機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に
<5日目>
<ネルガル重工横須賀研究所ロビー 正午過ぎ>
正面の自動ドアが開き黒装束姿の男が姿を現した。
途端に警備員達の間に緊張が走る。男の格好が怪しいのはもちろんだが、職業柄男が放つ気配を敏感に感じ取った結果だ。男がテロリストの類であれば間違いなく殉職覚悟でかからなければならないだろうという確信があった。
男はかすかに口元を動かすとそのまま受付に向かう。慣れているので警備員達の視線は無視している。
「こっちよ」
少し離れた所にあるテーブルで雑誌を読んでいた女性が声をかけた。普通の声量だったのでだだっぴろいホールではごく小さくしか響かなかったのだが男は気づいて立ち止まる。男は視線を動かし声の主を確認するとそちらへ足を向けた。
イネスはいつもの白衣姿でソファに座り、備え付けらしい端末が表示する月刊の科学雑誌を見ていた。その姿はまったく違和感なく風景に溶け込み、(こちらの世界においては)初めて訪れたばかりの場所ということにも関わらず既にここの主といった空気を漂わせている。
「あら、今日は黒づくめ?」
ソファの背後に立ち止まったアキトの格好を見てイネスが言った。黒いマントに黒いバイザー。中も当然黒づくめだろう。最近はあまり見る機会の無い姿だ。ミスマル家でごろごろしていた男と同一人物とは思えない。
「…時間的には少し早い気もするが、前もこの場所で起きたからな」
「そうね」
イネスは端末を切ると立ち上がった。
その頃になってようやく警備員達は緊張を解いた。依然として警戒はしているものの通常の警戒態勢に戻ったという所だろう。
さて、先日ミスマル家に遊びに来ていたイネスだったが一晩だけ滞在してのんびりするとさっさとナデシコに引き上げていた。家族水入らずを邪魔したくないというのが建前だが、実際はこの機会を利用し、ウリバタケと二人して怪しい作業に没頭していたのである。
「それにしても」
イネスはアキトの顔をのぞきこんだ。そのままバイザー越しに視線を向ける。
「…なんだ?」
「少し雰囲気が変わったかしら?」
顎に人差し指をあてて考え込むイネス。
相変わらず黒装束時に特有の雰囲気、緊張感とか冷静さとかそういったものは確かに感じるのだが、以前のアキトにあったもっと別のある種の空気が薄れた感じを受ける。
「………」
「ユリカさん達と一緒に休暇を過ごしたのがよかったのか…それとも手紙を見てなにか心境に変化があったのかしら?」
「…分析は結構だ」
わずかに表情を変えるアキト。一応、憮然とした顔をしているつもりらしい。
(相変わらず自己暗示は効いているようね)
別段、アキトが緊急時などに備えて自分を律するのは構わない。危険な立場にある人間としてはむしろ奨励するべきだろう。だが、やはり以前とはなにかが違う。
(もちろん実際は休暇とか手紙とかで一朝一夕に変わるものじゃない。こちらの世界で過ごした日々によって心のベクトル方向が徐々に変わってきていたものがそれらをきっかけに効果を表わし始めたいう所かしら?)
イネスといえどいまだ人の心をすべて説明することはできない。説明できる日が来るとも思ってはいない。所詮は自分も一個の人間に過ぎないのだから。だから今はとりあえずこう感想を述べるに留める。
「でも、悪くないと思うわよ、その感じ。少なくとも前よりは好きね」
イネスは微笑んだ。
「…エリナは?」
旗色が悪くなって来たのを感じたアキトは話題を変えた。
「時間に正確ですものね、そろそろ来るんじゃないかしら?」
「そうか」
「それよりユリカさんは?」
「後から来る」
ちなみに今日エリナに呼び出されたのはイネス、アキト、ユリカの3人である。何が目的かは明白だが、アキト達も現状の把握をするのにはやぶさかではなかったので出向いて来たのだ。
ユリカはルリとラピスをホテルに送り届けてから研究所に来ることになっている。別にアキトと一緒に行動すればよいのだがいくらネルガルの系列とはいえ普通のシティホテルを黒装束でうろうろしていては迷惑だろうとアキトなりに気をつかったのである。
チーン。
伝統的な到着音と共に一機のエレベータの扉が開いた。
第11話 『千客万来…ですか?』
<横須賀市内ナデシコ乗組員宿舎ホテル一階喫茶店 朝>
「いやリョーコさん。お休みの所恐縮です」
「ふわぁぁぁぁ…まぁ別にかまわねぇよ。いいかげん寝てんのも飽きて来たしよ」
(このおっさんはどんな時でも変わらないんだろうなぁ)
そんなことを思いつつリョーコは対面の椅子にすわった。さっきまで寝ていたのでぼさぼさの髪を手でがしがしと整える。
対面に座ったプロスペクターは気にした様子もなくリョーコの分の珈琲を注文している。
「で、あたいに何の用だい?」
「まずはこちらの方のご紹介を」
そう言われてリョーコはプロスペクターの隣に座っている女性に目を向けた。歳はそう変わらない。リョーコ達ナデシコのパイロット用の赤い制服を着ている。黒い長髪でどちらかというと典型的な日本人女性タイプという印象をうける。
「はじめまして。イツキ・カザマしょ…すみませんカザマです」
「………」
「こちらがお話したスバル・リョーコさん。ナデシコのエステバリスのパイロットです」
「おぅ」
「で、こちらのイツキ・カザマさんはこのたび軍から出向という形でナデシコに来て頂くことになりました」
「はぁ?」
「まぁ立場的にはムネタケ提督と同じような形ですが、とりあえず提督と違って社員扱いでナデシコに所属して頂きます」
「ムネタケ?…あぁいたなそういやそんな名前のが………で?」
「実はこの休暇期間を利用してリョーコさんに彼女の研修を行って頂けないかと思いまして、はい」
「けんしゅう?」
「まぁ要は彼女の能力を確認して頂ければいいんです。彼女の資料はこちらにありますが、実力はやはり実地で確認するのが一番ですからね」
「ふーん。…で、なんであたしなんだ?」
「まぁ簡単な消去法ですな」
「は?」
「他のパイロットを一人一人思い浮かべてみて下さい」
「えーと…」
ヒカルは…駄目だ。昨日やっと帰って来たけど本の山に文字どおりうもれてやがる。おまけに時々変な笑い声が聞こえてくるし…却下。
イズミは…駄目だ。あいつの寒いギャグを何日もつきっきりで聞かせるなんて拷問だ。人間が壊れちまう…却下。
ヤマダは…駄目だ。熱血馬鹿が増える。第一、あいつが人にものを教えられるわきゃねぇな…却下。
アカツキは…駄目だ。見た感じ一発でだまされるタイプだ。こりゃ狼の前に羊を放り出すようなもんだ…却下。
アキトは…駄目だ。普段はともかくマジになってる時のあいつと訓練なんかした日にゃ泣き出すぞこいつ…却下。
「…わーったよ。あたしが面倒みりゃいいんだろ」
渋々了承するリョーコ。
「ありがとうございます!」
リョーコは素直に喜びを表現しているイツキを無視してプロスペクターにスプーンを向ける。
「別手当てぐらいちゃんとでるんだろうな?」
「それはもちろんです」
「ならかまわねぇよ」
「では、私はこれで。後は全てリョーコさんにおまかせします。カザマさんもこちらに部屋をとられていますので御随意に」
「わかった」
プロスペクターを見送るとリョーコはメニューを開いた。
「あのスバルさん、この後は…」
「メシは?」
「はい?」
「メシだよメシ。お前、朝飯は食ったのか?」
既にメニューを開いて物色中のリョーコ。
「あ、いえ今日はコーヒーしか…」
「じゃ、付き合え」
「あ、はい」
ウェイトレスを呼ぶとリョーコは次々と注文していく。
「あ、あのスバルさん?」
「どうかしたか?」
「そ、そんなに召し上がられるんですか?」
「ここに滞在中は飯代はネルガル持ちなんだよ。食わなきゃ損だろ?」
「そ、そうですか」
「それから!」
「は、はい!なんでしょうかスバルさん?」
いきなり声が高くなったので思わず背筋を伸ばすイツキ。それをやれやれといった様子で見ながらリョーコは口を開いた。
「そのスバルさんってのをやめろ」
「え、でも…」
「リョーコでいい。みんなそう呼んでる。おれもお前の事はイツキって呼ぶからな」
「え、あ、はいわかりました」
イツキはそこで初めてにっこりと笑った。
「よろしくおねがいしますリョーコさん」
「おう。そのかわり足手まといだったら即クビだかんな」
リョーコは笑みを浮かべた。
<研究所 ロビー>
「顔色がよくないな」
開口一番そう言われたエリナ・キンジョウ・ウォンは出鼻を挫かれた形になった。
事実顔色が悪いのは自覚していたが、イネスや普段のアキトならともかくこの格好のアキト(ちなみに初対面時に失態を演じたため、いまだに苦手意識が残っているのか、普段のアキトはともかく黒装束のアキトを見るとつい一歩引いてしまうエリナであった)に気遣われるとは思っていなかったのだ。
「コホン。待たせたわね」
咳払いして気を取り直すエリナ。簡単な予定を告げると二人の先に立って案内する。
「…一応説明しておくとここではチューリップを利用してボソンジャンプの現象確認ひいてはボソンジャンプの技術の実用化を目的とした研究を行っているわ」
長い廊下を歩きつつエリナが説明する。廊下はゆるやかなカーブを描いている。外観からもわかるとおりほぼ円形の研究所の様だ。
「利用というと?」
「ひらたく言うとチューリップが落ちた場所を囲って研究所を建てたって所かしら」
アキトに問われたイネスが説明する。エリナとしては特に言うことはない。実際、その通りなのだから。
「…ああ思い出した。チューリップの口をこじあけて中に物を放り込むんだったな」
アキトは以前一度だけ見た光景を思い出した。
「無茶といえば無茶だけど、やり方としては必ずしも間違ってはいないわね。行ってみないとわからないのは確かだしね」
「………」
「モルモットにされる側はたまったものじゃないがな」
「そうね」
苦笑する二人。
「でも、今回は早めにデータを渡しておいたから問題ないとは思うけどね」
「………」
「どうした?」
なぜか無言のエリナに問うアキト。
「確かにドクターのデータは頂いたし、内容も要点は把握できたんでしょうけど…」
「けど?」
「………」
ズズン
突然、床が揺れた。
「な、何!?」
アキトは転びそうになったエリナの腕をつかんで支える。
「地震じゃないわね」
落ち着いた様子のイネス。
「…爆発だな」
エリナを離すとアキトは床に手をつく。ある程度間隔をおいて振動が続く。
「…大きいな」
「ということは…」
「ちょ、ちょっと何!?」
なにか悟ったような様子のイネスとアキト。二人は顔を見合わせるとエリナに視線を向けた。
「実験をやったな?」
「!」
ぐっ、と言葉につまるエリナ。それで確信する二人。
「まったく人の忠告を聞かないんだから」
ズン!
「わ、私だってそのつもりだったわよ!でもここの研究班が!」
アキトは既に聞いておらず、手近の端末で退路を検索している。
「すぐにここを放棄して逃げ出すように指示を出しなさい」
「ど、どういうこと!?一体何が起きてるの!?」
「簡単なことよ。チューリップに物体を送り込む実験をしているんでしょ?で、もともとチューリップは敵が移動に使っているんだから送り込んだ物体が無事ジャンプに成功すれば…」
「て、敵の所へ!?」
察しの良いエリナの顔が青ざめた。
「当然。そうすれば敵もこちらがボソンジャンプの実験をしていることに気づくわ。そうした場合にとる行動は研究の妨害、そして…破壊」
ズン!
再び床が震えた。
「素直に玄関から出るのが一番早い。引き返すぞ」
マントを翻すとアキトはエリナのもとに駆け寄る。既にイネスは駆け出している。
「じ、自分で走れます!」
アキトの意図を察したエリナはそういうと逃げるように走り出した。
「ならいいが」
エリナを担いでいくつもりだったアキトは加速するとすぐにイネスを抜き先頭に出た。
「こんにちはーっ!ナデシコ艦長のミスマル・ユリカでーす。エリナ・キンジョウ・ウォンさんを呼んで頂けますか?」
「あ、はい。ただいま呼び出しますのでそちらにおかけになって少々お待ち下さい」
妙にハイテンションな女性…しかも白いサマードレスに麦藁帽子と場違いなことこの上ない…に挨拶された受付嬢だったがそこはプロである。一分の隙も無いスマイルを浮かべるとエリナを呼び出しにかかった。
警備員達もうってかわってリラックスしている。先刻の男とは対極に位置するような空気を彼女がふりまいているせいだろう。誰でも美人を眺めているのは気分がいいものだ。無論、さすがにナデシコの艦長は有名なので(ネルガルの広報部がせっせと広めている)警備員達もユリカの顔くらいは知っている。
『…のエリナ・キンジョウ・ウォンさん。ロビーにお客さ…』
ズン
『え?』
大きい振動に受付嬢の声が途切れる。
「なに?」
首をかしげるユリカ。
警備員達も何事かと動き始める。
ズン!
一際大きな振動とともに何かが地面を打ち付けた。
「?」
妙に暗くなったのに気づいたユリカはゆっくりと正面のドアの方に振り返る。
なにか大きな壁がドアの外を塞いでいた。
決して急がず、それでいて警備員達よりも早くドアの前にたどりつくユリカ。
自動ドアが開くとユリカは上を見上げた。
「あらま」
のんきに呟いたユリカの後ろで警備員達が腰をぬかし、受付嬢が悲鳴を上げた。
ギン!
一対の目が光るとその巨人は両腕を振り上げた。
『ゲキガンビーム!!』
ユリカは巨人の中で“彼”がそう叫んだであろうことが想像できた。
ビー!!
ドゴォォォォォォォン!!
巨人の両目から放たれた光線が研究所の中心を直撃するよりも早く、ユリカは台風直下の暴風に吹き飛ばされるような勢いで誰かに抱きかかえられその場から連れ去られた。
「ありがとアキト。やっぱりユリカの王子様だね!」
そう言ってにっこり笑うユリカを見て、やっぱりこいつはこいつだな、としみじみ思うアキト。
玄関から少し離れた所でユリカを下ろすと荒い息のエリナがそばにへたり込んだ。
「はぁはぁはぁ…なんて…スピードで…走るのよ」
ちなみにアキトは階段を駆け降りた後、目に入った受付嬢を片手でつかんでカウンターから引きずり出すと視界の隅にいた警備員達に向かって投げとばし、後続のイネスとエリナが視界に入ったのを確認すると手近の椅子を正面のガラスの壁(本当は自動ドアを破りたかったがユリカの姿が見えたので壁に変更した)に投げつけて、亀裂の入った壁を体当たりでぶち破りドア近くにいたユリカを確保すると安全圏に退避したのである。
陸上選手並みのダッシュを強要されたイネスとエリナはその甲斐あってかすり傷ひとつないようだ。もっともへたり込んでいるエリナと対照的に、イネスの方は息は荒いもののいつもと同じ落ち着いた様子で巨人を見上げている。
「科学者は体力がないとつとまならないのよ」とは後のコメントである。
爆発の余波を受けた受付ロビーはさんさんたる有り様だが警備員達が数人がかりで覆い被さったせいで受付嬢も無事らしい。
研究所の中心らしき所は炎と煙がたちのぼるばかりだが、
「…ま、自業自得だな」
研究所を取り囲んでいた3体の巨人はとりあえず研究所を徹底的に破壊すべく掃討作業に当たっている様だ。
(…3体?)
「テツジンにマジンにデンジン。さて、どういうことかしらね?」
同じことを考えていたらしいイネスがアキトの方に顔を向けて言った。
「…なまじ記憶があるというのも考え物だな」
「そうね、少し違っただけでなぜかとつい考えてしまう…もっとも何事にも例外はいるみたいだけど」
「?」
振り返るとユリカがコミュニケを取り出してナデシコに指示を飛ばしていた。
「…ゴートさんですか!?全乗組員に非常召集を!ナデシコは臨戦態勢、ただちに発進準備を開始して下さい!連合軍にも連絡を、敵は3機です!決して無理をせず時間稼ぎに徹する様通達して下さい!お父様に連絡すれば聞いてくれるはずです!」
状況がつかめない様だがユリカの指示ははっきりしているのでとりあえず納得したらしいゴート。
『…了解。だが、艦長が戻らなければナデシコの方は…』
「3分以内にそちらに向かいます!後はそちらで!」
『3分!?そ…』
ゴートに構わず通信を切るユリカ。
「相手が何機だろうがやることは同じ。ま、これでこそユリカさんよね」
頷くイネス。
「アキト!」
駆け寄ったユリカを右腕で抱き寄せるアキト。同時にエリナに指示を出す。
「ユリカとナデシコに跳ぶ。あいつらが研究所から離れたらCCを出してくれ。説明はイネスさんから聞け。…ユリカ、もっとしがみつけ」
「うん!」
それは望む所とユリカが両腕でアキトに抱き着き可能な限り密着する、ジャンプフィールドがどうにか二人を包み込む。
(もう少し出力をあげて3人くらい飛べるようにしないといけないわね)
そんなことを考えているイネスの視界が光で染められていく。
「…ジャンプ」
「状況は!?」
アキトを伴ってユリカがブリッジに飛び込んで来る。
「艦長!?」
本当に3分以内に来るとは思っていなかったので驚くゴート。
「ナデシコ起動します!」
起動キーを挿し込むと力を込めて回すユリカ。
「俺は研究所へ戻る」
「うん!」
アキトがブリッジから出るのと同時にナデシコに振動が走る。
遠くから駆動音が聞こえたような気がするとブリッジに一斉にウィンドウが点り各所の機器が活動を再開する。
「…現在、連合軍が迎撃にあたってる。ミスマル提督とはまだ連絡が取れていない」
「みんなは?」
「宿舎のホテルにいた者はまもなく到着する。その他の者はさすがに時間がかかる」
「…仕方ありません。しばらくは連合軍のみなさんにがんばって頂きましょう」
「せめてシャワーくらいのんびり浴びさせてよね!!」
そう言いながらブリッジに最初に現れたのはミナトだった。
「…なんだその格好は」
「わぁミナトさん大胆」
ハイレグの水着姿のままで自分の席に飛び込むとナデシコのチェックを開始するミナト。
「相転移炉出力8%、ほらしゃきっとしなさい!」
服装とは裏腹に仕事は真剣に行っているらしくテキパキとチェックを終わらせていく。
「あら、ミスターゴート。どこを見てるのかしら?」
それでもこういう台詞をはく余裕はあるらしい。
「緊急時に余計なことをしている暇はない」
「前と水着が違うな、くらい言ったら?…つまらないひとね」
「…あはは」
居辛い雰囲気に乾いた笑いをもらすユリカ。
(やっぱりこっちでもそうなるの?まぁ白鳥さんが来ると確かにややこしくなるけど〜)
プシュー
ハッチがあくとラピスの手を引いたルリが駆け込んで来た。クリーム色のお揃いのワンピース姿である。ルリは自分の席を通り過ぎてラピスを席に座らせると再び自分の席に戻りオモイカネを呼び出す。
「オモイカネ、現状報告、お願い」
「………」
ラピスは声も出ないらしいがそれでもルリにならって自分の作業を開始する。
「あらールリルリ、それ可愛い服じゃない。ラピスちゃんともおそろいだし」
「はい……テンカワさん…に買って……頂きまし…た」
息が苦しくて途切れ途切れに答えるルリ。隣でラピスも頷いている。
『いいかてめぇら!整備中だろうがなんだろうが出せと言われたときに出せるってのが一人前の整備屋ってもんだ!フレーム装着まで5分で終わらせろ!!』
「「「「「了解!!」」」」」
なにやら目にクマができているウリバタケがメガホンで叫ぶ格納庫内は既に戦場と化していた。
「うぉっしゃあ一番乗り!」
タンクトップ姿のリョーコが駆け込んで来る。そのままアサルトビットに飛び込んでからパイロットスーツを広げる。
「私が使えるエステバリスはありますか!?」
こちらはちゃんとパイロットスーツを着てヘルメットを用意していたため遅れたイツキ。
見たことの無い美人に一瞬手が止まる整備班一同。だがそれも一瞬の事で、
「てめぇら手ぇ止めてる暇があんのか!!」
ウリバタケの怒号が格納庫中に響き渡り瞬時に整備班達が作業を再開する。
「おう、あんたが新入りの嬢ちゃんだな」
「は、はい〜」
至近距離で大声を聞いたためキーンと鳴っている耳を押さえつつイツキが答える。
(うぅぅなんて肺活量なのかしら…メガホン無しで格納庫中に響くなんて)
『補充機はどうなってる!?』
『あと5分待って下さい!!』
『3分でやれ!!』
メガホンを戻すとイツキに向き直るウリバタケ。
「聞いての通りだ。お前さんのアサルトビットはあそこだ。とりあえずカラーリングはまだだが今日の所は勘弁してくれ」
「あ、いえ。じゃ、お願いします!」
そういうとイツキはヘルメットを被り言われたアサルトビットに駆け出した。
「いやーいいっすね今度の子」
「なんか女の子って感じだね〜」
「うんうん。うちの女性陣って強い子が多いから」
しゃべりながらもまったく手は抜かず作業を進める整備班一同。
『おめぇら言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?』
空戦フレームを装着し終えたリョーコ機がズン、と足を踏み出す。
『リョーコ!おめぇは先発だ!さっさとカタパルトに行け!』
『おう、わかってるよ!それよりそいつのことを頼むぜ!』
『誰に言ってんだ、誰に!?』
ウリバタケの返事を聞いたリョーコ機が重力カタパルトに向かう。
「はうぅぅぅー到着でーす」
なにやらくたびれた様子の私服姿のヒカルが現れる。もっとも足取りはしっかりとしておりアサルトビットに入った途端てきぱきと準備をはじめた。
「いやぁ遅くなったね。もちろん出られるよね?」
「当然だ…ってなんだその格好は!?」
「ふふ、男の事情という奴さ」
笑いながらダブルのスーツにネクタイ姿のアカツキがアサルトビット内に消える。すぐにエステバリスからの通信がウリバタケのレシーバーに入る。
『状況は?』
「敵は3機。でけぇってこと以外聞いちゃいねぇ。リョーコが空戦フレームで先発してる。後はそこの新入りが今、砲戦フレームで出る所だ」
『新入り?ああ彼女か』
キャタピラを高速回転させて砲戦フレームのエステバリスが出撃していく。
「お前も砲戦フレームだ。ヒカルちゃんが空戦フレームで、あとはイズミが来れば…」
『はれれ?いつのまに新人さんが入ったの?』
「今日からだ。なんでも…」
『鰯の頭…』
「どわっ!」
いきなりわりこむイズミのウィンドウ。いつの間にやらアサルトビットに搭乗していたらしい。
『鰯がなに、イズミちゃん?』
『…鰯の頭も信心から…信心…しんじん…新人。ぷっ、くくく、あははははははは!!(ダンダンダン)』
「アサルトビットの中を叩くな!お前は空戦フレームだ!後は…」
「…ふ、またせたな野郎共」
自分のエステバリスの上でポーズをつけるガイ。なにやら妙に色の派手な衣装を身に着けている。
『…おい、ゲキガンガーの次はなんだ?』
「ふ、正義の味方は正体をあかしたりしないものさ」
『ガイさんファイト!!』
絶妙のタイミングでメグミのウィンドウが開く。
「通信回線開きました。全回線とも問題ありません!」
「…それはいいけどメグちゃんなにその格好?」
そう言ったミナトにならってメグミに視線を向けるブリッジ一同。
メグミの衣装は白を基調とした派手なもので背中にはなにやら羽が生えている。
「あ、デパートの屋上でスカウトされちゃいまして。ガイさんと一緒に臨時のアルバイトを少し」
「ところでテンカワはどうしたんだい?」
エステバリスの出撃が終わった所でジュンが言った。ブリッジ要員では一番最後の到着である。
「うん、ちょっとね。ところでジュン君こそどうしたの?」
「え?」
「その格好。お正月には早いよね?」
「聞かないで…」
紋付き袴姿でるるると涙を流すジュン。
断りきれずお見合いをしていた最中の招集であった。
「てきのじょうほうぶんせきおわった」
ラピスがそう言うとルリが引き継いで説明を始める。
「ネルガル重工横須賀研究所内から出現した敵は3体。大型の人型機動兵器です。研究所を破壊した後、連合軍と交戦、これを撃退し、現在は二足歩行で横須賀市内を移動中。目標は横須賀港方面、つまりこっちに向かっていると思われます」
「れんごうぐんからのえいぞう」
ラピスが3体の映像を表示する。
『おお』
一様に驚きの声をもらす一同。
「えー嘘!」
メグミはあんぐりと口を開けている。
「詳細は不明ですが、敵はヤマダさんの好きなゲキガンガーに似ています」
「でーただす」
「エネルギー反応数値から敵はいずれも小型の相転移炉を内蔵している模様。高出力のディストーションフィールドとグラビティブラストを装備しています」
「連合軍の残存兵力、一時後退とのことです」
「守備隊レベルでは対処できないということですな」
メグミの報告にうなずくプロスペクター。
「戦力を整えてから反撃に転じるということでしょうね…どうするユリカ?」
ジュンが聞いた。
ちなみに例によってブリッジの上部ブロックは一名要員が少ないのだが誰も気づいていない。当の本人は極東艦隊の司令部にいたので間に合わなかったのである。
「ナデシコはエネルギーラインぎりぎりで待機、敵の相手はエステバリスに任せます」
「そりゃ市街地にグラビティブラスト撃つわけにはいかないわよね〜」
「アカツキさん部隊指揮をお願いします。ただし、無理はしないで下さい」
『了解。ところでテンカワ君は?』
「ちょっと野暮用です」
そういってにっこり笑うユリカ。
『は?なんだいそりゃ?』
『来たぞロンゲ!』
『おっとっと、じゃいこうか』
「まっぷだす」
ラピスが戦場の簡易マップを表示する。大きな三角形のマーキング3つを半包囲するように小さな三角形のマーキング6つが散開して接近していく。
「ラピスは引き続き敵機動兵器のデータを収集しつつエネルギー出力の状態を観測して」
「わかった」
「ルリちゃんは敵の行動パターンを解析。結果を順次アカツキさんに」
「了解」
「さぁいこうかみんな」
アカツキの砲戦フレームがミサイルを一斉射した。
それを回避しようとしたテツジンの側面にリョーコ機が回り込む。
「へん!図体がでかいだけあって動きがトロイぜ!!」
すかさずライフルの連射を浴びせる。ディストーションフィールドに防がれたものの動きがとまる。
「反対側からごめんなさーい!!」
リョーコ機の反対側に回ったヒカル機が同じくライフルを連射する。普段自機より小さいバッタやジョロにあてているだけあって、圧倒的に大きなテツジンは外しようが無い。
「中トロ、一皿握らせて頂きます」
イズミ機が三方から囲むように正面に立ちふさがりライフルの十字砲火ならぬY字砲火を開始する。
「おっしゃあとどめはおれが!!」
ガイ機が頭上に飛びあがった所で突如テツジンが光を放ち始める。
「なんだぁ!?」
正確にはテツジンの周囲の空間が発光しているのだが。
「ぼーすりゅうしたいりょうはっせいかくにん」
「なんだって!?」
「まさか!」
「…ボソンジャンプですか?」
驚くジュンとゴートの隣でプロスペクターが眼鏡を持ち上げた。
フィン
突如包囲下から消えるテツジン。
同時にアカツキ機とイツキ機の背後の空間が発光する。
「散開!!」
急発進するアカツキ機に一歩遅れてイツキ機が続く。
直後、現れたテツジンのビームが二機がいた地点をなぎはらう。
「瞬間移動か!?」
「すごーい!」
「感心してる場合か!……!!」
後続のマジンとデンジンの攻撃を受けて散開する各機。
「だが、動きは遅い!」
回避しつつ攻撃を反撃するイズミ機。だが、直後に二機は光に包まれると左と右に瞬間移動し攻撃を続ける。
「なんなんだよありゃ!!」
ピコン
ウィンドウに真剣な表情のユリカが現れる。
『以後、敵機への必要以上の接近、格闘戦を禁じます。中距離戦に専念して下さい』
「了解。わかったかい?ヤマダ君リョーコ君、ここはじっと我慢の子だよ」
「「おーす」」
「はい。お望みの品よ」
エリナは持って来たアタッシュケースを差し出した。アキトは無言で受け取ると中身を改める。
「無駄遣いしないでちょうだいね」
「ふっ」
アキトは軽く口元を歪めると戦場に目を戻した。それ以上会話するつもりはないらしい。仕方がないのでエリナはイネスに話し掛ける。
「あんな大きなものと一緒になんて本当に可能なの?」
「大丈夫よ。彼は経験者だから」
まったく心配している様子のないイネス。
「ならいいけど…」
フォォォォーン!!
マジンの胸からグラビティブラストが放たれる。
「だから遅いっての!!」
ジャンプしてかわすリョーコ機。
「宝の持ち腐れだね〜」
つぶやきつつマジンの背後に回り込み攻撃を加えるヒカル機。
すぐに敵が光を放ち始めるが慌てずその場から離脱する。
「あ、よいしょっと」
直後に現れたマジンの攻撃は誰もいない空間をなぎ払う。
「ルリ君、ラピス君そろそろいいかい」
後方で様子見していたアカツキが聞いた。
『できた』
『ジャンプパターンプログラム転送します。二者択一くらいまで追い込んでくれれば次の出現位置は完全に予測可能です』
「オーケー、じゃみんなそろそろ反撃といこうか?」
「「「「おっしゃあ!!」」」」
「あ、はい!」
息の合った応答に一歩遅れてイツキが続けた。
「ヤマダ君、リョーコ君、一体ずつ面倒を頼むよ。なるべく引き離して」
「「了解!」」
「イズミ君ヒカル君残りの一機の上空から牽制して誘導を」
「「了解」」
「で、次の敵の移動予想先2箇所に向かって君と僕の砲戦フレームで狙いをつける。ラピス君が当たりの方角を連絡してくれるからそこに向かって4人で集中攻撃、いいかい?」
「了解です!それから…名前はイツキ・カザマです!」
「オーケー、イツキ君。じゃあいくよ」
「出番はないかもしれないわね」
風に白衣をはためかせながら立っているイネス。
はるか遠くの方でテツジンが集中砲火を浴びている。
「それならそれでいい」
トランクを右手にしたまま微動だにしない黒衣のアキト。
「気になるのは出て来たジンタイプが3体ということね。テツジンには白鳥君、マジンには月臣君が乗っているとしてデンジンには誰が乗っているのかしら?」
「秋山という可能性は低いな」
「そうね。ま、先がわからないから人生はおもしろいのかもしれないけど」
「…気楽だな、あんたは」
「あなたが深刻すぎるからバランスを取っているのよ。ま、これは本来ユリカさんの役目だけど、とりあえずは臨時代理ということね」
「…はぁ、いくら先の事がわかるからってあなたたち落ち着きすぎよ」
やれやれといった様子で言うエリナ。とはいえ二人の空気が伝染したのかエリナもいつもの冷静な自分に立ち戻っている。
「…彼女は」
「どうやら無事の様ね、あの新入りさん」
「………」
のんきに眺めている間にデンジンとテツジンが行動不能に追い込まれ、残るマジンタイプも集結し戦力を増加させたエステバリス隊に袋叩きにあっている。
「関節狙って、そいそいそい!」
「右の膝を撃たれたら左の膝を差し出しなさい」
正確に正確に膝の裏側にライフル弾を撃ち込んでいくヒカルとイズミ。もとより装甲が厚く高出力のディストーションフィールドも備えているジンタイプだがその運動エネルギーを殺すことはできず膝が曲がる。
「んで膝が砕けたら」
「頭をどついてやるぜ偽者野郎!!」
体勢が崩れた所で頭を正面からどつく(といっても格闘戦は禁じられているのでライフル弾を撃ち込んでいるのだが)リョーコとガイ。
ものの見事に後ろのビルを巻き込んで転倒するマジン。
「じゃ、仕上げといこうか」
「了解です!」
アカツキとイツキはミサイルを一斉発射した後キャノン砲の連続射撃を開始した。
「そろそろかしらね…ナデシコ聞こえる?」
『こちらナデシコ…あれイネスさん?今どこ…』
応答するメグミの質問を遮るイネス。
「敵の状況をリアルタイムで報告してくれるかしら?特に相転移炉の出力に注意して」
『あ、えーと………あ、はいわかりました艦長。イネスさん、そちらのコミュニケにデータを転送します』
「ありがとう」
イネスは早速ウィンドウを開く。
「あらあら月臣君も気が早いわね」
ウィンドウの中でマジンのエネルギー反応が急速に高まっていく。
「なに?」
「たいしたことじゃないわ。相転移炉を暴走させ始めただけ」
「それって………まさか自爆!?」
「若いな…俺が言えた台詞でもないか」
エステバリスがマジンのそばから離脱していく。
「小さいって言っても相転移炉が臨界を越えたら横須賀くらいはなくなるかもしれないわね」
「撃ち方止め。エステバリス各機離脱して下さい」
「え?はい!ナデシコよりエステバリス各機へ!攻撃中止、ただちにその場から離脱して下さい!」
ユリカの指示に気づいたメグミが慌てて伝達する。
ウィンドウ上では間髪入れずにエステバリスが離れていく様子が表示される。いちいち理由を聞いたりしない所はさすがである。
「…いってくる」
「今度はいつに跳ぶのか興味あるわね」
「………」
本当に興味がありそうなイネスの顔を無視してジャンプフィールドを展開するとアキトはジャンプした。
「敵機動兵器表面にボース粒子反応………アキトさん!?」
思わず叫ぶルリ。
同時に拡大画像のウィンドウが表示される。
「アキト!?」
「テンカワだって!?」
「ちょっとアキト君なんであんな所に!」
「こちらナデシコ!アキトさん応答して下さい!」
途端に騒然となるブリッジ。
一方のアキトは落ち着いてマジンの上を歩いていた。
「この辺でいいか…」
呟くとトランクを開け中身…大量のCCを周囲へぶちまけた。
落ち着いた様子のアキトを見て眼鏡を直すプロスペクター。
「…艦長も人が悪いですな」
「そうですか?」
無論、ユリカはまったく動じていない。
「アキトさんの周囲にボース粒子反応多数!」
「かくすうちはてきのしゅんかんいどうじといっしょ!」
アキトを中心にマジンを包み込むように発光現象が始まる。
「ルリちゃん、ラピス慌てなくてもいいよ」
「艦長!?」
「ユリカ?」
「アキトは大丈夫だから」
「ですが…」
「………」
じっとユリカを見つめるラピス。その視線を正面から受け止めるユリカ。ややあってラピスがうなずいた。
「わかった。ユリカがいうならしんじる」
「…ラピス」
「ルリはユリカとアキトをしんじないの?」
「…私?」
「そう、ルリ」
同じ金色の瞳で見詰め合う二人とその様子を見守るブリッジ一同。そこへユリカの声が割り込んだ。
「それよりルリちゃん、やっとアキトのことアキトさんって呼んでくれたね?」
「え、…あ」
思わず口篭もるルリ。
「………」
その二人を見て自分が笑顔を浮かべていることにラピスは気づいていなかった。
『こちらテンカワ』
アキトのバイザー顔が表示される。
「ねぇねぇ聞いてアキト!ルリちゃんがね…」
『………後にしろ』
すかさず叫ぶユリカに冷静に返すアキト。
「ぶー」
『とりあえず場所は前と同じになるようにしてみる。後の事は任せた』
一同にはまったくわからない会話だがユリカにはわかっているらしいのでとりあえず黙って二人の会話を聞いている。
「気をつけてねアキト」
『…そっちの方が心配だ。じゃあ』
「ボース粒子及び敵機動兵器の反応消失」
「…アキトもいない」
ユリカは麦藁帽子を取ると艦長帽をかぶり命令を発した。
「エステバリス各機で敵機動兵器を回収、その後ドックへ帰還して下さい。事後処理は連合軍にお願いします」
「ルーリちゃん」
「ひゃっ!」
いきなり後ろから声をかけられて驚くルリ。
振り返ると麦藁帽子を被り直したユリカが立っていた。その横にはラピスもいる。
「いつまで座ってるの?」
そう言われてブリッジを見回すともう3人以外誰も残っていない。
(…そうでした。もうナデシコはドックへ戻っていました)
「お仕事したらお腹すいちゃったね。食堂へいこっか?」
「あ、私、別に…」
「いいからいいから」
そう言ってルリの手を引っ張っていくユリカ。反対側の手は当然のようにラピスがつないでいる。
「おや、おでましかい?」
3人を見てカウンターのホウメイが言った。
「はい!チャーハンセット3人前大盛りで!」
「聞こえたかい?」
後ろへ向かって声をかけるホウメイ。
「ええ、すぐに作りますよ」
「へ?」
ひょっこり顔を出した人物を見て呆気に取られるルリ。
「アキト…さん?」
「アキト?」
訳が分からない二人をよそにユリカは水を汲んでいる。
「なにが…どうなって…いるん…ですか?」
「んーまぁそのうちね」
ルリの質問に困った顔をするアキト。
「ホウメイ?」
ラピスがホウメイの顔を見る。
「ん?テンカワかい?朝からずっとここにいたけどね。戦闘中だってのにどうしても行かないって言い張って。ま、艦長の許可はもらってるって話だったから」
「「????????」」
「まぁまぁ考えるのはあとあと」
完全に途方に暮れている二人を座らせるユリカ。
「アキトー急いでね!」
「へいへい」
「何よその気のない返事!ユリカはナデシコの艦長さんなんだよ!」
「生憎食堂じゃコックが一番偉いんだよ」
「ぷんぷーん!!」
「「………」」
そのまま続く二人の会話を聞いているうちにとりあえずどうでもいいやという気がしてくるルリ。
そこで何気なくラピスが呟いた。
「ルリ、アキトのこと、アキトさんってよぶようになったんだね」
「へ?」
はた、と固まるルリ。
「あ」
ユリカがぽん、と手を打つ。
「はっ…艦長!」
「アキトー!!ねぇ聞いて聞いて!!」
『夢が明日を呼んでいる〜』
「誰だゲキガンガーなんか歌ってやがんのは?ヤマダか?」
作業の手を止めてウリバタケが整備員達に聞いた。
「違いますよ。こいつの中から聞こえてるんすよ」
「あん?馬鹿言え、なんでこの中から…」
その時、ハッチが開いた。
『レッツゴーゲキガンガー3!』
わいわい騒いでいる二人をよそにラピスが呟く。
「ルリのかわり。………かんべんして」