<火星大気圏内>

 

 

ピコン

原型が分からなくなるほどに改造されたアサルトビット内。その大部分を占めるのは衝撃緩衝材である。それでもスペースを死守している正面のコンソール前に浮かび上がるウィンドウ。そこに現れた表示に要は歯を食いしばる。

「来たな……アキト!!」

ウィンドウ内にはピンク色のエステバリスが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキツバタ周辺、ジンタイプとエステバリス隊との激戦区を迂回して、こちらへ向かってくる機体が一機。姿は変われど同じくピンク色のエステバリス。

一瞬、鏡を見たかのような感覚に襲われるアキト。

ただ姿が同じなのではない。今、自分へと向かってくるのはかつての……

 

『怖かろう、悔しかろう、たとえ鎧を纏おうと心の弱さは守れないのだ!!』

きっと忘れることはできないであろう男の言葉を思い出す。

 

「ああ、そうだな。お前の言う通りだ」

だが、今、アキトはその言葉を受け入れる。

結局、自分は自分でしかなくそれ以上の者にはなれない。アキトはテンカワ・アキトという名の人間でそれ以上でもそれ以下でもない。

「きっと、そういうことなんだよな。それだけのことなんだよな」

弱さを弱さとして受け入れる。それもまた自分なのだから。そうやって生きていく。

でも、そうした上でなら、今の自分を自分として受け入れた上でなら、自分をその先に進めることもできるかもしれない。

たとえ今はまだ無理でも。

いつか、きっと。

 

それをもう一人の自分に伝えることができるだろうか?

 

『アキト』

間もなく射程に入る、そんなタイミングでユリカのウィンドウが現れた。

「ん? なんだユリカ?」

少しだけ空気を和らげてウィンドウに問いかける。

だが、ユリカは何も答えず。

『……ううん。なんでもない』

にっこり笑って消えた。

「……サンキュ」

 

 

 

 

 

 

第20話『いつか出会うあなたのために』

 

 

 

 

 

 

アキト! どうしてもやるのか!?」

引き離すコースを取りながら生きたままのエステバリスの通信回線にアキトは叫ぶ。

『そうだ! どんなことでもけりはつけなければならん! お前を倒すか倒されるか……いや倒す! それで全部終わりだ!!』

もう一人の自分が叫び返す。

「他の終わり方があってもいいだろ!!」

牽制のためにレールガンを発射する。

『どんな終わり方があるという!? 俺は朱鷺羽要だ! 今さらテンカワ・アキトには戻れない! たとえ戻れた所で地球になんか俺の居場所はない!』

「……」

『そして……』

 

コンソールに貼り付けた写真。自分と九十九とユキナが写っている。

 

『そして…… とうとう朱鷺羽要の居場所すら消えてしまった! 俺にはもう名も無い一人の兵士としてしか生きる道がない! そいつをなくしてしまったら俺は生きてけないんだよぉっ!!』

レールガンを回避し、右手に増設した機銃を発射する要機。

敵味方を置き去りにして二機だけの高速戦闘が開始された。

二人っきりのテンカワ・アキトだけの戦いが。

 

 

 

 

 

 

<閑話休題>

 

 

「そんなわけで、カキツバタと合流したナデシコは火星の防衛部隊を殲滅。せっせと遺跡の演算ユニットのナデシコへの搬送が開始されました。カキツバタの火星へのボソンジャンプは行われていませんけど、後はだいたい前と同じです」

「ルリ、なによんでる?」

ラピスがルリの手元を見て言った。

「これですか? イネスさんから頂いたカンペです。細かい事は気にしないで、とのことでしたけど」

「カンペ?」

 

 

 

<カキツバタブリッジ>

 

 

「だって、しょうがないじゃない? ネルガルが演算ユニットを手に入れても艦長がその気になったら思うがまま、なんて言われちゃったらさ」

提督席でぐるっとシートを回してカメラ視線の元大関スケコマシ。

「あなたそんなの本気で信じてるわけ!?」

その耳元で叫ぶエリナ。

「そういうことにしとこうよエリナ君。その方がいろいろと都合がいいしね」

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

「仮にネルガルに演算ユニットを持ち帰ったとする。そうすると今度は地球人同士で演算ユニットの奪い合いだ。ネルガルVS連合軍、いやネルガルVS地球かな? どう贔屓目に見ても勝ち目は薄いだろ?」

メインクルーを集めて説明中のイネスならぬアキト。アカツキとの共謀の件もあり火星への移動とその目的を説明中である。

「あのう、それでしたら、どちらにしても持ち帰らずにどこかに隠すとか捨てるとかいう訳には?」

「おう、そうだな。いいこと言うじゃねぇかイツキ。オレも賛成だぜ」

「そだね。あると便利だけど戦争の種になるんだったらポイしたほうがいいね」

「臭い物は元から断たなきゃってことね」

「おう、それなら景気よくぶっ壊そうぜ!」

めいめい意見を述べるパイロット陣。

「残念ながら、私達はそれで失敗したのよ」

イネスが説明を引き継いだ。

「失敗、というと?」

ジュンが聞いた。

「その前にまず演算ユニットを壊せるかということだけど、これは無理ね。手段によっては今この世界に存在している演算ユニットを物理的に破壊できるかも知れない。でも、演算ユニットは一度稼動すれば時間も世界もなく同一存在なの。例えば私達がこの世界にやって来れたという事象は私達の世界の演算ユニットとこの世界の演算ユニットが別々の存在であるという事が理論的に証明できない一方、同一の存在であるということは容易に証明が……」

気付くと一同がユリカの方を見ている。

「つまりあっちの世界のユリカとこっちの世界のユリカはくっついちゃったからもうどっちのユリカかってことは気にしたってしょうがないってことです!」

うんうんなるほど、と頷いている一同。

「……ま、いいでしょ」

感覚的に理解できたのならそれでいいか、と気を取り直すイネス。

「次に失敗の話だけど」

そう言うと一同が向き直る。

「私達は演算ユニットを回収後、ナデシコに載せて太陽系外に向けて飛ばした。これで戦争も終わりだ」

おお、と何人かが声を上げる。

「いろいろあって私達は一時拘留されたけど、その間に地球と木連は和平を樹立。演算ユニットを手にしてボソンジャンプ技術を入手しなければ容易に軍事バランスは変わらない。後は適当に折り合いをつけるしかないものね。さぁ、これから新しい時代だ。平和が続く。やっとこさ結婚までこぎつけたお二人さんなんかもいたわね」

一同の視線がユリカとアキトに向かう。

 

「はい」

手をあげるルリ。

「はい、ホシノ・ルリ」

「今のお話を聞く限り、めでたしめでたしって感じなんですけど何か問題があったんですか?」

うんうん、とうなずく一同。

「そうね。釈放された面々はそれぞれ新しい道に向かい、ナデシコに乗っていた小さな女の子も結婚する二人に引き取られたしね」

「え? …………あ、その、もしかして」

「若いけど腕のいいコックと仕事帰りの看板娘、チャルメラを吹く女の子、3人はいつも仲良くラーメンの屋台を引いて……」

「……話がそれてるぞ」

つっこむアキト。

「あら、ごめんなさい。……そうして女の子や仲間達に見送られて二人は新婚旅行に出発しましたとさ」

ほー、と楽しそうに聞いている一同。

「そして、その夫婦を乗せたシャトルは大爆発」

『!?』

唐突に落とされた爆弾に硬直する一同。

「皆から愛された二人の死は仲間たちを失意のどん底に落とし、やっと手に入れた家族のぬくもりに包まれ幸せになる予定だった女の子は以前の……いいえ、ぬくもりを知った分以前とは比べられないほど冷たい孤独の中へと落ちていった」

容赦の無い内容を淡々と告げていくイネス。

 

「……あ……あ」

ルリはなぜ自分が震えているのかわからない。わからないけど自分は今とてつもなく恐ろしい事を聞いている。それはつまり……

ぎゅっ

「……?」

不意にぬくもりに包み込まれ……震えが止まった。

「ユリカ……さん?」

かがんだユリカがルリを後ろから抱きしめていた。

「大丈夫」

「え?」

「大丈夫だよ、ルリちゃん。ユリカはちゃんとここにいるから」

「あ……」

「アキトだって」

言われて顔を上げる。

「ああ。オレはここにいる」

うなずくアキト。

「……はい」

そのままユリカに身体を預けてうつむくルリ。

 

「イネス先生よぉ、あんまり演出が過ぎると客が引くぜ」

ウリバタケが苦笑しながら言った。

「そうよ。ラピスちゃんはよくわかってないみたいだけど、ユキナちゃんだっているんだから」

ミナトに言われてラピスを見る一同。今ひとつ人物が一致しないのか、なぜルリは具合が悪そうなのだろう? というような感じで首をひねっている。

一方、

「え? あ、いや、私、大丈夫。こ、これでも度胸はあるんだから」

ナデシコに単身乗込んでくる位だからおよそ度胸については疑っていないが、驚くものは驚くよなそりゃ、となにやら歯をガチガチさせながら喋るユキナを見て思う一同。

ナデシコでミナトの次にアキトと仲がよく、仕事もないのでよく一緒に皮向きしているというのは周知の事実である。

 

「ともあれ、ここにいるって事は無事だったんでしょ? その辺りを聞かせてもらおうかしら」

ムネタケの質問で気を取り直す一同。

「ええ、そうしましょう。さて、シャトルの爆破はカモフラージュ。ある組織が二人を誘拐したことを隠す為に行った隠蔽工作だった」

「なぜテンカワとユリカを? 戦時中ならともかく、終戦後は……」

いろいろな衝撃から立ち直ったらしいジュンが質問する。

「ただの艦長と元パイロットなら、ね。でも二人は特別だった。そんな肩書きなんか消し飛ぶくらいの」

 

 

 

 

<カキツバタブリッジ>

 

 

「ねぇエリナ君。ネルガルが発電所を一つもっているとしよう。まぁ別にコーヒー豆の農園でもいいんだけどね」

エリナが持ってきたコーヒーを受け取ったアカツキは唐突に言った。

「? なにそれ? 発電所くらい……」

「いいから。ネルガルに発電所がある。そしてそれは世界に唯一つの発電所だ」

「え?」

「さぁ、エリナ君。君がネルガルのトップならどうする?」

「そんなの……電気を売るに決まってるじゃない」

「値段はどのくらい? この過当競争の今と同じくらい?」

「馬鹿言わないで。うちにしかないんだもの、利益が十分取れるくらい、いえ、それだけでネルガルがやっていけるくらい……」

そうだろうね、とうなずくアカツキ。

「さて、ではここで視点を変えてみようか? 今度は君は電気を買う側だ。電気は使いたい。でもそのためにはネルガルにたくさん金を払わなきゃいけない。機嫌を損ねると供給が止まるかも知れないねぇ。どんな気分だい?」

「そりゃ……不満ね。そんなに儲けてるんだったらもっと安い値段で売ってくれてもいいじゃない」

「そうだね。ところで、君と同感な人はどのくらいいると思う?」

「……結構な数でしょうね。大衆、企業、国家……」

「不満を話し合ううちに不満がピークに達した。中には過激な連中も混じっている」

「遠からず暴動……いえ、ネルガルを……あ」

ようやくアカツキの言わんとしていることに気付いたエリナ。

「そういうこと。かくてネルガルは滅び、発電所は……さて、誰のものになるやら」

「だから……遺跡を?」

「ネルガルは国家でもなければ軍隊でもない。どれだけ大きくても一企業なんだよ」

「だからってみすみす見逃すつもり? これまでの損害はどうやって回収するのよ?」

「さぁてね」

「ちょっと!」

「ところでねエリナ君、さっきのたとえ話の続きなんだけど」

「そんなのどうだっていいわよ!」

「誰が発電所を手にしようと儲かる所が一つあるんだ」

「え?」

「発電所が壊れない限り誰が発電所を奪おうとそこだけはどこ吹く風でね」

「……どこよ?」

「決まってるだろ? 電気を使って動く機械を作れるところさ」

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

「A級ジャンパー。遺跡にイメージを送りボソンジャンプを制御できる翻訳者。ボソンジャンプ全盛時代にボソンジャンプ制御技術を得る為の生き字引。かくて隠密裏にA級ジャンパーが次々と誘拐された」

「うん? そりゃいくらなんでもお粗末じゃねぇか?」

ウリバタケが割り込む。

「例えA級ジャンパーがいたって、肝心の遺跡がなきゃデータの取りようも……おい、まさか!?」

顔色を変えるウリバタケ。

「そう、彼らは隠密裏に演算ユニット……ナデシコを回収した。そしてそれを広域ボソンジャンプシステムの中枢に使用したの。後はだいたい想像できると思うけど、集めたA級ジャンパー達を使ってお子様たちには聞かせられないような実験がたくさん行われた。そうして、一人は演算ユニットに翻訳機として組み込まれ、救出されたもう一人は復讐の為、黒い王子様になりましたとさ……おしまい」

そう言って、指示棒をしまうイネス。

 

「「「「「「「ちょっと待て!!」」」」」」」

 

叫ぶ一同。

「あら、どうかした?」

「どうかしたじゃねぇだろ!?」

「そうだ! そんな夢も希望も無い所で終わりかよ!」

「あぅあぅあぅあぅ、あたしゃ泣けて来たよ」

「南無ぅ〜」チーン。

「すいません、すこし眩暈が……」

「ちょっとユキナちゃん!?」

「あ、あはは、大丈夫大丈夫」

見事な狼狽振りを見せる一同。

「イネスさん人が悪いですよ」

ジュンが言った。

「あら、アオイ君。予想に反して平気そうね」

「さっきの所で終わりなら平気じゃないですけどね」

肩をすくめるジュン。

「……なるほど、そういうことか」

うなずくゴート。

「ええ、そういうことでしょう」

最初からわかっていたらしく笑って頷くプロスペクター。

「つまり、テンカワと艦長が今ここにいるっていうことは……」

ムネタケが呟き、

「中略……めでたしめでたし、ってことだな!」

ウリバタケが力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<市民船(移民船)れいげつ某所>

 

 

『レッツ・ゲキガイン!!』

草壁の叫びと同時に巻き起こった割れんばかりの歓声と拍手で追悼式典は終わった。

「……」

その男は普段の彼にしては珍しい皮肉な笑い、とでもいうような表情を浮かべていた。

それもそうだろう。今、終わったのは、誰あろう彼の死を悼む追悼式典だったのだから。

男の背後に控える多数の猛者達も何ともいえぬ気分だろう。もっとも彼らは男よりも随分早く死んだことになっているが。

映像が消えると男は表情を引き締め、振り返った。同時に猛者達も姿勢を正す。

「諸君、見ての通りだ。私は諸君同様木連の為に命を散らした」

『…………』

「無論、真にそうであるならば、私の心に悔いなど欠片もない。喜んで冥土へと旅立つだろう……だが!!」

男は怒りを隠さず叫んだ。

「私はこんな陳腐な猿芝居のネタにされるために戦ったのではない!! まして、愛すべき全木連国民を踊らせるために利用されることなど断じて看過できぬ!!」

拳を握り締め吼える男。

「元より諸君が命を惜しむ様な者でないのは承知している。ましてや我等は既に一度死んだ身だ。この上何をなくそうと気にしようか。だが、それでも捨てることの出来ぬものがある。それは木連の為に戦うと決めた魂だ」

目をつぶると拳を胸に当てる男。

「諸君、どうかこの白鳥にその魂を預けてはくれまいか」

 

薄暗い格納庫。

和平交渉の席で地球人に暗殺されたことになっている白鳥九十九と月面軌道上でナデシコの相転移砲によって散ったことになっている優人部隊の猛者達が、ここで最初の一歩を踏み出した。それは木連と地球の未来を変える第一歩であった。

尚、その場で兵士の一人にあることを問われた九十九はこう答え、結束を確かなものとした。

「確かに我等は彼らに命を救われた。その借りはいずれ返さねばなるまい。だが、それは断じて彼らや地球の為に動くことと同義ではない。我等はあくまで木連の為に動くのだ。借りを返す機会があったとしても、それはあくまで木連に害が及ばぬ範囲でなければならぬ。万が一、私がそれを忘れ、木連を蔑ろにするようであれば、誰であろうと構わん、今度こそ私を殺せ。この白鳥九十九に二言は無い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ格納ブロック>

 

 

「よいしょっと……あら?」

ヒナギクから降りたイネスは目の前にアキトが立っているのに気づいて驚いた。

「どうしたのアキト君。パイロットは優人部隊の出現に備えてエステバリスで待機でしょ?」

「まぁ、そうなんだがな」

黒いヘルメットと耐Gスーツに身を包んでいる割には落ち着かない様子のアキトに目を細めるイネス。

「……そんなに気にしなくていいわよ。そもそもあなたのジャンプに巻き込まれなかったら死んでいたんだから」

「そう言ってくれると少しは気も楽なんだが……元気そうだったかい?」

「ええ、とっても」

「そっか……」

カリカリとヘルメットをかくアキト。

「もっとも“あっち”と同じでおにいちゃんに会えなくて残念そうだったけどね」

「……そうか。だが、今回あの子が会いたかったのは“俺”じゃなくて“あいつ”だろう?」

「そうね。まぁそのあたりは“私”にもわからないでしょうけどね」

「ややこしいな」

「そうね」

くすり、と笑うイネス。

「それであなたは“あなた”とどう決着をつけるつもり?」

「俺もあいつも馬鹿だからな。ガツンとやり合うしかないかもな」

「そうね。その方がすっきりするかもね」

ピコン

『あーアキト! やっぱりこんな所にいた!』

突如割り込むユリカのウィンドウ。

「おっと」

「あらあら」

『アキト! 駄目駄目駄目駄目駄目ったら駄目!』

「……何が?」

『何がって……それは、その……アイちゃんの事でいい雰囲気になって、こうイネスさんにムラムラっとか

だんだん声が小さくなっていく。

「ジュン」

『なんだいテンカワ?』

呼ばれたジュンが横から顔を出す。

「その馬鹿をしばらくおとなしくさせとけ」

『了解。ほらユリカ、ちゃんと仕事して』

「じゃ、俺は待機に戻る」

『あージュン君もアキトもひどいーっ! 男の友情は夫婦の絆を壊すんだからねーっ!』

『はいはい、いいから仕事仕事』

ピコン、とウィンドウが消える。

「ああやって、アキト君が落ち込まないようにしているわけね。十分夫婦の絆があるじゃない」

「……説明は結構だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ダイマジンコックピット>

 

 

「さて、なんとも難しいものだな」

ナデシコ級戦艦2隻とそれをとりまくエステバリス隊をみながら月臣はつぶやいた。

『どうした月臣』

月臣のダイマジンの隣に並んだ秋山のダイテツジンから通信が入る。

「秋山か。……いや、手加減をして戦うというのは初めてでな。なんとも難しい」

『ははは、お前らしくも無い』

ひとしきり笑った後で真剣な顔になる秋山。

『……いいか月臣、手加減などと僅かなりとも考えるな』

「何?」

『あの艦はこの程度で沈むような艦ではあるまい。それに……』

「それに?」

『死力を尽くさねば、こちらが沈む』

「……確かに」

『遠慮など無用。迷いを捨てろ。あの艦は信じるに足る……俺はそう思っているのだがな』

「ああ、そうだったな。俺も……あの男を信じることにしたのだった」

『艦長! 月臣中佐! 各艦配置に着きました!』

後方から高杉の通信が入る。

『よし、では作戦通りに』

『はっ』

部隊が進軍を開始する。

『月臣』

「なんだ? もう時間がないぞ?」

『朱鷺羽は知らんのか?』

「……ああ」

『よいのか?』

「……」

しばし黙り込む月臣。

「……人は誰しも何かを乗り越えなければならぬ時がある。時には己というもっとも大きな壁を、だ」

『……』

「おそらく要は今がその時ではないのかと思う。そのためにはがむしゃらに戦うのも一つの道だ」

『……そうか』

「そして、要がそのために戦うのにあの男以上にふさわしい相手はいまい」

『お前たちがそう言うなら何も言うまい』

「世話をかけるな」

『気にするな……それにしても』

「なんだ?」

『いや、青春だな、と思ってな、はははははははは!』

豪快に笑う秋山。

「ふ……はははははははは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

敵接近の報に緊迫するブリッジ。

ユリカは演算ユニット搬入作業中のウリバタケを呼び出す。

「ウリバタケさん!?」

『まだしばらくかかる! 特急でやっちゃいるが、物が物だ。手は抜けねぇ』

ピコン

『オーケイ。ならカキツバタが前に出よう』

「アカツキさん?」

『気にしない気にしない。僕達の最優先目標は演算ユニットの回収だ。そのためにはカキツバタぐらい沈めてもいいよ』

『ちょっと! 何言い出すの!?』

『エリナ君、時にはハイリスクハイリターンってね。これも経営テクニックの一つだよ。じゃ、艦長なるべく早めによろしく』

「お願いします!」

外を映し出すスクリーンでは、カキツバタが転進しエステバリス隊がそれに続く。

「リョーコちゃん!」

『言わなくてもわかってらぁ。あんなスケコマシに借りは作りたかねーからな。ヒカル、イズミ!』

『いっくぞーっ!』

『いつもよりたくさん落とさせて頂きます!』

三人娘のエステバリスがカキツバタに続く。

『アキト、ヤマダ、イツキはナデシコの直掩だ。任せるからな!』

『……了解した』

『任せろっ!』

『はいっ!』

 

 

 

「どうやらあの新型が先陣ということのようだな」

進撃してくるカキツバタを見て目を細める月臣。

『ふっ、二兎を追うものは虻蜂取らず。まずは強敵ナデシコよりもう一隻を沈めるのが定石。のぞむところだ』

「よし、あの艦を集中攻撃するぞ」

『……任せる』

「要?」

木連にあっては異彩を放つ機体がダイマジンの隣に並ぶ。

『“あの男”を自由にさせておいては勝機はない。奴が出てきたら俺が引き付ける』

「そうか」

『いいか?』

「構わん。存分に戦って来い……だが」

『?』

「死ぬ事は俺が許さん」

『……感謝する』

加速して飛び去る要機。

 

 

 

 

 

 

<再びテンカワ・アキトの戦い>

 

 

「速い!」

アキトのエステバリスカスタムと同等かそれ以上の速度を叩き出す要のエステバリス改。

「これならどうだ!?」

急旋回、急上昇などなど各種取り混ぜ機動性の勝負に持ち込むアキト。

「その程度で!!」

見るからに無理矢理といった様子でアキト機の動きに追従する要機。アキト機の背後に迫ると両椀部に増設した機銃が火を噴いた。

「くっ!」

 

 

優人部隊の精鋭とナデシコ・カキツバタの戦闘は熾烈を極め、遂にはカキツバタ撃沈という事態にまで発展していた。無論、優人部隊側の損害も尋常なものではなく、木連特有の精神論的教育が無ければとっくに撤退していただろう。

現在はようやく移動可能となったナデシコの周囲で激戦が繰り広げられていた。

そうして、それらを全く意にも介さないもうひとつの戦闘が。

 

 

「信じられない、あんなつぎはぎの機体でテンカワと互角に戦っているのか?」

呆気に取られたようにつぶやくジュン。

『互角? 違うな、テンカワ君の方が押されている』

ナデシコの周りでジンタイプの相手をしているアカツキが言った。

『くそっ、うっとうしいんだよてめぇら!!』

バッタの群れを粉砕するリョーコ機。

『アキト君の援護にいけないよー』

『ごっつぁんです』

『イズミさん意味わかりません!』

『ちっくしょー! 友の危機に駆けつけられずに正義の味方と言えるかーっ!!』

 

 

「まともに基礎設計から始めたら戦闘には投入できない。改造機は改造機と割り切って、相転移炉の出力増加に集中したようね」

冷静に説明を開始するイネス。

ウィンドウに要機が映ると、要機の背部に据え付けられたジンタイプから流用しているらしき相転移炉を示す。同時に各所に増設されたスラスターを無数の矢印が示す。

「そして有り余った出力を全部推進力に振り向けた。スラスター出力に物を言わせて無理矢理軌道を修正する。まぁ思い切った考えではあるけど、実際、アキト君の機体以上の機動力を叩き出せてはいるわ」

『しかし!』

いきなり現れるウリバタケのウィンドウ。

 

「しかし、あれじゃ機体がもたねぇ。所詮ベースは量産初期の陸戦フレームだ。強化するたって限度がある。なにより……」

再度、異常な軌道を取りつつアキト機を追う要機を見る。

「あれじゃ先にパイロットが潰れちまうぜ」

 

「そんな、要!」

ウリバタケの言葉を聞いたユキナが叫ぶ。

「止めてよ! やめさせてよ! 要が死んじゃうよ!」

その言葉に首を振るイネス。

「気持ちはわかるけど、きっと彼はそれを覚悟の上でこの戦いに臨んでいる。だから、止めるには彼の機体を行動不能に追い込むしかないわ。そしてそれはアキト君もわかっているはずよ。でも……」

ウィンドウに視線を戻すイネス。

「現状を見る限り、テンカワさんが墜とされるのが先か、あの機体あるいはパイロットが潰れるのが先か……どちらにしてもハッピーエンドとは言い難いですなぁ。なにか手はおありですか艦長?」

ユリカに視線を転じるプロスペクター。

一同の視線が自然にユリカに集まる。

 

「……ごめん、ユキナちゃん。みんなも、ごめんなさい。私にはなにも思いつきません」

頭を下げるユリカ。その頭から艦長帽が落ちる。

ユリカはうつむいたまま続けた。

「私じゃ要さんを説得することも、要さんの機体を止めることもできません。今の私にできることはたったひとつだけ」

そう言ってユリカは両手を組んで目を閉じる。

 

「……お願い、アキト」

 

 

 

 

 

 

『逃げてるだけじゃ勝てないぞアキト!』

「くっ!」

(……わかっちゃいるが!)

回避しつつ射撃しているライフルはほとんどが命中しているが、高出力のフィールドに阻まれて牽制程度にしかなっていない。レールガンなら十分損害を与えられると思うが両手で振り回すこの大ぶりな武器ではとても要機の機動性には追従できない。もっともそれは要の側も同じでアキト機に大きな損害を与える所まではいっていない。残る手段はディストーションフィールドアタック……要は体当たりである。だが、速度と機動性そのものにほとんど差が無い以上、勝負はフィールドの強度が決める。重力ビームによる遠隔供給と機体フォルムが変わるほどの相転移炉を増設したスタンドアロン、賭けに出る気にはなれなかった。武装がレールガンとラピッドライフルではなくフィールドランサーだったら……いや現状だと、捉え損ねて結局体当たり戦になるのがオチか。

(……くそ、まずい!)

だから要が何を目論んでいるかもアキトは正確に予測していた。予測していたが、結局、対処できずに追い込まれていた。

 

 

 

「ダメ!」

ラピスが叫んだ。同時にルリもはっと顔をあげる。

「アキトさんの機体がエネルギー供給可能エリア範囲外に出てしまいます!」

「ミナトさん!!」

「ごめん艦長! 今は無理!!」

ミナトは顔も上げずに言った。

グラビティブラストの弾道予測の三角形やボソン砲の射程を表示した円形で埋め尽くされたウィンドウを前にナデシコの回避行動でおおわらわである。

「リョーコちゃん! アカツキさん!」

『こっちも手一杯だ!!』

『ここを空けたらナデシコが直接やられる!』

 

 

「やられたわね。敵の狙いは最初からこれだったのよ」

ムネタケが言った。

「あれほどの高機動戦ではお互い大口径の武器は当たらない。口径の小さい武器ではフィールドは通らない。唯一、違うのはテンカワのエステバリスはナデシコから離れたらエネルギー供給が絶えるけど敵はそうじゃない。その範囲外にテンカワを追い込めるかどうか、それまで自分と機体がもつか、敵はそこに賭けた……そういうことですね?」

後を続けるジュン。

「フィールドによる体当たりは?」

ゴートが言った。

「残念だけれど敵の方が出力が上ね。正面からぶつかったら弾き飛ばされるのはこちらの方よ」

イネスが告げる。

「いくらアキト君の機体が特注でも、元々機体バランス的に出力の限界というものは決まっている。あちらさんみたいに機体バランスを無視はできないわ。おまけにあちらは追加装備がついている分、重量があり、速度その物もこちらを上回っている。体当たりじゃ勝負にならないわ。もっとも、体当たりした後、あちらの機体がどうなるかは別だけれどね」

 

 

「………」

うつむくとぎゅっと拳を握り締めるユリカ。

(……わかってる。自分の責任だなんて思うのは傲慢もいいところ。艦長にできるのは艦長の仕事だけ、搭載機の戦闘まで艦長が完全に掌握できるなんて思うのは身の程知らず……だけど……だけど……)

 

 

パンパン

 

「?」

不意に聞こえた音と気配にユリカは横を見た。

ユキナが艦長帽を拾い上げ埃をはたいている。

「ほら」

そう言って背を伸ばすとユリカの頭に艦長帽をのせた。

「艦長がそんなことでどうすんのよ? みんなあんたを信じてるから戦ってんじゃない」

「ユキナちゃん……」

「そのあんたが信じてるんだから、あいつがきっとなんとかしてくれるよ」

「……」

「それに……別にあたしは、あんたを信じてるわけじゃないけど、あいつの事だって信じてるわけじゃないけど……まぁ、あいつはお兄ちゃんを助けてくれたし……あたしもたすけてもらったし……だから……きっと……要……だって」

だんだん声が小さくなっていくユキナ。

「もっちろん!」

突然声をはりあげるユリカ。

「へ?」

「アキトはみんな助けてくれます! だってアキトは王子様だもの!」

「ぷっ」

誰かが吹き出した。

「アキトはラピスちゃんのお父さんで!」

「コクン」

うなずくラピス。

「ルリちゃんのナイトで!」

「……いえ、私は別に」

紅くなりうつむくルリ。

「私の旦那様なんだから!!」

「それはあんま関係ないかも」

そう言いながら笑うユキナ。

ブリッジにいつもの陽気な雰囲気が戻ってきた。

「アキトはなんとかしちゃいます! なんとかならなかったらきっと奇跡の方からやってきちゃいます! ですから私達は私達の仕事を果たしましょう! アキトが要さんを連れて帰ってくる場所を断固死守です!」

「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピー

アサルトピット内に一斉に警告のウィンドウが灯る。内臓バッテリーに動力が切り替わったのだ。

「くそっ!!」

脳裏にナデシコへの帰還ルートを思い浮かべる。だが、いずれも確実に捕捉される。現状では振り切るためにこれ以上推進力に出力を振り向ければフィールドの出力が落ち攻撃を防ぎきれない。回避行動を取れば結局はまた追い込まれる。何よりこんな状態ではバッテリーが切れるのもあっという間だ。

『ここまでだアキト!』

「!」

 

 

「……ボース粒子反応増大確認。ジンタイプとは別パターン? ……何かがジャンプアウトして来ます」

ルリの報告に注意を向ける一同。

「質量予測は……エステバリスよりちょっと大きめです。出現地点は……アキトさんの前方です!」

 

 

「!?」

『!?』

突如生じたある意味おなじみの空間のゆがみに同時に気づくアキトと要。

「ジャンプアウト!?」

『なんだ!?』

それはゆっくりとその形態を明らかにしていく。

「……黒い、翼?」

ジャンプアウトした物体に無意識に方向転換するアキト。

『なに!?』

慌てて要機が追随する。その瞬間、

シュババババババ!

ジャンプアウトした物体から無数の小型のミサイル群が発射された。

「駄目だ!」

回避しきれず弾幕に突っ込むアキト。

『くっ!』

かろうじて退避に成功する要。

パパパパパパパパパ

『なんだ!?』

視界を覆う閃光に慌てて目を覆う要。同時にメインカメラに遮蔽スクリーンが降りた。

 

 

「テンカワは!?」

同様に状態を確認していたジュンが叫ぶ。

「カクニン。アキトのエステのデータそのまま。ヒガイなし」

「じゃあ、あれはいったい何だ?」

ゴートの問いに観測結果を伝えるルリ。

「弾頭は閃光弾、煙幕弾、その他もろもろ全部ひっくるめて目くらましです」

 

 

「なんだ!?」

煙幕の中、そのまま惰性で速度を維持して飛ぶアキト機の上空から高速で何かが覆いかぶさる。

『アキト君!』

「イネスさん!?」

入った通信の声に驚くアキト。

『軌道を合わせて! 目くらましはすぐに消えるからチャンスは一度きりよ!』

「え、な、なにが……え?」

アキトの目前に勝手にウィンドウが現れ、その中に三角形とアキト機のグラフィックが表示された。反射的に表示されたラインに機体を寄せるアキト。同時にウィンドウの画像が切り替わり細部の微調整指示が表示される。それに合わせた途端、『強制介入』という表示と共に全コントロールがアキトの手を離れ、レールガンやライフルを含めたいくつかのパーツが強制排除された。

『さぁ、行くわよ!』

「行くって……まさか!?」

煙幕が晴れ、ようやく回復したサブカメラ経由のウィンドウにどこか見覚えのあるシルエットが映る。誘導用らしいレーザーが幾状も照射されたかと思った瞬間、シルエットが分解して一斉にアキトのエステバリスに覆い被さっていく。局所的に重力制御しているのか高速移動中にもかかわらず静止しているかのようにプロセスが進んでいく。

 

『ま、まさかあれは夢にまで見た空中合体!!』

ガイの声が一同を我に返した。

 

『各部接続完了』『動力・信号伝達正常』『相転移エンジン出力調整完了』『各兵装正常稼動』『全センサー通常稼動開始』

各部のチェックをしているらしいウィンドウがアサルトビット内を埋め尽くし、最後に大きなウィンドウが表示された。

 

『たいへんよくできました』

 

 

アキト機にパーツをばらまいた残りの部分が小型機に変形して離脱していく。

『じゃ、がんばってね……お兄ちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、あれは……」

呟く要。知らず機体もその場で停止していた。

先ほどまでとは似ても似つかぬ姿になったアキト機。

一回り、いや二周りは大きくなり、スマートだったボディは重厚な甲冑へと姿を変えている。その闇の様に深い漆黒の機体は、機体そのものの魂すら別の存在へと変わったことを告げていた。

 

 

 

「イネスさん!?」

ユリカが振り向いた。

だが、イネスはユリカではなく正面のウィンドウを見つめて口を開いた。

「どうにか間に合ったようね」

 

『お待たせイネス・フレサンジュ』

ウィンドウの向こうからイネス・フレサンジュが答えた。

 

 

 

 

 

 

つづく


 
 
 
 
 

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