人は人を好きになります
好きになる理由はひとそれぞれです
でも、理由がなくても人は人を好きになれます
だから何かあっても気持ちを変える必要はありません
だってその人が好きなんですから
機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に
<記憶マージャン>
アキト「……イネスさん」
呼びかけると同時に牌を切るアキト。カチャリと音がする。
イネス「なに、アキト君?」
答えると同時に牌を捨てるイネス。やはりカチャリと同様の音がした。
アキト「………」カチャリ
イネス「どうしたの?」カチャリ
アキト「なんで俺達またこれをやってんだよ!?」ダン!
麻雀卓を叩いてアキトは叫んだ。
第16話 『人が人を好きということ』
<ナデシコブリッジ前面デッキ ミーティング中>
「現在、月軌道上で連合軍艦隊が木連の優人部隊艦隊と交戦中です。今回の作戦は月奪還の最大の障害である優人部隊艦隊を排除すべく立案されました」
例によって進行役をつとめるのはジュンである。
「ふむふむ」
ムネタケが相槌を打つ。
「連合艦隊が作戦時刻まで優人部隊をこのポイントに釘付けにします。その間に我々は優人部隊に接近、相転移砲を用いて一気に片をつけます」
「相転移砲、ですか?」
「そうだ」
ルリの言葉にうなずいてナデシコの平面図を出すゴート。船体の三箇所が赤く点滅する。
「Yユニット及びナデシコの相転移エンジン計三基をフル稼働させ、一定範囲の空間そのものを相転移させる兵器だ。当然その間ナデシコの防衛力も激減するため我々は軍とは別行動をとる」
「具体的にはこのルートで……」
ウィンドウ上に戦場を迂回するルートが表示される。
「交戦地域を迂回して相転移砲の射程距離まで接近します」
ウィンドウが閉じられると一同を見回してユリカが言った。
「私達は作戦時刻までになんとしても所定のポイントにたどりつかねばなりません。ですが、予定進路は敵の勢力圏内であるためいつ敵が現れるかわかりません。各員警戒につとめてください」
<記憶マージャン>
アーサー王の円卓もかくやというようなサイズの麻雀卓に座っているアキト他ナデシコのナノマシン処理メンバー。
通常の麻雀などできるはずなどないが、距離設定が無茶苦茶のせいか、誰もが(ラピスでさえ)反対側まで手が届くし、牌の数も役の内容もデタラメのため、さしあたって支障はない。
アキト「随分前に頼んでおいたよな? また、記憶が連結されないように予防策を敷いてくれって」カチャリ
イネス「聞いたわよ。どうやって侵入するかわからないからネットワークの方でなんとかしてくれって」カチャリ
アキト「じゃあ、なんでまたここにいるんだよ」カチャリ
イネス「ルリちゃんとラピスに内緒で作業するの大変だったのよ」カチャリ
アキト(黒)「……途中経過は聞いていない」カチャリ
イネス「……急に人格変えないでよ」カチャリ
アキト(黒)「………」カチャリ
イネス「……だから、アキト君と艦長、私のコミュニケに特製の防壁をつけるので精一杯だったのよ」カチャリ
ユリカ「へー、でもそれじゃなんで私やアキト、イネスさんがここに?」カチャリ
イネス「データの引き出しは阻害できても連結までは阻止できなかったのね」カチャリ
アキト「それじゃ意味ないだろ!」カチャリ
イネス「また人格戻って……だいたい前の時にヤドカリの頭部を吹き飛ばしたのアキト君でしょ。そうじゃなきゃもうちょっとデータが……」カチャリ
アカツキ「えーコホン」カチャリ
アキト・イネス・ユリカ「「「?」」」
アカツキの咳払いに手をとめる3人。
一同が3人の方を見ている。
アカツキ「三人だけで話を進めないで少しは説明してくれると嬉しいんだけど?」カチャリ
<ナデシコ格納デッキ管制室>
『エステバリス隊、出撃して下さい!』
「よーし、おめぇら行って来―い!!」
管制官を兼ねる整備班長ウリバタケの号令で重力カタパルトから次々と出撃していくエステバリス隊。
「いってらっさーい……って何で俺だけ居残りなんだよ!?」
力なく手を振った後でウリバタケに迫るアキト。
「そりゃおめぇ、真打ちってのは最後に登場するってもんだろ」
「俺用のエステは!?」
「いいから、ロッカールームへ行って来い」
「へ?」
「ほれ、一番奥のロッカーの鍵だ」
そう言って鍵を放り投げるウリバタケ。
「なるほど……了解だ」
鍵をキャッチした時にはアキトの顔つきが変わっていた。
<記憶マージャン>
イネス「……つまりコミュニケを媒介としてナノマシン処理されたメンバーが一つのネットワークとして扱われた上でハッキングを受けているわけね」カチャリ
イネスから簡単な状況説明を受ける一同。
アカツキ「なるほど、イネス先生と艦長は“そっち”のナノマシン処理ということだね」カチャリ
イネス「そういうことね」カチャリ
ヒカル「へー、艦長やイネスさん、アキト君ってボソンジャンプできるんだ」カチャリ
イズミ「ボソっと告白、ボソンジャンプ。ぷ、くくく、あははははは!」ダンダンダン……カチャリ
ユリカ「えーと……」
『ボソッと艦長、ボソン砲』って今回聞いたっけ? と牌を握ったまま思案中のユリカ。
アキト「……イネスさん?」カチャリ
イネス「……アカツキ君のコミュニケにも防壁を設けておくべきだったわね」カチャリ
ユリカ「あ、そっか、さっきから私やアキト、イネスさんの記憶はもれてないけど、アカツキさんの記憶はだだもれだから、アカツキさんが知っている範囲で私たちの秘密も全部だだもれってことですね!」カチャリ
アキト「何を嬉しそうに言ってるんだお前は!」カチャリ
ユリカ「えーだってぇ」カチャリ
イネス「不幸中の幸いというべきかしら、アカツキ君もすべてを知らないというのは」カチャリ
ラピス「ルリ」カチャリ
ルリ「なんですかラピス?」カチャリ
ラピス「そろった」カチャ
ラピスが倒した牌にずらりと並んだアカツキマーク。最後にアキト・イネス・ユリカのトリオが添えられている。
<ナデシコブリッジ>
「敵ゲキガンタイプ、ディストーションフィールドにとりつきます」
「フィールドちゅうわちゅう」
ルリとラピスが報告するまでもなくディストーションフィールドと火花を散らしているデンジンの姿がウィンドウに表示される。
「ゲキガンタイプが現れてからディストーションフィールドも時間稼ぎにしかならなくなりましたな」
眼鏡を拭きながらプロスペクターが言った。
『ゲキガンタイプって言うなぁーーっ!!』
先頭を切って飛び出したガイ機がフィールドに取り付いたデンジンに向かってミサイルを発射する。
<木連戦艦格納庫>
『要、無茶はするな』
「ああ、わかっている」
月臣にそう答えはしたが、要は無茶をするつもりであった。
(この機体で速度を叩き出せても、多勢に無勢。だが、やるしかあるまい)
「朱鷺羽要……」
掛け声をかけようとしてふと言葉を止めた。朱鷺羽要。それは命の恩人である白鳥九十九とユキナそして月臣元一朗が彼に与えてくれた名前だ。
『彼は時空跳躍して現れたのだから、それにちなんだ名前がいいな、時、とき……』
『えー? うちで預かるんでしょ? 同じ苗字が駄目でも、うちは白鳥なんだから、鳥の名前がいいよ』
『おいおい名前は一生付き合うものだぞ。もっとこいつが自分に自信を持てるような名前をだな』
時空跳躍による突然の出現。酸素欠乏による記憶喪失。身元は不明だがおそらくは大敵である地球人。
よく殺されずにすんだものだ。
『彼を死の淵から呼び戻したのは私だ! である以上、私は彼の生命を再度危険にさらす行為には断固反対し、私の誇りと名誉にかけて彼の生命と権利を擁護するものである!』
それは跳躍実験中に出現した要を救出した白鳥九十九の言葉。
『……たしかに奴は極悪非道の地球人であるかもしれん。だが、その記憶を失い、奴の精神は生まれたばかりの子供と同じであるといってもいいだろう。我らは悪の地球を倒す! だが、それは地球の女性、子供を一人残らず殺戮するということと同義ではない! いずれ彼らに我らの正義を教育する試金石としても、奴の存在は極めて有意義なものではないのか!』
それは助けを求める九十九に応じた月臣元一朗の言葉。
『『何より彼は時空跳躍に耐えたのだ。突撃優人部隊の一員として彼の保護を強く要求するものである』』
数少ない優人部隊でも生え抜きの猛者達の言葉に上層部は折れた。
『ま、お兄ちゃんと元一朗のやりたいようにやらせてあげて。二人とも頑固だから一度あんたを助けるって決めたらもう絶対やめないから』
それは自分なんかの世話を引き受けてくれた白鳥ユキナの言葉。
『君は……どこの誰とも知れない俺が……怖くないのか?』
その問いにきょとんとした顔をするユキナ。
『ばっかじゃない? どこの誰だかわかんないのにどう怖がれっていうのよ?』
『………』
『あ、その間抜け顔おもしろーい』
『というわけで時の狭間からあらわれたので苗字はときわ』
『漢字は鳥の朱鷺の羽って書いて朱鷺羽ね。白鳥と並ぶと紅白そろって綺麗でしょ?』
『そしてお前を皆が必要とし、皆をまとめる要(かなめ)となる程の人物になれるよう願いを込めて要と名づけた!』
『……朱鷺羽、要? ……俺の、名前?』
『『『いい名前だろう(でしょ)?』』』
『………』
不意に目頭が熱くなった。それを堪えることができなかった。
『おい、どうした!? 傷が痛むのか!?』
『だから言ったじゃない! やっぱり元一郎の名前が堅苦しすぎたんだよ!』
『馬鹿を言え! それを言うなら苗字……えぇい要! 貴様も男子なら人前で泣くな!』
「ふっ」
要は微笑んだ。
あんなお人よしの連中に恩を返すのに、ちょっとやそっとの無理で済むはずなかろう。命ある限り、ただ死力を尽くすのみ。
「朱鷺羽要……参る!!」
<交戦宙域>
『新たな敵機出現。なんか早いです』
ルリが報告した直後、エステバリス達のただなかにピンク色の影が飛び込んだ。
慌てて散開するエステバリス達。
「ピンクのエステバリス!?」
相手を見て取ったアカツキが驚きに顔をゆがめる。
「え、アキト君なの!? ……わっ!」
再び突っ込んできたエステバリスの突撃をかわすヒカル機。
<ナデシコブリッジ>
「確認しました。以前、白鳥さんがかっぱらってったアキトさんのエステバリス陸戦フレームです。なんか、前と違ってごちゃごちゃついてますけど」
ルリがウィンドウに画像を表示する。
イネスが所見を述べる。
「鹵獲したエステバリスを改修したのね。動力炉を追加することでスタンドアローンでの行動を可能とする月面フレームと基本的には同じね。背中にごちゃごちゃ付いているのが小型の動力炉……たぶんバッタやジョロのものだと思うわ。あちこちに不恰好なスラスターを追加しているのは御愛敬だけど最終的に十分な出力を叩き出せれば十分な脅威となるわね」
<交戦宙域>
「思ったより早い……やるね!」
ライフルの銃撃をかわされたイズミが険しい表情を浮かべる。
「ち、そのガタイであたいらとやりあおうってか!?」
背中に登山用のリュックサックでも背負ったようなエステバリスに追いすがりながらリョーコが叫ぶ。
『重い機体の機動性は全てバーニア出力で補うって事ね』
「無茶な話だ」
イネスの説明を聞いて感想をもらすアカツキ。
「ですが、仮にこちらと同等な能力があるとしても相手は1機、こちらは6機! なによりエステバリスの扱いはこっちの方が上です!」
そう言って挟撃する位置に回りこむイツキ機。
「おうともよっ! いくぜゲキガンフレアーッ!!」
一瞬、要機が減速した隙をついて突っ込むガイ機。
『なんの! こちらもゲキガンフレアーッ!!』
ガキィィィィィン!!
フィールドをぶつけ合ってしのぎを削る二機。
<ナデシコブリッジ>
「敵艦、なおも接近中」
「もうすぐ、ボソンホウのしゃていにはいる」
淡々と報告するルリ&ラピス。
「まずいな、エステバリス隊は?」
ジュンの声に応じてエステバリス同士の戦闘を映すウィンドウが大きくなった。
各機のマーカがかなりの速度で飛び交っている。
「ゲキガンタイプとは比べ物にならないわね」
「モデルが良い製品ですから、ええ」
「ミスタ、あれはオリジナルそのものであってレプリカではないと思うが」
感想をもらすネルガル陣。
ディストーションフィールドの出力はわずかに上、速度は申し分ないのでなかなか攻撃が当たらず、隙あらばナデシコへ接近しようとしている要機を抑えるので手一杯のエステバリス隊は敵艦に構っている暇がなかった。
『おう、てこずってるようじゃねぇか。ちょうどいいぜ』
ウリバタケのウィンドウがいきなり現れた。
「「「「「ちょうどいい?」」」」」
一同は首をかしげた。
<木連戦艦司令室>
「ふむ、うまくいっているな」
戦況図を眺めながら呟く月臣。
「よし、要の健闘を無駄にするな! 敵相転移炉戦艦に更に接近、なんとしても跳躍砲の射程に捉えろ!」
『はっ!』
意気盛んといった様子の艦橋で、だが、月臣は心穏やかではなかった。
一つは無論、要のことである。改造後の試験結果は月臣も見た。おそらく想像以上に身体に負担がかかっているはずだ。
もう一つは、“あの男”のことである。このまま行けば、敵艦を落せなくとも跳躍砲でそれなりの被害を与えられるだろう。秋山が敗退した際に問題となった敵人型戦闘機は要が抑えている。だが、そんなに簡単に片付いてしまっていいのか? 月臣の知るその男はそんなにたやすくけりがつくような相手ではないはずだ。
ドン!
ズガガーン!
艦橋が大きく揺れた。一同が態勢を崩す中、一人絶妙のバランス感覚で姿勢を保つ月臣。
「何事だ!?」
「9時方向より砲撃です!」
ドン!
ガガン!
「時空歪曲場はどうした?」
「健在です! ですが、攻撃の威力を殺しきれません!」
「戦艦並の攻撃だと? 別の敵艦がいるのか……接近を探知できなかったのか!?」
「違います! 敵は人型戦闘機です!」
「何!?」
<アサルトビット内>
「………」
アキトは普通のエステバリスのアサルトビットよりもやや狭くなったコックピットにいた。だが、それはアキトの身体にひどくなじむ、どこか懐かしいものだった。いつもと違い黒い耐Gスーツに身を包んだアキトは同じく黒こしらえのヘルメットのバイザーと側面のウィンドウに表示されたデータをざっと確認する。急だったので、実戦で試射データを取る羽目になったのだが、さすがはウリバタケを始めとする面々の作ったものだけあって照準の微調整も、出力の安定も問題無いようだ。
「……そろそろいくか」
長い筒を右腕に携えたピンク色のエステバリスのスラスターが火を噴いた。
ドン!
次の瞬間、急発進したエステバリスは一直線に木連の戦艦に向かう。
「……よく考えると、この形態で戦ったことって無かったかな?」
ならし運転というのもおこがましい速度へ一気に急加速する。だが、最終形態、ひいては高機動形態に比べればどうということはない。
エステバリスは右腕のレールガンを前方に向けるとそのサイドアームを左手で掴み、砲身を固定する。
揺れるコックピットの中、アキトのヘルメットのバイザーで照準が定まった。
「……いけ」
ドン! ドン! ドン!
<木連戦艦司令室>
ドン!
「敵人型戦闘機より連続射撃!」
ドン!
「時空歪曲場一点への集中砲火です!」
報告する間もなくディストーションフィールドの負荷が限界を突破した。
ドン! ズズーン!
「歪曲場貫通! ………跳躍砲中破! 使用不能です!」
「……あの男だな!」
月臣は直感的に誰の仕業か悟っていた。
<ナデシコブリッジ>
『おぉぉー』
感嘆の声を漏らす一同。ウィンドウには交戦中のエステバリス隊の方へ転進するピンク色のエステバリスが映っている。位置関係を示すマーカ表示を行っているもう一つのウィンドウではそのエステバリスがものすごい勢いで距離を縮める所が表示されている。
「アキト君用のエステバリスカスタムよ」
『一見ただの0G戦フレームに見えるがこれがどうして。宇宙空間から大気圏内の空中戦までオールマイティーに行動できる超汎用フレームだ。重力ビームを受け止めるウィングを倍にした出力は単純計算でノーマルエステバリスの3倍強』
交互に説明を行うイネスとウリバタケ。
「専用装備のレールガンもつけておいたわ。ジェネレータ出力に物を言わせたその威力はご覧の通り」
『まぁ、相当なじゃじゃ馬だから並みのパイロットじゃ乗りこなせねぇが』
「アキト君なら問題ないわね」
<交戦宙域>
『ナデシコよりエステバリス各機へ! 散開してください!』
その指示の意味を問うより早く反応して散開するナデシコエステバリス隊。
「なんだ? ……ぐおっ!!」
敵の動きが読めず、動きを止めた要機は、直後襲った強い衝撃に盛大に弾き飛ばされた。
ナデシコのエステバリス隊から見ると要機が突如急発進したように姿が消え、それを追う様に同じくピンク色のエステバリスが高速で通り抜けていった。
「テンカワさん?」
「……なのかい? おっと!」
一瞬戸惑うイツキとアカツキだが、他のエステバリスが追跡に移ると慌ててそれにならう。
ドン! ドン!
出し惜しみせずにレールガンを連射するアキト機。
「ぐはっ! ちっ、そう何度も!」
要は激しく揺れ続けるアサルトビットの中で懸命に回避機動を試みる。
「……やるな」
アキトは素直な感想をもらした。
追加の2発のうち、1発は要機をとらえたがもう1発は急加速してかわされた。
最初の1発を含めて計2発。間が開いたこともあるが、小型の機動兵器にしては高出力のディストーションフィールドのためか撃墜までには至っていない。
『要、ここは退け!』
「元一朗!? ……くっ」
アサルトビット内は警告のウィンドウで一杯である。特にディストーションフィールドのジェネレータの警告が激しい。なにせ最初の1発を受けた時点で瞬時にレッドゾーンに突入したのだ。次の2発目の際、多少なりとも威力を殺せたのは奇跡に近い。
『こっちも跳躍砲をやられた。これでは決着はつかん。戻れ要。まだ機会はある』
「……わかった」
『よし』
「……元一朗」
『ん? なんだ?』
「……すまん」
『……それは、俺たちの方がいうべきことだ。すまんな、お前が人型戦闘機を抑えている間に敵艦を沈められなかった。お前はよくやった。……早く、帰還しろ』
「ああ」
<記憶マージャン>
半信半疑の表情のイツキ。
イツキ「えーと、ではみなさんは未来からやってこられたというわけですか?」カチャリ
イネス「厳密に言うと違うわね。この世界の未来の近似存在である異世界よりボソンジャンプによる世界移動をしただけよ」カチャリ
アキト(黒)「…………」無言で厳しい視線をイネスに向ける。
イネス「下手に中途半端な情報を与えるより、出しても支障がない範囲で正確な情報を与えた方が混乱は少ないわ」カチャリ
アキト(黒)「…………」カチャリ
<ナデシコ格納デッキ>
「感想はどうだ? 仕上がりは悪くなかったはずだぜ」
アキトのアサルトビットのハッチが開くとウリバタケの声が聞こえた。
足元でウリバタケが見上げている。
「満足だ。前に使って……いや、反応速度も出力も申し分ない。さすがだな。いい仕事をしてくれた」
「は、いい男ってのは違いのわかる奴のことを言うんだよ。機体の限界も量産機とは比べ物にならねぇから、好きなだけ酷使してやりな」
「了解だ」
そういってヘルメットを取るアキト。途端に人懐っこい顔になる。
「あとでなんか差し入れしますよ」
ウリバタケもいい加減なれたものである。
「おう、好き放題頼んでやるから覚悟しな。よーし、おめーら、かかれ! 特にアキトの新型は慣らしが終わったばかりだ、徹底的に見とけよ!」
<記憶マージャン>
リョーコ「なんだアキト、お前前からラピスのこと知ってたのか?」カチャリ
アキト「まぁね」カチャリ
ガイ「……あんだ? オレたちが8ヶ月飛ぶって知ってたのか?」カチャリ
ユリカ「実はそうなんでーす」カチャリ
ジュン「なるほど、それでいつも先を見通したような行動をしていたというわけかい」カチャリ
イネス「そういうことよ」カチャリ
イズミ(シリアス)「因果なもんだね。先の事がわかるってのはたいていろくなことにゃならないものさ」カチャリ
アキト「……先の事なんて俺たちにもわからないよ。ただ俺たちはそうなるかもしれないっていう未来の可能性を知ってて、それをどうにかしたくてあがいてみせてるだけさ」カチャリ
ユリカ「うまくいったり、いかなかったり……」カチャリ
<白鳥九十九の部屋近く>
月臣は選択を迫られていた。
あの男が告げた刻限までほとんど時間はない。
(どうする? どうする? どうする月臣元一朗!?)
「お兄ちゃんなんかだーい嫌いっ!!!」
前方から聞こえてきた騒々しい声に我に返る月臣。
ちょうど九十九の部屋からユキナが駆け出して行った所だった。
顔を出した要が頭をかいて、それから月臣に気付く。
「どうした?」
月臣は声をかけた。
「ユキナならどうしたもこうしたもない、と言うところだな」
手招きされて九十九の部屋に入った月臣は中を見て壁に頭を打ちつけた。
「おい、九十九……」
ほぼ等身大サイズに引き伸ばしたミナトの写真のポスターがこっちを見ていた。
「な、なんだ元一朗その呆れた顔は!?」
真っ赤な顔の九十九に、案外初心だったのだなと再発見する月臣。
「地球人の女か……」
しみじみとした口調で呟く月臣。
まったく戦争のさなかに仲良く兄妹喧嘩できる二人が羨ましい。だからこそ、自分も要もこの兄妹が好きなのだろうが……
『お前は何のために戦うんだ月臣元一郎?』
不意に脳裏に声が響いた。
それはずっと月臣の脳裏に残っている問いかけ。
(……俺は何のために戦うのか?)
目を上げるとなにやら要に弁解している九十九の姿。要は肩をすくめて聞き流している。
目を閉じれば食卓を囲む3人と自分の姿が思い浮かぶ。
(結局……そういうことか)
月臣の顔に不意に笑みが浮かんだ。
(そういうことなんだろうな、やはり)
今の自分と同じような気持ちの者が木連にたくさんいて、そしてそのために戦っている人々がいて、そして、それは木連だけじゃなく……
(建前も何もいらない。ただ……)
月臣は拳を握ると、目の前にかざした。
(ただ、そのために戦おう)
<ナデシコブリーフィングルーム>
「Yユニット内部の通路には高圧電流が流されている。そこでこの絶縁材を用いた自転車によりYユニット内に進行、サルタヒコの制御ルームに向かい、サルタヒコが制御不能となった原因を排除する」
「まったく、俺がいなかったらどうなってたか」
説明するゴートの隣で自転車のタイヤを回してチェックしているウリバタケ。
(たしかに。自転車を10台もよく用意したものだ。いつもいつも思うがなんでこの人こんなもの持っているんだ?)
アキトはナデシコの不思議をあらためて確認しながら武装をチェックしている。
専用黒スーツ(まぁパイロット用の耐Gスーツでもある)に黒マント、顔にはバイザー。ジャンプフィールド形成装置にディストーションフィールド発生装置他の各種武装と、久しぶりに『闇の王子様ふるもでるばーじょん!』(命名ミスマル・ユリカ)になっているアキト。先日ルリの護衛をしていた時などはマントの下は普通の服装だった(黒づくめは黒づくめだったが)。
ちなみに今回、自転車があるのは別に不思議でもなんでもない。緊急時・非常時に備え、ナデシコの各所には自転車や電気自転車、小型の電気自動車などが格納されている。さらには最終手段として人力の発電機まで用意されている。ナデシコが試作の実験艦であり、およそ金に糸目をつけない企業ならではである。
「第一陣はアカツキ、マキ、テンカワ、第二陣はスバル、ヤマダ、カザマ、アマノだ」
そう言いながらなにか様子が変なパイロット陣を見るゴート。いつも通りの連中もいるが。
「ええっ僕? 他の人でもいいと思うけど」
「ふふ、男みせなよ」
「…………」
「やめようよ、危ないよ」
「くーっ、なんでオレが第二陣なんだよ!」
「フフフ、真打は後から登場です」
「えっとぉ」
ゴートはかぶりを振った。
(深くは考えまい……)
<白鳥九十九の部屋>
「さて……」
気持ちを切り換えた月臣は時間が差し迫っていることを思い出し行動に移ることにした。
一度覚悟が決まったら行動は正確かつ迅速極まる、月臣はそういう男だった。
「要、ユキナの面倒を見てやれ」
「俺がか?」
「そうだ」
「……わかった」
問い返した要は月臣の視線に渋々頷くと部屋を出て行った。
要の気配が消えると月臣は扉を閉じた。その目が細められる。
「元一朗?」
声をかけた九十九は月臣のただならぬ気配に気付いた。
「……九十九。お前に大事な話がある」
<記憶マージャン>
ジュン「それで今、現実の方はどうなってるんだい?」カチャリ
イネス「前と同じ……つまり、私達のいた世界の過去の出来事と同様のことが起こっている場合ということだけど、Yユニットの制御システム サルタヒコがヤドカリ……木連の機械にハッキングされて相転移砲が使用不可能になっているはずよ」カチャリ
アカツキ「それってまずくないかい?」カチャリ
ユリカ「だからパイロットのみなさんがヤドカリ退治に向かってまーす!」カチャリ
アキト「たぶん、ね」カチャリ
<Yユニット内通路>
「そんな……嘘だろ、兄さん」
「貴方……」
己が記憶に、その人への思い出に、立ち尽くすアカツキとイズミ。そして……
<記憶マージャン>
イネス「そういえば今回アキト君は誰を見るのかしらね」カチャリ
ユリカ「そうですね。前はヤマダさんでしたけど、アキトは吹っ切っちゃったし、こっちのヤマダさんは生きてますし」カチャリ
アキト「あ、馬鹿っ!」カチャリ
ガイ「ちょっと待て! なんだそりゃ!? もしかしてお前達の世界じゃ俺は死んでんのか!?」
ユリカ「……ごめん、アキト」カチャリ
アキト「……ったく……しょうがないな。そうだよガイ。あっちじゃお前は死んでる。もう随分前に」カチャリ
イツキ「え、じゃ、もしかしてそういう方が他にもいらっしゃったりして」カチャリ
アキト・ユリカ・イネス「「「………」」」カチャリ
君もそうだとは言えない3人。
<Yユニット内通路>
『アキトさん』
銀の妖精がそこに立っていた。
<記憶マージャン>
リョーコ「誰だ、こいつ?」カチャリ
ヒカル「へー、可愛い子だね」カチャリ
イズミ「フ、誰かに似てるね」カチャリ
ジュン「これ、宇宙軍の制服だよね?」カチャリ
ラピス「……ルリ」カチャリ
ルリ「え?」カチャリ
ラピス「……ルリ」カチャリ
ルリ「……私……ですか?」カチャリ
アキト・ユリカ・イネス「「「………」」」カチャリ
<Yユニット内通路>
「……」
アキトはゆっくりバイザーをとった。
『やっぱり、そっちの方がいいと思います』
ルリが言った。
「そっか、ユリカはこっちにいる。だから、俺にとって一番の心残りといえば……」
アキトは苦笑して頭をかいた。
「でも……ルリちゃんはあっちの世界でちゃんと生きて、頑張ってる。俺ももうどっちもこのままで終わらせるつもりはなくなった。だから……行くよ」
アキトはゆっくりと歩きだした。
『はい』
ルリは微笑んだ。
「でも、たとえ幻でもルリちゃんの笑顔が見れてよかったよ。この前は泣いた後で無理に笑った顔だったもんな。………大丈夫、もう二度と泣かさないから」
ルリの横を通り過ぎたアキトは再びバイザーをつけた。
『はい、信じてますから』
ゆっくりとルリの姿が消えていった。
<記憶マージャン>
ルリ「未来の……私?」カチャリ
イネス「あっちの世界のあなたが成長した姿よ。別に死んだりしていないわよ」カチャリ
ルリ「………」カチャリ
イネス「ふふふ、やっぱり心残りだったのね」カチャリ
アキト「……ほっとけ」カチャリ
イネス「さっきのイメージは希望的観測?」カチャリ
アキト(黒)「…………」カチャリ
イネス「はいはい、結果は見てのお楽しみ、ね」カチャリ
ユリカ「えーと、ルリちゃん?」カチャリ
ルリ「……ユリカさん、前に話してくれるって言いましたよね」カチャリ
ユリカ「え? う、うん」カチャリ
ルリ「今……駄目ですか?」カチャリ
ユリカ「ここで? みんなが聞いている前で?」カチャリ
ルリ「……はい。駄目ですか?」カチャリ
ユリカ「……アキトはどう思う?」カチャリ
アキト「……お前は話すってルリちゃんに約束したんだな?」カチャリ
ユリカ「うん、ルリちゃんがアキトのことアキトさんって呼ぶようになったら教えてあげるって」カチャリ
アキト「なんだそりゃ?」カチャリ
ユリカ「えーと、そのくらいアキトと親しかったら大丈夫かなって、えへへ」カチャリ
アキト「まぁいい。……俺たちは約束を守らなきゃいけない。俺達はあっちのルリちゃんともこっちのルリちゃんとも約束を破ったりはしない。だろ?」カチャリ
ユリカ「……そうだね」カチャリ
ルリ「……」カチャリ
ユリカ「そうだね。何から話そうかな? やっぱり屋台かなぁ」カチャリ
どこからかチャルメラの音が聞こえてきた。
<Yユニット内サルタヒコ制御室>
あちこちに触手の様なコードを潜り込ませ、ネットワークに割り込んでせっせせっせとハッキングにいそしむヤドカリ。
「………」
ヤドカリの背後に黒いマントの男が立った。
ザシュッ
バチ、バチバチ、プシュー
ナイフを関節部にねじ込まれたヤドカリが火花を上げて煙を出した。
ガシャン
床に崩れ落ちるヤドカリ。
「これなら文句はないだろう?」
頭部が無傷のヤドカリを見下ろしてアキトが言った。
<ナデシコブリッジ上部デッキ>
「……アキト」
ユリカは手許にちいさなウィンドウを開いた。
アサルトビット内でヘルメットを外して待機しているアキトが映る。
『……どうした?』
「……大丈夫だよね? 信じていいんだよね?」
かすかに震える声でユリカは聞いた。
『……ああ、俺はあいつを信じている』
「うん……わかった」
ユリカはウィンドウを閉じた。
<アキト専用エステバリスカスタムアサルトビット内>
ウィンドウの閉じたアサルトビット内。
アキトは右手で目を覆った。
何かの本で読んだ言葉を思い出す。あれはいつのことだったか?
『信じるしかないんだ。だって、信じることしか出来ないんだ。信じるってそういうことなんだ』
「………月臣」
今、アキトに出来る事は信じることだけだった。
<ナデシコブリッジ>
「相転移エンジントライパワートゥーマキシマム!!」
ゴートの号令と共に相転移砲発射形態へと変形していくナデシコ。
「照準固定」
ルリが告げるとウィンドウの中の優人部隊艦隊が大きな円で囲まれた。
「相転移砲……発射!!」
ユリカが命令を発した。
名状しがたき光の束が真空中を走った。
次の瞬間、優人部隊艦隊艦隊が光に包まれ……消滅した。
冗談かと思うほどあっさりと。
後には何も残っていなかった。
『………』
そのあまりの威力に一同はただただ声を失っていた。
その威力を既に知るアキト、ユリカ、イネスは別の理由で言葉を発することが出来なかった。
「……まさに問答無用、ですね」
ルリがぼそりと呟いた。
<木連戦艦ゆめみづき司令室>
「……不幸中の幸い、ということになるのか、これは?」
味方艦隊が一瞬で消滅する映像を見ていた九十九はやや震えの残る声で言った。
「対外的にはな。……あの男に言わせれば、それぞれが努力した結果、という所だろう。後始末が大変だがな」
月臣は強く拳を握り締めながら答えた。
「百聞は一見にしかずと言うが……」
かぶりをふる九十九。
艦橋は緊急収容作業のために大童である。格納庫は人があふれんばかりだろう。月臣の艦もあるといっても合わせてたかだか二隻である。いくら人員が少ないと言っても限度はある。秋山のかんなづきを慌てて呼び寄せている所だ。
月臣はゆっくりと九十九の方を向いた。
「覚悟はいいか、九十九?」
「………」
目を閉じる九十九。
『それだけです白鳥さん………ただ、それだけなんです』
(ただそれだけ、か)
それを実現することのなんと難しいことか。
(だが……)
その困難なことを成し遂げようとする者がいる。木連ではなく、地球に。
「……いや、それは今日、この時までのこと」
白鳥は小さく呟くと月臣の方に向き直り、目を開いた。
「誰に言っている元一朗? 元よりこの命、木連のために捨てるととうの昔に決めている」
九十九の言葉に顔を伏せる月臣。小さく呟く。
「……死ぬなよ」
「……お前もな」
<記憶マージャン>
「?」
ラピスは手にしたイネスの牌を見て首をひねった。
そのままイネスの方を向く。
「……イネス?」
イネスはラピスを見ると口元に人差し指をあてて片目をつぶった。
「雨降って地固まる、案ずるより産むがやすし、ってね。時には思い切った方法を取るのがいいのよ」
再びイネスの牌を見るラピス。
「………」
再度顔を上げたラピスは笑っていた。
「……うん」
<ナデシコ艦内 ユリカの部屋の前>
「…………」
ルリは扉の前に立ったまましばし考える。
『ユリカはナデシコの艦長さんなんだよ、えっへん!』
扉の横にはそんなプレートがかかっている。艦長室、という意味だろう。たぶん。
中でユリカとアキトが待っているはずだ。
作戦が終了し事後処理が終わった後、話がしたいと言ったのは自分だから。
「自分で考える……ですね」
つぶやくルリ。
考えてみた。
自分がどういうことを言ったら、二人がどういう反応を示すか、いろいろなケースを。
結論は最初に出ていたから、それらは本当に想像してみただけだ。
でも、簡単に想像がついた。それができる程度にはあの二人のことを知っていた。そして、ほとんどの場合、慌てふためく二人の姿が浮かんだ。
「……バカばっか」
クス、と笑みがもれる。
ルリは深く深呼吸すると扉に手を伸ばした。