『おことわり』
本作品は、TV版並びに劇場版機動戦艦ナデシコをご覧になり、だいたいの内容を記憶されている方が読むことを前提にしており、原作と重なる多数の場面が省略された大変迷惑な構成となっております(特に視覚的表現は極力手抜き……もとい厳選した場面のみを使用してスムーズな展開を目指しております)。
もし、原作の内容をもうほとんど覚えていられない、あるいは見たことがないという方は一度原作をご覧になった後でお読みになることをお勧めいたします。
今回の場合、原作TV版第22話をご覧になった後読んで頂くと非常に理解が深まります。
「五つの花びらと共に」製作委員会(委員長以下一名)
機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に
帽子を被ったルリが口を開く。
「……あの艦長、こういうのって普通一番最初、第1話とかで……」
「ルリちゃん! じゃなかったお姉さん! 今の私はうさぎさんだよ!」
ピンクの着ぐるみが真剣な目で抗議した。
「…………」
うさ耳をジト目で見るルリ。
そこへパンパン、と手を叩く音が割って入った。
「はいはい、ユリカうさぎさんもルリお姉さんも、そろそろ始めるわよ。その『おことわり』をしまってちょうだい」
「「はーい」」
イネスの指示に対照的な声色で返事をして『おことわり』を片付ける二人。
「じゃ、気を取り直して」
ぱんぱかぱーん!
『なぜなにナデシコ!』
「おはよう、こんにちは、こんばんは、お久しぶり、初めまして。ナデシコ医療班ならびに科学班担当のイネス・フレサンジュです」
「この作品について解説するなぜなにナデシコ。今回は以前に一部からご要望のあったテンカワ・アキト君の行動日程について説明します。もちろん、これはネタばらしにつながるから登場人物の皆さんは耳を塞ぐか、忘れるか、知らないふりをしてちょうだい。ラピス」
「……」 カラカラカラ
なにやらスケジュール表が書き込まれたホワイトボードを運んでくるラピス。
「さて、順をおっていきましょう。
まず、横須賀での月臣君の自爆がスタート。ここを仮に0時、現在としましょう。この時アキト君は大量のCC……チューリップクリスタルを用いてマジンごとボソンジャンプ。制御していないジャンプの結果として現在から姿を消した。
再出現の日時は、前回と多少時差がついて10日前。月面に無事出現し、そのまま月臣君を伴って地球へ通常のボソンジャンプを行った。
注意すべきなのはこの時点、つまり10日前から現在までこの世界にはジャンプして現れたアキト君とミスマル家で休暇中のアキト君、2人のアキト君が存在しているということね。
よく同じ人間が存在したり、別の時間軸の人間が出会ったりすると、時間軸を破壊するとか世界が吹き飛ぶとか言う話があるけど、実際にはそんなことはないわ。本当の意味で時間の流れがおかしくなるとかいうなら別だけどね。たとえば今回の場合だとアキト君が10日間遡った結果アキト君が2人存在したという事態は、この世界とその時間にとっては最初から定められていた事態であってなんら異常では無い。つまり世界にとってアキト君が1人しかいない時と2人になっている時にはなんら差はなく、何も起こるはずがないの。まぁ最近の流行だと世界が同一存在を排除したり、可能性を消去したりするけどそれはひとまずおいておいて。
演算ユニットを作った存在にしてもボソンジャンプ技術が確立するまでには事故をたくさん起こしているに決まっているわ。無論、日常的に運用するようになった後でもね。この程度で世界が終わってちゃいくら世界があっても足りないわ。そもそもこの私だって、私が生まれてからアキト君のジャンプに巻き込まれるまではずっと私が2人存在していたのだものね……え? 話がそれている? 仕方ないわね。コホン。10日前のアキト君は月臣君をとりあえずサセボの雪村食堂に担ぎこんだ。翌日、月臣君が目を醒ましてからもずっと計9日間雪村食堂にいたわけ。無論、宿代を稼ぎながらね。別にアキト君は十分なお金を持っているのだから場所はホテルでもどこでもよかったんでしょうけど、アキト君には何か思う所があった様ね。
それで1日前に月臣君を伴って一旦月面にジャンプ。木連の勢力範囲になるべく近い位置まで月臣君を案内した後、ナデシコの自室にジャンプ。それからナデシコ食堂で仕事をしながら自分が消えるのを待っていたわけ。
繰り返しになるけどアキト君がマジンごとジャンプを行って消えると、2人いたアキト君は1人に戻ったってわけ。
そして現在から2日後、月面へ向かうナデシコの中、ムネタケ提督と会談した後、ウォンさんと一足先に月面へ移動。月臣君と再会というわけね。
こちらの図を見てもらえば分かる通り……といっても読んでいる人がほとんどだから見れないでしょうけどごめんなさい。この10日間の間、2人のアキト君は一番接近した時でも横須賀港とネルガル研究所の間。2人に同時に会うのはまず無理だから、誰にとってもアキト君は1人しかいなかったといっても過言では無いわね。
アキト君はミスマル家の誘いに甘えてずっとミスマル家で過ごしていたわけなんだけど、もう1つの理由として、事態を見越し、過去に戻った自分が動きやすい環境を整えていたというわけ。
それじゃ、今回はこの辺で。また次回の『なぜなにナデシコ』でお会いしましょう」
<数ヶ月前、雪村家>
チリンチリン
風の感触とその音に月臣は目を覚ました。
「…………」
どこか見慣れた……それでいて違う天井があった。
(ああ、そうか……)
たとえ木造の住宅に見せかけていてもそれは宇宙船の中に作られたまがい物。これは本物だ。縁側の向こうから吹いてくる風にも独特の臭いがある。宇宙船内の空気とはまるで違う。風鈴の音がしたが、今は夏なのか? いや、そこまで暑くはない。そもそも、月臣は四季というものを自分の体で実体験したことはなかった。
「!!」 ガバッ
布団をはねのけて月臣は上半身を起こした。
「何が……どうなった?」
懸命に記憶を呼び覚ます。
確か、自分は九十九と要と共に地球人の実験施設への攻撃を……そして……そして、どうなった?
「……俺は……自爆した、はず」
覚悟を決めた時のことを思い出す。
「確か、あの時……」
目を閉じ最期の時を待っていたとき、何か不思議な感覚が……あれはもしや、時空跳躍か?
ともあれ、自分は生きている。
「ここは……どこだ?」
第17話『誰がために花は散る?』
「目が覚めたか?」
「!」
声がすると同時に飛び起きた月臣は壁を背に構えを取った。
「大丈夫かってのは聞かなくてもいいみたいだな」
声が苦笑するように言った。
「?」
腰にエプロンをつけた男が笑っていた。
その男は、その顔は……
「要?」
月臣はよく知る男の名を呼んだ。
やや雰囲気が違うがそこに立っているのはどう見ても朱鷺羽要(ときわ・かなめ)であった。
「……かなめ?」
不意に男の表情が変わった。
「お前も無事だったのか!? ここはどこだ!? 九十九も無事なのか!?」
男の表情に気付かずまくしたてる月臣。
「……月臣、ちょっと待て」
男が手で月臣を止めた。
「?」
今度は月臣が怪訝な表情を浮かべた。要が彼のことを月臣と呼ぶのは随分久しぶりである。
「まず最初にはっきりさせておこう。俺の名前はテンカワ・アキト。かなめ、とか言う奴には心当たりはない」
それが月臣とアキトの初めての出会いであった。
<現在、ナデシコ食堂>
「……だからさ」
「……え、じゃ、もしかしてアキト」
「……?」
「……ということですかアキトさん!?」
「……そうだよ!」
「……あー待て待てユリカ! ルリちゃんも待って。だからさ……」
「……アキトがいうならしんじる」
「……えー? でもでもラピス」
「……ですか? アキトさん」
「……だよ。ルリちゃん」
「……ぶっすぅー」
「なんだ、ありゃ?」
騒がしい方に顔を向けリョーコが言った。
喋りながらも食べる手は止めない。ちなみに今日の昼食のメニューは火星丼である。
リョーコの視線の先では、アキト、ユリカ、ルリ、ラピスの4人が指定席であるカウンター近くのテーブルに陣取ってなにやら騒いでいる。といってももっぱらユリカが騒いでいるだけで、ルリとラピスは既に静かになっているようだが。
「え? ……あぁ、ほのぼの家族で内緒話だね。ピクニックの相談でもしてるんじゃない」
ヒカルが答えた。こちらのメニューはきつねうどん。アツアツなので眼鏡は外しておかないと湯気で曇る。
「内緒話しててもずるくないっしょ……ズルズルズル」
口いっぱいにざるそばを咥えてすすり上げるイズミ。ざるは大盛りである。
「あははは……でもみなさんこの前の一件以来、前にも増して仲良くなられましたよね」
あまりにも寒いギャグに乾いた笑いを漏らしつつも、4人の方を見て微笑むイツキ。ちなみにオムライス。
「まー普通だと、逆にひねくれたりするもんだけどな」
火星人を模したタコさんウィンナーがリョーコの口に消えた。
「リョーコと違って、ルリルリもラピラピも素直ないい子だもんね〜、あちちち……ふーふーっ」
あぶらげが厚かった……もとい、熱かったので吹いて少し冷ますヒカル。
「悪かったな、ひねくれててよっ!」
リョーコはそのヒカルの頭に左右から握りこぶしをぐりぐりぐり、と押し付けた。
「いててててててっ」
<優人部隊旗艦かぐらづき>
「は? 和平交渉の特使……ですか?」
九十九はなんのことでしょうかそれは、という顔をした。
「そうだ。君が以前から進言していたとおり、和平交渉の先駆けとして特使を送ることが決定されたのでな。君から推薦のあった人物を特使として派遣した」
わずかに不思議そうな顔をして草壁春樹が答える。九十九達の上司であり優人部隊の司令を務める木連の中将である。
「しかし自分は特使の推薦などしておりませんが?」
首を傾げる九十九。地球との和平についていろいろと意見書を出したりしたもののそんな推薦をした覚えはない。そもそも特使なり何なり外交使節を送る段となれば自分が志願するつもりだったのだ。
「九十九、お約束という奴だ」
苦笑しながら月臣が言った。
「……お約束?」
<ゆめみづき格納庫>
「……それで、ユキナが、一人で、行った……と?」
格納庫要員から話を聞いた要は気が遠くなって倒れそうになったがかろうじて堪えた。
「はい。正式な命令書も携えておられましたし、艦長もご存知のことだと……」
「……」
(九十九が聞いたらどんな顔をするか……いや、自業自得か)
ミナトとかいう地球人の女のことを思い出す。
ユキナがこんな行動に出た原因は深く考えるまでもなく、明らかだ。
「あいかわらず単純というか一直線というか……」
<数ヶ月前、雪村食堂>
「おう、目が覚めたか兄ちゃん……って、おい、なんだか怪我が増えてねぇか?」
入ってきた元一朗を見たサイゾウが眉を動かす。
「……面倒をかける」
体のあちこちにあざを増やした元一朗は、質問には答えずそう言って頭を下げた。服はアキトが用意した普通の物に着替えてある。
経緯はどうあれ意識のなかった自分に宿を提供してくれたのはこの人物だという。たとえ、極悪非道な地球人の一人といえど借りは返さねばならぬ。
「まぁこいつの紹介だ。猫の手よりマシなら文句は言わねぇよ」
そう言うとサイゾウは仕事に戻る。
「それじゃ皿洗いを頼むな」
エプロンを付け直した男……テンカワ・アキトという名前だそうだが……が、さっきまでとはまるで別人の様に言った。
「…………」
髪をしばり二人と同じようにエプロンをつけた元一朗は無言で流し台に向かった。
皿洗いの合間に手が空くと月臣はアキトを観察していた。
どこからどう見ても要に見える。しかし要では無いと言う。確かに雰囲気は違うのだが。
それはさておいても、ここが本当に地球だというのなら……まぁ、木星や火星と言われるよりは信憑性が高い……自分には脱出の手段がない。味方が侵攻してくるまで隠れ住むという手段もあるが、あの男は遠くない日に自分を月で解放するという。罠かもしれないが、チャンスではある。いずれにしろ体調を整える必要があった。
「……うまいな」
月臣は正直な感想をもらした。
初日の仕事が終わって、サイゾウとアキトとの夕食の席でである。
空腹ということもあったが、素直においしかった。
「まぁまぁだな」
サイゾウがそう言うとアキトは苦笑した。作ったのはアキトである。
月臣は敵地で食事を与えられてがっつくのもどうかと思ったが、
『いいから、とりあえず今は食っとけ。身体を治すには食うに限る』
とサイゾウが言い、
『お前は働いているんだから、これは正当な代価って奴さ。何の気兼ねもせずに食えよ』
とアキトが言うので月臣は素直に従っていた。
食事を終え、風呂を浴び、浴衣に着替えて、布団に入って寝る。
こんなことをやっている場合かと、頭では思うのだが。
「まるで見張っている気配がないとかえって……」
本当に見張られている気配がない。
あのテンカワという男なら気配を消すぐらいのことはやってのけるだろうが、それにしては家の中にサイゾウとアキトの寝ている気配がある。まるで、逃げたかったらいつでも逃げろと言わんばかりだ。
そして、逃げろと言われると逆に逃げられないのが月臣だった。
「……敵に背中を見せられるか」
月臣は布団を被りなおした。
<現在、ナデシコ会議室>
例によって意味不明に薄暗い空間に、アカツキ、アキト、イネス、ユリカの4人が座っていた。
「……覚悟、かい?」
アカツキが問い返した。
「はい。これから先は覚悟がなければ行けません」
うなずくユリカ。
「ふるいにかけるようなものよ」
イネスが口をはさんだ。
「しかし、これまでの経緯はこの前の一件である程度知られている。もし、そんなことをすれば僕は……」
「このうえなく悪役だな。嬉しいだろ?」
アキトが笑った。
「やれやれひどいなテンカワ君。よりにもよってそこまで損な役割を回すのかい? ……ま、確かに嫌いじゃないけどね、悪役」
肩をすくめるアカツキ。
そうして信用だの予想されうる損失だの費用対効果だのを頭の中で試算する。
(……なんていうか損してる気がするんだけどねぇ)
他の誰にも洩らせないので詳細な計算は難しい。
……とはいえ、おもしろそうだった。
「オーケイ、乗ろうじゃないか」
<数ヶ月前、雪村食堂>
ザッザッザッザッ
一心不乱に包丁を振るい、キャベツの千切りを大量生産している月臣。
その合間にも正確に時間を見計らい、茹で上がった麺を器に移す。
「筋は悪くねぇな」
野菜炒めを作るかたわらサイゾウが呟いた。
「そうっすね。意外っていうか何ていうか。舌さえ鍛えりゃコックになれるかも」
炒飯を皿に移しながらアキトが答えた。
やるからには真剣勝負、一切手抜きなし、決死の戦いに臨むといった様子で仕事に励んでいる月臣は数日の間にかなりの上達を見せていた。アキトも客のいる時間と仕込みの時間以外は暇なので簡単な料理の作り方を教えていたので、店の料理はともかくとして、夕食は月臣に作らせれる程度になっていた。
(まぁ、わかっちゃいたけど、これはこれですごいことだよなぁ)
地球側でもっとも強力な戦艦であるナデシコのパイロットであるアキトと木連のエリート集団である優人部隊の一艦長である月臣が地球の小さな食堂で一緒に働いているのである。軍や木連が知ったらどんな顔をすることやら。
<現在、ナデシコブリッジ>
「要!?」
アキトを見るなりユキナが叫んだ。
「「「……言うと思った」」」
異口同音に呟く一部乗組員達。
一人乗りのポッドから回収されたユキナが、紆余屈折の後ミナトに伴われてブリッジに出頭した所である。
アキトは苦笑しながらユキナに歩み寄る。
ユキナと一緒にいるミナトに目でうなずくとユキナの前にかがみこんだ。
「こんにちはユキナちゃん。あいにく、俺は要って奴とは違うんだ。名前はテンカワ・アキト。よろしくね」
「テンカワ……アキト?」
「うん」
「……どっからどう見ても要じゃない」
「たはは」
アキトは再び笑った。
どうやら朱鷺羽要という人物は本当に自分と瓜二つの姿をしているらしい。初対面で間違えなかったのはユリカだけだったらしい。ということは、おそらくその人物は……。
アキトはそこで思考を止めた。これはどうしても結論を出さなければならないような問題ではない。なるようになれ、だ。
「……とりあえず君の味方だって点においては、そいつと一緒だよ。安心して、白鳥さんの所へ帰るまで、俺が必ず君を守るから。なんだったら月臣にでも聞いてくれ。あいつなら保証してくれると思う」
「え、元一朗を知ってるの?」
「ああ、あいつとはちょっと縁があってね。この前も一緒に料理したりね」
「えー!? あんたなの、元一朗に料理を教えたの!?」
「そうだよ。うまくなってたろ?」
「うんうん! あたしびっくりしちゃって! へーそうなんだぁ!」
勢いよく頷くユキナ。
容貌が要と同じで、月臣の知り合いという共通項を持つアキトを相手に肩の力が抜けたのか素直な笑顔を見せている。
「ちょっとアキト君駄目よ、ユキナちゃんにまで手を出しちゃ。あなたには艦長もルリルリもラピスちゃんもいるでしょ?」
隣からミナトが笑いながら口を挟んだ。
「わかってますよ。ユキナちゃんになにかあったら、月臣より先に白鳥さんに殺されちゃいますから」
同じく笑顔のアキト。
「ふーんだ、地球人なんかにやられないですよーだ」
口調はともかく笑顔で舌を出すユキナ。
「コホン」
話が一段落したところでユリカが歩み出る。既に艦内放送の準備も終えている。
ユキナの肩に手を置いてユリカは口を開いた。
「私は白鳥ユキナさんの言葉を信じます。そして、私の持てる力と権限の全てを駆使して、彼女の生命と権利を擁護します。ナデシコはネルガル並びに軍の上層部に働きかけ、彼女が持ってきた地球と木連の和平交渉の実現に向けて全身全霊で努力することをここに宣言します。……針路変更。これよりナデシコは地球へ帰還します」
<数ヶ月前、サセボ某所>
月臣は河原にいた。
小川の水面に夜空の月が映っていた。
奇妙な共同生活は既に一週間が経過し、月臣の身体は万全であった。仕事にも慣れ、店に出す料理には到底およばないが、味付けに工夫が出来る程度には腕が上がっていた。
(……なにせ暇だったしな)
月臣は苦笑した。
「話がある」
初日に一度だけ垣間見た気配。それをまとったアキトに連れ出され月臣はここにいた。
「話とは何だ?」
月臣はアキトを促した。
「そうだな……俺が未来から来た、と言ったら信じるか?」
「……は?」
何を言っとるんだこの阿呆は? といった顔をしてみせる月臣。
「……だよなぁ」
苦笑するアキト。
「順に行こうか。俺達が10日だけ過去に戻ったという話はしたよな? まぁお前にしてみれば木連に帰るまでは信用できないだろうが」
「だが、あえてそのような嘘をつく理由も思いつかぬ。半信半疑ではあるが、どちらかといえば信用している」
「そうか。だとしたら数年過去に戻る可能性があることもわかるな?」
「……理屈ではな」
「それで十分。さて、厳密には違うが、今俺達がいるこの世界の未来に極めて近い世界から俺はここにやってきた」
「……それを信じろというのか?」
「信じてなくてもいい。ただ、その前提が頭にないと話が噛みあわない。信じる信じないは別として、とりあえずそういうことにして話を聞け」
「…………わかった」
しばし悩んだ後、月臣は頷いた。どのみち、今は言うとおりにするしか出来ることはない。
「まず、俺のいた世界では戦争は終わって、地球と木連が共存している。ま、多少の問題はあるがな」
「何だと!?」
<現在、ナデシコブリッジ上部デッキ>
「艦長」
ユリカの背後から声がかけられた。
「はい? なんですか提督?」
振り返るとなにやら真剣な表情のムネタケが立っていた。
「大事な話があるわ」
「……わかりました。お伺いします」
「…………」
そこでムネタケは再度周囲を確認した。
上部デッキには二人のほかはジュンしかいない。
ミナト、ルリ、ラピスがユキナと一緒に食堂に行ってしまったので下部デッキにはヘッドフォンをつけて雑誌を読んでいるメグミしか残っていない。
「コホン……あの木連の娘だけど」
「ユキナちゃんですか?」
「そうよ。……まだ間に合うわ、脱出させなさい」
「へ?」
「このまま連れ帰ったら、軍は……あの子を殺すわ」
「そんな!」
話が聞こえていたらしいジュンが叫ぶ。
「なぜですか!? あの子は和平の使者ですよ!」
ムネタケの所に詰め寄るジュン。
「だ・か・ら、消されるのよ」
ジュンの方を見てムネタケは言った。
「は?」
「いい? 軍も政府も相手は人間じゃなくて木星蜥蜴ってことで情報統制してるのよ。それなのに和平交渉なんて公表できるわけないじゃない。ばれないためにはそもそもそんな使者なんか来なかったことにするのが一番でしょ?」
「だとしても……一般に情報公開しないにしても、和平交渉は和平交渉で進めることに問題はないと思いますが」
「そうね。しばらく前の戦況ならそうだったかも知れないわね。でも、いまや地球も月も取り返して連合軍は押せ押せムード。この後は陣容を整えて火星奪還って所でしょうね。なんで自分達が優勢な時に和平交渉なんかしなくちゃいけないの?」
「そんな……」
「若いわねぼうや。……悪い意味じゃないのよ。これが当たり前と思ってるあたし達の方がおかしいんだから」
「でも提督はユキナちゃんのことを心配なされてますよね?」
黙って聞いていたユリカが口を開いた。
「え?」
ムネタケが振り返ると笑顔のユリカ。
「提督はユキナちゃんのこと心配なさってるじゃないですか。軍とは違いますよ」
「…………やめてよ。照れるじゃない」
「ふふふ」
頬を掻くムネタケを見て一層笑みを深めるユリカ。
「ちょっとユリカ。今はそれよりも……」
「ジュン君と提督に大事なお話があります」
ジュンを遮ってユリカが言った。一転して真剣な顔で。
「「はい?」」
<数ヶ月前、サセボ某所>
「白鳥が暗殺される……しかも、俺の手で、だと?」
震える声で月臣は呟いた。
「俺はお前自身の口からそう聞いた。実際、俺の目の前で白鳥さんは撃たれて、ナデシコに運ばれたが……まもなく、息を引き取った」
月臣の声と同じく震える拳を握り締めることで耐えてアキトは告げた。
「馬鹿な!! そのような戯言を私が信用するとでも思ったか!?」
「やはり信じられないか?」
「当然だ! 他の誰かならいざ知らず、この俺が九十九を殺すなどありえん!!」
「ふぅ……まぁ、そうだな。わかっていたことだ」
肩をすくめるアキト。
「なら、確かめてみるか?」
そう言うとアキトは小川のせせらぎに足を踏み入れた。川の中程、自然体で月臣に向き直ると不意にその身から月臣に匹敵する気迫が放たれた。
「それは……まさか!?」
アキトの振る舞いを見て取った月臣は驚愕する。
それは地球人が振るうことなど決してありえない業。
「……木連式柔」
アキトは月臣の疑問を肯定した。
「俺の言葉が真か偽りか、技を交わせばお前ならわかるはず。それでも、偽りと思うならここで俺を打ち倒してどこへでも行くがいい。だが、普段のお前ならいざ知らず、俺の話からわずかなりとも真実の欠片を読み取って、雑念の入った今のお前に果たして俺が倒せるかな?」
「く!」
「……行くぞ」
<現在、ナデシコブリッジ>
「悪いねテンカワ君、艦長」
ナデシコの起動キーをもてあそびながらアカツキが言った。
生きているウィンドウでナデシコの周囲を取り囲む連合軍の艦隊から制圧部隊が出撃しナデシコを接収するために接近してくる様子が見える。
「裏切る……いや、ビジネス、というわけか?」
艦内服のままで口調のみを変えてアキトが言った。
「ネルガルの利益になっている間は君たちとの共同作業もいいんだけどね、どうもそういうわけにもいかないようだし……少し、やりすぎだよ君達は」
「アカツキさん! あなたは!」
声を荒げるユリカ。
「感謝して欲しいな艦長。お父上を攻撃なんかせずにすんだんだから。ミスマル提督だって大事な一人娘に怪我させたくはないだろうしね。……それに忘れちゃいけない、ネルガルは営利企業で、軍は大事なお得意様だ」
『アカツキ会長。事をあらだてることもないでしょう。私がそちらに赴きます』
通信スクリーンの向こうからコウイチロウが言った。
「はいはい、お待ちしてますよ」
気軽に手を振るアカツキ。
<数ヶ月前、サセボ某所>
「はぁはぁはぁはぁ……」
月臣は背中を小川の水に浸し仰向けに転がったまま動けなかった。
「……勝負あったな」
静かに告げるアキト。
「……」
言い返すことの出来ない月臣。
木連式柔の技量はおそらく自分の方が上だ。
だが、アキトは自分の戦い方を熟知していた。加えて、木連育ちである月臣には、ここまで足場が悪く、さらに水に浸かっての戦いの経験はなかった。思えば、ただそのためだけにアキトは自分をここに連れてきたのだろう。戦う前に勝つ。戦のやり方としては理にかなっている。
なにより、アキトが指摘したとおり、迷いがあっては柔の実力を出し切る事はできない。一点の曇りもないアキトの柔に月臣は敗北した。
「……こんな言葉がある」
不意にアキトが言った。
「『熱血とは盲信にあらず』」
「……」
その言葉は不思議と月臣の胸に染み入った。
まるでずっと無くしていた身体の一部が不意に戻ってきたようなそんな感覚だった。
「誰の……言葉だ?」
「……お前だよ」
「俺の?」
「ああ、さっきいったクーデター……木連の若手将校の反乱の際にお前が飛ばした檄文の最初の一節だ。なんでもこれにちなんで『熱血クーデター』と呼ばれたそうだ」
「……」
「話すべき事は全部話した。後はお前が判断しろ」
「……」
月臣は目を閉じた。
「熱血とは盲信にあらず……か」
<現在、ナデシコブリッジ>
「久しぶりだなユリカ」
「……」
毅然とした目で自分を見上げるユリカに目を細めるコウイチロウ。
(冷静な目だ。動揺もなければ迷いもない。指揮官はこうでなくてはな。さすがは……)
「悪いようにはしない。木連の娘はどこだ?」
<アキトの部屋>
ギュッ
アキトは黒いグローブをはめ終わると拳を握って感触を確かめた。
バサッ
黒いマントを羽織る。最後にバイザーをつければ、黒い王子様の完成である。
「ほへーっ」
ぽかんと口をあけてその姿を眺めているユキナ。
コウイチロウとの通信が終わった直後、ユキナはアキトにブリッジから連れ出され、有無も言わさず部屋に連れ込まれた。かと思うと、いきなり服を脱ぎだしたもんだから蹴りでも入れてやろうかと思ったが。……出来上がりは、悪くない。その、ちょっと……格好いい。
アキトは拳銃の弾を確認するとホルスターにしまった。
「最初に言っておく。今、地球の軍に捕まったら、お前は殺される」
口調すら変えてアキトが言った。
さっきまでよりは要に似ている気がするが、やはり要とは違う。特に伝わってくる雰囲気が。
「君のことだ。覚悟も度胸もあるだろう。そこは心配していない」
かすかに口元を上げるアキト。どうやら笑ったらしい。
「……あんた、さっきまでとまるで別人だね」
「よく言われる。……少ししたら、この艦から脱出する。生憎、他の乗員と違って君と俺は発見されたら捕ま……」
ガンガン!
扉を叩いている音がした。
「噂をすればなんとやら、だな」
「なに!?」
「軍のお迎えだ」
「ど、どうしよう逃げなきゃ! 隠し通路とか無いの!?」
「ナデシコのことだからもしかするとあるかもしれないが、君と俺に限って言うならわざわざ探す必要はないな」
「へ? きゃっ!」
ぐいっとアキトの胸元に引き寄せられるユキナ。
「ちょ、ちょっと!」
「悪いが時間が無い。ジャンプした後で説明する」
外からは銃声が聞こえていた。実力で扉を破る気らしい。
「ジャンプって……え?」
周囲が光輝に包まれる。
「……ジャンプ」
制圧部隊がアキトの部屋に乗り込んだ時には中はもぬけの殻だった。
<貴賓室>
「どうもお久しぶりですアカツキ会長」
コウイチロウはそう言って挨拶した。
「……そうだね」
ソファに座ったまま答えるアカツキ。
プロスペクターは襟を直す振りをしてルリの顔をしたボタンを押す。
<ブリッジ>
『『……』』
オペレータ席でぼーっとしている二人の少女。といっても見た目はいつもと大して変わらない。広いブリッジには二人しかいない。縛り上げられて猿轡と目隠しと耳栓をされた兵士が何人かハッチ前に転がされている気もするが気のせいだろう。
ピコン
ウィンドウが浮かんだ。顔を上げる少女二人。
画像は無いが音声は聞こえる。それで十分だ。
「ルリ」
「来ましたね。ラピスは兵隊さんの位置のチェックと妨害をお願いします」
「わかった」
二人はあらかじめ決めておいた段取りに従って作業を開始した。
<格納庫 エステバリスアキト機そば>
『本当にお前が乗る気か?』
顔のすぐ横に浮かんだウィンドウの中でウリバタケが言った。
それを聞いて肩をすくめるジュン。
「しかたありませんよ。テンカワとユリカにミナトさんのこと頼まれてますし……」
二人が会話している横では整備班の面々がバッテリーの山を三人娘のエステの所に運んでいる。
『しかしよぉ』
「それよりジュン君! 本当にユキナちゃんは無事なんでしょうね!?」
『おぉっとぉ!』
二人の間に無理矢理顔を割り込ませるミナト。
だがジュンは落ち着いて答える。
「安心していいですよ。言ったでしょ? テンカワがついているんです。テンカワと彼女だけだったらいざという時いつでもボソンジャンプできます。それでもミナトさんも一緒の方がいいだろうってユリカが言うからわざわざテンカワのエステバリスなんかに乗ってるんですよ」
「まぁ……アキト君がついてるなら大丈夫だとは思うけど」
「ウリバタケさんも段取りをお願いします。大丈夫、まっすぐ飛ばすだけなら僕でも大丈夫ですよ」
『しゃあねぇなぁ……お?』
クルーの手元にルリが送ったウィンドウが浮かんだ。
<貴賓室>
「お父上に似てきましたな」
ユキナのことには触れず、コウイチロウはそう切り出した。
「……どういう意味だい?」
不機嫌そうな表情で見上げるアカツキ。
「以前にお父上に会ったのは確か火星でクーデターがあった頃でしたな……」
アカツキの問いには答えず昔を思い出すようにコウイチロウが言った。
「おや、クーデターですか? 確かテンカワの両親が亡くなったのもその時でしたわね」
ムネタケが口を挟んだ。
「おや、よく知っているねムネタケ君」
「いえいえ、火星についてはそれなりに勉強しましたから」
<ナデシコ機関部>
「ちょ、ちょっと、何よ! なんだったのよ!?」
そうユキナが聞いたのは落ち着くのにかなりの時間を要した後だった。
「簡単に言うとこの服には君達の言う時空跳躍門と同じ機能が組み込まれている」
そう言って親指で自分の胸を指すアキト。
「そんな……だって、木連でも優人部隊やあたしみたいな優人部隊の補助部隊員しか時空跳躍には……」
「まぁとりあえず俺にも君達と同じ処置が施されていると思えば……始まったな。お前も聞くだろう?」
手元に浮かんだウィンドウを見てアキトが言った。
「え?」
「君じゃない」
そう言ってユキナの背後を見るアキト。
「……」
エリナがそこに立っていた。
<貴賓室>
「結果として残ったのはテンカワ博士を含む犠牲者が死んだという事実のみ……」
「それはまるで図ったようなタイミングですねミスマル提督」
「私もそう思うよムネタケ君」
コウイチロウとムネタケは先程から延々と火星で起きたクーデターについて語っている。
「それで……いったい何が言いたいんだね?」
不機嫌そうな声でアカツキが尋ねる。
「ネルガルは知っていたのではないですか? クーデターの計画の一部始終を……」
<ナデシコ機関部>
「!?」
慌ててアキトにしがみつくユキナ。
「別に取って食べたりしないわよ」
肩をすくめるエリナ。
「……私がここにいるということについては驚かないのね」
「たいしたことじゃない。ボソン粒子の反応を追えばいいだけのことだ」
「あっそ」
実際、その通りにしてアキトの居場所を発見したエリナだった。
「なんでまだ艦内にいるの? あなたならどこへでも跳んでいけたでしょう?」
「そういうお前はなぜ兵士を連れてこなかった?」
「連れてきた所ですぐにジャンプして逃げるだけでしょ?」
「ならお前自身がここに来た理由は?」
「さぁ……自分でもよくわからないわ」
実際、わからないのか途方にくれたような顔をしているエリナ。
(ま、今回は俺が好きとかいうこともないだろうしな。ナデシコにかなり染まって状況に戸惑っているというところか)
「ならせっかくだ。最後まで聞こうじゃないか」
手元のウィンドウを示すアキト。
会話はまだ続いている。
<貴賓室>
「何のことだかさっぱりわからないな」
アカツキは手を振ってとぼけて見せた。
「では、私がご説明いたしましょう」
「!?」
突如割って入ったプロスペクターに表情を険しくするアカツキ。
「当時、私は火星支社の方にいましてね。あまりにも都合のよすぎる展開が気になったので調べてみたのです。その結果……」
<格納庫>
「当時、テンカワ博士はボソンジャンプ技術を広く世界に公開して人類に役立てようとしていた。だが、ネルガルはジャンプ技術、ひいては来るべき新時代の利益を独占しようとはかった」
ジュンの説明を黙って聞いているパイロット達や整備班の面々。
「ちょっとジュン君。そんなことどこから……」
「ちょっとテンカワを見習ってみました。人間やる気さえあればできることはいろいろとあるんですよ……そろそろです」
<貴賓室>
「ネルガルの決定は暗殺。そしてテンカワ夫妻は亡くなり、ジャンプ技術は闇の中へと戻された」
プロスペクターが説明を終えるとアカツキは肩をすくめた。
「……そうだ。父はボソンジャンプの独占を図った。そのためにはテンカワ博士は邪魔者以外の何者でもなかった。そういうことさ」
<格納庫、管制室>
「いいのかい? お前さんは」
一旦マイクを切ってウリバタケが聞いた。
隣にはパイロットの中でただ一人だけ残っているイツキが立っている。ちなみにガイはいざという時の時間稼ぎのためにということで、クルーの有志一同を率いて格納庫へ通じる各所へバリケードを築いている。
(アホだな、あいつは……まぁ、本音はメグミちゃんを置いていけないとかそんな所だろうが)
「……はい」
ウリバタケの問いに少し間をおいて頷くイツキ。
「きっと、私にもやるべきことがあるんです。それはたぶんここに」
「……」
カリカリと頭をかくウリバタケ。
「それにしても……テンカワは知ってたのかねぇ」
ウィンドウから流れてくる会話を聞きながら言った。
「……間違いなく」
確信をもって頷くイツキ。
「……強いな、あいつは」
「それは……わかりません」
「え?」
「ただ、テンカワさんも艦長も前を向いて歩いている。そういうことなんじゃないかって思います。たぶんですけど」
にっこり微笑んでみせるイツキ。それはどこかユリカの笑顔に似ていた。
「……イツキちゃんも前を向いて歩いてるってわけか」
笑みを浮かべてウリバタケは言った。
「え? そんな、私なんかとんでもない!」
わたわたと両手を振って否定するイツキ。
「まぁいいさ……おら、手止めるな! 時間はねぇぞ!」
再びマイクのスイッチを入れるとウリバタケは怒鳴った。
<ナデシコ機関部>
「さて、そろそろ行くか」
あらかた話が終わったと見たアキトが口を開いた。
「ちょっと!」
ユキナが声を上げた。
「ん? どうかした?」
「テンカワってあんたのことでしょ! あんたのお父さんとお母さん殺されたんでしょ!?」
「それが?」
「それがって……なんで平気なのよ!? 恨んでないの! 今、仇があそこにいるんでしょ!? やっつけないの!?」
「……いや、まぁなんていうか。俺も別に許した覚えもないんだけど……」
口調だけ元に戻して、頬を掻くアキト。
(まぁ、恨むっていうなら、火星の後継者連中の方がよっぽど、だったしな)
「俺の両親を殺したのはアカツキの父親とその取り巻き。アカツキじゃない。そして、父親は死んで、その取り巻きもいない……それだけさ」
「だからって!」
「……」
ここで代わりに怒ることができる。憎い地球人同士の間のことに過ぎないのに。
それがユキナの強さだろうとアキトは思う。
(貴重な子だ……木連も捨てたもんじゃない)
「サンキュ、ユキナちゃん。でもいいんだ。親の罪を子が被ることはない。……そうじゃなきゃ木連と地球も仲良くはなれないよ」
「……あたし達にも地球人を許せっていうの?」
険しい目をアキトに向けるユキナ。
「とんでもない。君達は大いに憎めばいい。むしろ奨励したいくらいだよ。ただし、地球人じゃなくて地球の政府と軍をね。何も知らない下級兵士や一般の人たちを殺す権利は君達にも俺達にも無い。そうでなければいつまでたってもいたちごっこだ」
「そんなこと……急に……言われたって」
ユキナはうつむいた。声が小さくなっていく。
「いいんだ、ごめん。とりあえず、今はここから逃げ出そう。……そういうことだ」
そこでエリナに視線を向けた。
「呆れたものね、ネルガルから逃げられると本当に思ってるの?」
「思わないけど思っている、ここがポイントだ……またな」
アキトが口元をゆがめると、アキトとユキナが光輝に包まれた。
<貴賓室>
「あの娘はどうなります?」
コウイチロウが言った。
「軍も政府も今は主戦論が占めている。実際押しているように見えるからね。木連がどれだけの戦力を持っているかを知りもしないくせに。……いずれにしろ、あの娘は邪魔だ」
「……殺されますか」
「間違いなくね」
「ふぅ……」
プロスペクターが息を吐いた。
「そういうことです、みなさん」
「「「?」」」
首をかしげるアカツキと兵士達。
その瞬間ユリカが大声で叫んだ。
「アキト逃げて!」
「「がはっ!」」
大声に驚いた瞬間にプロスペクターとゴートの肘を受け崩れ落ちる兵士達。
すかさずライフルを奪うと二人はドアを破って外へ向かって威嚇射撃を開始した。
「馬鹿な真似を! はぅあっ!」
くわん! と、小気味いい音がすると、立ち上がりかけたアカツキがへなへなと崩れていく。
「ふふふ」
どこからか取り出したフライパンでアカツキの後頭部を一撃したコウイチロウが笑みをもらした。
「さっすがお父様!」
笑みで返すユリカ。
「やれやれ」
手にした拳銃を懐に戻すとムネタケは肩をすくめた。一瞬遅れていれば、ムネタケがそれでアカツキの首筋を強打するつもりだった。
<ナデシコ上空>
『アキト逃げて!』
その声が響いた瞬間、4機のエステバリスがカタパルトから飛び出した。
先行する3機が包囲網を突破すると残りの1機が続く。
『じゃーな』
『またねー』
『ごっつぁんです』
「君達も気をつけて」
ジュンが答えると3機は別方向へと飛び去った。
「ミナトさん、軍を振り切ります。とばしますからしっかりつかまっててくださいよ」
「オーケー、ユキナちゃんのところまでお願いね」
『逃げて! みんな逃げてーっ!!』
ユリカの声を背後に聞きながらエステバリスは水平線の向こうに消えた。
<ブリッジ>
「そろそろ行きましょうかラピス」
「うん」
同時に席を立つルリとラピス。
入り口の方が騒がしくなっていた。とはいえ仮にも戦艦のブリッジのドアである。実力で破るにしてもまだかなり時間はあるだろう。
二人は前もって用意されていた専用の縄梯子を昇ると、通気口へと消えた。
<貴賓室>
「それじゃムネタケ提督、後をおねがいします」
びしっと敬礼するユリカ。
「それはいいけど……どうする気?」
腕を組んで思案顔のムネタケ。
「そうだぞユリカ」
扉の所ではプロスペクターとゴートが兵士達と激しい銃火を交えている。
「てっきりテンカワ辺りが迎えに来るんじゃないかと思ってたのに」
「やむをえん。ユリカ、ここは一旦私がお前を逮捕したことにして……」
チャラン
ポケットから鎖のついた石を取り出すユリカ。
「なに、それ?」
「ユリカ? なんだねそれは?」
CCの実物を見るのは初めてのムネタケとゴート。
(……なるほどね)
わずかに開いた目でCCを見てとってこっそり笑みを浮かべるアカツキ。
「それじゃ、行ってきます」
言うなり、石とユリカの周囲が光に包まれる。
「ああ、これが……」
ようやく納得のいった表情を浮かべるムネタケ。
「ユリカ!?」
ユリカはゆっくりと目を閉じた。
「……ジャンプ」
「……」
山に囲まれたその場所をユキナは知らなかった。
当然だ、地球というこの星ではどこにいってもユキナにとっては初めてな場所ばかり。
(……お兄ちゃんがいない。もちろん元一朗も要もいない)
自然と目が潤んで来る。
「……怖いかい?」
背中から声がした。どこかさっきまでと声が違う気がしてユキナは顔をあげた。
「……」
バイザーを外したアキトが優しい瞳で自分を見つめていた。
(こいつは要じゃないけど……もちろん、お兄ちゃんでも元一朗でもないけど)
不安な気持ちが不思議なくらいにとけていく。
「…………ううん、平気」
ユキナは首を振ると笑った。
「……強いな、君は」
ぽん、とユキナの頭に手をおくアキト。
「あ……」
何か答えようとしたユキナは目の前に生じた光に声をあげた。
そこにゆっくりと人影が現れて……