<連合宇宙軍総司令部 通廊>

 

 

 

「む?」

秋山源八郎は少し先を歩いている長髪の男を見つけた。統合軍に比べると規律の緩い連合宇宙軍といえどもその出で立ちはよく目立つ。

「三郎太」

「はっ!」

男は反射的にびしっと姿勢を伸ばした。振り返って完璧な敬礼をした後、思い出したように姿勢を崩す。

「秋山提督。お久しぶりっすね」

そう言って高杉三郎太は笑った。

「ああ、二ヶ月ぶりというところだな」

自分相手でも振る舞いを変えない三郎太に、徹底したものだと感心する秋山。

何をやるにしても徹底している三郎太をよく知っている秋山は賞賛こそすれ、気分を害することなど無い。

「まだまだ昔の習慣は消えんようだな?」

「我ながら修行が足りません。次は気をつけます」

しっかり見抜かれていると分かった上でやっているので三郎太もポーズは崩さない。言葉を交わさずとも阿吽の呼吸で戦えるのが二人であった。

「しかしお前に艦長と呼んでもらえんのも少し寂しいものだな」

「生憎、今の俺が艦長とお呼びするのは、宇宙にたったお一人だけですから」

「はははは、まぁ負ける相手がホシノ少佐なら文句もでん」

「御理解頂け感謝します」

そのままひとしきり笑いあう二人。笑いながら視線を交わすと並んで歩き出す。

「しかし、お前と同じ艦に乗っていた数年前はまったく考えもしなかったな!!」

「いやー、俺も自分がこうなるなんて想像だにしませんでしたよ!!」

大声で昔話をしながら笑う一方で小声でこっそり会話する。

「……察しはついてると思うがその艦長の話だ」

「……例によって余計なちょっかいが来そうですか?」

「……まだわからんが、早め早めに片付けるに越した事はなかろう」

「……そうっすね。放っておくとうちの艦長は溜め込んじゃいますから」

「……毎度のことだが面倒をかけるな」

「……それが俺の仕事っすよ。俺はあの人の副長ですから」

呟くと、ポーズではない本当の笑顔を浮かべる三郎太。

一瞬満足そうに口元に笑みを浮かべると秋山は再び声を上げた。

「そうそう、確かナデシコと初戦の時はデンジンで突っ込んで返り討ちにあったな!」

「うわっ、それはもう忘れて下さいよ! ハーリーなんかに聞かれたら何言われるか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の数だけ正義は存在します。

価値観が違えば正義も違います。

だからたったひとつの正義なんてものはないのかもしれません。

だから人は正義という言葉を口にしなくなります。

私も言いません。

でも、私が正しいと思う道はあります。

だから、その道を歩いています。

ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<木連優人部隊戦艦かんなづき 格納庫>

 

 

「なにをやっている! 貴様らの隊は三番通路だ!」

「はっ、申し訳ありません!」

「そこっ、もたもたするな! 貴重な空気をなんだと思っている!!」

「はいっ!!」

どたどた。ばたばた。どたどた。ばたばた。大勢の人間が右往左往し、合間に何度も小型艇が飛び交う。

けたたましい喧騒の中で一際響く一人の男の声。

「三郎太」

秋山源八郎は男の名を呼んだ。

「はっ! ……艦長? どうなされました?」

振り返ると敬礼する高杉三郎太。

「少し手が空いたのでな。様子を見に来た、どうだ進み具合は?」

「は、申し訳ありません! 自分の力不足ゆえ、計画の9割程度しか進んでおりません!」

「はっはっは」

秋山は思わず笑った。

前例の無い、それも明らかに無茶とわかる仕事を一人で仕切っていながら、計画の一割も遅延せずに進めているというのに三郎太は己が不甲斐ないためだと思っている。それでなくとも三郎太は多くの兵をまとめるという重責も同時に担っているのだ。

「すまんな三郎太。俺が手伝ってやれればいいのだが」

「いえ、艦長が加わっては事が露見する可能性も高くなります。これまで通り自分にお任せ下さい」

秋山が通常以上に多忙となれば不審がられ事が外部に漏れる可能性が高くなる。それゆえに三郎太は指揮を買って出ている。

その姿勢のみでもはや疑う余地は無い。だが、

「三郎太」

「はっ」

「今度の一件、お前はどう考えている。忌憚無き所を聞きたい」

「……」

「お前は俺が誰よりも信頼する副長だ。だからこそ何よりもお前の意見に俺は重きをおきたいのだ。構わん、言ってみろ」

「……正直に申せば、自分はいまだ半信半疑です」

「うむ」

「今、自分が指揮している兵達が何よりの証拠だとわかってはいるのです。ですが、まだ……」

「そうだな。頭ではわかっていても納得はできん。そういうものだ」

「申し訳ありません」

「いや、それでかまわんさ」

「は?」

「それほどまでにお前は信じているということだろう? そのくらい何かを信じる事ができなければ、次に我らを委ねる相手をどうして信じる事ができる」

「……」

「信じる、ということはとても難しい。人の本当の強さが問われる行為だ。それができるお前なら、事態がどう転ぼうと間違いはおかさんだろう。俺はそう思っているのだがな」

「……過分なお言葉です。ですが、この身に刻みます」

「うむ。月臣の話ではそろそろだ。結果が出れば後はそれに従って動くのみ。たよりにしているぞ三郎太」

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第19話 『その先にきっとあるもの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ゆめみづき 格納庫>

 

 

「九十九」

「ん? ああ元一朗、来ていたのか」

鞄片手に格納庫を歩いていた白鳥九十九は友の声に足を止めた。声の方向を見ると元一朗と要が立っている。

「なに、一応敵地へ向かうわけだから見送りでもと思ってな」

ナデシコから和平交渉の打電を受けた優人艦隊は、発信者が特使として派遣された後、音信不通となっていた白鳥ユキナであったこともあり、九十九を二人目の特使として派遣する事とした。九十九は水先案内人を兼ねてこれからテツジンでナデシコのいる宙域に向かう事になっている。

「単身、敵の艦へか……艦長としてはあまり利口とは言えないな」

要が言った。

「なに、すでに単身ユキナが乗り込んだ後だ、今更案ずる事もなかろう。それにお前が案じているように万が一これが罠だというのならばなおさら一人の方がよい。それにユキナも救い出さねばなるまい」

「……」

黙り込む要。既に同じ会話を何度も繰り返した後だ。

「まぁユキナのこともあるが、お前はそれだけではなかろう」

「ん? 何のことだ、元一朗」

「こういうことだ」

言いながら九十九の鞄を蹴る月臣。

「あ!」

鞄が開くと中身が散らばり、急いでかき集める九十九。なぜか顔が赤い。

「……いくらなんでも結納は気が早かろう」

九十九がまっさきに拾った物を見て、にやりと笑う元一朗。

「な、な、な!」

「はぁ……九十九」

要はため息をつくとやれやれ、という顔で九十九を見た。

「まぁ、それもいいが……」

九十九の隣にかがみ込むと自分も拾い始める月臣。

「……いいか、昨日も言ったが、例の件はあちらでもくれぐれも悟られるな?」

「わかっている。俺の部下どころか要にすら話していないのだ。……まぁ、あれだけ大規模にやったからごまかすのが大変だったがな」

「……ごまかされているふりをしてくれているのだろう。いい部下を持ったな」

「…………」

九十九の手が止まる。

「まぁもう少しの辛抱だ」

「あぁ、それより、あっちの方を頼むぞ」

「わかっている。秋山だけに任せきりにもできんからな」

「なにをこそこそ話しているんだ?」

「いやなに、九十九がこの期に及んで花束を用意できないかなどと言うのでな」

「なっ!? 元一朗!」

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ格納ブロック>

 

 

着床したテツジンの稼動音がゆっくりと小さくなっていき、停止すると一人の男が降り立った。今回はパイロットスーツではなく木連の白い軍服姿である。

着地した男は視線をめぐらすまでも無く正面に立っていたユリカを見つけるとその前に足を進める。

ユリカの前で止まり鞄を置くと、非の打ち所の無い敬礼をする。

「木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体より和平交渉の特使として派遣されました突撃宇宙優人部隊所属少佐白鳥九十九であります」

「ようこそナデシコへ。本艦を代表して、白鳥少佐へ歓迎の意を述べさせて頂きます」

答礼すると応えるユリカ。

「ありがとうございます」

「お元気そうでなによりです」

「はっ、ミスマル艦長こそ」

言いながら手を下ろすとユリカの隣に立つ男に目を向ける九十九。

「……」

以前とは違い、他のクルーと同じ服装で放つ雰囲気も別物だが……、

「ちゃんと顔をあわせるのはこれが初めてになるか。君……いや、貴方がテンカワ・アキトか?」

要と同じ顔をした男はそれに笑みを浮かべて答えた。

「ええ、そうです。あらためて……初めまして白鳥さん、テンカワ・アキトです」

その声はやはりあの時聞いた声と同じだった。

「…………」

じっとアキトの顔を見ていた九十九が右手を差し出した。

「……この手を握ってはもらえないだろうか」

「……喜んで」

ぐっ、と互いの手を強く握り締める二人の男。

 

パチパチパチパチ

ユリカが手を叩くと一斉にクルーがそれに倣い、格納庫が拍手で満たされる。

「君に感謝と敬意を表したい」

「俺の方こそ……貴方と会わなければ俺は……」

「?」

アキトの顔に一瞬浮かんだ表情に怪訝そうな顔をする九十九。今の顔は、要に……

「いえ……とにかく貴方に会えてよかった」

「そうですか。だが、その程度では返した内には入りませんな。貴方には随分と借りがある。必ず返させて頂きます」

「そんな……あ、いや」

(生きていればこそ、借りを返すこともできる……か)

「……そうですね。ぜひ返してください。楽しみにしています」

「うむ」

手をほどくと、

「ま、俺よりもっと白鳥さんに会えるのを楽しみにしている人達に変わりましょう」

「は?」

アキトの視線を追う九十九。

「ほーら」

ぽん、とミナトに背中を押されたユキナが、

「わっ」

と、前に出る。

「……ユキナ」

「あ、え、と、あのね……」

言いごもるユキナに目を細める九十九。

「よくがんばったな」

九十九はユキナの頭に手を載せるとくしゃっとかいた。

「うっ……おにーちゃーん!!」

がばっと九十九の首に抱きつくユキナ。

「はっはっはっはっユキナー!!」

そのままユキナを振り回す九十九。

「おにーちゃーん!」

嬉しそうに九十九を呼ぶユキナ。

 

「よっと」

床に下ろしてもらうユキナ。

「本当によく無事だった……それというのも……」

ミナトの方を見る九十九。

「ミナトさん。ユキナを守っていただきありがとうございます」

「えっ? あ、……うーんと、本当にそうだったら良かったんだけど」

顔を赤くすると困ったように頬を掻くミナト。

「実際にユキナちゃんを守ったのはアキト君と艦長よ。あたしはどっちかというと一緒に守られてただけ、かな?」

「ミナトさん……」

「……」

「そんなことありません!!」

「わっ!」「きゃっ!」

いきなり割り込んだユリカの大声に飛び上がる九十九とミナト。

「確かにユキナちゃんを魔の手から守ったのはアキトだけど、ユキナちゃんをいーっぱいの愛で包み込んで、毎日楽しく過ごさせてあげたのはミナトさんです! ね、アキト?」

うんうん、と隣で頷くアキト。

「ね、ユキナちゃん?」

「え? ……あー、まー、そんなこともあるような」

赤くなってうつむくユキナ。

「というわけです白鳥さん! 心置きなくミナトさんに感謝してください!」

「え……はっ、わかりました!」

再びミナトに向き直る九十九。

「ミナトさん!」

「はい!?」

「……えーと、その……つまりですね」

「……えと、その、はい……」

「………………」

「………………」

赤くなって無言のまま見つめ合う二人。

ぽかぽかとした空気が辺りを包む。居心地の悪い人間もうまく口出しできずになんともいえない時間が過ぎる。

 

「コホン。いいかしら?」

咳払いに場の空気が戻った。

咳払いの主であるイネスが白衣を翻し中央に進む。

「野暮でごめんなさいね。放っておくとずっとあのまんまでしょうから」

「あ、いえ失礼しました!」

「一応、規則だから白鳥さんには洗浄と服の消毒をお願いしたいのだけど、構わないかしら?」

「病原菌等への対策ですね。もっともなお話です」

すぐに察しをつけて了承する九十九。

「まぁ、どちらかというとこっちより木連の方が清潔でしょうけどね。形式だけだから……そうね、艦長?」

「じゃ、白鳥さんにはお風呂に入って頂きましょう。その間に服の方をお洗濯するという事で」

「あら、いい考えね」

「は? あ、いえ、別にそこまでして頂かなくても前回の様にシャワーでも浴びせてもらえれば……」

「……わかっちゃいねぇな」

「なにっ!?」

背後から聞こえた声に振り返る九十九。

「男と男が同じ風呂で熱い湯につかって汗を流す。それでこそ互いをわかりあえるってもんだ……違うか白鳥九十九?」

「君は……ダイゴウジ・ガイ!」

「さぁ一緒に汗を流そうぜ白鳥! レッツ!!」

「「ゲキガイン!!」」

掛け声と同時に突き出されたガイの拳に拳を打ち合わせる九十九。

「「はっはっはっはっはっ!!!」」

そのまま意気投合して笑いながら腕を組み合わせるガイと九十九。

「あらら……さっきまで感動シーンだったのにね」

「バカが一人増えやがった」

苦笑するヒカルの横で顔をしかめるリョーコ。

 

「じゃあ、いったんこれでお開きという事で」

パンパンとユリカが手を叩くとめいめい散っていくクルー達。

「話を戻すがな、白鳥。このナデシコには大浴場があるんだぜ?」

「ほぅ、戦艦の中に大浴場とは豪勢だな」

「しかもただの大浴場じゃねぇ、ナデシコ湯はな……銭湯なんだぜーっ!!」

「銭湯、だと!? それはぜひ一度見てみたい! 構わないか」

「もちろんだとも、さぁ俺についてこい!!」

「おぅ!」

たったったったっと格納庫を駆け出て行く二人の男。

 

「……ちょっと、あたしとミナトさんはどうなったのよ」

ユキナが口を尖らせて言うと、ミナトが後ろからユキナの首に両手を回す。

「いーじゃない。男の人って可愛いわよね」

「か、可愛い?」

「いつまでも子供みたいでしょ?」

「あ、それはなんとなくなっとくかも……」

 

「艦長、監視は必要ないのか?」

ゴートが聞いた。

「ヤマダさんがついてますし、アキトも一緒です」

「む?」

言われてみるといつの間にかアキトの姿がない。

「じゃ、イネスさん。後はお願いしますね」

「おまかせあれ」

ユリカの言葉に笑みを浮かべてうなずくイネス。l

 

 

 

 

 

 

 

優人部隊旗艦かぐらづき 某所>

 

 

「……今、なんと?」

要は耳を疑った。

「…………」

隣の月臣は無言だ。

「白鳥少佐を殺せ。そう言った」

硬い表情のまま男は繰り返した。

男の名は草壁春樹。木連中将にして突撃優人部隊の司令官の任にあった。

 

「これを見たまえ」

そう言ってスライドを映す草壁。

氷の層を切り開き山を削った大穴を建築基材が取り囲んでいる。

「これは……まさか!?」

驚きの声を上げる要。

「そうだ。ついに遺跡が見つかった。知っての通り、地球との和平案は双方の戦力が拮抗し、これ以上戦い続けてもただただ国に害をなすのみという状況から進められていた。だが、遺跡が見つかったとあれば話は別だ。あれの分析が進めば戦力バランスは我らの側へと大きく傾く事になる。だとすれば、地球人との和平の必要など断じてない!」

「…………」

月臣は沈黙を続けている。

「ですが、なぜ九十九を!」

「和平派の勢力は既に抗戦派を上回っている。これを黙らせるには全国民に衝撃を与えるような事件が必要だ。そう、例えば英雄の死というような事件がな」

「!」

「白鳥少佐は優人部隊の中でも優秀な人材だ。……いずれは私の後継者にすらなったかもしれん。そして何より和平推進派として有名だ。その白鳥少佐が和平交渉の場で地球人に殺されたとなればどうなるか……わかるな?」

「…………」

「……ですが!」

「聞きたまえ、朱鷺羽中尉。抗戦の方針が定まれば、いずれ白鳥少佐は邪魔者とされる。そうなった時、どうなるか?」

「それは……」

「おそらく白鳥少佐は不名誉な濡れ衣を着せられ謀殺される事だろう」

「…………」

「ならばせめて我々の手で名誉ある死を……それが君達二人を呼んだ理由だ」

「…………」

「…………」

「君達二人は白鳥少佐と家族同然の間柄と聞く。ならば君達の手で送ってやりたまえ。……実行者の選出は君達に委ねる。後程、報告してくれたまえ」

そういって草壁は背を向けた。

「……失礼します」

敬礼すると出て行く要。

「…………」

「…………」

扉が閉まると、ずっと黙っていた月臣が口を開いた。

「閣下、ひとつお聞きしてよろしいですか?」

「ああ」

「閣下が私だけでなく朱鷺羽中尉も呼ばれた理由は本当にそれだけですか?」

「……」

無言で椅子を回し月臣に背中を向ける草壁。

「……白鳥少佐を失うことは非常な痛手だ。君や秋山少佐には今まで以上に働いてもらわねばならぬ。私の後を継ぐのはおそらく君達二人のどちらかとなるだろう。くれぐれも余計な傷を持たぬようにしたまえ」

「…………」

「私は朱鷺羽中尉を疑ってなどはいない。彼の忠誠については疑う余地は無い。彼は既に優人部隊の一員だ。だが……」

「つまり、万が一事が露見した折には……」

「素性が定かでは無い朱鷺羽中尉をこれまで守ってきたのは白鳥少佐だ。彼も朱鷺羽中尉も本望だろう」

「…………失礼します」

敬礼すると踵を返す月臣。

「…………」

草壁は引き止めない。

だが月臣は扉の前で足を止めた。

「……閣下、もう一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「万が一、遺跡が使用できない場合、例えば既に大部分が修復・分析不可能であった場合。あるいは地球人との戦闘が発生し、余波で破壊された場合はどうなさるのです?」

「……その場合は、再び地球との和平について論じねばなるまい」

「……つまり、我々の正義とは、たかだか古代の遺跡一つに左右されるもの、ということなのですね?」

「月臣少佐!」

「申し訳ありません。私も先ほどの命令に動揺している様です。失礼します」

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ武道場>

 

 

「………………」

「………………」

道着姿の二人の男が武道場でにらみ合っていた。

一人はアキト。そしてその対面には九十九が立っていた。

風呂に向かうガイと自分の後についてきたアキトを見た九十九が、

「もし、許可を頂けるのであればだが……」

と前置きをした上で、

「どうせ汗を流すのならその前に手合わせをお願いしたい」

と切り出したのである。

話を聞きつけた非番のクルーがどやどやと寄せ掛けたが、あまりの緊張感に始まって数分で武道場を逃げ出した。残っているのは審判役を買って出たガイの他はイズミとゴート、プロスペクターだけである。そのガイも根性でどうにか踏み止まっているという状態であった。それほどの緊張感が武道場に張り詰めていた。

「……なるほど、元一朗を倒しただけのことはありますね」

始まって10分たって始めて口を開く九十九。

「……あれは、ハンデ付きでした。次はきっと俺の負けです」

「真剣勝負に次などというものは無い」

「……そうでした」

「では、地球人でありながら元一朗に匹敵する柔……見せて頂きます」

「その前に一ついいですか?」

動こうとする九十九を制止するアキト。

「?」

「できれば敬語はやめてもらえませんか。その……ちょっと落ち着かなくて」

「ふむ。私なりに君に敬意を表していればこそなのだが……そういう君こそなぜ私に敬語を使う?」

「……つまらないこだわりです」

「?」

「とても人には言えないような事の一つや二つ、人間なら誰しも持っていると思います」

「……わかった。いずれにせよこれから柔を交えるには無用の長物だ……いくぞ」

「はい」

九十九とアキトは同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ゆめみづき 要の部屋>

 

 

「要」

「……元一朗」

要は声をかけられて初めて月臣がいることに気付いた。

「九十九は俺がやる」

月臣は要にそう告げた。

「!?」

ガタッ

月臣の言葉に飛び上がる要。

「いや! 草壁閣下の言われたとおり、今の俺があるのは九十九のおかげだ! それにお前には先がある! ここは俺が……」

「ユキナをどうする?」

「え?」

「結果がどうあれ、敵は少なくとも九十九が信じるに足ると判断した相手だ。それでなくともユキナは強い娘だ。運もいい。九死に一生を得て生還しないとは限らん」

あくまで冷静に告げる元一朗。

「たしかにそれはそうだが……」

「そうなれば、ユキナには死した英雄の妹としての役目が待っている」

「……」

「その時、九十九の代わりにお前が支えてやらずにどうする?」

「それは……だが」

「隠し事はできぬものだ。いつかユキナが知ることとなった時、お前が九十九を殺したとあればユキナはどうなる?」

「……」

「俺の代わりにユキナを守ってやれ、それこそが九十九に対する恩返しというものだ」

「……元一朗」

「いいな? 九十九は……俺が撃つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ武道場>

 

 

「はっ!」

「!!」

意識がない状態から唐突に覚醒したアキトは反射的に背後に肘を振り……九十九の掌で受け止められた。

「……白鳥さん」

「大したものだ、すぐさまこの動きとは余程の鍛錬を積んだのだろう」

「…………」

記憶が戻る。

アキトは九十九と柔を交え……九十九の前に完敗した。

「聞くまでも無いとは思うが大丈夫か?」

「ええ」

応えると立ち上がるアキト。あちこちが痛むが大怪我はない。

そもそも木連式柔はそういうものではない。

「ふぅ……参りました」

そういって一礼するアキト。

「うむ」

同じく一礼する九十九。上げた顔は笑っていた。

「だが、見事なものだ。君の柔は賞賛に値する。私や元一朗にはまだ及ばぬようだが、木連でも君ほどの柔の使い手はそうはいまい」

「ありがとうございます。久しぶりに稽古をつけてもらいましたが、やはり柔はまだまだ奥が深いですね」

元よりアキトは九十九に勝てるとは思っていなかった。本来は月臣にも勝てるはずなどないのである。

アキトが格闘技を学んだ理由は、五感の多くが失われた状態での感覚を補うためという要素が強く、たまたま教師役が月臣だったため木連式柔になったという程度の話である。

それによる実戦経験を経て、加えて五感が戻ったことによりかなり格闘能力はあるものの……結局の所アキトは自身の肉体を使った戦闘においては超一流の連中には及ばない。アキトの格闘能力が際立って見えるのは、戦う相手が主に銃火器による戦闘を旨とし木連式柔のような武術への対応に慣れていない相手であったに過ぎない。

「なに、柔は心を尊ぶ。君の柔はまだまだ伸びるさ」

「……はい」

「さて、いい汗もかいたことだし、風呂に案内してもらえるかな?」

 

 

 

 

 

 

<ゆめみづき 某所>

 

 

「……ふぅ」

外を……宇宙空間を眺めていた元一朗は一つ息を吐き出した。

「わかってはいたことだが俺は役者には向かんな」

言いながら拳銃を抜く。

カチャリ

シリンダーを出すと装填されている弾丸を確かめる。

「……この引き金が、未来を占うというのなら……」

ガチャッ

「引き当ててみせよう。月臣元一朗の名にかけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<かぐらづき 和平会談場>

 

 

パン!

突然響いた銃声。

赤い血煙。

ゆっくり前のめりに倒れていく白鳥。

月臣は表情を消したままじっとそれを見つめていた。

 

ドサッ

倒れた音に続いてゆっくりと赤い染みが広がっていく。

 

 

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

『アキト!!』

アキトの脳裏に声が響いた。

すかさずジャンプフィールド発生装置を作動させる。

「テンカワ!?」

今の今まで話していた相手がいきなり光りだしたので慌てるジュン。

「ユリカの所に跳ぶ! 戦闘になる、後は任せた!」

そのまま目を閉じてユリカから送られてくるイメージを念じる。前と同じ場所ならジャンプはたやすいはず。

「オモイカネ、警報だ!」

その背後ではジュンが慌しく命令を発していた。

「……ジャンプ!」

 

 

 

 

 

 

<かぐらづき 和平会談場>

 

 

突如、光が生じた。

「何だ!?」

浮き足立つ木連の兵士達。

「アキト!」

「テンカワか!?」

ユリカの声に察したゴートが身構える。

「まさか……時空跳躍か!?」

草壁が叫んだ瞬間、“それ”が現れた。

 

 

バサッ

マントが翻った。

「ぐわっ!」

「がっ!」

「ごほっ!」

ユリカ達にライフルを突きつけていた兵士達が倒れて、ライフルが宙を舞う。

「ゴート!」

「おう!」

すかさずライフルを拾ったゴートが威嚇射撃を始める。

「撃て!!」

「……」

草壁の両脇の兵士がユリカ達に向かって発砲するのと同時に跳ぶアキト。

チュン! チュン! チュン! チュン!

ディストーションフィールドに弾かれた弾丸が会談場の中を跳弾する。

「……個人用の時空歪曲場だと?」

座したままの草壁が目を細める。

パン! パン!

「ぐわっ!」

「がはっ!」

抜き撃ちで草壁の左右の兵士の肩を撃ち抜くアキト。

そしてそのまま銃口を草壁に向ける。

「………………」

「………………」

一瞬、時間が止まったかのようだった。

アキトに銃口を向けられているにも関わらず草壁は動かない。ただバイザー越しにアキトの目を見据えるだけだ。

「………………」

「………………」

二人はそのまま微動だにせずに睨みあった。

 

 

 

 

 

 

「………………ちっ」

先に動いたのはアキトだった。拳銃を戻すと既に会談場を逃げ出したユリカ達に続く。

「………………」

それを無言で見送る草壁。

「閣下、御無事ですか!?」

「救護班を呼べ!!」

木連の兵士達が駆け込んできてようやく会談場の時間が動き始める。

草壁はゆっくり立ち上がると命令を発した。

「……最悪、他の連中には逃げられても構わん。だが、あの黒装束の男は決して生かして帰すな! あの男は今ここで必ず殺しておかねばならん男だ!!」

 

 

 

 

 

 

<かぐらづき 通廊>

 

 

「止まれ!」

通廊の先に一人の男が立ちふさがった。木連の軍服を着た男の顔はあまりにも見慣れたものだ。

「アキト!? ……違う、要さんですね!?」

「………」

ユリカの問いに答えず無言で拳銃を持ち上げる要。

「むぅ」

眉を寄せるゴート。血まみれの九十九を抱えたままで対処できる相手でないことは見てとれる。

相手の視線は自分ではなくユリカに向けられているようだが……その相手の目が驚愕の色を浮かべた。

「!?」

いつの間にかユリカ達を追い越し、地を滑る様に近づいた黒づくめの男。その指先が自分の眼前にあった。慌てて飛びのく要。だが、拳銃は男の手に弾かれた。

対峙する要と男……言わずと知れたアキトである。

「……行け」

「お願い!」

すぐさま頷いて駆け出すユリカ。そのまま脇目もふらず要の横を駆け抜ける。

「艦長!? テンカワ!?」

「俺だけなら後から追える。ユリカ達を頼む」

「わかった! いくぞミナト!」

「う、うん!」

そのままユリカに続いて駆け出すゴートとミナト。

 

要は動かなかった。いや、動けなかった。

その要の前でゆっくりとバイザーを取るアキト。

「!?」

「……」

身に纏う衣装は違うがまったく同じ姿の人間が向き合っていた。

「……テンカワ・アキト、か?」

「朱鷺羽要、だな」

「………」

両手を胸の前で構える要。

「………」

自然体のままわずかに左足をずらすアキト。

マントがわずかになびいた。

同じ顔をしながら白と黒の対照的な二人の男が対峙する。

「せいやぁぁぁぁっ!!!」

叫びざま要はアキトへ向かって突進した。

「………」

アキトは静かに迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

ドン!

「Yユニット左舷B区画に被弾。ボソン砲です」

「2ジのホウコウ。テキぐらびてぃぶらすとくる」

ズズーン!

「損害は!?」

「ディストーションフィールド出力安定。まだ大丈夫です。被弾箇所もディストーションブロックにより損害軽微」

「ボソン砲の射程はわかっている! 射程外に退避できないか!?」

「なんとかなりそうですけど……」

珍しく口を濁すルリ。

「…………」

操舵士代行のラピスもふるふると首を振る。

「……そうだな。ユリカ達の回収が難しくなる」

うなずくと再び指示を出し始めるジュン。

木連艦隊の半包囲下にあるナデシコは集中砲火を浴びていた。

「やれやれ……予想してなかったわけじゃないけど厳しいわね」

「ええ」

ムネタケの言葉にうなずくプロスペクター。

「彼らも同じ地球人です。ならば多少の差異はあれど、我々と同じように考え、同じように行動する。地球人の中に連合軍上層部のような者もいれば我々のような物好きがいるように……」

「白鳥少佐のような人間もいれば他の人間もいる、ということね」

 

 

 

 

 

 

<かぐらづき艦内通廊>

 

 

がしっ。

「!?」

右の手首がつかまれた。

だが、要はそれに驚いたわけではない。先程から何度も続いている光景だ。

同様につかまれては極められそうになり死に物狂いで振りほどく、あるいはその前に投げられて壁や床、場合によっては天井に盛大にたたきつけられた。

およそ木連式柔の腕において要はこの男に遠く及ばない。

だが、今回は動きが無い。それゆえの驚きだ。出方が読めず逆に要は動けない。

「……もう、思い出しているんだろう?」

「!?」

自分の声と同じ声が言った。

「ミスマル・ユリカに出会い、テンカワ・アキトという名を聞き、再びユリカと会い、そして、俺を見た」

「………………」

止めろ、こいつの口を塞げ、言わせるな、心が叫ぶ。だが、身体は動かない。

そして男が決定的な言葉を告げた。

「ならば、もうわかっているはずだ。違うか朱鷺羽要? いや……テンカワ・アキト!」

「!!」

思わず左の拳を振るった次の瞬間、要は宙を舞っていた。

眼下に黒いマントを羽織った自分を見……そして、床に叩き付けられた。

「がはっ!!」

うめいた要の口から血が飛び散る。

かろうじて骨は折れていないようだが、既に身体はぼろぼろだ。それでも要にはわかっていた。

(……手加減されている)

懸命に身体を起こそうとするが立ち上がれない。

「…………」

黒づくめの自分が顔を黒いバイザーで覆う。

「思い出した上で、お前が朱鷺羽要として生きようとしているのなら、俺から言う事は何も無い。それに……その方がお前の家族も喜ぶだろう」

そう言い残してアキトはジャンプフィールド発生装置を操作する。長居は無用だ。どうせなら要も連れ帰った方がいいが、この先も木連で生きていくのならここに置いて行った方が……

「……喜ぶだと!?」

「?」

要の叫びに手を止めるアキト。

「俺を助けてくれた恩人を……家族として迎えてくれた男の死を止める事もできず! その妹が戻るかもしれないというかすかな可能性のために、その役目すら果せず! あまつさえかけがえのない親友の手をその血で染めさせた!」

「…………」

「そんな俺がどの面下げて家族などと名乗れる!? もはや俺に残っているのは、奴が残してくれた木連の兵士という役目のみ! ならば!!」

無理矢理身体を起こす要。

「せめて、その役目を全うして死すのみ!!」

「…………」

険しい表情を浮かべるアキト。だが、バイザーで要には見えなかった。

「木連の敵を倒す! それがこの朱鷺羽要の……がっ!」

鳩尾にアキトの拳が入っていた。

「……つ、く……」

倒れ伏す要。

「……馬鹿野郎」

アキトは呟くと要の襟に手を伸ばす。

「「「「動くな!!」」」」

一斉に突きつけられる銃口。周囲を囲むように兵士達が現れていた。

要に足止めされているうちに追いつかれたらしい。見れば後から後から兵士が湧いてきている。

「……ちっ」

舌打ちしたアキトは一度だけ要に視線を向け、兵士達のただ中に跳びこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ医療室>

 

 

「ミナトさん……これを、貴女に……」

「白鳥さん!」

「お兄ちゃん!」

がくっ

「いやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」

ミナトの叫びが響き渡った。

 

 

 

「!!」

がばっ!

唐突にミナトは身体を起こした。

「…………」

ミーンミーンミーン

外から蝉の鳴き声が聞こえる。

視線をめぐらせてみる。

目に入るのは布団に畳に脱ぎ散らかした服。見慣れた自分の部屋だ。

「ちょっと! そろそろ起きないとまた遅刻……あれ?」

襖が開くとおたまを持ったエプロン姿のユキナが入ってきた。

「………………」

「………………」

しばし見つめ合う二人。

「……今日、雨かもしんない」

顔だけ外へ出しからりと晴れた朝の空を見上げるユキナ。

「……なんだ、夢か」

全身、汗でぐっしょりとなった自分を見ながら呟くミナト。

ミーンミーンミーン

蝉の鳴き声が戻る。

 

 

 

<地球 日本 ミナトとユキナの家>

 

 

 

「ちょっとぉ、人がせっかく早く起きたのにその言い草はないんじゃない!?」

「いっつも寝坊して遅刻しそうになるからいけないんでしょ!」

恒例の朝の喧騒が繰り広げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ医療室>

 

 

「白鳥さん!」

「お兄ちゃん!」

ベッドの上の九十九に必死で呼びかけ続けるミナトとユキナ。

「ミナトさん……ユキナ……」

ゆっくりと九十九の目蓋が開く。

「白鳥さん!」「お兄ちゃん!」

「あ、はい。何でしょう?」

「「え?」」

あまりにあっけらかんとした返答にきょとんとした顔をする二人。

「はいはい、ちょっとごめんなさいね」

思わず泣き止んでしまった二人の隣からイネスが割り込んだ。

「白鳥君、どこか痛いところとかない?」

「あ、いえ、特には。まあ強いて言うなら背中と胸がすこし……」

「ああ、それは火薬を使ったから軽度の火傷を負ったのよ。すぐに治るわ」

「はぁ……」

なんのこっちゃ、という顔の九十九。

「お兄ちゃん?」

「だからなんだユキナ?」

「なにって、お兄ちゃん血まみれで……」

「あの、白鳥さん。撃たれたんじゃ……?」

「撃たれた? ……そうだ! 和平交渉はどうなりました!? 確か話しているときに何かこう大きな音が……そう、胸と背中に衝撃を受けて意識が!」

がばっと上半身を起こす白鳥。

「「???」」

全然平気そうな九十九にわけがわからなくなる二人。

「説明しましょう」

カラカラカラとホワイトボードを引っ張ってくるイネス。真っ赤に染まった九十九の軍服がハンガーに吊るされている。

「な、なんですかそれは!?」

さすがに驚く九十九。

「まず、最初に白鳥君。あなた会談場で撃たれたのよ」

「私が撃たれた!? ミナトさん!?」

ミナトの方を見ると涙目でコクコクと頷いている。

「さて、問題の銃弾だけど……軍服の表面を抜けた銃弾はこの特殊金属板まで到達」

軍服の背中を示すイネス。

「薄くて軽いけれど優れもの、弾丸そのものはこの地点で停止。次に金属板の内側の特殊緩衝素材で骨折しない程度まで衝撃を緩和。同時に胸と背中で火薬に点火。仕込んでいた血袋の血液を撒き散らした」

裂けた血袋と裂けてない血袋を持ち上げるイネス。

「……というわけで」

「「嘘だったのーーーーーっ!?」」

絶叫するミナトとユキナ。

「そゆこと」

イネスはあっさりと言った。

 

 

「だいたい、白鳥君が暗殺されるのがわかっているのに、私達がなんの手も講じないわけないじゃない。こっちでも細工を知っているのは、アキト君と艦長以外じゃ細工を手伝ってくれたウリバタケさんだけ。ちなみに白鳥君の意識を確実に失わせるために即効性の麻酔をここに仕込んだパッチで射ち込んで……って聞いてないわね。ま、いいけど」

泣きながら……まぁ嬉し泣きだが……九十九にすがり付いているミナトとユキナを見て肩をすくめるイネス。

「えと、あの、その、ユキナもミナトさんも泣き止んで……あ、いや、困ったな」

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ周辺宙域>

 

 

「さて、ひとまずあっちは片付いたが……おっと」

近くに現れたテツジンのビームをかわすと、おかえしにレールガンを撃ち込むアキト機。

撃破には至らないがテツジンは大きく態勢を崩して離脱していく。

『おー、遅かったなアキト』

フォーメーションの再編成の為一時戻ったリョーコ機から通信が入る。

「おまたせ。で、どんな感じ?」

『もーあたし達、射撃の的には不自由してないって感じ?』

『次のマトがまっとー。……ぷ、くくくく、あはははははははは!!!』ダンダンダン

『イズミ! いいかげんにしやがれっ!』

「……」

相変わらず三人娘には余裕があるらしい、が、あまり一般的な基準ではないので判断材料には向かない。

「えーと、イツキちゃん?」

『あ、はい。かなり厳しいですね。なんといっても敵の本隊のすぐそばですから、ナデシコへ直接とりつこうとするジンタイプを追い払うのがやっとです……あ、危ないです! ……っと』

どうやら回避行動を取って、更に敵に反撃したらしい。ウィンドウ越しに聞こえた音からすると撃墜してしまってそうだ。

「イツキちゃんも染まってきたね……」

『はい? なにかおっしゃいましたか?』

「いいや。で、ガイは……と」

ちょっと離れた所で元気に飛び回ってジョロやバッタを落としているガイ機を発見する。

「ま、大丈夫か……問題は……」

『よーし、じゃ、アキトはあのバカとイツキでフォーメーションを組め』

「了解」

『わかりました』

イツキ機と連れ立ってガイ機の方へ向かう。

「問題はあいつが間に合うかどうか、だな」

 

 

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

「困っちゃいましたね」

ナデシコが完全な包囲下におかれつつあるというのにのんきに言うユリカ。

「どうするユリカ?」

指揮権をゆずって気持ちだけは小休止のジュン。

「グラビティブラストの一発や二発じゃ穴は空きそうにないしぃ、のんびり相転移砲を使えそうにもないしぃ、打つ手なしかな?」

「ユリカ〜〜〜」

涙目になるジュン。

「まぁまぁジュン君。果報は寝て待てって言うし、のんびりお茶でも飲んでひと休みすれば……」

「あのねユリカ」

ババババババ!!!!

ナデシコの前方で一斉に光が瞬いたかと思うと、木連の艦が連続して爆発した。

「あれは!?」

それが何かを察して驚きの声を上げるゴート。

「グラビティブラストの広域放射ですな。……ということは」

プロスペクターの目が細まる。

「……うそ」

ぽかんと口をあけるジュン。

「ね? ラピスちゃん! 包囲網に空いた穴に全速前進ね!!」

「りょうかい」

ピコン

『だいじょーぶかい、ナデシコ?』

「「「「「え!?」」」」」

ブリッジにいきなり現れたアカツキのウィンドウに戸惑う一同。

ピコン

『遅いじゃないかアカツキ』

「「「「「は?」」」」」

続いて応答したアキトのウィンドウに同じく戸惑う一同。

『いやーごめんねぇ。こっちもいろいろと事後処理があってさ。だいたい君達、脱出が派手すぎるよ。情報操作のお金も馬鹿にならないんだよ?』

『あーそれは俺も悪いと思ってる。いや、ごめん』

「「「「「…………」」」」」

『もう少し時間があれば、シャクヤクの方も飛ばせたんだけどねぇ……まぁそれはいいや。とりあえず詳しい打ち合わせは後でお茶でも飲みながらやるとして、ここから離脱しようか』

『りょーかい。じゃ後でな』

話が終ってアカツキのウィンドウが消えた。

 

「あの〜、アキトさん?」

一同を代表してアキトに声をかけるメグミ。

『ん? なにメグミちゃん?』

「その……なんですか、今の妙にフレンドリーな会話は?」

『いつも通りだろ?』

「……っていうか、その、私達とネルガルって敵対っていうか……裏切られたんですよねアキトさん?」

『あぁ、あれ? お芝居だよ』

かりかりと頬をかく(といってもヘルメットをかいているのだが)アキト。

「「「「「えぇーーーっ!?」」」」」

 

 

 

<カキツバタブリッジ>

 

 

「えぇーーーっ!?」

「ちょっと、うるさいよエリナ君」

エリナに耳元で叫ばれて顔をしかめるアカツキ。

「なによそのお芝居って!?」

「言葉そのまんまだよ。あれはぜーんぶ事前の打ち合わせどおりのお芝居……って言っても細かい段取りまったく無しのアドリブでっていう方針だけの打合せだけどね」

「そ、そんな!」

「だいたい考えても見たまえ。僕が起動キーを抜いたからと言ったって、テンカワ君がその気ならあの場で僕からキーを奪うことなど造作もない。艦長が再び起動キーを差し込んで、僕を人質にでもして逃げ出せばすむことだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ食堂>

 

 

『……ということで、みなさんの覚悟を試させて頂きました。全てを投げうって戦う覚悟を。それがなければナデシコに乗ってここまで来る事はできません。ですからあえてみなさんを騙して、ナデシコをわざと明け渡したんです。本当にごめんなさい』

ぺこり、とウィンドウの中でユリカが頭を下げる。

「へっ艦長もみずくせえな……ずるるるる」

うどんをすすりあげながらウリバタケが言うと、うんうん、とうなずく食堂内一同。主にようやく修理その他が終って食事にありつけた整備班一同である。

「敵をあざむくにはまず味方からっていうけど、相変わらず見事なもんだねぇ」

カウンター奥で鍋を見ながらホウメイが言うと、うんうん、とうなずくホウメイガールズ。

 

 

 

<ナデシコ浴場 女湯>

 

 

「ま、根性なしをふるいにかけるってのは悪くねぇけどよ」

ユリカのウィンドウが消えて湯気だけにもどるとリョーコが言った。

こちらも出撃上がりでのんびりとお風呂に入っているところである。

「古典的な手だけど効果的だったよね〜」

湯気で真っ白けに曇った眼鏡をかけたままヒカルが言った。

「古い手でふるいにかける……ふるいふるい……ぷ、くくく、あはははははははははは!!!!!」ダンダンダン

「てめー! 溺死させてやる!!」ジャボン!

 

「あははははは」

隣の浴槽で乾いた笑いをもらすイツキ。

 

 

 

<提督室>

 

 

「で、お宅の会長の本音はどんなところかしらね?」

「テンカワさんや艦長におおっぴらに協力するというのはネルガルの体面もありますから。とはいえあの会長のことですからお仕事半分、お遊び半分というところでしょうか?」

ズズズズズ、と音を立てて茶を飲むムネタケとプロスペクター。

「……それで?」

「敵もさるものと申しましょうか、こちらが木連の一部に内密に通じていれば、逆のこともある、とそういうことです」

「やっぱり人間の敵は……」

「人間、ということですな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<展望室>

 

 

「じゃあ行ってくるよユキナ」

ユキナの前で膝をついた九十九はそう言って話を終えた。

「……うん、気をつけてねお兄ちゃん」

「ああ」

ユキナの頭を撫でると九十九は立ち上がった。そのままユキナの隣に立っているミナトと目を合わせる。

「……ユキナをお願いします。もしもの時は……」

「こら。男だったらもしもなんて言わないの」

「はっ、すみません!」

「お兄ちゃんもうミナトさんのお尻にしかれてる」

「うるさい……コホン」

九十九は敬礼した。

「行って参ります」

「行ってらっしゃい」

挨拶を終えた九十九はアキトとユリカの所へ歩み寄る。

一方の手でアキトの手を握り、もう一方でアキトと手をつないだユリカの手を取る。

「お願いします」

「はい。じゃあ、白鳥さんは目を閉じてイメージを念じてください」

「イメージ……」

「私がそれを伝達します。アキトはサポートおねがい」

「ああ」

三人の姿が光輝に包まれ……消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ゆめみづき格納庫>

 

 

「…………」

要は無言で目の前の男達を見回した。

ゆめみづきの全乗組員が整列している。

「九十九は……殺された」

要はそうとだけ告げた。

『……っ!』

なにかをもらしかけて懸命に堪える一同。あらかじめ知らされてはいたようだが、それでもわずかな希望を抱いていたのだろう。だが、他ならぬ要の口から聞かされればもはや疑いようも無い。

カツン

足音を立てて一人の男が進み出る。ゆめみづきの……九十九の副長である。

「……艦長、ご命令を」

「俺は……」

「貴方は白鳥艦長が誰よりも認めた男です。我らは皆貴方についていきます」

うなずく一同。事前に話はついているらしい。

「…………」

馬鹿な事だというのはもちろんわかっていた。だが、わずかなりとも九十九の代わりを務めるのが自分の責務だと己を納得させる。

今、やらねばならぬのはこの男達の心を納得させてやること。

「……九十九の仇を討つ!それがこの艦の唯一無二の使命だ! 各員の奮闘に期待する!」

『はっ!!!』

「発進準備! すぐにも追撃の命令がでるぞ! かかれ!」

『了解!!』

一斉に乗組員達が散っていく。

その様子を見ながら要は呟いた。

「……違うな」

自嘲する。

(……俺は自分の心を納得させたいんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<戦艦??? 格納庫>

 

 

何者かの気配に気付き月臣は目を開いた。

「……来たか」

目前に生じた光輝から3人の人影が現れる。

 

 

 

「元一朗」

九十九が手を上げた。

「九十九……」

月臣は深く息を吐き出した。わかっていても、わかっていても……いや、もう済んだことだ。

「俺が言うのも何だが……よく生きて戻った」

「当然だ」

「そうだな」

月臣は視線を転じた。

黒づくめの男が立っている。月臣はその男に対する感情をいまだに決めかねていた。

「久しぶりだなテンカワ・アキト」

「ああ」

その出で立ちの時はいつもその口調だな、と思う月臣。一方で何ともいえない感情が胸に浮かぶ。その日常の姿を知るからこその……

「……今回の事は礼を言っておく」

「こっちの都合だ。気にするな」

「そうか……そちらのご婦人が?」

「ああ、こいつが……」

アキトの紹介の前にずい、と女性が歩み出る。

「初めまして、私がナデシコ艦長のミスマル・ユリカです、ぶいっ!!」

にっこり笑ってVサイン。

「…………」

しばし沈黙する月臣。

ややあって、

「くっ……ふふ……ははは……参った」

髪をかき上げながら苦笑する月臣。予期せぬ出来事と言う奴だ。

「あ、受けてる受けてる。そういえば白鳥さんもそうでしたし、木連の方ってワンテンポ違うんですね!」

「そういうわけでもないだろう」

「え、そっかな?」

「ああ、そうだ」

 

「……ふっ」

「ははっ」

二人の姿を見ていた月臣と九十九は顔を見合わせると笑みを浮かべた。

「……ま、それはいいとして」

二人に向き直るユリカ。

「それじゃ、始めましょうか」

にっこり笑うと何でもないように、

これからやることなんか朝飯前なんだよ〜、

と本当になんでもないようにその女性は言ってのけた。

それに苦笑しつつも二人は力強く頷いた。

「「ああ、始めよう」」

 

 

 

 

つづく


 
 
 
 
 

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