花は散ります

 

 

「艦長、この箱はこっちでいいっすか?」

「あ、はい。そっちにお願いします」

真新しいマンションの一室に段ボール箱を次々に運び入れる私服姿のサブロウタ。同じく私服姿のルリがあれこれと指示を出している。

 

 

花びらが散って

 

 

「サ、サブロウタさぁん……た、たすけ」

「ん? どうしたハーリー……馬鹿野郎!」

どたばたどたばた!

 

 

寒い冬を耐えて

 

 

「ふぅ、死ぬかと思った」

荷物に潰されかけたハーリーは九死に一生を得てほっと息をついた。

「身の程を知れよ。この重さで、お前一人で運べるかどうかくらいわかるだろう」

大きな箱を軽々と担いでいくサブロウタ。

 

 

迎えた春に

 

 

「僕だって……男ですから」

段ボール箱を抱えたままうつむくハーリー。

「……だったら、まず身体を鍛えろ。気合だけじゃどうにもならんこともある」

ドアの前で人生相談をする男二人。

 

 

花は咲きます

 

 

「こんにちは」

そう挨拶してルリは引越しを始めた。

発端はルリが前に住んでいた部屋の住所がマスコミに漏れためである。報道管制で抑えている内にさっさと新しい住居に引っ越すことにしたのである。ネルガル系列の不動産の紹介なのでそうそう情報は漏れないはずだ。

家財道具も少ないし引越し業者には頼まなかったが、少し前から手伝わせろと言っていたサブロウタには素直に頼むことにした。……やはりハーリーもついてきたが。

 

 

何度花が散っても

 

 

「それにしても前の部屋に比べて広いっすね」

少なくとも前の部屋は普通の一人暮らしの広さだった。今度の部屋はあきらかに前より広い。

「……もしかしたら二人暮しになるかもしれませんから」

「え!?」

狼狽するハーリー。

 

 

生きている限り

 

 

「……ああ、あのお嬢ちゃんですか」

何か勘違いしているハーリーを軽く蹴っておいてサブロウタは言った。

「ええ……まだ、直接会ったこともないんですけど」

 

 

花はまた咲きます

 

 

「わっ!」ズボッ

軽い蹴りであっさりバランスを崩したらしいハーリーが段ボール箱を突き破る。

「……おまえなぁ」

筋力・体格は年齢的な制約があるので仕方ないが、反射神経とかバランス感覚は別である。その辺り木連育ちのサブロウタの基準は厳しい。

「ハーリー君、大丈夫?」

 

 

どれだけきびしい冬が訪れても

 

 

「あれ、これなんですか?」

突き破ったダンボールから引き抜いた手に引っ掛かった物を目の前に持ってくるハーリー。

「おいお前、御婦人の荷物を……ん?」

 

 

生きている限り

 

 

「「猫?」」

猫の着ぐるみとでもいった風な衣装を見て首を傾げる二人。

「……」

ルリの目が一瞬驚いたように見開かれた後、懐かしい物を見るように細くなる。

 

 

花はまた咲きます

 

 

がさがさ。

エリナは先刻ルリから預かった荷物のチェックをしていた。

「……」

中身を見てしばらく絶句する。

「まぁ……サイズは問題なさそうね」

がさがさ。

 

 

必ず

 

 

ごそごそ

じたばた

すてんころん

「……」

ラピスはどうにか“それ”の装着に成功した後で、『で、この後いったいどうしろと?』という状況に陥っていた。

ピコン

気を利かせたのかオモイカネ・ダッシュがラピスの前にウィンドウを表示する。

「?」

ウィンドウにはただひらがなが並んでいるだけだ。

とりあえずラピスはそれを読んでみる。

「……にゃお?」

 

 

きっと

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<サセボ 雪村食堂>

 

 

「アキト! 酢豚定食、中華丼、チャーシュー麺で中華丼は大盛りねっ!」

「あいよ! 八宝菜あがったぞ!」

「了解っ!」

「おーいお姉ちゃん、注文」

「はいっ! ただいまーっ!!」

どたばたどたばた、それでいて手際よく、効率的に、やたら元気に、何よりとても嬉しそうに仕事に励んでいる若夫婦ならぬ……あ、いや、若夫婦は若夫婦だが……アキトとユリカ。

 

「おい、兄ちゃん」

横目で二人の様子を眺めていたサイゾウがジュンを呼んだ。

「はい、なんです?」

皿洗いする手はそのままに顔を上げるジュン。

「あの二人、どっか別の店でもやってたのか? 妙に手馴れてるじゃねぇか」

「いえ、テンカワはともかくユリカはそんなことは……あ、いや、もしかしたらあったのかもしれないか……ややこしいな」

 

結局の所、ユリカとアキトが数年程自分達より多くの時間を過ごしているらしい事は聞いたが、その間何があったのか詳細は不明だ。察しがつくのはルリと一緒に生活していたらしいということくらいだ。確かに、未来(に極めて近い)のことを知る事はよいことばかりではないから、情報を出さないというのは正しい選択だとジュンも思う。……思うのだが、どうにももどかしい気持ちがあるのが問題だ。

(これが単なる嫉妬とかヤキモチとか言うなら簡単なんだけどなぁ……)

どうやら本当に夫婦だったらしいユリカとアキトに今更どうこう言う気も無いジュンだった。相変わらずいい人である。

 

「ま、俺は別にいいんだけどよ」

なにやら考え込みだしたジュンを見てサイゾウが言った。

ここしばらくユリカや他のウェイトレス目当ての客も増えてきて繁盛している。もっとも、よっぽど混まない限りユリカ一人でどうにかしてしまうのでそうそうもう二人の出番はないのだが。

 

 

 

 

 

<数週間前 雪村食堂入り口前>

 

 

「ども、ご無沙汰してます。いきなりなんすけど、住み込みで雇ってもらえませんか?」

外したバイザーを持った手で頭をかきながら黒づくめ黒マントの男が言った。その後ろには男一人、女二人、少女一人。

「…………ふぅ」

煙草を取り出すとひとまず一服するサイゾウ。

立ち上る煙を眺めた後で口を開く。

「……とりあえず何か食わせてやる。入んな」

そう言って店に引き返すサイゾウを見てアキトは心底嬉しかった。

 

「お邪魔しまーす」

慣れているので無頓着に入っていくユリカ。

「し、失礼します」

その後ろから小さくなって入っていくジュン。

「えっとぉアキト君?」

状況がまだ飲み込めないミナトはアキトの顔をうかがう。

「あ、大丈夫っすよ。俺がナデシコに乗る前に世話になってた所です」

「それはなんとなくわかるんだけどね」

「はへーっ」

『雪村食堂』と書かれた店を呆けた様に眺めているユキナ。

街並みも珍しいが、店そのものも珍しい。要するにどこにいっても珍しい事だらけだが。

「ユキナちゃん。この前、俺が月臣と一緒にいたのってこの店なんだよ」

「え? えーーーーーーーーーーーっ!?」

甲高い声で叫ぶユキナ。

「げ、元一朗が!? こ、ここ!? ち、地球の店!? えぇぇぇーーーーーっ!?」

どれに驚いたらいいのか困っているユキナの背を押して入っていくアキト。

「まぁそういうことだからユキナちゃんも遠慮せずに入って入って」

 

 

「……ちったぁ遠慮しろ」

聞こえていたのかアキトを睨むサイゾウ。もっとも顔は笑っている

「あ、すんません」

「ほれ、さっさと着替えて来い」

そう言いながらエプロンをアキトヘ放り投げるサイゾウ。

「え?」

「そんな格好で包丁持つ気か?」

「えーと……」

アキトは自分の姿を上から下まで見る。無論、黒一色。包丁を持って歩いたら確実に警察を呼ばれるだろう。

「まさか、俺一人に作らせる気じゃねぇだろうな?」

「あ、いや、いいえ、とんでもありません。すぐに!」

奥へ駆け込むと、あっという間に普段着に着替えたアキトが現れて慌てて厨房に駆け込む。

店の中で待つ4人の所にほどなくいい匂いが漂ってきた。

 

 

 

 

 

 

第18話 『散ってまた咲くその花の名は』

 

 

 

 

 

 

 

<現在 雪村家 縁側>

 

 

「ほんと洗濯日和よね〜」

洗濯物を取り込みながらミナトが言った。

「びより?」

洗濯物をたたむ手を止めるユキナ。

「お洗濯するのにとってもいいお天気ってこと。ナデシコの中じゃ乾燥機しかなかったけど、やっぱり洗濯物はお日様で乾かすのがいいのよね〜」

「…………」

「お日様と自然の風で乾かすとね…………ほら!」

そう言ってシーツをユキナに手渡すミナト。

「ね、ふっかふか」

「…………」

「やっぱりお天気のいい日はいいわ〜」

ぐっと身体を伸ばすミナト。

「ね?」

「…………」

シーツで顔を隠すユキナ。

「あ、あんたなら……いいかもね」

「ん?」

「ちら」

シーツから目だけを出すユキナ

「ちょっと、いや、かなり悔しいけど」

「?」

「……地球人にも……いい奴がいる」

「悪い奴もいっぱいいるけどね」

「「ふふふふふふ」」

顔を見合わせると二人は笑いあった。

「……なんとかみんなと連絡取れればいいんだけどね」

「…………」

 

 

 

 

 

<ヒラツカドック ナデシコ艦内>

 

 

「残ったのは半分くらいかい?」

アカツキが言った。

ネルガル会長という立場でナデシコ艦内を視察している途中である。形式的には今日初めて訪れたということになる。

「補充要員はまもなくそろいます。人格面は問題ありません。ですが能力的に多少落ちるのは仕方ないかと……」

身をかがめて耳打ちするゴート。

「まぁ反乱を起こされるよりはいいけどね。いざとなれば三番艦や……おや?」

 

近くを歩いていたイツキがアカツキ達に気付く。

「……」

イツキは無言で目礼するとそのまま歩き去った。

「おやおや……嫌われちゃったもんだねぇ」

 

 

「あら? こんにちは会長」

ブリッジに入ってきたアカツキを見て挨拶するムネタケ。

「ども。……いかがですかクルーの様子は?」

「そうねぇ、命令はちゃんと聞いてくれるんだけど、今ひとつ……ね。ま、無理もないわ」

肩をすくめるムネタケ。

アキトの両親暗殺を始めとする暴露話とそれに伴う一部クルーの脱走。それに続く乗組員達の相次ぐ退職。結果的にナデシコは人員不足で戦闘どころかまともに動くことも危うい状態であった。

「すぐにちゃんとしたスタッフをそろえますよ。もちろん優秀な艦長もね。一月と経たずまた宇宙に戻ってもらいますよ」

「ええ……よろしくお願いするわ」

 

 

 

 

 

<雪村食堂 厨房>

 

 

ジャー、ジャー

「ここで手早く炒めることがポイントだ」

中華鍋を振りながらアキトが言った。

「「「ふむふむ」」」

頷くユリカ、ミナト、ユキナ。

「基本的に中華料理は強火で豪快にやるのが一番。細かい事は後から覚えていけばいいよ」

「「「ふむふむ」」」

 

「あいつが人様にものを教えるようになるとはね……変われば変わるもんだ」

煙草片手にのんびり見物中のサイゾウ。昼の時間帯も終わり休憩中である。

「あっちはあっちで何をやってるんだか」

 

 

<雪村家 居間>

 

 

「優人部隊は後退したか。やはり木連は一旦戦力の再編を……」

ジュンは軍の回線に割り込んだ端末を前にうんうんうなっていた。

 

 

 

 

 

<ネルガル重工 本社会長室>

 

 

「なめられているのか、本当に馬鹿なのか……どっちだろうねぇ?」

ナデシコの脱走クルーの追跡監視報告を見たアカツキが言った。最重要人物達はそろってのんきに食堂で働いているとある。およそ隠れるそぶりすらない。

「残るクルーの内、オペレータ2名及びパイロット3名の行方が確認されていません」

エリナが報告をしめくくる。

「おちびちゃんたちは食堂組と一緒と思ったんだけどねぇ。……まぁいいさ。これがない限りナデシコは動かないしね」

ナデシコのメインキーを掌の上でもてあそびながらアカツキが言った。

「ゴート・ホーリー、君の処遇についても考えないとね」

隣に立つゴートを横目で見ながら言う。

「……」

「ま、いいだろう。そのうちに……とりあえず要注意の連中はもしもという場合に備えて……」

 

 

<ネルガル重工 本社内図書室>

 

 

「……やれやれ、なにやら物騒な雰囲気ですな」

カウンターでぶつぶつとつぶやくプロスペクター。ネルガル本社のセキュリティなどなんのその会長室を盗聴中である。

「問題はこの事態すら予測済みなのかどうか……やれやれ、秘密主義も結構ですがもう少し段取りを教えて頂きたいですな」

(……それとも私ならそのくらい予想して当然とお考えになっているのですかな?)

思考は甲高い声に遮られた。

「プロスさーん! この本どこですかー!?」

「プロスさーん! これの分類わかりませーん!」

「あはははは、プロスさん! 何で社内報に漫画が載ってるのー!」

なぜか一緒に異動させられたホウメイガールズ達がわいわいと騒いでいる。

「ははは……左遷というには少しぴちぴちしすぎてますな」

 

 

 

 

 

<某デパート屋上 特設ステージ>

 

 

「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」

着ぐるみの怪人が悲鳴をあげて吹っ飛んだ。

「見たか! これが正義の力だ!!」

怪人の頭を踏みつけてポーズをつける覆面戦士。会場が一斉に沸いた。

 

 

「おつかれさんっす!」

覆面戦士が楽屋裏に戻ると裏方衆が声をかけた。

「おー、おつかれ」

男はマスクを取って返事を返す。

多少息は荒いが周囲で倒れている着ぐるみや同じ覆面戦士達に比べれば元気なものだ。

「相変わらずすごい人気っすね」

会場のほうからはまだ子供たちの声援が聞こえている。

「まぁな。もっとも人気があるのはこっちのほうだろうけどな」

小道具係に手にしたマスクを投げ渡しながら男が言った。

「いやぁヤマダさんの演技がいいんですよ」

そういわれた途端に男が叫んだ。

「だからぁ、ダイゴウジ・ガイだっつってんだろ!!」

「いや、さすがに芸名はまだ早いんじゃ」

「芸名じゃない! ダイゴウジ・ガイは魂の名前だ!!」

「あーそういや、その魂の名前に面会っすよ」

「あん?」

「ちょっと前に来て、ショーの最中だっつったら、終わるまで外で待ってるとかなんとか。なんかちょー可愛い女の子でしたけど」

「「「「「えーっ!?」」」」」

「「「「「まさかヤマダさん彼女もちっすかぁ!?」」」」」

「ダイゴウジ・ガイだ!!!!」

 

 

「ガ〜イさん」

ハートマークつきの声がガイに呼びかけた。

「おう」

軽く手を挙げるガイ。

着替え終わったガイを待っていたのは予想通りメグミだった。

「「「「「嘘だぁーーーーーーーっ!!!!」」」」」

なにやら後ろの方で悲鳴が上がるが無視する。

「どうした? 珍しいじゃねぇか。俺の仕事場に来るなんて」

「えへへ、ちょっと興味があって」

「……ま、いいけどよ。元々お前に紹介してもらったんだしな」

 

 

 

 

 

<某所>

 

 

ずるずるずる

ずるずるずる

精密機器の微かな作動音以外聞こえない空間に麺をすする音が響く。

よく冷えるこの場所には熱い湯気の立ち上るラーメンがよく似合う。

 

 

 

<ナデシコ食堂>

 

 

「ごちそうさま」

そう言ってデザートのみかんの皮をむき始めるイネス。

「あいよ。悪いね先生、テンカワの手作りじゃなくて」

ラーメンのどんぶりを片付けながらホウメイが言った。

「あら、お構いなく」

「でもあたしゃ少し意外だったね。てっきり先生も降りると思ってたんだけど」

「今より給料貰える所があれば降りてもいいわねぇ」

みかんを口に放り込みながらイネスが答える。

「ははは、そりゃ違いないねぇ」

「そう言うホウメイさんこそどうして降りなかったの?」

「なんか降りそびれちまってねぇ。まぁあたしゃ元々軍艦乗りだし、先生じゃないけど給料もいいし契約も残ってる。それに……」

「仔猫ちゃんたちの面倒も頼まれてるか」

「そういうことさね」

 

 

 

 

 

<某所 公園>

 

 

「んで、どうした?」

ガイが聞いたのは軽食を終えて公園で一息ついたところだった。

「え?」

「なんかあったんだろ? 声優の仕事うまくいってねぇのか?」

「え、あ、ううん。大丈夫。仕事は……そのうまくやってるけど」

「だったらどうした?」

「えーと……きゃっ!」

突然、わしゃくしゃとメグミの髪をかき回すガイ。

「ガ、ガイさん!?」

「あのなぁ、お前もわかってんだろうけど、俺はそんなに器用にゃできてねぇんだ。だからお前も単刀直入に言え。俺に遠慮はいらねぇ。……まぁそんくらいしかとりえはねぇけどな」

「ガイさん……」

 

 

 

 

 

<某所>

 

 

ラーメンを食べ終えた仔猫2匹は肉球のついた両手を合わせた。

「「……」」

顔を見合わせ、笑う。

「「にゃあ」」

 

 

 

 

 

<公園>

 

 

「……そうか、アニメの世界も戦ってばっかか……」

メグミの話を聞いたガイが言った。

「うん……ガイさんはどう? その……正義の味方を毎日やってて」

「……」

「正義ってなんなのか、私にはわからない。正義の味方をやろうとしてたはずなのに……」

「今でも俺様は正義の味方だぞ」

「え?」

「ショーでやってるのは正義の味方の『役』だがな、俺自身が正義の味方であることには変わりはねえ」

「え……だって」

「ナデシコでやろうとした正義の味方は挫折しちまったが、だからってこの世に正義の味方がいねぇってわけじゃねぇ。そうだな……ちょっとばかり正義の味方のやり方がまずかったのさ」

「……やり方がまずかった?」

「最初考えていた正義の味方って奴は、地球を守るっていう正義の味方だった。軍の連中なんかと同じだな。だが、それじゃ本当の正義の味方じゃなかった。木連の連中だって守らなきゃ本当の正義の味方じゃない」

「木連の人たちも守る?」

「ああ。たとえば白鳥九十九だ。俺はあいつの事を気に入ってる。あいつを地球の連中が殺そうとしたら間違いなく止める。名前なんつったかな? あの白鳥の妹にしたって同じだ。地球だろうが木星だろうがガキを殺そうってのを黙って見てられるか!」

「……」

「……つまりそういうこった。テンカワや艦長がやろうとしたことは間違っちゃいねぇ。この前はうまくいかなかったが、未来永劫そうってわけじゃねぇ。だから、俺様は正義の味方として正義のために今できることを一生懸命やってるってわけだ」

「今できること?」

「ガキどもに本当の正義の味方って奴を教えてやるのさ!」

立ち上がると拳を握ってポーズを決めるガイ。

「大人にとっちゃアニメもショーも戦争の道具かもしんねぇが、ガキどもはそんなの知ったこっちゃねぇ。勧善懲悪。その根っこの部分をとことん教え込んでおく。あいつらが大人になったとき、何が正義で何が悪かわかるようにな。そうすりゃ俺達の時代じゃ無理でもあいつらの時代になった時に本当の正義が世の中を変えるかも知れねぇ」

「………………」

「ん? どうかしたか?」

「……ガイさんが、そんなにすごいことを考えてるなんて……」

「へっ惚れ直したか?」

「……感動を通り越して……変」

「んだとぉ!?」

 

 

 

 

 

<某所>

 

 

ピコン

2匹の猫の前にウィンドウが浮かんだ。

『あの忘れえぬ日々……そのために今生きている』

「……クス」

「?」

一匹がこぼした笑いに首をかしげるもう一匹。

「そうですね。それじゃそろそろ始めましょうか。みなさん待ちくたびれているでしょうし」

「……」コクリ

 

 

 

 

 

<ガイの部屋>

 

 

ピコン

「ん?」

「え?」

突如出現したウィンドウに驚くガイとメグミ。

 

『こんばんは、ルリです』

『……こんばんは』

二匹の猫が右手で招いた。

『『にゃお』』

 

 

 

 

 

<日本アルプス山中>

 

 

「な、なんだぁ!?」

突然、表れたウィンドウに飛び上がるリョーコ。

「あ、ルリルリとラピラピ」パチパチ

手に持った薪を焚き火に落とすヒカル。

『お元気ですか、みなさん』

ウィンドウの中のルリが言った。

「そーですね……笑っていいとも」ポロン

最後にイズミがウクレレを一弾き。

 

 

 

<ガイの部屋>

 

 

「オモイカネってプログラムを書き換えられちゃったんじゃないの?」

『いえ。オモイカネが書き換えられた人格を演じていただけです』

「それってコンピュータがお芝居をしていたってこと?」

『はい。でもオモイカネは人の真似をするのが嫌いなので説得に苦労しました』

「なにそれ、機械なのにおっかしぃ」

笑うメグミの横でガイが身を乗り出す。

「おぅルリ坊、ってことはオモイカネは……ナデシコは!?」

『ええ、もちろん洗脳なんかされていません』

『……』

応対しているルリの後ろでなにやらせっせと作業中のラピス。

 

 

 

<ヒラツカドック軍施設>

 

 

突如モニターに表れた猫が告げた。

『……ごめんなさい。ちょっとだけおやすみ……』

ペコリと頭を下げる。

 

「各ブロックのシャッターが閉じています!」

「ハッキングです! 一切の操作を受け付けません!」

「外部の応援を呼べ! 本部から介入を!」

「駄目です! 通信回線もロックされています!」

兵士たちが悲鳴をあげる中、次々とモニター画面が二匹の猫が戯れている画像に変えられていく。

 

 

 

<雪村家 居間>

 

 

「ルリルリ、ラピラピ。そんな格好して、そこってすごく寒いんじゃないの?」

『はい。でも、アキトさんが前もってこの防寒スーツを用意しておいてくれたので平気です』

『……』コクコク

『私達って結構しぶといんです』

笑みを浮かべるルリ。

『……』

手を止めてそれにならうラピス。

 

 

<ウリバタケ工房>

 

 

「ルリルリとラピラピが笑ってる!」

粘土片手にウィンドウにがぶり寄るウリバタケ。

 

 

 

<雪村家 居間>

 

 

「なんだこりゃ?」

「えーとですね、これはウィンドウって言いまして……」

食い入るようにウィンドウを見ている4人の後ろでサイゾウに説明しているアキト。

「……テンカワってああいう趣味なのかい?」

ウィンドウの中で二人が着ている猫スーツを指差しながら尋ねるジュン。

「えっと、どっちかって言うとホウメイさんの趣味ってことになるのかな?」

記憶を掘り返すユリカ。

「いいじゃない、二人とも可愛いし」

「だよねぇー」

ミナトが言うとユキナが同意した。

 

 

 

<某所改めナデシコ内>

 

 

「昔、ナデシコは君達の船だって言ってた人がいました……今、そんな気がしてます」

 

 

<ナデシコ食堂>

 

 

『この船は、私たちの船です』

「…………」

ホウメイはゆっくりと食堂を見渡した。

「……そろそろ仕込みの量をふやすかねぇ」

 

 

 

<ネルガル重工 本社内図書室>

 

 

「みなさーん、エプロンを着替えますよ!」

ミカコが叫んだ。

「「「「エプロン?」」」」

首をかしげるホウメイガールズ残り4人。

「……」ガチャリ

無言でプロスペクターが戸棚を開けるとナデシコ食堂のエプロンが大量に現れる。

 

 

 

<ナデシコ>

 

 

「ただ、これだけはどうしてもみなさんに伝えておきたくて……」

そこで一旦言葉を切るルリ。

アキトは言った。

『ただルリちゃんが思った通りにすればそれでいいよ』

打ち合わせも段取りもない。ただそれだけ。

だからラピスと二人だけで考えてその通りにやってきた。

伝えたい事も全部伝え終わり、次の一言で最後だ。

コクリ

ラピスがうなずいた。

ルリは口を開く。

 

「ナデシコは生きています」

 

 

 

 

 

<雪村家 居間>

 

 

「さて……準備できてるなユリカ?」

すっくと立ち上がるアキト。

「もちろん! お土産もちゃーんとここに!」

エプロンを外すと押入れから大きな鞄を取り出すユリカ。

よし、と頷き合う二人。

「……なるほどね」

うなずくと荷物を片付け始めるジュン。

「……じゃあ、いこっか?」

ユキナの方を見てミナトが言った。

「…………うんっ!」

ユキナは力いっぱい頷いた。

 

 

 

<ネルガル重工駐車場>

 

 

「では、行きますか」

そう言ってラーメンの屋台を引き出したプロスペクターの前に黒服数人が立ち塞がる。

「ミスタ、どちらへ?」

「決まってるじゃないですか。ナデシコですよ」

あっさりと答えるプロスペクター。

『…………』

無言で周囲を取り囲む多数の黒服。

「あのぅ通してくれませんかねぇ……いやぁ参ったなぁ」

プロスペクターは笑った。

 

 

 

<ウリバタケ工房>

 

 

「…………」

無言で七つ道具を懐に収めるウリバタケ。

「……あんた、また女の尻追っかけにいっちまうのかい?」

妻が背中に言った。

「止めんなよ。友が俺を待ってる。俺のメカニックの腕を必要としてる友がな」

「今度は……いつ帰って来るんだい?」

「さぁな。明日かもしれねぇし、10年後かもしれねぇ。だが……」

振り返ると笑みを浮かべるウリバタケ。

「きっと帰って来る」

ぽぅ、と妻の顔が紅くなる。

「……いってらっしゃい」

 

 

 

<日本アルプス山中>

 

 

「ん。エステバリス点検!」

勢いよく立ち上がったリョーコが号令をかけた。

「あいよ」ポロロン

ウクレレをひきながら立ち上がるイズミ。

「よしきたっ」バッシャーン!

焚き火にバケツの水をぶっかけるヒカル。

 

 

 

<ネルガル重工駐車場>

 

 

「それじゃあ、行きますよみなさん」

屋台の引き棒に手をかけるとプロスペクターが言った。

「「「「「はーい!」」」」」

屋台の背後からホウメイガールズ達が現れて屋台を押し始める。

「ほんとすみませんねぇ……」

にこにこ笑う人々の引く屋台の去った後にはぼろぼろになった黒服達が取り残されていた。

 

 

 

 

 

<雪村食堂前>

 

 

「……それじゃあサイゾウさん、いろいろとお世話になりました」

そう言って頭を下げるアキト。

もう“この”サイゾウに会えるかどうかはわからない。それゆえの挨拶である。

「別に俺は何もしちゃいねぇよ」

「…………」

「ま、いろいろあったがおもしろかったぜ。また、いつでも来な」

「……ありがとうございます」

 

 

 

 

 

<ネルガル本社>

 

 

カツカツカツカツ

「……ナデシコが造反?」

カツカツカツカツ

「はい。ナデシコのメインコンピュータを通じて施設がハッキングを受けています」

カツカツカツカツ

「混乱に乗じて旧クルーの一部がドックに侵入」

カツカツカツカツ

「おそらくナデシコの奪取を企んでいるものと」

カツカツカツカツ

「ほっとけほっとけ。どうせメインキーがなければナデシコは動かないんだ」

カツカツカツカツ

「ですが……」

カツカツカツカツ

「奴らはなにもできないんだよ」

カツカツカツカツ……カツ。

足を止めるアカツキ。

「会長?」

「いや、なんでもない」

カツカツカツカツ

「…………」

(そうだよねぇ。じゃあどうするのかな彼らは? 手っ取り早くボソンジャンプで会長室に忍び込む? だが、どこにキーがあるかという情報がなければ忍び込みようもないし、普通なら会長室なんて所よりもっと警備が厳重な保管場所にすると思うよねぇ。かといって『アカツキ、キーどこ?』なんて問い合わせもなかったし……はて?)

 

 

 

 

 

<ナデシコ格納庫ブロック>

 

 

「はぁっ!」

どむ!

「ぐはっ!」

鳩尾に拳を叩き込まれた兵士が倒れた。

「ふぅ」

額の汗を拭うイツキ。

「みなさんお怪我はありませんか?」

『おーっ!!』

背後に呼びかけると、スパナやレンチなどを手にした整備班員達が声を上げた。足元には格納庫を警備していた兵士達が転がっている。

「それじゃ、兵隊さんたちを外へ運び出してください。それからブリッジへ格納庫制圧の報告を」

『了解!』

彼らナデシコ残留組のクルーはイツキの指揮の下、艦内各所の制圧に当たっていたのである。驚くほど簡単に警備兵達を排除できたのも、これまでの間、軍の忠実な兵士として、警備に派遣された兵士達の信用を勝ち取っていたイツキがすべての段取りを整えたからこそである。

「これでみなさんをお迎えできますね」

ぱんぱん、と手をはたきながらイツキは笑みを浮かべた。

「……この!」

倒れていた兵士の一人が意識を取り戻し銃を抜いた。

「!?」

「うらぎ……がはっ!」

銃をイツキに向けた兵士は、その直後に後頭部を力いっぱい踏まれて再び意識を失った。

「ふっ……待たせたな」

兵士の頭に足を乗せたままポーズをつけるガイ。

「……ヤマダさん」

「違うっダイゴウジ・ガイだ!!」

格納庫が爆笑で包まれた。

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

「!」

屋台を引いたままブリッジに飛び込んだプロスペクターはそこにいた人物に目を細める。

「……」

ゆっくりと振り返りながらゴートは懐に手を入れた。

 

 

 

 

 

<ネルガル重工 会長室>

 

 

「あははははははは!」

馬鹿笑いしている会長とそれを困った顔で見ている社員達という状況を見て取ってエリナは顔をしかめた。

「何がそんなにおかしいわけ?」

「こりゃまいった、一本取られた。ゴート・ホーリー、とぼけた顔してなかなかくえない男だった」

「だった?」

「メインキーもって逃げちゃった」

『頂いていきます』と筆でかかれた書置きを持ち上げる。達筆である。

「やっぱり未来は分からない方がおもしろい! あははははははは!」

「……はぁ」

エリナは肩を落とした。

 

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

「さて本番はこれから……各地に散らばったみなさんを迎えに行かないといけませんし、もちろん、あの方々も……」

屋台で顔をしかめるプロスペクター。

手元には湯気を上げるスープの入った鍋の他に各種情報を表示した端末が多数。

目の前にはすごい勢いでラーメンをすすっている一人と二匹、もとい三人。

「心配無用よ。あなたが選んだ連中を信用しなさいな」

ムネタケが言った。その後ティーカップを持ち上げて紅茶を一口。

屋台から少し離れた所にテーブルと椅子、更にはティーセットまで準備してお茶会としゃれ込んでいる。

「……よろしいんですか?」

一度だけプロスペクターは聞いた。

「それも余計な心配ね」

「親父、ゆで卵!」ドン!

「「親父、おかわり!!」」ドン! ドン!

「うわっと!!」

やたら威勢のいい客に後ずさるプロスペクター。

「あらあら、お姉ちゃんの方はともかく、妹の方も随分と元気になったわね」

笑うムネタケ。

 

 

 

 

 

<某所 高速道路上>

 

 

「……あーしつこいなぁ」

アキトはぼやいた。

エステバリスのバッテリーを節約するために道路をエコ運転で走行中だが、先ほどから対戦車ヘリ数機のエスコートがついている。一応、バッテリーは大量に用意してあるので一戦ぐらいは問題ないが後々何があるのかわからない。更に言うなら……

『繰り返す! 投降しなさい! 君達の安全は保障する!』

「うそつけ」

「まぁマニュアルだしね」

実も蓋もないことを言うジュン。

チュンチュンチュンチュン!!

30ミリ機銃弾がアスファルトに孔を穿った。

「ちょっと! 本当にうそつきじゃない!」

「うそつきは地獄に落ちるんだから!」

「そーだっけ?」

めいめいの感想をもらすミナト、ユキナ、ユリカ。

そんなわけで5人も乗っている。

ただでさえ狭いアキト専用のアサルトビットに入りきるわけもないので現在はハッチを開放して走っている。

アキトの膝の上にユキナが座りその左右アサルトビットの内装にユリカとミナトがもたれている。ジュンはもしもの時の壁という名目でアサルトビットのハッチ部分に立っている。前が見えないじゃないかという意見もあるが、バイザーの内側に画像を表示しているので問題無し。

とはいえさすがにこの状況で空中戦というわけにもいかないので道路を走行中というわけである。

アキトの胸に頭を預けて上を向くユキナ。そのままアキトの顔に向かって言った。

「やっつけちゃえっ!!」

「だーめ。俺達は軍と戦争してるんじゃないんだから、殺しちゃ駄目」

「あたしはしてるもん!」

「俺はしてないの。それに……ほら、騎兵隊の登場だ」

「へ?」

 

ババババババ!!

 

ヘリ部隊にライフルの威嚇射撃が浴びせられた。

ヘリ部隊は慌てて逃げ出していく。

『艦長!!』

リョーコの声と共に三人娘のエステバリスが降下する。

 

「おしっ、ユリカ」

ハッチ前にエステバリスの手を持って来るアキト。

「うん、先に行くね!」

アサルトビットを抜け出すと、手のひらを上に向けたエステバリスの手に飛び移るユリカ。

「ユリカ?」

「ちょっと艦長!?」

「なに、どーすんの?」

「こうしますっ!」チャラン

ユリカはCCを取り出すと目をつぶった。

「…………」

その体が光に包まれ、ナノマシンパターンが浮かび上がる。

「……ジャンプ!!」

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

「……かんないぼそんはんのうぞうだい……ごちそうさま」

報告してから両手を合わせるラピス。

「「「は?」」」

唐突な報告に戸惑う男3人。

「座標特定……ブリッジ中央。ごっつぁんです」

同じく報告して両手を合わせるルリ。

そうして二人はその人が現れるのを待った。

ブリッジ中央に光が生じ、男達が動き出す。

 

 

「ただいま!!」

ユリカが叫ぶ。

「へいお待ちっ!!」

ゴートがメインキーを差し出した。

 

 

 

「つうじょうエンジンならびにそうてんいエンジンきどう。しゅつりょくじょうしょう」

「ドック内要員の退避を確認。ディストーションフィールド展開準備」

ピコン、とウィンドウが現れてメグミの顔が出る。

『よいしょっと……通信回線開きました!』

「メグちゃん?」

『これより臨時管制官を担当します!』

ぴしっと敬礼してみせるメグミ。どうやら格納庫ブロックの管制室にいるらしい。

『格納庫ゲートオープン! エステバリス両機発進して下さい!』

『おぅ! 待ってたぜ!』

『イツキ・カザマ、行きます!』

ハッチが開くと2機のエステバリスが飛び出した。

「じゅうりょくはビームりょうエステバリスにれんけつ」

「上空データ送ります」

 

 

 

 

 

<某所>

 

 

『あーっしつこい!!』

「さっきのあんたとおんなじこと言ってる」

「ははっ」

「あははは」

リョーコの声に笑うアキトとユキナ。

4機のエステバリスは数をそろえて出直した軍による執拗な追跡を受けていた。

ちなみにジュンはヒカル、ミナトはイズミのエステバリスにそれぞれ移乗した。

「時間的、距離的にそろそろだと思うんだけどなぁ」

リョーコはナデシコへ向かうことを主張したがアキトは現在位置付近で敵を引き付けることを選択した。その方がナデシコの発進を邪魔する敵機は少なくなるし、ナデシコの直掩もあの二人で十分と判断したためだ。そんなわけで先ほどからヘリや攻撃機とドッグファイトを続けている。空戦フレーム(アキト機は汎用フレーム)の敵では無いので本来なら簡単に殲滅できるのだが、撃墜をさけ、反撃も極力威嚇程度に留めている。

なお、ユリカが最初からナデシコにジャンプしなかったのはミナトやジュンの身柄の安全を確保してから飛ぶつもりだったためである。ジャンプしたはいいがナデシコの艦内制圧に失敗していれば飛んで火にいる夏の虫になりかねない。その場合ユリカはまたジャンプしてとっとと逃げ出さなければならない。アキト達の方は最悪エステバリスを捨てればアキトとユキナはジャンプできるので問題ないがジュンとミナトはそうはいかない。その場合はリョーコ達のエステバリスに乗せて逃がす必要があったのである。

 

 

 

<ヒラツカドック上空>

 

 

ドゴォォォォン!! バッシャーーン!!

ガイ機が最後の一機を海に叩き落してナデシコ上空の敵機は殲滅された。

「おっしゃぁーーっ!! 掃除終わったぞメグミ!!」

「地上部隊の撤収を確認。上空進路確保、いつでも発進どうぞ!!」

『はっはっ、了解っ! ……エステバリス両機は帰還して下さい!』

「「了解!」」

 

 

「艦長!」

ハッチから飛び込んできたメグミがユリカを見上げた。管制しながら格納庫から走ってきたので息が荒い。

「おつかれさまっ! では、みなさん、ナデシコ発進です!」

「でぃすとーしょんふぃーるどしゅつりょくさいだい」

「ナデシコ浮上します」

ディストーションフィールドでドックの屋根をぶち抜いてナデシコが姿を現した。

 

 

 

 

 

<某所>

 

 

ぴーっ

甲高い音と共にバッテリーが切れて本体内部の残存電力のみになったと表示が出る。

「あらら、ちょっと動かしすぎたかな?」

のんきにつぶやくアキト。

同時にエステバリスの高度が落ちていく。

「……ねぇ……ひょっとしてまずいんじゃない?」

電池切れという表示くらいはわかったユキナが言った。電池はまだあるらしいがのんきに立ち止まって交換している暇があるとは思えない。

「そうでもないさ」

「え?」

アキトの指差すウィンドウ内で電力が急速に回復していく様子が表示される。

 

 

ゴォッ!!

エステバリスの進路方向、山の頂きの向こう側から轟音と共にナデシコが現れた。

『お待たせアキト!』

ユリカのウィンドウがアキトの正面に表示される。

「……早かったな」

『あなたのために急いできたのっ!!』

ユキナはその二人のやりとりを笑顔で見ていた。

 

 

 

 

 

<ナデシコ格納ブロック>

 

 

「……無茶な扱い方しやがって、まったく俺がいないと駄目なんだからよ」

ウリバタケは笑って言った。

『これからもよろしくお願いしまーす!』

パイロット一同が笑って頭を下げた。

「こっちこそ。よろしく頼むぜ。……さて、始めるぞ野郎ども!」

『おぉっ!!』

腕を突き上げる整備班一同。

 

 

 

 

 

<第4次防衛ライン手前>

 

 

「ナデシコの前方に連合軍艦隊、進路を妨害する模様です」

「せんかん3、じゅんようかん5、くちくかん5」

いまだに猫の着ぐるみのままの二人が報告する。

「どーする艦長? このままだとちょっと無茶することになるけど?」

操縦を替わったミナトが言った。

「うーん、といってもこのルートが一番だし……」

「……どうやらアタシの出番のようね」パチン

「へ?」

扇子を閉じる音にユリカが振り返るとムネタケが笑みを浮かべて進み出た。

 

 

 

<連合軍戦艦ブリッジ>

 

 

「よーし頭を抑えたな。なんとしてもナデシコの脱出を阻止しろ!」

「ナデシコから通信です!」

「今更命乞いか!?」

「音声信号のみですが……」

「構わん、出せ!」

『うわははは!』

突然、若い男の高笑いが響き渡った。

『僕達は極悪非道なナデシコ強奪犯だ! 我々は一部軍関係者の身柄を拘束している! こいつらの命が惜しかったら、進路をあけろ!』

『ちょっと離しなさい! あたしは提督なのよ!』

『うるさい黙ってろ!』ガンガン

『痛い痛い!』

 

 

「……ムネタケ提督と思われますが」

「たくっあの足手まといが……構わん。奴も軍人だ。覚悟は出来ている。かまわず砲撃開……」

砲撃命令を遮る様に再度通信が入った。

『どうしても進路をあけないというんだったらこの女から先に殺してやる!』

『助けてーっ!』

 

 

「閣下!!」

「誰だ、今の声は!?」

「……確認しました! パイロットとして派遣されているイツキ・カザマ中尉ではないかと思われます!」

 

 

ちなみにイツキ率いる一団にのされた警備兵のみなさんはいまだ意識不明である。

 

 

『どうせ殺されるんだったら死ぬ前にこの女を裸にひんむいてあーんなことやこーんなことを映像付きで全世界に放送してやる!!』

『きゃー! いやー! やめてーっ!!』

 

 

「閣下!」

「くっ……やむをえん。ナデシコの進路をあけろ!」

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

「前方の艦隊左右に散開。進路開きます」

パチパチパチパチ

ルリの報告に手を叩く、ムネタケ、ジュン、イツキ。

「二人ともいい演技だったわよ」

「アオイさんの犯人ぶりがよかったんですよ」

「いやぁイツキ君の悲鳴も真に迫っていたじゃないか」

「でも、やっぱり、ムネタケ提督の台本がよかったんですよ」

「そうだね。さすがです、提督」

「ほほほ、伊達に口先だけで人生渡っていないわよ」

扇子で顔を仰いで高笑いするムネタケ。

 

 

 

<大気圏 第3次防衛ライン手前>

 

 

「まもなく第3次防衛ラインにさしかかります」

「前はこの辺でミサイルの雨あられだったわよねぇ」

「おまかせあれ。防衛システムには中止コードってものがありましてね……ちゅうちゅうたこかいな!」

すさまじい勢いで屋台の端末を叩くプロスペクター。

 

 

『アオイチキュウハダレノモノ』

 

 

「なにをやっている!? どうしてミサイルを発射しない!」

「駄目です! システムに中止コードが強制入力されています!」

「デルフィニウム部隊発進できません!」

「バリア衛星機能しません!!」

という具合に軍管制官達に散々悲鳴をあげさせてからナデシコは宇宙に飛び出した。

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

「よーし、とばすわよ! 進路指示よろしく」

相転移エンジンがフル稼働を開始すると同時にミナトが言った。

「もちろん木星の方向へ一直線です! だよね、ユキナちゃん!」

ユリカの言葉にうなずくユキナ。

「はい! きっとお兄ちゃんが来てくれます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ 展望室>

 

 

白衣の女性と黒衣の男性が星空を眺めていた。

「しめて123名。前よりは少し多いかしら? ま、とりあえず矢は放たれた、というところかしらね?」

ウィンドウを閉じながらイネスが言った。

「大変なのはこれからだ。……例の件の準備は?」

「しばらく暇だったから問題なく終ったわ」

「…………」

無言でイネスを見るアキト。

「……大丈夫。今度こそね」

視線を受けてイネスはしっかりとうなずいた。

 

 

 

 

つづく


 
 
 
 
 

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