機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に
『いい?なるべく状況を過去と同じようにしたい場合は何もせず何も考えずジャンプすることよ』
プシュー
ハッチが開くと同時に内部の空気が流出する。
「………ま、心配はしていなかったが」
気を失っているらしい長髪の男を見て安堵するアキト。
ヘルメットをかぶせた男を肩に担ぎ上げるとハッチを強く蹴った。既に重力が低いのは確認している。急を要するのは確かだがそれでもある程度落ち着いて精神を集中したかった。
(イメージ、イメージっと)
アキトと男の周囲が光を放ち始める。
(…やれやれ、ディストーションフィールドがなければ凍死する所だった。まぁ酸欠死の方が早いか?)
少し準備が足りなかったと考える。酸素ボンベとヘルメットを用意するだけでは不十分だ。
(…まぁいい)
「…ジャンプ」
地平線の向こうに地球が見えた所でアキトはジャンプする。
直後、マジンが大爆発を起こした。
「…さて、今はいつだ?」
ヘルメットとボンベを外すとアキトは星空を見上げて呟いた。
辺りの草むらからは虫の声が聞こえ、それに混じって長髪の男…言わずと知れた月臣元一朗の寝息が聞こえていた。
第12話 『あなたはいったい誰ですか?』
<格納庫内>
「…つまりこういう事ね。この兵器はパイロットが乗って操縦する類の兵器であり、そのパイロットがあたしのナデシコの中に隠れている」
「まぁそう考えるのが妥当だろうな」
ムネタケの言葉に同意するウリバタケ。
敵ロボット…テツジンのハッチが開かれた時にちょうどムネタケが帰投し騒ぎになった所である。
「もう一体の方も同じ様だから、計2名の侵入者がナデシコに潜入していることになりますね」
ユリカが当直から外れていたので代わりに来たジュンがハッチの開いたもう一体…デンジンを見て厳しい表情で言った。
「ただちに艦内に警報を発し、侵入者への警戒を…」
「お待ち!」
ジュンの言葉を遮るムネタケ。
「提督?」
「これは大変なことなのよ!あの木星蜥蜴が機械じゃなくて、それを動かすものがいたってことになったら大騒ぎだわ!」
「それはそうです」
何を当たり前のことを、といった顔をするジュン。
「いい!?この事はたった今から最高機密よ!この場にいる人間以外には決してしゃべっちゃ駄目!」
「侵入者を放置するおつもりですか!?」
「当然、捕まえるわよ…あんたたち!」
そういって向き直るムネタケ。大きなレンチで自分の肩を叩いているウリバタケの背後に整備班一同が控えている。
「おいおい、おれたちゃただのメカニックだぜ。そんな仕事は専門外だ」
「おだまんなさい!これは提督の命令よ!ナデシコで一番偉いこのあたしの命令なの!」
やれやれと肩をすくめるウリバタケ。
「しゃーねぇなぁ。ま、たしかにほっとくわけにはいかねぇ。俺達の船は俺達で守る!行くぞ野郎共!!」
「「「「「「おーっ!!」」」」」」
「はぁ」
意気揚々と腕を突き上げる整備班をよそにため息をもらすジュン。
<ガイの部屋>
「おいこらてめぇら!こりゃなんのまねだ!!」
簀巻きにされたガイが抗議する。10人がかりで取り抑えられた所である。
「すまねぇなヤマダ。非常事態だ。悪いがおめぇの大事なゲキガンガーグッズを借りていくぜ」
「俺の名前はダイゴウ…フガフガフガ!!」
猿轡を噛まされるガイ。
「よぉし、コックピットの様子から見て侵入者はかなりのゲキガンガーマニアに間違いない。このヤマダのコレクションをまいておびき寄せた所でお縄にする!」
『おーっ!!』
「むぐーーーっ!!」
<ナデシコ食堂>
「…というわけなんだ。ユリカにはこれから話に行く」
カウンターで玉露を飲みながらジュンが説明を終えた。アキトは茶菓子の載っていた皿を下げる。
「そりゃ構わないけど、ユリカならルリちゃんとラピスを連れて風呂に行くって言ってたから当分無理じゃないか?」
「………」
無言で拳を握り締め、心情を表現しているジュン。
「…まぁ正確には女性陣が大挙してサウナに向かったらしいけどね…なんだかんだいって集団行動してるな、みんな」
「…違いない」
ずずず、と茶をすするジュン。
「とりあえず乗組員の安全は確保する必要がある。悪いがテンカワもそれとなく艦内を巡回してくれないかい?」
「セイヤさん達が捕獲作戦をやってるんだろ?」
「あれでかい?」
入り口から見える通路には一定距離でゲキガンガーのシールがまかれている。
「…………」
(…あ、でも意外と白鳥さんなら引っ掛ったりなんかして)
「で、みんなどさくさ紛れで忘れているけど…君はどうなったんだ?いや、違うな…どうやったんだ?」
「なにが?」
「自爆しようとした敵ロボットと一緒に消えただろう?あれもおそらくボソンジャンプだろう。そして状況から鑑みてあれを引き起こしたのはテンカワ、君だ」
「…鋭いな」
笑みを浮かべるアキト。それは黒装束の時に浮かべる笑みと同種のものだ。
「みんなのんきなだけだよ」
やれやれと肩をすくめるジュン。
「お前が無事だったっていうだけで途中経過はどうでもいいらしい。ま、それはこの艦のいい所でもあるけどね」
「苦労性だな、ジュンは」
「性分だしね」
「まぁ、種明かしはそのうちってことで」
アキトは口を濁した。ジュンもそれ以上追求はしない。
「期待しないで待ってるよ。ごちそうさま。じゃ、行くか…ホウメイさん、悪いけどテンカワを借りていくよ」
「できたら忙しくなる前に返しとくれよ」
厨房からホウメイの返事が返ってきた。
チャキ
食堂を出た所で銃を再点検するジュン。
「僕はブリッジに残っている。なにかあったり侵入者を発見したら連絡をくれ」
「そん時は取り押さえて連れてくよ」
「ん?……テンカワもしかして勘違いしていないかい?侵入者は2名と推定されている。一人捕まえたからって油断しないでくれよ?」
「………」
(…またやっちゃう所だった)
「悪い。…わかった、見つけたら連絡する」
「ああ、気を付けて」
<サウナルーム>
「あの…艦長」
熱っぽい声でルリが言った。
「なーにルリちゃん?」
同じく熱っぽい声で答えるユリカ。
「お聞きしたいことがあるんですが…」
「うん。わかってるよ。前に約束したもんね。でも…」
「はい」
「この状態じゃあちょっと…」
サウナの蒸気で汗を流しながしていたユリカは、両隣の同じく汗を流している少女、さらにその両側にずらりと並ぶ女性陣を見渡して言った。
「…ですね」
うなずくルリ。
「私も聞いておきたいことがあるわ」
ラピスの隣に座っているエリナが口を開く。
「火星に行くという目的は達成された。どんな結果だったとしてもね。今後、あなたはナデシコで何をするつもり?このまま軍の一部としてこき使われるだけで構わないの?」
なにやらストレスがたまっていそうな顔で一気にしゃべる。結局、業務の半分以上を残して月へ向かわなければならなくなったせいだろう。
これは軍とネルガル上層部がそれぞれ別の意図に基づいて決定した内容であり、アカツキも了承しているためエリナとしては従う他はない。
「エリナさん、それもちょっとこの状況では喋れないような…」
「そんなことわかってるわよ!」
「じゃあ聞かなきゃいいじゃない」
ルリの隣に座っているミナトが呟くとキッときつい視線を向けるエリナ。
「ほんとのことでしょ?」
肩をすくめるミナト。
「まぁその二つの質問はともかくとしても、ナデシコの艦長としてこの先どうするのかある程度の方針は話しておくべきじゃないかしら?」
『うわっ!!』
いきなりユリカとラピスの間に現れたイネスが言った。みんなが迷惑そうに両側に移動し十分なスペースが確保されると足を組んで話を続ける。
「別にユリカさんが何を考えているかその全てを話す義務はないし聞く権利もない。でもユリカさんはナデシコの艦長として乗組員にそれなりに納得いく方針を示す義務はあるはずよ」
「…イネスさん他人事だと思って」
「だって他人事ですもの」
『パタン』
のぼせたルリとラピスがユリカとイネスの膝に同時に倒れ込んだ。
<脱衣場>
パタパタパタパタ
ルリとラピスを団扇で扇いでいるバスタオル姿のミナトとユリカ。
「私は、私がミスマル家の娘としてではなくてミスマル・ユリカという一個人でいられるここで、このナデシコで、求められる限り私にできる限りのことをしていこう。昔、思っていたことはそれでした」
同じくバスタオル姿で、めいめいポーズをつけながら(片手は腰に当てて)フルーツ牛乳を飲みつつユリカの話を聞いている一同。
「じゃあ今は違うの?」
腕組みして聞くエリナ。
「一応、違います」
「一応?」
「今の私には艦長として、という方針がありません」
「はぁ?」
「ですから、ある意味、今の私はただ流されながらその時々の状況に対応しているだけといっても過言ではありません」
「ちょっと!」
「それはナデシコの艦長である前に一人の人間であるミスマル・ユリカとしての方針が定まっていないからです」
「それはどうしてかしら?」
わかった上で聞くイネス。
「今の私はアキトと一緒にいることが一番大切なことだからです。…だから、ミスマル・ユリカの方針なんてものはありません。あるとすれば、私とアキト、二人の方針、それだけです」
「艦長も言う言う」
笑みを浮かべて言うミナト。ユリカも笑みを返す。
「私たち二人の方針が決まらない限り、ナデシコの艦長の方針も決まりません。艦長として失格だといわれるかもしれません」
「当然でしょ」
苦虫をかみつぶしたような顔のエリナが言う。
「でも仕方ありません。ナデシコの艦長だということは私にとってとても大事なことです。でもアキトと一緒にいるということの方がもっともっと大切なことなんです」
「すごいですね艦長。私、お芝居じゃなかったらそんな台詞とても言えません」
フルーツ牛乳を飲み終わったメグミがうんうんと頷く。
「そっかな?本当に大切なことがわかったら結構人生って簡単に見えてくるよ?」
ユリカは笑顔で言う。
「ま、わかりやすいっちゃ、わかりやすいな」
瓶を置いてリョーコが言った。
「私感動しました!!」
そういってユリカのそばによるイツキ。
「これだけのことを堂々と言ってのけることができるってとてもすごいことだと思います!それだけで艦長は充分に艦長にふさわしい人だと思います!!」
ひしっとユリカの手を握るイツキ。
「うふふ、ありがとうカザマさん」
「私のことはイツキで結構です!」
「あらら、イツキちゃんて感動屋なんだね」
「みてぇだな」
ヒカルの言葉に頷くリョーコ。
「かんちょーのことばにかんちょー…むむ」
出来がいまいちだったらしくうなるイズミ。
「でも、そんなことではネルガルとしてはあなたに艦長を任せるわけにはいかないわ!」
仁王立ちで宣言するエリナ。
「安心して下さい」
「は?」
「流されてはいますけどやることはやります」
「やるって?」
「もちろん、戦争を終わらせて平和をこの手につかむんです」
ぐっと拳を握って断言するユリカ。
「………」
「勝負あったようね」
絶句するエリナを見てイネスが判定を下した。
<女湯入り口前>
「おおお、これは…」
「ちょっと班長一人占めなんてなしですよ」
「わかってるもうちょっとしたら変わってやる」
「くーまるで生殺しっす」
銭湯、もとい大浴場の女湯前で扉に群がっているウリバタケ以下整備班一同。
ちょんちょん
「わかってるそう急かすな」
背中をつつく指を払いのけるウリバタケ。
「おい、わりこむ………」
「あ………」
振り返った整備員達が凍り付くがそれには気づかないウリバタケ。
「くぅーこの見えそうで見えない所が…」
ちょんちょん
「なんだ!今忙しいん……!?」
振り返ったウリバタケが凍り付く。
「………………」
無言で立っている黒装束のアキト。
「よ、ようテンカワ」
「………………」
無言で立っている黒装束のアキト。
「き、奇遇だな。こんな所で」
「………………」
無言で立っている黒装束のアキト。
「その格好ってことはお前も捜索に加わるのか?」
「………………」
無言で立っている黒装束のアキト。
「………………」
「………………」
無言で立っている黒装束のアキト。
「………………」
「………………」
「………手加減はしろよ」
「わかった」
寛容にうなずくアキト。
「あれ、アキトどうしたの?」
ルリをおんぶして通路に出た途端ユリカは目を丸くした。
「アキト…さん?」
まだぼーっとしているルリが背中でつぶやく。
「…何でもない」
そう言いながら床に伸びた整備員達をどかして女性陣の通路を確保するアキト。
「それよりジュンから伝言だ。どうもナデシコに侵入者がいるらしい」
「へ…」
「なんですって!?」
へぇーっと気の抜けた返事をしようとしたユリカだったがエリナの大声にかき消された。
<ガイの部屋>
『ロクロウ兄さんを殺さないで!』
「ふ、俺様を甘く見るなよ、ふぐふぐ」
リモコンを口で咥えているガイ。猿轡をかみ切って床をはい、リモコンを口で操作してゲキガンガーを見ているのである。もっとも簀巻き状態なのでかなり首に負担がかかっているのだが。
ガタガタガタ
「ん?」
何やら天井が揺れている。
「そういやそろそろ大気圏…どわぁ!!」
簀巻きのまま転がって仰向けになったところで天井から何かが落下して来た。
「なんの!」
すばやく転がって難を逃れるガイ。見事な体さばきである。
「ふっ見たか!このガイ様に不意打ち…がっ!」
勢い余って後頭部を壁にぶつけたガイ。
「こ、これは幻の第13話『聖夜の悲劇!サタン・クロックM!!』!!」
なにやら遠くから声が聞こえるような気がする。
プシュー
「ガーイさん。またゲキガンガー見てるんですか〜…って?」
ガイの部屋に入った途端凍り付くメグミ。
「え、あ、え?」
何やらコスチュームを着てモニターにかじりつくようにしてゲキガンガーを見ているガイ。そして簀巻きになって壁際で目を回しているガイ。壁際のガイの方がガイのような気もするが、あんなコスプレをする人間がガイの他にもいるとは思えないし…
プシュー
「メグちゃんまだー?そろそろ…え?」
外でメグミを待っていたミナトも入って来るなり目を丸くする。
「うーん、ん?あれ、メグミ?」
壁際でやっと意識を回復したガイ。
「はっ!?」
そこでやっと周囲に気づいたらしいモニター前のガイ。
ぴしっと背筋を伸ばすと敬礼する。
「失礼しました!自分は木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体、突撃宇宙優人部隊所属少佐、白鳥九十九であります!!」
<ブリッジ>
「ちょっと離しなさい!」
「まぁまぁ提督お静かに」
「あたしはこのナデシコで一番偉いのよ!」
「だからこそ安全な場所に隠れていて頂こう」
なにやらわめいているムネタケの両脇を持ち上げて連行していくプロスペクターとゴート。
『…というわけで艦内に侵入者がいると思われますのでみなさん注意して下さい、以上。では、引き続き日常業務を続けて下さい』
ピコン
「ちょっと艦長それでいいの!?」
放送が終わるなりユリカにかみつくエリナ。
「なにか問題でも?」
「あのね、非常警戒態勢とか艦内の捜索とか!」
「まぁ、今は大気圏を脱出している途中ですし、月まではおとなしくしてるんじゃないかなって思いまして」
「そういう問題じゃないでしょ!」
まったくである。
「あ、そういえば私非番だったんだ」
ぽん、と手を打つユリカ。
「艦長!!」
「まあまあエリナさん」
戻って来たプロスペクターがエリナをなだめる。
「あなたまでなに!?」
「つまり窮鼠猫をかむという奴ですな」
「?」
いきなり話が飛んだので頭がついていかないエリナ。
「…下手に追いつめると逆効果ということです。もともとナデシコの乗組員の大半は白兵戦の訓練を受けていませんですから」
「…とりあえず今は油断させておこうって事?」
「ま、そんなところですか艦長?」
頬に指を当てて少し考え込むユリカ。
「んー、とりあえずそういう事にしておきましょう」
<ガイの部屋>
「馬鹿な!ドラゴンガンガーだと!?そんな至高の合体が!」
「ふ、まだまだ甘ぇな。そんなこっちゃ真のゲキガンガーファンとは言えねぇぜ」
「くっ、一生の不覚!私はなんと未熟者だったのだ!!」
「すんだことは気にすんな、知らなきゃこれから知ればいいのさ。さぁ一緒に見ようぜ!レッツ!!」
「「ゲキガイン!」」
がっしと腕をぶつけ合うガイと九十九。
「「はっはっはっは!!」」
実に楽しそうに笑っている二人。
「…なーんかもりあがってるわね」
「…そーですね」
体操座りで男二人を後ろから眺めるミナトとメグミ。
「でも似てるね」
「ほんとそっくりですね」
<ナデシコ食堂>
ガサガサガサ
(…ここはどうやら厨房のようだな)
ぐきゅるきゅる
自分の腹の音を聞いて男はなんとも情けないといった表情を浮かべた。
(…情けない。この程度の生理現象すら制御できないとは)
辺りに人の気配はない…いや、奥に一人。
(九十九の行方も分からない状態では危険は冒せないが…)
「ん?」
奥で本を読んでいたホウメイは何かの気配に気づいた。
そのまま静かに厨房に向かう。
「………」
真っ暗な厨房の中で誰かがじっと気配をうかがっている。
(やれやれ、まさかあたしがこんなものに気付いちまうとはね)
思わぬ能力があったことは嬉しいやら悲しいやら…
さて、ナデシコの乗組員ではない。なんというか行動パターンが違う。ナデシコのクルーならつまみ食いをするにしてももっと…
(見つかったら、慌てて逃げ出そうとして失敗するぐらいがここの連中にはぴったりだからねぇ…ん?)
気配がゆっくりと移動するのに気付いたホウメイは決断をした。
「…お待ち」
気配がぴくりと止まる。どうやら言葉は通じるようだ。同時に辺りの空気が張り詰めていく。
「…別にどうこうしようってんじゃないよ」
「?」
「…左側のテーブル。そろそろちょうどいいくらいに冷めた所だよ」
「どういう…ことだ?」
「あたしも料理人のはしくれだ。変なものを客に出すことは絶対にしない。今、出せるのはそれだけだ」
「………」
「…武士の情だ。もっていきな」
「………」
「………」
「………かたじけない」
テーブルでかすかに音がしたかと思うと気配は遠ざかっていった。
「…ふぅ」
一つ息を吐いて緊張を解くホウメイ。
(…それにしても)
「誰かに似てたね?」
<艦内通路>
洗濯物を満載したカーゴを押しているミナトとメグミ。先頭には護衛役のガイが歩いている。
「いいんですかミナトさん?こんなことして…」
「しー、誰が聞いているかわからないでしょ?」
ちなみに洗濯物の中には女物の下着に包まれて卒倒しかかっている九十九が隠れている。
「いいのよ。それに突き出すのってなんか嫌な感じするし…第一、悪い人とは思えないもの」
「あ、それ私も思います」
「当然だ、ゲキガンガーを愛するものに悪人は…おっと。なんだゴートの旦那じゃねぇか」
ずい、と一行の前に立ちふさがるスーツ姿のゴート。どうやら巡回中だった様だ。
「何をしている?艦長があらためて出した警戒の指示を聞かなかったのか?」
「だから手の空いているパイロットの俺がかよわい女性のボディガードをしてるんだろうが」
「洗濯など今でなくてもできるだろう。いま、艦内中を…」
「なーんかやな感じ。みんなで追い立ててさ。まるで弱いものいじめ」
「ミナトさん」
「状況を考えろと言っている」
「今度は命令?権力を傘に着た男って最て…」
ミナトがそこまで言った所でばっと洗濯物が宙に舞った。
「貴様!婦女子は国の宝ぞ!!もっと大切にせんか!!」
チャキ、と銃をゴートに向ける九十九。
あっちゃーという顔をしているメグミとミナト。
<会議室>
「というわけで、現段階で得られた調査データから判断して、彼を我々と同じ人類と断定します」
列挙したデータを説明し終えたイネスが結論を述べた。
メインクルーが集まった会議室。手錠をかけられた九十九が前に立っている。
ちなみにムネタケは未だ軟禁、もとい保護中であり、アキトもこの場にはいない。
「彼の逃亡を助けようとした三人の処分は?」
エリナが問うとユリカがいつもの口調で答える。
「まぁ、今の所損害もありませんしおとがめなしということで…」
「ちょっと艦長!」
「ナデシコは戦艦です。艦内で起きたことに対する司法権限は全て艦長の私が有します。また、ナデシコは軍属ではありますが軍艦ではありません。したがって、軍法も適用されません。加えてネルガルの社則に今回の様な事態に対応する項目がない以上、艦長の独断で処分の決定を行えます。違いますか?」
急に真面目な口調になったユリカに気圧されるエリナ。
「ち、違わないわ」
エリナが答えるとユリカはあっさりいつもの口調に戻る。
「じゃ、そういうことで。…白鳥さん」
「気軽に人の名前を呼ばないでもらおうか、この極悪非道の地球人め」
険しい表情でユリカをにらむ九十九。
「はじめまして、私がナデシコ艦長のミスマルユリカです、ぶいっ!」
びしっとVサインをつきつけるユリカ。
『………』
沈黙する九十九ならびに一同。
「…あれ、受けなかったのかな?」
「……ぷっ」
吹き出す九十九。
「くくくく…はははは」
こらえきれず笑い出した九十九の顔からは険しい表情が消えている。
「あ、受けてる受けてる」
嬉しそうに言うユリカ。
「はは…変わったお人だ」
九十九はさっぱりとした笑顔を浮かべると言った。
「ありがとうございます」
こちらもにっこりと笑うユリカ。
九十九は表情を改めると手錠をしたまま敬礼をする。
「失礼しました。自分は木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体、突撃宇宙優人部隊所属少佐、白鳥九十九であります。武運つたなく貴艦の捕虜とはなりましたが、味方を裏切るような取り引きに応じるつもりはありません。この上は煮るなり焼くなり御存分になさって下さい」
「わかりました。ではお言葉に甘えて」
「ちょっと艦長!」
ミナトが声を上げるが構わず続けるユリカ。
「本艦は白鳥少佐を捕虜として拘留します。その扱いは連合軍法に記載されている捕虜に関する条項を厳守するものとし、一切の拷問・虐待行為を禁止し、白鳥少佐の基本的人権を擁護することをここに宣言します。これに反するものは艦長の名において厳重に処罰を行います」
「………御厚意に感謝します」
静かに首肯する九十九。
ユリカはうなずくと全乗組員に徹底するように指示を出した。
<艦内通路>
九十九の件に関する内容は艦内放送で流されたため男も聞く事ができた。
(さて…どこまで信じられるか)
倉庫から艦内要員の制服を盗み出した男は、涼しい顔をして艦内の端末をいじっている。木連のシステムとは勝手が違うのだがどういうわけか彼には使い方がわかった。だったら理由はどうでもいい。使えるものは使うだけだ。
(ここが会議室で、営倉がここなら移動ルートは…)
「!?」
通路の向こうをライフルを構えた乗組員が数人通り過ぎていった。こちらを見たような気がしたがどうやら乗組員だと思ったらしい。
(やれやれ、助かったが…甘い警備だな)
<会議室>
「じゃ、白鳥さんは検査の続き…ああ、健康面の検査ね。未知の病原体とか保有していたらいけないでしょ」
イネスは心配そうな顔の何人かに言った。
「そういう訳だから医務室に連れていって…そうね、パイロットの誰か」
「じゃ、僕が」
片手をあげるアカツキ。
「そうね。ヤマダ君じゃまた逃しちゃうし」
「俺はダイゴウジ・ガイ…」
ぼそぼそと言いつつ、ミナトとメグミと一緒に一足先に出ていくガイ。
「それじゃ白鳥さんまた今度」
「? はっ」
首をかしげながらもユリカに敬礼を返す九十九。
「はい行った行った」
アカツキがその後ろから銃を構えて追い立てて行く。
プシュー。
「さて、どうなるかしら?」
会議室に残ったイネスが言った。
「こればかりは白鳥さんの運次第じゃないかと思います」
「そんなに運がいいとも思えないけど……アキト君は?姿を見ないけど」
「もう一人の方を探しています」
「まぁ今回の件はアキト君やあなたが率先して動くのは止めた方がいいわね」
「ええ、私たちもそう思います」
「…お話し中よろしいですかな?」
プロスペクターの声に振り返る二人。
「プロスさん?なんですか?」
「…以前艦長とテンカワさんはおっしゃいましたね。『月』。それがヒントだと」
「はい」
笑顔を崩さないユリカ。
「あら、そうなの?」
「あ、言ってませんでしたね」
「私もそれなりに調べてみました。最初は別の視点から調査しある事実を知るに至りました。そしてその次には戦争の原因について考えてみました。そう、“今回”の戦争の原因についてです」
「それで、どんな答えが出たのかしら?」
イネスが聞いた。
「実はまだ推論段階でした。何も証拠がありませんでしたからね。さあこの推論をどうしようかと考えていたのですが…そこに彼、白鳥さんの御登場です」
「物的証拠。しかも生きている証人があらわれてしまいましたね」
ユリカは笑みを絶やさず言った。
「ええ、困ったことに推論が当たってしまったようです。ですが、一応、正解を確認しておこうと思いまして」
そこで眼鏡を直すプロスペクター。
「お二人、いえテンカワさんも入れた三人は正解をご存知ですね?」
「…聞きたいですか?」
「ええ、ぜひ」
「わかりました…」
ユリカの顔から笑みが消えた。
<艦内通路>
「さて、この辺でいいかな」
「?」
背後で立ち止まるアカツキに気づいて同じく立ち止まる九十九。振り返るとアカツキが自分に銃の狙いを定めていた。
「…貴様」
すぐにその意図を察する九十九。
(…先程の女艦長は信ずるに足る人物と思えたが、部下までそうとは限らんということか。おのれ極悪非道の地球人!)
「なにか言いたそうだねえ。まぁわからなくもないけどこっちにもこっちの事情があってね。せっかくみんなやる気になっている時に水を差しちゃ駄目だろ?敵は謎の木星蜥蜴。それでいいじゃない」
「くっ」
手錠をかけられているとはいえ九十九ならアカツキを制圧する事は可能である。最初の一発をかわして間合いを詰める事ができればだが。
「?」
不意に九十九の表情が変った。
「?…がっ!」
アカツキがゆっくりと前のめりに倒れた。
「貴様は?」
九十九の前に黒装束の男が立っていた。
男が身にまとう空気が九十九の第六感を刺激する。今、倒れたパイロットよりはるかに危険な相手だ。こうなると手錠がかなりのハンデになる。
だが、そんな九十九の思考をよそに男はアカツキのポケットから手錠の鍵を取り出すと九十九に投げた。
「どういうつもりだ?」
手錠を外しながら九十九が聞いた。男はそれには答えない。代わりに別の内容を低い声で告げた。
「…格納庫は次の通路を右だ…早く行け」
男の雰囲気がそれ以上の質問を拒んでいた。
(ここは、まず脱出を優先するか…)
「………借りておくぞ」
そう言い残し九十九は走り去った。
九十九の足音が消えるとアカツキの目が開いた。
「…あいたたた、テンカワ君。もっと手加減してくれないかね」
「…驚いたな。意識があったのか?」
仰向けになるとアカツキ。言葉とは裏腹に驚いた様子を見せないアキトをにらむ。
「彼が一瞬驚いた顔をしたんでね、とっさに身体が反応したんだろう。これでも狙われているのには慣れてるからね」
「俺だとわからないように思いきりやったつもりだったが…やはり、お前に何かあると面倒だから無意識に手加減したのか…すまなかったな、次があったら最低半日は目覚めない様にする」
「笑えない冗談だ…いつつつ。で、理由くらいは聞かせてもらえるかい?」
「彼に死なれると困る。とりあえず今はそれだけだ」
「やれやれ、本当にネルガルの利益になっているのかねぇ」
首をさすりながらアカツキが立ち上がった。
「さあな」
アキトはにやりと笑った。
<会議室近くの通路>
「あ、艦長」
しばらくして会議室を出て来たユリカを見つけるミナト。
「なにか?」
「なにかって決まってるでしょ」
「そうだそうだ」
どうやら待っていたらしいミナト、ガイ、メグミを引き連れて歩き出すユリカ。
「白鳥さんのことですか?」
「そうよ。どうするつもり?」
「とりあえずはナデシコ内で様子を見ましょう。もう一人いるみたいですから、まずはそちらが優先ですね」
「…軍に引き渡しちゃうんですか?」
心配そうなメグミ。ガイが顔色を変える。
「そいつはまずいぜ」
「まだ、捕虜を捕まえたって報告もしてませんから今ならどうとでもなります。それもあって…………」
不意にユリカがしゃべるのをやめる。
「艦長?」
ユリカの様子がおかしいのに気づいたミナトが覗き込む。
「!」
いきなりユリカは走り出した。
「ちょっ艦長!」
「おいっどうしたんだ!?」
「あ、待って下さい!」
慌てて追いかける三人。
ユリカは前方のT字路で立ち止まると左側の通路を見据えた。
何をするのかと思った途端ユリカはホルスターから拳銃を取り出し前方に向けた。
チャキ
「止まりなさい!」
「!?」
歩いていた人影がびくっと立ち止まる。
「どうしたんだよ?」
一同が見つめる先には黄色い艦内着の見慣れた青年がいた。
「手をあげてこちらを向きなさい!!」
青年はゆっくり両手をあげると振り返った。
「おい?」
「あのーあれって」
三人は青年を見てよく知った人物と認識する。
「あれって……アキト君でしょ?」
いつもと違い険しい表情を浮かべたテンカワ・アキトが立っていた。
ユリカは厳しい表情を崩さず拳銃を構える両手も微動だにしない。
一同はその場の雰囲気に入り込めず沈黙していた。
それは彼らが普段ユリカとアキトに持っているイメージとは相容れないものだった。
ユリカは口を開くと低い声で詰問する。
「あなたは誰ですか?」
「………」
「答えなさい!」
その声には有無を言わせぬ権威がこもっていた。
こらえきれなくなったのだろうアキトがわずかに動いた。
「!」
アキトが腰から銃を抜く。だが、ユリカの方が早かった。
チュィィーン!
カラカラカラ
アキトの手から弾かれた拳銃が床に転がる。それはナデシコ乗組員支給の見慣れた拳銃とは異なる意匠であった。
「艦長!」
さすがにまずいと思ったミナトがユリカに声をかけたがユリカは応じない。
「動かないで下さい。これが最後の警告です」
一方のアキトはミナトの声を聞いて得心が行ったというような表情を見せた。
「…なるほど、貴様が艦長か。女にしてはやると思ったが…地球側最強の戦艦の艦長ともなればこの程度は当然か…」
口から出た声は口調こそ違えやはりテンカワ・アキトのものである。
「…もう一度聞きます。あなたは誰ですか?木連の方…デンジンのパイロットなのはわかっています。でもどうしてアキトと同じ姿をしているんですか!?」
「アキト?」
アキトが怪訝そうな顔をした。
「そうです。テンカワ・アキト」
一語一語区切るようにユリカが言った。
「要!?」
アキトの背後から声がした。
「九十九!?」
声に振り返る振りをするアキト。ユリカもつい視線を向ける。
「白鳥さん!?…はっ!」
チュイーン!
すばやく銃に飛びつこうとしたアキトの前で銃を弾く。
「ちっ!」
アキトはあっさり銃をあきらめると九十九の方に駆け出した。
「逃げるぞ九十九!」
「おう!」
ユリカは走り出そうとしてすぐに足を止めた。そのままコミュニケに叫ぶ。
「艦内侵入者警報!各部ハッチ閉鎖!格納庫を厳戒体制に!」
『了解』
オモイカネの返事と共に艦内にサイレンが鳴り響いた。
「あれ?」
一瞬の後、ユリカは白鳥達を追って行った三人の後ろ姿を見る事になる。
「どうでもいいがなんだその女達は」
アキト改め、要(かなめ)と九十九に呼ばれた男は背後の女性二人を見て言った。
「それが、その…」
「人質か?…そうは見えないが」
ともすれば置いていかれそうになりあわてて追いかけてくるミナトとメグミをみやる。
ミナト達にしてみればどうしてアキトが白鳥と一緒に走っているのか聞きたいのだがとてもその余裕が無い。
「ハッチが!」
前方で閉鎖されていくハッチを見て叫ぶ九十九。
「ふん。まだまだ甘いな」
要が手近の通気ダクトのカバーを蹴破った。
「いくぞ」
先導して入って行く要。
「おう…ところで」
「な、なぁに?」
「まだついてこられるんですか?」
「まぁ」
「なりゆきですから」
苦笑するミナトとメグミ。
「細かいことは気にするな」
「そうだな…誰だ貴様、がっ!」
ガイの存在に気づき狭いダクト内で銃を抜こうとして頭をぶつける要。もとより銃は無くしているので骨折り損である。更に言うなら九十九と併走していたからといってガイに気付かないとは間抜けであるが。
「なぁに俺もちょっとそいつらのところを見たいだけよ。お前とおなじさテンカワ」
「誰がテンカワだ。さっきの女艦長といい…」
頭をさすりながら前に向かう要。
「あの、もしかしてアキトさんじゃないんですか?」
おそるおそるたずねるメグミ。
「え、うっそー」
「とりあえず話は後です。急ぎましょう」
<格納デッキ>
サイレンが鳴り響く中、ピンク色のエステバリスが立ち上がる。
「…動く。よしいけるぞ九十九」
ガッシャガッシャと音を立てて歩き出すエステバリス。
『こっちも問題ない、出るぞ』
横にならんだテツジン頭部が浮かび上がる。
「相手は人質を取っているんだ!責任は僕が取る!ハッチを開けろ!」
「くそったれ!!」
ジュンの指示でウリバタケがハッチを開くとテツジン頭部とエステバリスが飛び出していく。月面は目の前だった。
「あ、おいテンカワ…じゃなかったお前」
便宜上縛り上げられているガイがふと言った。ちなみに縛ったのはミナトとメグミである。
『なんだ!?』
「それ陸戦用だから地上じゃないと使えないぞ」
言われた瞬間月面に向かって落下していく陸戦フレーム。
『もっと早くいえ!!!』
無事着地したエステバリスがマラソンを開始する。
「ついでにいっとくが…」
『今度はなんだ!?』
「ナデシコからエネルギー供給がないと…遅かったか」
転んだままビクとも動かなくなったエステバリスを見てかぶりを振るガイ。
『もっと早く言え!』
どうにかこうにか非常用バッテリーでテツジン頭部にしがみついたエステバリスから文句が届いた。
<会議室>
「やれやれ、本当に大丈夫なのかい?」
「…許容範囲内だ」
アカツキの言葉に静かに答える黒装束のアキト。
ウィンドウの中ではテツジン頭部が小さくなっていく。
「作業の進行具合は?」
アカツキは隣にいるプロスペクターに確認する。
「突貫作業中です。ブロック単位に分離できるのがせめてもの救いですが、いずれにしろ損失は…」
「ま、全部おしゃかになるよりはマシだろう」
気楽に言うアカツキ。
「相転移炉も馬鹿にならないんですがね……とりあえずYユニットの切替も準備させています。理由をこじつけるのに苦労しましたよ」
「テンカワ君も結構悪どいね」
それを聞いたアキトが笑みを浮かべる。
「あんた達には負ける」
「おやおや」
<ブリッジ>
「追跡部隊を!」
「駄目です。まもなく敵の勢力圏内です」
ゴートの提案を却下するユリカ。
「しかしユリカ、3人が!」
「大丈夫!」
ジュンの言葉も遮るユリカ。
「何の根拠があって言ってるの!?敵なのよ!?」
エリナの声にユリカは一度目を閉じ、そして開く。
「…信じてますから」
その声は小さかったが、ブリッジ全員の心に重く響いた。