達に向かって叫んだ。

「みなさーん聞いての通りです!全員ただちにナデシコに!」

「ん〜しばらくは無理じゃないかしら〜」

ミナトの間延びした声が聞こえた。

「へ?」

ミナトはパタパタと団扇で風を送っている。その先パラソルの下に、疲労と日射病が重なったオペレータ二人が寝ていた。

 

 

 

<森の中>

 

 
 

「あぁでもどんなに世間が二人の間を引き裂こうとしても二人の愛は永遠なの!」

何やら一人で盛り上がっているアクア。

アカツキとしては無視して速やかに立ち去りたいのだが、先ほどからアクアの右手の銃がしっかりとアカツキを狙っているのでそうもいかない。試しにすり足で動いてみたがしっかりポインティングされていた。どうやら手と頭が別々に活動しているらしい。

(迷惑な話だ

無論、アカツキが本気になれば敵ではないだろうが、下手に怪我でもされるとどんな責任をとらされるかわからない。『私を傷物にした責任を取って下さい』などと言われたら大事だ。正当防衛だろうがなんだろうが事が公になればそんなことは関係ないだろう。

(『ネルガル会長、南の島で少女に暴行』とか目に浮かぶなぁとほほ)

動くに動けないアカツキであった。

 

 

<ブリッジ>

 

 

『ジュン』

突如現れたウィンドウの向こう側、黒いバイザー越しにアキトが言った。

「テンカワ?いつの間にナデシコに?」

まだパイロット達がナデシコに向かってボートを走らせている段階だ。

ほとんどのシステムはジュンが立ち上げているが各部の要員が帰ってこない限りは動けない。どこかのワンマンオペレーション戦艦にはまだ遠い。

『ちょっと近道をな。出してくれ』

よくわからないが、了解だ」

 

 

<海上、ボートの上>

 
 
 

ナデシコを飛び出したエステバリスを見て回線をつなぐイネス

『なんだ?』

感心しないわね。こんな所でジャンプするなんて」

アキトが森からナデシコにジャンプしたと見抜いたイネスが言った。

アカツキがジョロに踏み潰されでもしたら笑えないからな。後でこの島のシステムのメモリーを全部消してくれ』

ユリカ達の頭上をエステバリスが飛んでいく。

「さっすがアキト!やっぱりユリカの王子様だね!」

一瞬、ガクンとエステバリスがバランスを崩す。もっともすぐに体勢を立て直したが。

お前なぁ』

黒装束が作り出す雰囲気丸くずれという口調でアキトが言った。

「え?なにか間違えた?」

 

 

<ブリッジ>

 
 
 

「くっくっく」

その通信を聞いていたジュンがブリッジで笑いをもらす。

『なんだよジュン?』

「いや、テンカワも苦労するな、と思ってね」

『変わってやろうか?』

「それは今後の検討課題にしておくよ」

ふぅ。さっさと増援をくれ。一人でやりあう気はないからな』

すでにエステバリスは遠方の巨大ジョロを視界に捉えている。

「了解」

ウィンドウが消えるとエステバリスが飛び去った。

 

 

<再び、ボートの上>

 
 
 

「はら?いつのまにかジュン君とアキトが仲良しに」

『こほん。ユリカも早く戻ってよ』

「はーい」

ウィンドウが消える。

「ふふ」

今度はイネスが笑う。

「なんです?」

「なんでもないわ、ふふふ」

 

 

 

 

 

その後巨大ジョロはアキトの陽動に見事に引っかかり、急行した4機のエステバリスに後背から奇襲を受け、集中攻撃の末あえなくスクラップとなった。

 
 
 
 

 

<ブリッジ>

 
 
 

「結果オーライって奴ですね!」

「ま、そういうことにしとこうか」

笑顔のユリカに疲れ切った顔で同意するアカツキ。

 

 

 

 

 

しかし、アキトさんにとってはまだ終わっていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

<数日後、ナデシコ食堂>

 
 
 

「ホウメイ」

カウンターの向こうから聞こえてきた声に顔をあげるホウメイ。

「おや?」

視界に誰もいないのでホウメイはさらにカウンターの向こうに身を乗り出す。

「なんだラピスかい」

小さな少女がホウメイを見上げていた。最近はオペレータ用の制服もなじんでいい色合いを出している。

「テンカワかい?」

コクンと頷くラピス。

「しごと、おわった?」

「ん?ああ、そうだね。晩飯は片付いたし明日の仕込みもあらかた終わったしおーいテンカワ!」

「なんすか?」

奥から出てくるアキト。

「ラピスがお前さんを呼んでるよ」

「あ、すみません」

カウンターの前に出るとラピスの前にかがみ込むアキト。

「どうしたラピス?」

………

ラピスは無言で手を差し出す。

「ん?手か?」

深く考えずラピスの手を握るアキト。

ラピスはその手を両手で握り返した。

「なんだいいったい?」

何事かと見ているホウメイ。

「テンカワさん」

「「ん?」」

声のした方向を見る二人。今度はルリが立っていた。

「なんだいルリちゃん?」

「その手を」

なにやら困ったような嬉しいような複雑な表情で手を差し出すルリ。

「なに?ま、いっけど」

深く考えずにあいている手でルリの手を握るアキト。

ルリはラピスと同じようにアキトの手を両手で握る。

「?」

とりあえずされるがままになったまま首をかしげるアキト。

「じゃあ行きましょう!!」

突如、現れたユリカが叫んだ。

「どわわっ!!お前どっから!?」

驚くアキトに構わずユリカは食堂を出て行く。それに続いてルリとラピスが歩き出す。無論、手をつないだまま。

「え、え、え?」

ようやく事態を理解し始めるアキト。つまり自分は連行されているのだ。

 
 
 

<艦内通廊>

 
 
 

ユリカを先頭に歩く4人を乗組員達が何事かと見ている。

もっともユリカとラピスには気にした様子はない。

あのルリちゃん?」

「すみませんテンカワさん。艦長命令なんです」

とりあえずルリに頼んでみるがやんわりと断られる。

………ラピス」

「だめ」

ラピスに頼んでみるが即時、却下される。

………ユリカ」

「え、なぁにアキト?」

立ち止まるとくるりと振り返るユリカ。

(長い髪がなびいて綺麗じゃなくて)

何の真似だ?」

(わざわざルリちゃんとラピスを選んで連行させる所はさすがというかなんというか

「つけばわかるよ」

そう言うとユリカは再び歩き出した。

 

 

<ナデシコ着艦デッキ>

 

 

で、どこにつけばわかるって?」

着水したナデシコの甲板に上がった4人。目の前には果てしなく広がる海、海、海。夜の海の上にはほぼ満月に近い月が浮かんでおり言うこと無い。

「ねぇアキト」

ユリカはアキトの顔を下から覗き込む。

「なんだよ?」

「アキトって泳げる?」

「?何を薮から棒に

「泳げる?」

………

「泳げる?」

………いや、その、なんだ」

「あーっやっぱり泳げないんだ!!」

飛び退くと指を突きつけるユリカ。

「わ、悪いかよ!」

「うん」

ユリカはきっぱりと頷く。

ガシャンガシャン

「なんだ?」

背後から聞こえてきた音に首だけ後ろを振り返るアキト。

ガイ?」

アキトはエステバリスの空戦フレームと見慣れた頭部を見つけた。

『おうよ!』

ビシっとポーズを決めるガイのエステバリス。同時にライトアップする辺りオモイカネも芸が細かい。

そのままエステバリスはアキトの方に手を伸ばす。

「おい、ちょっとまさか

ようやく事態を察したアキトは逃げようと試みるがルリとラピスは手を放さない。無理矢理力任せに引き剥がすなり投げ飛ばすなりすればどうにかなるだろうがアキトがこの二人相手ににそんなことが出来るはずもなかった。ユリカの作戦勝ちである。

「ルリちゃん!ラピス!」

「すみません、テンカワさんのためというお話なので」

「アキトのため」

ひしっと腕にしがみつく二人の少女。

「ユリカーっ!!」

「イネスさんがね、アキトにはスパルタ教育がいいって言ってたの」

「だぁーっ!!」

顎に人差し指を当てにっこり笑うユリカにもう駄目だと悟るアキト。

一方、ガイは器用にルリとラピスをさけてアキトをグッとつかむ。この辺りガイがただの熱血馬鹿でない証拠である。今のアキトにはうれしくも何ともないが。

『おーし、ルリ、ラピスはなしていいぞ』

そう言いながらアキトを持ち上げるガイ。さしものアキトといえどエステバリスの指を引き剥がすことはできずもがいている。

「まだ今日の仕事がーっ!!」

ピコン

ホウメイのウィンドウがアキトの顔の前に現れる。

『まぁしょうがないねぇ。仕込みもあらかたすんだし今日はもうあがっていいよ』

「そんなホウメイさん!」

ピコン

続いてプロスペクターのウィンドウが現れる。

「プロスさん!!」

『テンカワさんもご存じのとおりナデシコは海中への潜行が可能ですし、海上で撃墜される可能性もゼロとは言えません。その際にテンカワさんが泳げるのと泳げないのとでは生存者の救出率が大幅に違いまして、はい』

「そんな!」

ピコン

心配そうな顔のルリのウィンドウが現れる。

『大丈夫ですかテンカワさん?』

「ルリちゃんお願いだ、ユリカを止めてくれ!」

『すみません。艦長命令ですので』

「ユリカーッ!!」

ピコン

他のウィンドウを押しのけるようにユリカのウィンドウが現れる。

『アキトファイト!!』

「そーじゃなくて!!えっ?」

三人が離れたのを見計らいナデシコの甲板から離陸するエステバリス。

「おい、ガイ、待て

ピコン

ガイのウィンドウが現れる。

『アキト、お前は俺の大事な親友だ』

「ならさガイ、こんなことはやめて

『だがしかぁし!!友のためなればこそ俺は心を鬼にする!!』

ぶわっと滝の様な涙を流すガイ。

「泣くぐらいならやめろーっ!!」

『強くなって帰ってこいアキトーッ!!』

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!」

エコーを残して夜の闇に消えていくアキト。

 

バッシャーン!!

 

「テンカワさんの着水を確認大丈夫でしょうか?」

手元のウィンドウから顔をあげるルリ。

「だいじょうぶ?」

同じようにユリカに視線を向けるラピス。

「大丈夫!!だって、アキトは私とルリちゃんとラピスの王子様だもの!!」

 

 

 

 

<数時間後、医務室>

 
 
 

「ハックション!!うーっ」

毛布に包まってガタガタと震えているアキトさん。そばではイネスさんがカルテを書いています。

 

やはりアキトさんはただものではなく、すぐに泳ぎをマスターするとナデシコまで泳いで帰ってきました。でもわざわざナデシコから1km以上も離れた所に落とすこともないと思いますけどていうかあれは投げ込みましたねヤマダさんちなみにヤマダさんは帰ってきたアキトさんから心のこもった感謝を受けて今は面会謝絶だそうです。整備班のみなさん顔が青ざめてましたけどなにかあったんでしょうか?

 

 

「いくら気候が暖かいといっても服を着たまま夜の海を泳げば風邪くらいひいて当然ね」

体温計を振りながらイネスさんが言いました。

「誰のせいだよ!?」

「私はスパルタ教育がいいだろうって言っただけで夜の海に放り出せなんて言ってないわよ?」

 

「テンカワさん大丈夫でしょうか?」

「アキトだいじょうぶ?」

「大丈夫!!だって、アキトは私とルリちゃんとラピスの王子様だもの!!」

 

「やかましハックション!ユリカのばっきゃろーっ!!」

アキトさん、お大事に。

 

 

つづく


 
 
 
 

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