『イェーーーーーーーイ!!!!』カァン!!

大歓声が上がると同時に盛大に缶が打ち合わされる音がした。

この日の為に取っておいた最後のアルコール飲料の缶である。

缶からほとばしる泡を一気に飲み干していく一同。

大広間とは名ばかりの狭い部屋一杯の大きなウィンドウには荒い画像ながらも黒い機体がその威容をはっきりと示している。

 

カン!

白い髭を泡だらけにしながら一番最初に缶を飲み干した老人が演壇に缶を叩き付けた。

「諸君! 我々の努力の成果は見事結実を迎えた! 後は自らの生命を守る事に尽力せよ!!」

そこでウクレレに手を伸ばし、ポロンと一鳴き。

「死んで花見が咲くものか〜。死んだらもう飲めんからのぅ」

小さな丸レンズのサングラスをかけるとホッホッホッホと笑う老人。

「飲み足りん奴は全力でトンズラじゃ!」

『おぉぉぉぉーーーーーーっ!!!』

空き缶を持った腕を宙に向かって突き上げた一同は缶を床に叩きつけるとドアに向かって走り出した。

「あ、それポチっとな」

自爆回路の作動スイッチを押した老人はジョロに飛び乗るとのんびりとそれに続く。

かくてフクベ元提督率いるネルガル潜伏部隊(旧研究所員)はブラックサレナ開発試作場からの逃走を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出は大切です。

今を生きる事はもっと大切です。

でも、それよりももっともっと大切なことがあります。

だから私たちは走っています。

大切なことをなくさないように抱きしめて。

大切なことをしっかりと目を開いて受け止めて。

いちばん、きっといちばん大切なことに向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ 五つの花びらと共に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第21話『伝えたいことがありますか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

 

「……どうにか間に合ったようね」

イネスはユリカではなく正面を向いて言った。

『お待たせイネス・フレサンジュ』

ウィンドウの向こうからイネス・フレサンジュが答えた。

 

 

「「「「「「「「え?」」」」」」」

 

 

 

「ぎりぎりだったけど……助かったわイネス・フレサンジュ」

 

 

 

「「「「「「「「え?」」」」」」」

 

 

 

『どういたしまして。まさかろくなテストもせずに投入することになるとは思わなかったけど……』

「冗談で作っておいたシステムでまさか本当に戦闘中に装着することになるとは思わなかったけど……」

「『さすが私ね』」

ハモって言う二人のイネス。

 

「あ、あのイネスさん?」

「な、なにがどうなって……」

「まぁまぁ後でちゃんと説明してあげるから。今はアキト君と要君、でしょ?」

『イネス・フレサンジュ謹製ブラックサレナ Another Edition。ご照覧あれ』

 

 

 

<火星大気圏内上空>

 

外装がついたといっても、アサルトビットの中まで変わったわけではない。せいぜいウィンドウの表示がいくつか変わった程度だ。だというのに……

「馴染むな。いや、懐かしい、のか」

アキトは唇の端に皮肉な笑みを浮かべた。

「いくぞ……アキト」

 

 

ドン!

「!?」

その機体が弾かれたように消えたかと思うと次の瞬間にはウィンドウを漆黒のカラーリングが埋め尽くしていた。

「なんだと!?」

慌てて急噴射で左に飛ぶ要。すかさず攻撃を……

「!?」

既に頭上に回り込んでいた機体がコマの様に回転しながら態勢を整え、その両腕らしき部分が要機に向けられる。

「うぉっ!!」

それが砲身だと理解するよりも早く機体を急加速したが、かわしきれずフィールドを数発の弾がかすめた。ただそれだけで機体が激しくゆさぶられフィールドの負荷率が跳ね上がりレッドゾーンに突入する。

だが、気にしている暇もあればこそ、敵は更に先回りしてこちらに狙いを定めていた。

「馬鹿な!!」

反射的に放った要の攻撃は機体の大きさからはとても想像できない機動性で回避される。加えて相手が回避しつつ、ついでの様に放った攻撃は逆に的確に要の機体を捉えていた。

 

 

<ナデシコブリッジ>

 

「そんな急ごしらえの機体で対抗しようだなんて無理な話よ」

『相転移炉の出力はもちろん、速度、機動性、火力、どれをとっても勝ち目なんかないわよ……あ、そろそろそっちに着くわ。着艦許可よろしく』

ジンタイプとエステバリス隊の戦闘の中を高速度で突っ切り、ナデシコに接近してくる黒い全翼機のような形状の小型機。

「え、あ、艦長?」

どうしましょう、とユリカを仰ぎ見るメグミ。

「許可します。イツキちゃん、イネスさんの着艦を援護して」

『え、あ、と……はいっ援護します!』

 

 

「テンカワ機、エネルギー供給ライン内に戻りました……?」

イネスの方を窺うルリ。

「大丈夫よ。搭載してある相転移炉だけで出力は十分だから」

「あ、はい。……テンカワ機、敵機を攻撃……というより跳ね飛ばしながらこちらへ向かってきています」

サブウィンドウの中ではビリヤードの球よろしく要機のマーカーが跳ねられながらナデシコへ近づいてくる。

メインウィンドウの方では2機の画像を追いきれていないが、キューの代わりにハンドカノンの弾が至近距離から叩き込まれており、その反動で要機は跳ばされている。自分が突き飛ばした要機に追いすがり、更にそれを先回りして突き飛ばし続ける辺りその機体の異常性がわかる。

それを見ながらゴートは首を捻る。

「妙だな。あれなら既に直撃を加えていておかしくないはずだが、フィールドを掠めるだけなのはなぜだ?」

「いえいえ、あれでいいんですよ」

プロスペクターが言った。

「つまりそれがテンカワさんの意図する所、というわけですよ」

「はい! だから心配いりません!」

そう言って心配そうなユキナの両肩に手を置くユリカ。

「要……」

 

 

 

 

 

そうしてナデシコのディストーションフィールドに押し付けられるような形で要機の動きは止まり、漆黒の機体が両腕の砲身を下ろした。

「……」

真っ赤な表示で埋め尽くされたアサルトビットの中で、それでも要は戦いをやめない。

要機の両腕があがり機銃が放たれる。

だが、それは漆黒の機体の前面であっさりと弾かれて終わる。

「畜生!」

体当たりをしようにもフィールドのジェネレータはレッドゾーンに突入したまま帰ってこない。既に攻撃が止んでいるにも関わらずだ。

 

ピコン!

音を立てて強制介入したウィンドウが表示された。

「!」

『……』

黒いヘルメットの男が要を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

「テンカワ……アキト!」

『……』

その声に応じるように男は黒いヘルメットを外す。

そこには自らと同じ顔があった。

 

『俺はテンカワ・アキトじゃないさ』

「なに?」

『だって、それはお前の事だろう? 朱鷺羽要』

「だったら、お前は誰だと言うんだ!」

『う〜ん。ただのおせっかい焼き、かな?』

ぽりぽりと頬を掻く男。

要にはわけがわからない。

「ごまかすな! 俺には、いや、俺だからわかる! お前が俺でなくてなんだというんだ!?」

『だからさ。テンカワ・アキトはお前だろう? ……この世界では、さ』

「!?」

 

 

「え? えーと、えええ? つまり……なんだっけ?」

事情がわからず?マークが頭上に乱舞しているユキナ。

「要さんは要さん、アキトはアキト。それでいいんだよユキナちゃん」

「え? で、でも……」

じゃあ、この会話はなんなのか? とユリカを見上げるユキナ。

「これは要さんとアキトだけの問題。だから私達は黙って聞いているだけ。もし、何か言わないといけない時があるなら、その時はきっと……」

そう言ってユキナを見つめてにっこり笑うユリカ。

 

 

『お前は、他の世界から来た俺……だとでも言うのか?』

「ああ、そうだ。向こうの世界なら、俺がテンカワ・アキトで、お前は……さて、なんだろうな? ……あ、いや」

笑みをもらすアキト。

「お前は朱鷺羽要。ただ、それだけだ」

『!』

 

 

 

『おい月臣』

ダイマジンのコックピットの中、目をつぶって腕を組んでいた月臣は秋山の呼びかけに目を開く。

「なんだ?」

『その、なんだ。……だだ漏れ状態だがよいのか?』

既に戦闘は一時中断し小康状態になっていた。敵も味方もその場で滞空して動こうとしない。

それもこれも木連の通信回線に無理やり割り込んで流されている通信内容のためだ。

通信が入るなり即座に月臣は部下に待機を命じ、それにならう形で秋山も待機を命じていた。

「ふん。……やつらのやる事だ。好きにさせておけ」

 

 

 

「それじゃあ、説明しましょう」

アキトと要の会話をよそにホワイトボードを用意しマーカーを手に取るイネス。

「まずはこの世界が本来たどるはずだった歴史について予測します。

といっても前提条件にさほど差が無い以上、基本的には私達の世界と同じ筈ね。

ただし、ここで重要なのはアキト君がナデシコに乗っていないということ。

私達の世界ではいくつかアキト君が活躍した戦闘があったけど、まぁそういうことじゃなくて、問題は横須賀の一件ね」

「白鳥さん達が来た時ね」

ミナトが口をはさむ。ナデシコも静止状態であり一時の休憩中である。

「そう。敵ゲキガンタイプを撃破することはアキト君抜きで可能でしょう。でも、その後の自爆に対しては残念ながら為す術無し。ナデシコは距離があったしディストーションフィールドも張っているから運がよければ助かったかも知れないけど、エステバリス隊は横須賀の街もろとも消滅していたでしょうね。これでエステバリスのパイロットの質がぐっと落ちる。その後の戦闘がどうなるかにもよるけど、いずれにしろ遠からずナデシコは敗退。かくて地球は木連の占領下だったかしら?」

「しつもーん」

「はいユリカさん」

「なんでアキトが乗っていないの?」

「そうね。アキト君は食堂でアルバイトしている時にジョロの攻撃を受けて木っ端微塵になったはずだったわ。でもアキト君は木連にいた。これは推測になってしまうのだけど、おそらく彼は複数のCCを御両親から受け取っており、また使用に当たってもその内の一個のみを使用という器用な事をやってのけたのではないかしら? まずは火星で1個使用して地球にボソンジャンプ。そして再び地球からジャンプ。ただわからないのは地球にジャンプする時はおそらく火星での根源的なイメージ、たぶんユリカさんや草原といったイメージによってジャンプしたと思うけど地球からジャンプの時は何のイメージをもとにしてジャンプしたのか。まぁ肝心のアキト君の記憶が無い以上真相は不明だけど、とにもかくにも彼はジャンプして運良くというか運悪くというか木連部隊に回収された」

「ふむ」

「まぁその後は思い出したくもないでしょうけど、あまりにも不審な出現、地球製のナノマシンによるIFS、スパイ嫌疑に対する尋問、ジャンプ可能なジャンパーとの診断、各種実験でのモルモット、まぁいろいろあったでしょうね」

そこでホワイトボードに長い線を引いてエリアを分ける。その何も書いていない側に3人の名前を記載する。

「さて、ここで私たち異世界組に話を移すけど、なぜ私たちはよりにもよってこの世界に飛んだのか? 正確には、ユリカさんがアキト君のランダムジャンプをナビゲートする際、なぜこの世界を選んだのか? 時間は? 場所は? なぜナデシコ発進直前のサセボ? 元の世界でアキト君がいた場所に? 結論からいうと遺跡……より正確には遺跡と融合したユリカさんの無意識がこの世界の歴史を不本意なものとみなし、なんらかの補正を行いたいと意図した。遺跡が把握している情報は膨大なものでユリカさんという一個の人間で理解できる情報はあまりにも少ない。でも、アキト君限定でならそこまで難しい話ではない。……そうして遺跡は二人をナビゲートし、この世界へといざなった。こんな所かしら?」

指示棒を縮めると白衣にしまうイネス。

「つまり、彼……この世界のアキト君を現状から救い出す手段として私達は呼ばれたということね。おそらくは……この世界のユリカさんに」

 

 

 

 

 

「…………」

イネスの説明もまた二人の機体を含む全機に流されていた。

『なぁ要』

「……なんだ?」

『俺はさ、結局自分で考えるってことをしてなかったんだと思う』

「何の話だ!?」

『親父達が死んで、惰性で生きて、ヒーローになろうとして……でもなれなくて。たまたま地球にとんで、ユリカにあって、そのままなりゆきでナデシコに乗って……』

「……」

『親友になれるかも知れない奴に会って、そいつが死んでそいつの真似をして、考えようともしないで、ただたた流されるまま戦って』

「……」

『たまたまジャンパーだったから……でも、また大事な人を死なせて……結局、俺は自分の意志で何かをしようとして何かをなしたことがなかった』

「………」

『それはガイだったり白鳥さんだったり誰かの……いつも誰かの……そしてユリカの……』

「………」

 

 

「そして……そして、俺は一番守りたかった奴を守れなかった」

 

 

「……」

ぎゅっとユリカは拳を握った。

 

 

「でも、それから俺はやっと自分の意志で動き出せたと思う」

笑みを浮かべるアキト。

「大切な子を置き去りにしたりもしたけれど……でも、そうすることで俺は……そしてたぶんあの子も……本当に自分一人で歩けるようになったように思う」

 

『そしてこっちの世界に跳ばされて、ようやくわかったような気がするのさ』

「なにをだ?」

『本当に自分で生きるってこと。そうすることで俺は一番大事な奴と大切な子を本当の意味で好きだと言える。あっちの世界で生きることが出来る』

 

「だから、俺はあっちの世界に戻る。もともと俺はこっちの世界の人間じゃない。今、やっていることは……ま、いろんなことを気づかせてくれたことに対するささやかな恩返しって所だな」

『お前はこの世界の戦争を……』

「いい終わり方で終わらせたい、なんて思ったこともあったけどさ……」

アキトは苦笑する。

「あっちでできなかったからこっちでやろうなんてのは間違ってんだよ、やっぱさ」

 

「こっちの連中の手伝いをするぐらいはいいけどさ。俺達は俺達の世界でやってきたことの結果にしたがって生きていかなきゃいけない。それがどんな結果でもな。それが本当に生きた証ってやつなのさ。それでその先が気に入らないっていうんなら、それを抱えたうえでその先を変えるっきゃないんだ」

 

『全部チャラ。でも一番大切なものを無くしてしまうじゃないですか』

 

(これでいい。だよな、ルリちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前はいいな……」

ぽつり、と要が言った。

「俺はそこまで強くはなれない。……今を預けるべき九十九は死んだ。思い出した昔といえば守れなかったあの子の事ぐらい。望む先があるわけでもない」

 

『要の馬鹿!!』

「!?」

突然響いた大声に飛び上がる要。

「ユ……ユキナ?」

アサルトビット内を埋め尽くさんばかりの巨大なウィンドウに怒ったユキナが映っていた。

 

『何馬鹿なことばっか言ってんのよ! お兄ちゃんがいなくたって、元一郎も私もいるじゃない! それとも何!? いっぱいいっぱいで私の事なんか忘れちゃってたとか言うんじゃないでしょうね!?』

「いや……その……えーと」

 

 

「図星か……未熟者め。だから言っただろうが」

ダイマジンの中で顔をしかめる月臣。

『がっはっはっは』

秋山の笑い声が聞こえた。

 

 

『はん! アニメばっか見てるからそんなになるのよ!』

「まて、ユキナ、それは……」

『どーせ悲劇の主人公でも気取ってたんでしょ! ミエミエなんだから!』

要の反論はあっさり無視される。

「いや、そりゃ誤解……」

『あー駄目駄目、あんたじゃ十年早い。別の世界のあんたとしばらく一緒にいるけど、ぜーんぜん勝負になってないから!』

「確かにパイロットとしては……」

『違う違う! 顔以外ぜーんぶ負けてるから!』

「おい、待て」

『強くて、料理がうまくて、気が利いて、優しくて……』

 

「あはは、ユキナちゃんそんなにほめないで」

『なんでお前が照れるんだ』

通信脇で夫婦漫才を演じるユリカとアキト。

 

「「馬鹿ばっか」」

口はともかく笑みを浮かべているルリとラピス。

 

『こう何て言うか人間の格が違うっていう感じ?』

「…………」

『あれ? どうかした要?』

「うるせぇ、ほっとけ」

コックピットでずぅぅぅーーーーんと落ち込んでいる要。

『つまり、あたしが言いたいのはね』

「まだあるのか……」

『あんたもこの人くらいになれる可能性があるっていう事』

 

 

『………………』

ウィンドウの向こうでしばし唖然となる要。

「だって元は同じなんでしょ? だったら、最低でもその人の半分くらいにはなってもらわないと、白鳥家の教育方針を疑われるわけよ、うん」

両手を腰に当てて胸をはるユキナ。

「だって、あんたはウチの子だもんね」

 

「くっ」

左手で顔を覆う要。

「くくく……」

『どうしたアキト?』

わずかにからかいを含んだ声で自分が聞いてくる。

「……参った。本当に……参った」

手の間から透明な雫が零れ落ちる。

「そうだな……俺にはまだユキナがいた。守るべき家族がいた」

『どっちかというと守られている感じだな』

「うるさい黙れ。……そのくらいわかっている」

『そうか。ま、世界は違ってもお互い強い女に縁があるらしいな』

「違いない。まったくとんだ連中に拾われたもんだ。一人は死んでしまったが……」

『あー、それだけどな』

「ん? なんだ?」

『白鳥さんなら生きてるぞ?』

 

 

 

『はぁ!?』

大音響と大画面に切り替わるウィンドウ。

 

 

「今、なんて言ったアキト!?」

『聞こえなかったのかアキト? 白鳥九十九は生きている。そう言った』

「馬鹿な! 九十九は元一郎が確かに……」

 

『……要。言ってなかったが俺が撃ったのは空砲だ』

「なんだとぉ!?」

『お兄ちゃんならぴんぴんしてたよ?』

「ユキナ!?」

『……敵を欺くにはまず味方から。朱鷺羽、俺も会ったぞ』

「秋山まで!?」

『あのなぁアキト……』

 

「あのなぁアキト。俺は歴史を知っているんだぞ? 少なくともそうなる可能性の高い未来をな。殺されるとわかっていてみすみす殺させてたまるか」

『……』

要には言葉が無い。

「白鳥は相転移砲で消滅したことになっている優人部隊隊員と共に待機している。そして木連で行動を起こすべきタイミングを待っている」

『行動?』

「あぁ、遺跡は俺達が持っていく。そうなったらどうなるか? わかりきったことだな。戦う理由のなくなった両者は和平交渉の方向に向かう」

『馬鹿な!? 木連の戦いは正義のために!』

「まさかそんな御題目を信じているんじゃないだろうな? 地球と木連の両方を知るお前が」

『……くっ!』

「これは俺達の世界の出来事で、お前にとってはただの戯言だ。だが、あっちでは正義のためと言われて月臣は白鳥を撃った。だが、俺達が遺跡を持って行って戦いは終わった。結局は遺跡一つで戦うか戦わないかが決まる。それがこの戦争だ。あいつの憤りは生半可なものではなかったのだろう。だからあいつは立った」

『…………』

「……そして、この世界も同じ道に向かっている。ただ、こっちの世界じゃ立つのは月臣だけじゃないということだ。さてお前はどうするテンカワ・アキト? いや朱鷺羽要。お前は一体どこに属する? 地球か? 木連か? それとも……」

 

 

「……月臣元一郎だ」

月臣の通信が火星にいる全優人部隊に流れた。

「皆、聞こえているな? あの男が言っている事は事実だ。芝居とはいえ、この月臣元一郎は友たる白鳥九十九を撃った。草壁中将の命令によってな。それがどういう意味であるのかとくと考えよ。そして、己が道を選べ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコブリッジ 前方>

 

「「それじゃ……」」

ホワイトボードの左右に立つ二人のイネス。いつも通りの服装のイネスとパイロットスーツの上に白衣を羽織ったイネス。その衣装の違いでかろうじて区別がつく。

「「説明しましょう」」

 

「ちょっと待て! こっちのイネスさんが生きているなんて俺は聞いてないぞ!?」

耐Gスーツのままで詰め寄るアキト。

「何言っているのアキト君?」

いつも通りの服装……すなわちずっとナデシコに乗っていた側のイネスが言った。

「私はこっちの私が死んだなんて一言も言ってないわよ? だったら生きているに決まってるじゃない」

「え、死んだ……え、あ、あれ……あぁ!!」

 

『でも、自分が瓦礫と土砂の中に消えていくのを見るのはあんまり気持ちいいものじゃなかったわね』

『あんたの場合はそうなったか……やはり死体は発見できなかったのか?』

『さすがに私一人じゃ掘り返せないわよ。まぁそろそろ土に帰っているんじゃなくて?』

 

確かにイネスは自分が消えたとは言っているが死んだとは言っていない。

「で、でも死体云々の!」

「“私の死体”なんて一言も言ってないわよ?」

「あの頃はあっちこっちで土砂崩れがあってよく事故死した人がいたわねぇ」

先ほど来たばかりのイネスが言った。

「あ、あ、あんたって人は!!」

「「敵を欺くにはまず味方から」」

「一度ナデシコが来て引き上げたから、もう生存者なんていないと思ったんでしょうね」

「それでなくてもナデシコとの戦闘でかなりの戦力を失ったから火星全域をカバーするパトロールなんてとてもできたものじゃないわ。それでなくても遺跡の捜索で必死なのに」

「おまけに“瓦礫と土砂の中に”隠した施設じゃ、よほどのことでもない限り発見されないものね」

「ナデシコが来るまでに一年」

「それから再び木連が侵攻してくるまで」

「どこにも漏らさないようにしながら私達の世界……数年先の技術を再現し」

「いざという時……アキト君がどうしても必要とするときのためにブラックサレナを組み上げたというわけ。ま、正直言うとさすがにオリジナルよりは性能が落ちちゃってるんだけどね」

「というわけで、契約通り数年先の最先端技術を提供するわね。火星に残っていたネルガル研究員の頭の中と救出された彼らが持ち帰るデータとしてね」

「そりゃどうも」

満足そうに頷くアカツキ。その隣で青筋を立てて歯軋りするエリナ。

ちなみに後続のコスモスが到着次第、フクベ率いる技術陣を回収する手筈となっている。

 

 

「じゃあ、次の質問いいですか?」

しゅたっと手を挙げるユリカ。

「はい、どうぞ」

「何かしら?」

「火星に残ってブラックサレナを開発していたイネスさんとナデシコに乗っていたイネスさん、どっちのイネスさんが私とアキトの世界のイネスさんなんですか?」

ナデシコに乗っていたイネスは会話や知識からしてアキトやユリカと同じ世界から来たと思われる。一方、火星に残ったイネスもブラックサレナの開発をやり遂げている。小型相転移炉を初めとして数々の技術は例えアキトやユリカと同じ世界から来たイネスから技術供与を受けていてもそう簡単に開発できる代物ではない。

「「さぁ?」」

『は?』

「こっちの世界の私に説明する時、技術情報やらなにやらいろいろあったから……」

「てっとり早いと思って、前にナデシコがハッキングされた時の要領で……」

「二人の脳をナノマシン経由でネットワーク結合して情報伝達してみたんだけど……」

「その結果、困った事に……」

「どっちがどっちのイネスか……」

「わからなくなっちゃったのよね……」

「「ふぅ」」

同時に溜息をつく二人。

「まぁ、細胞レベルで詳細なデータを比較すれば……」

「あっちのイネスの方が多めに老化しているわけだから……」

「肉体的には区別がつくかもしれないけど……」

「精神的には区別がつかないし……」

「「別にいいじゃない。区別できなくても誰が困るわけでもないし」」

「あ、どっちが火星に残ってブラックサレナの開発を進めるかはジャンケンで決めたの」

「あの時は丸一日かかっても勝負がつかなかったから困ったわね」

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ格納庫>

 

うつ伏せにうずくまっている自分の機体とその隣に雄雄しく立つ漆黒の機体を見比べる要。

「……」

どこか今の自分とあのテンカワ・アキトの姿に似ていた。

「おい、そっちのアキト!」

「え?」

大きなスパナを持った男が怒鳴りながらやってくる。

「あの……」

「まったく、なんて使い方をしやがる! 見ろ!」

ゴン、とスパナで要の機体を叩く。同時にあちこちでなにやら部品が落ちる音がする。

「…………」

「おめぇそれでもパイロットの端くれか!? えぇ!?」

「……面目ない」

泣きっ面に蜂という風情の要。

「へっ……だがな」

「?」

「それでもこいつはまだ生きている。なら、直せるってもんだ」

「直る……こいつがか!?」

「何を驚いてやがる? 元々ウチの機体だぞ? 下手糞な改造がちょっと入ったくらいで変わるかよ。あちこちガタはきてるが、部品交換で十分いける。後は……」

そこでスパナを要に向ける。

「使うお前さんの心次第だ。……言ってみな。どうしてほしい?」

「……」

うずくまったままの自分の機体を見る。そして隣に立つ機体を見る。

「……頼む。こいつを直してくれ。俺は……俺たちはもう一度立ち上がって戦わなきゃならない。勝って……生きる為に!」

よし、とうなずく男。

「いい答えだ。後はまかせときな。……野郎共、準備はいいか!?」

『おぉぉぉぉーっ!!』

突然現れると一斉に工具を振り上げる整備班一同。

「ただ直すなんてケチな事はいわねぇ! 性能は最低でも3割増しだ! かかれぇ!!」

『うおぉぉぉぉーっ!!』

スパナの男を戦闘に要の機体に群がっていく一同。

「……勝てんな、これは」

呟いた要だったが、少しも悔しくは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<木連移民船れいげつ 戦意高揚決起集会会場>

 

 

「火星へ派遣した部隊とはまだ連絡が取れんのか?」

会場を埋め尽くす市民達を見回しながら草壁は部下に聞いた。

「はい。後続部隊も連絡途絶。依然、状況はつかめません」

その報告に動揺を隠せない幹部一同。

「地球の本隊の到着にはまだ時間がある。一体何が……」

「やはり例のナデシコとかいう……」

「馬鹿を言え。たかだか一隻の船ごときに」

「……」

一人声を発さぬ草壁。いくら考えても事態がつかめない。

「閣下、そろそろ御時間です」

「……わかった」

貴賓席を出ると講演台へと向かう草壁。

 

「木連全市民の諸君!」

そう言って演説を始めようとした瞬間、別の音声が割り込んだ。

 

『……今、なんと?』

『白鳥少佐を殺せ。そう言った』

 

「何事だ!?」

 

『ついに遺跡が見つかった。知っての通り、地球との和平案は双方の戦力が拮抗し、これ以上戦い続けてもただただ国に害をなすのみという状況から進められていた。だが、遺跡が見つかったとあれば話は別だ。あれの分析が進めば戦力バランスは我らの側へと大きく傾く事になる。だとすれば、地球人との和平の必要など断じてない!』

『ですが、なぜ九十九を!』

『和平派の勢力は既に抗戦派を上回っている。これを黙らせるには全国民に衝撃を与えるような事件が必要だ。そう、例えば英雄の死というような事件がな』

 

「いかん、放送を止めろ!」

「警備は何をやっている!?」

 

『白鳥少佐は優人部隊の中でも優秀な人材だ。……いずれは私の後継者にすらなったかもしれん。そして何より和平推進派として有名だ。その白鳥少佐が和平交渉の場で地球人に殺されたとなればどうなるか……わかるな?』

 

「駄目です! 通信設備は完全に乗っ取られています!」

「ならば電源そのものを落とせ!」

 

『……閣下、もう一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?』

『なんだね?』

『万が一、遺跡が使用できない場合、例えば既に大部分が修復・分析不可能であった場合。あるいは地球人との戦闘が発生し、余波で破壊された場合はどうなさるのです?』

『……その場合は、再び地球との和平について論じねばなるまい』

『……つまり、我々の正義とは、たかだか古代の遺跡一つに左右されるもの、ということなのですね?』

 

そこ放送は終わり、静まり返る会場。

一同の目が草壁へと集まる。

 

「み、みなさん、今の放送は……」

 

そこへ再び音声が割り込む。

 

『熱血とは……』

スクリーンに一人の男が映る。

左の膝をつき、立てた右膝に右腕を乗せうつむく長髪の男。

その顔がゆっくりと上げられる。

 

『熱血とは……盲信にあらず!』

 

 

バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 

会場のドアが一斉に開くと兵士達がなだれ込み、警備の兵士達を制圧していく。

 

「月臣中佐!?」

 

『優人部隊司令官草壁春樹中将。我々優人部隊有志一同は貴公を弾劾する。熱血と正義のなんたるかを忘れ、木連の市民を躍らせた罪……断じて許しがたし』

 

「戯けた事を!」

 

『木連の兵士諸君! 草壁が味方をも裏切る悪漢である事は、白鳥九十九の殺害を命令され、引き金を引いたこの月臣元一郎が証人である! もはやかのような者の命令を聞く必要は無い! 己が心に己が正義を問い、それに従え!!』

 

「白鳥を殺した本人が何をほざくか! 貴様こそ地球と内通した裏切り者であろう!」

 

『あの録音を聞いてもそのざまか。まぁそれもいいだろう。……おい』

 

「ん?」

 

カツンカツン

 

陰からスクリーンにゆっくりと歩み出る男。

 

「ば、馬鹿な」

 

『月臣が誰を殺したと?』

 

「し、白鳥!」

 

『お久しぶりです草壁中将』

 

白鳥九十九は笑って見せた。

 

『木連全市民の諸君。御覧の通り、私、白鳥九十九は健在である!』

 

 

 

 

 

 

 

『私は草壁の陰謀により暗殺されかかったが、わが友たる月臣元一郎と一部の心ある地球人の助けにより窮地を脱した』

 

「くっ!」

演台を駆け下りる草壁。

 

『心ある者は我らに賛同せよ。我らの目的は木連市民の安寧と平和。故に速やかなる和平交渉により停戦を実現し、兵士諸君を愛すべき家族の下へと返す事にある。地球との和平は困難ではあるが決して不可能ではない事はこうして生きている私が何よりの保証となろう』

 

「いかん! 草壁を逃がすな!」

「閣下をお守りしろ!」

演台と観客席の間で銃撃戦が始まる。

 

『我らを追放した地球軍は疑うまでも無く悪である! だが、我ら木連の中にも草壁のような心なき者がいるように、地球人の中にも心ある者はいる。……いや、これ以上の言葉は無用だろう。ここに彼らから友好の証として送られたゲキガンガーの映像がある。そう、諸君も伝え聞くであろう伝説の話の数々だ。これを見て頂ければ私の言いたい事はわかって頂けるものと信じる。そう、敵同士であっても友となれるということを』

 

 

 

 

 

<れいげつ周辺空域>

 

『れいげつ天頂方向よりテツジン数体が接近中。草壁派と思われる』

「問題ない。俺一人で片付ける」

スラスターを吹かして加速しながらフィールドランサーを構えるエステバリス改改。

ナデシコクルーにより再改造を施された機体は更なる進化を遂げていた。

ジェネレータに直結する事によりカートリッジの交換を不要としたランサーはその一端に過ぎない。

ナデシコの連中ならいざ知らず、現状、木連でこの機体を越える機体は存在しない。

もし万が一敗れる事があるとすればそれは己が力不足。そんな男にいったい何を守る事ができようか。ならば……

「朱鷺羽要……参る!!」

弾かれたように飛び出すと要は敵のただ中に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

<会場内某所>

 

「元一郎、状況はどうなっている?」

ゲキガンガーの放送や演説を終えた九十九が戻ってきて言った。

「撤収開始! ……司令部は秋山がほぼ制圧した。一部、草壁の子飼いの部隊が動いているが要達が撃退している」

九十九の帰還にあわせて部隊の撤収を開始する月臣。一同は計画通りに秋山が制圧した優人部隊の司令部へと移動を始める。

「問題は草壁の所在だ。まるで足取りがつかめん」

「さすがだな」

「まったくだ。会場で身柄を抑えられなかったのは痛いな」

「とは言っても射殺するわけにもいかんしな」

「月臣中佐。部隊はほぼ撤収しました。御二人もお急ぎ下さい」

護衛の兵が言った。見ると二人の護衛を勤める一隊を除いて他の要員は既に撤収を終えている。

「さすがは高杉仕込み、よい手際だ」

「わかった。我々も移動する」

 

前後を護衛されながら移動する月臣と九十九。

「だが、草壁は捕らえられなくとも形勢が決するのは時間の問題だ。一両日中には体制も固まるだろう」

「そうだな。市民の反応は悪くない。……今にしてつくづく思うのは優人部隊は一際強硬思想派が多かったということだ」

「そういう人材が集められているのだから仕方あるまい。教育もな。だが、それは直せるものだ。俺たち自身がいい見本だ」

「違いない」

「ぐはっ!?」

突如、護衛の一人が悲鳴を上げる。

「!? 何事だ!?」

 

シャラン

 

そんな音が聞こえたかと思うと護衛の兵達が次々と倒れていく。

 

「……何者だ?」

前方の通路の闇を見据えて月臣が言った。

 

「……我らは闇。表に生きる者があれば裏に生きる者もあり。罪も業もみな我らが背負い、そうして世は流れていく」

闇の中から笠をかぶった男が現れる。

 

立っている護衛が一人もいなくなると二人の周囲から同じようないでたちの六人の男が現れる。

 

「陰働きの者か……」

「その通りだ白鳥九十九、そして月臣元一郎。貴公らにはここで消えて頂く」

「我らをそうやすやすと倒せると思うか?」

ゆっくりと月臣と背中合わせになる白鳥。

「音に聞こえた両雄相手にそうは思わぬよ。……二人ずつ死ね。その間に残りの一人が殺せ」

「「「「「「承知!!」」」」」」

「ぬっ!」

「死兵か!?」

 

「……北辰、それでは六連とは呼べなくなるぞ?」

「!? なにや……ぐっ!」

突如背後から聞こえた声に飛びのく男。同時に銃声が響き、男の肩を捉える。

「隊長!?」

「うろたえるな!」

 

カツン、カツンと音を立てて黒づくめの男が姿を現す。黒いマントを羽織り、黒いバイザーで顔を覆っている。

 

「貴様いったい……!」

ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!

問いには答えず拳銃を連射する男。

人間離れした身のこなしで回避するが、完全にはかわしきれずに負傷する北辰。

 

「前はフィールドで弾かれたが……こんな所で時間の流れを感じるとは妙なものだな」

そのまま黒づくめの男は白鳥と月臣のいる囲みの真ん中に歩いていく。

その間、無造作に拳銃のシリンダーを開けると空薬莢を棄て、一発ずつ弾丸を込めていく。

 

「……我らを知る貴様は何者だ?」

その問いに二人の前で歩みを止める男。

皮肉な笑みを浮かべて口を開く。

「テンカワ・アキト」

 

 

「テンカワ」

「たぶんこんな事だろうと思って潜ませてもらった。……あぁ、この船にはユキナちゃんの手を借りてジャンプした」

「あいつは……」

「まぁいい、これで3対7。どうする北辰とやら? テンカワの腕は我らに劣るものではないぞ?」

 

「……隊長」

「この上は、我ら全て倒れても任務を全うするのみ」

 

「む?」

「来るか!?」

 

「……悪いが」

ピン、となにかのピンを引き抜くアキト。

「テンカワ!?」

「何を!?」

「どっちにも付き合うつもりはない」

カッ!

 

チュドーン!

 

会場下の通路で盛大に爆発が巻き起こった。

 

 

「隊長」

六連の一人が声を上げたのは崩落も収まり、通路が元の闇に戻った後の事である。

「……奴らはどうした?」

「死体は見当たりません」

「……自決する理由はない。ふっ、逃げたか」

「どうします?」

「追いますか?」

「追っても無駄だ。此度は我らの負けだ」

「「…………」」

「では、我らは?」

「草壁が挽回するならよし。そうでなければただ闇に消えるのみ」

「「御意」」

「ふっ、それにしても……」

「隊長?」

「テンカワ・アキト、か」

壮絶な笑みを浮かべて北辰は闇に消えた。

 

 

 

「テンカワ……もう少しどうにかならなかったのか?」

「贅沢を言うな。下手に戦ってお前たちのどちらかに何かあれば一大事だ」

「そうは言うがなテンカワ君、ケホケホ」

ケホケホと咳き込んでいる月臣と九十九。

アキトは最初に煙幕弾を爆発させ、ジャンプの瞬間を北辰たちから隠し、一方で、二人に気を取られている隙に仕掛けていた本命の爆弾で通路を爆砕したのである。

ちなみにアキトの個人用ジャンプフィールドの効果範囲は過去の経験をふまえ大人三人でも十分なようにイネスが改造済みであった。

ジャンプアウトした場所は当初の目的地であった優人部隊司令部であり、こちらも事前に潜入して場所を把握済みである。

周囲は突然現れた3人に驚いてまだ立ち直っていない。

「……」

(……どうやら本当に吹っ切れたかな?)

別人とはいえ、北辰を見ても、冷静に対処が出来た。

自分の足で立つためにまた一つ壁を越えたと考えるのは自惚れだろうか?

 

 

「……さて、要らぬ手出しはここまでだ」

「む?」

「テンカワ君」

改まった様子のアキトに姿勢を正す月臣と九十九。

「……行くか?」

「ああ」

「そうか。世話になった。いずれこの借りは返させてもらう」

「いや、お前には向こうで随分と世話になった」

「たとえ貴様の世界に月臣元一郎がいようとも、俺とそいつは別人だ。俺が受けた恩義は俺が返す」

「……わかった。楽しみにしている」

 

「テンカワ君。俺も同じだ。この恩は必ず」

「……わかりました」

「ユキナをよろしく頼む。それから……」

「心配しなくてもいいですよ。ユキナちゃんもミナトさんもなるべく早く返しますから」

「い、いや、それはだな」

「……木連の体制を整えて、和平を結ぶまでどれだけかかります?」

「……一年。一年の後には安心して諸君らを迎えられる状況を作ってみせる。だから、せめて……」

「ええ、その時にはもう一度俺達もこっちに来ますよ。……まぁ実際俺達がいないとみんなを戻せませんし」

「そうか。……」

手を差し出す白鳥。

「……」

それを掴むアキト。

「ふっ」

二人の拳の上に己が拳を置く月臣。

「さらばだ」

「また会おう友よ」

「……必ず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ナデシコ特別会議室>

 

「聞こえなかったのかい? 僕はこれから一年ほど休暇を取るから。随分と休みもたまってるからねぇ」

『そんな会長!!』

長距離通信の向こうで重役連中が悲鳴を上げる。

「あぁ安心したまえエリナ君は置いていくから」

「ちょっと!?」

詰め寄るエリナ。

「さすがに二人とも一年雲隠れはまずいだろう? ドクターにもらった技術の解析もあるし、帰ってくるまでクリムゾンとか他の連中におさえを利かさないといけないし」

「なんで私が!」

「未来の会長候補なら一年くらいはもたせてみなよ」

「!」

「それに僕も向こうの僕と情報交換をしてみたいしね」

「…………」

「それとも自信がないかい?」

「! やってみせるわよ!」

「その調子だ。コスモスと合流次第、火星の生き残りメンバーと一緒に地球に引き上げてくれ」

「わかりました! 一年間、やりたい放題させてもらうわ!」

「頑張って。あぁそれから……」

「なに!?」

「……無理しすぎちゃ駄目だよ? いざという時はドクターに頼んで呼び戻してくれたまえ」

 

 

 

 

 

<ナデシコ食堂>

 

「「あいこでしょっ!」」

24時間耐久ジャンケンと銘打たれたジャンケン大会……といっても一対一だが……が延々と続いていた。

「はいはーい! お金はこっちね〜」

「ドクターイネスとパイロットイネス勝つのはどっちか、どっちでもいイネス……ぷっくくく、あははははは!」ダンダンダン

ジャンケン賭博の胴元に余念がないヒカルとイズミ。

再度記憶の共有化を図った結果改めて区別がつかなくなった二人のイネス女史による残留組決定戦である。

 

「……そうかい。まぁ、いいさね。後一年くらい、あたしとあの子達でやってのけるさ。その後は店じまいだね」

アキトの話を聞き終えてホウメイが言った。

「すみませんホウメイさん」

「何、馬鹿なこと言ってんだい。あんただってここにいる間は手伝ってくれるんだろ?」

「もちろんです」

「それに一年後たって、軍艦の食堂が店じまいするのはいいことさね。そうだね、ギャラも結構もらったし、退職金も出るし、小さな店でも開こうかね」

「開店祝いには行けないかも知れませんが……」

「気にすることはないよ。あんたはあんたがやるべき事をやりな」

「はい」

 

 

<ナデシコ会議室>

 

「最悪、一年は無補給航行を考えねばならんな。食料、弾薬、コスモスから積めるだけ積み込みまねば」

書類と格闘中のゴート。他のメインクルーが駆けずり回っている為、書類仕事が回ってきている。

「一年といわず三年分くらいみときなさいな」

お茶をしながらそれを眺めるムネタケ。

「……提督はよろしいので?」

「あたしはこれでも提督なの。責任者なの。責任者ってのは責任を取るのがお仕事なの。……まぁ、あんた達が消えた後の八つ当たりの的ぐらいは勤めないとね」

「我々と一緒に、という手もありますが?」

手を止めてゴートが言った。

「お生憎様。あんた達に拘束されていたってことにすれば、運がよければ首の皮一枚でつながるわ。後は体制が再編成されるのに乗じてもう一度成り上がってやるわよ」

「……初めてお会いした時より随分とたくましくなられましたな」

「あんた達と一緒にいれば誰でもこうなるわよ」

 

 

 

 

<ブリッジ外 上部デッキ用ハッチ前>

 

「艦長」

「……プロスさん?」

 

 

<ユリカの部屋>

 

「どうぞ」

「これはどうも」

ユリカから差し出された湯飲みを受け取るプロスペクター。

ずずず、と二人がお茶をすする音が響き渡る。

コトン、と湯飲みを置くとユリカが口を開く。

「それでお話ってなんですか?」

「いえ、実はナデシコよりの下船許可を頂きたいと思いまして」

「! ……プロスさん」

「エリナ女史と一緒にコスモスで地球に戻ろうと思います」

 

 

「でも、私達にはプロスさんが必要です」

「いえいえ、それには及びません。なんと言いましても……そちらにも私がいるのでしょう?」

「……」

「ですのでこの辺りでバトンタッチしようかと思いましてね」

「……」

いつになく真面目な顔になるユリカ。

「……みんなの帰る場所を用意するんですね」

「とんでもありません。私ももう歳かなと思っただけですよ。若い皆さんについていくのは無理でしょう」

「またまた、プロスさんって本当はいくつなんですか?」

「さて、艦長やテンカワさん、はたまたドクターにはかないませんよ」

そこでにっこりと笑いあう二人。

「……わかりました。ナデシコからの下船を許可します」

「ありがとうございます艦長」

「……」

「駄目ですな艦長。そのような顔をなさるのはもう一度こちらへ帰ってきた時、みなさんと別れる時になさってください」

「え、私笑ってますよ?」

「いえいえ、いかな艦長と言えども私を騙すにはまだまだ修行が足りませんなぁ」

そう言ってハンカチを差し出すプロスペクター。

「……はい」

ちーん、と鼻をかむユリカ。

「お気をつけて。あなたはどこへいっても我々の“艦長”です」

「はい!」

 

 

 

 

 

<ブリッジ>

 

「うーん」

「何を悩んでいるんだジュン?」

「あ、テンカワ。戻ってたのか?」

「あぁ、今しがたな。とりあえずパイロットとしてもコックとしても暇になった所だ。……で?」

「え? あぁ、別の世界に行くっていうのがピン、と来なくて」

「そりゃそうだ。俺だって別の世界とわかった時には驚いた。最初は時間移動しただけだと思っていたからな」

そう言うとジュンの前のコンソールに腰掛ける。

「そういうもんかな。……アカツキなんかは別の世界の自分に会うって言ってたろ? 別の世界の自分っていうのがまたピンと来なくて」

「イネスさんはまだジャンケンしてるし、俺に至っては殺し合いまでしたんだがな。ユリカは……まぁあいつは特例ってことで」

「ははは」

「ふっ」

ひとしきり笑い合う二人。

「……聞いていいかな? 向こうの僕がどうなっているか?」

「そうだな……ジュンなら別にいいだろ」

「僕ならって?」

「そりゃとっくに死んでる奴もいるからな」

「あぁなるほど」

「お前は宇宙軍に復帰して順調に出世。一艦の艦長になっている。後、イネスさんに聞いた話だとユキナちゃんと付き合っているとかいないとか……」

「えぇぇぇぇーっ!?」

がばっと席を立つジュン。

「ロリコンってお呼びした方がいいんでしょうか?」

「ろりこん、ってなにルリ?」

「いぃぃぃぃぃっ!?」

突如割り込むルリとラピスに飛び上がるジュン。

「さぁ、どうなんだろうな?」

「テンカワ!?」

「愛があれば歳の差なんて!」

更に乱入するユリカ。

「ユリカぁぁぁっ!?」

 

 

「アキトさん」

何やら苦悩するジュンをよそにアキトを呼ぶルリ。

「なんだいルリちゃん?」

「私……私はどうすればいいんでしょうか?」

言いながらぎゅっと拳を握るルリ。

「アキトさんとユリカさんと一緒にそっちの世界で暮らしてもいいんでしょうか? それともこっちの世界で生きるべきなんでしょうか?」

「……」

声にはしないがラピスもじっとアキトを見つめ、視線で同じ問いを発している。

 

「ねぇルリちゃん。それにラピスちゃん。私、何度かおんなじお願いをしたけど覚えてる?」

「え?」

「あ……」

 

『自分で考えて』

そう、突き放すのではなく、ただ見守るように、何度も彼女は繰り返した。

だから……

 

「だから、ルリちゃんやラピスがこの先どうするか、それはそれぞれで決めるんだ」

そうアキトが言った。

「どこへ行くのか、どう生きるのか。時間がどれだけかかってもいい。自分達で考えて……決めるんだ。その代わり……」

「あ……」

ルリの頭に手を置いて撫でる。

「それまではずっと俺達が一緒にいる。一人になんか絶対しない」

「……」

「だって家族だもの。いつか、ルリちゃんやラピスちゃんが別々に生きる事を選んだとしても……私達は家族だもの。いつだって、時間も世界も飛び越えて、一人になんか絶対にしないんだから!」

「なにせ、ここに前例がいるからな」

「えっへん!」

胸を張るユリカ。

「……くす」

笑みをこぼしてルリは顔を上げる。

「はい。自分で考えます。どこへ行きたいか、どう生きたいか。ね、ラピス?」

「……うん」

こくり、とうなずくラピス。

「でも、それまで……」

そう言って手をわずかに持ち上げる。

「うん。一緒だ」

手を取り握るアキト。

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<火星宙域>

 

「コスモスのリダツをカクニン」

「周囲に他の艦影なし」

「了解。ユリカ、準備いいよ」

ラピスとルリの報告を聞いたジュンが展望室にいるユリカに伝える。

『りょーかい』

 

 

<展望室>

 

「じゃ、イメージは私が作るから、アキト君とユリカさんは私のイメージに合わせてナビゲートして」

「はーい」

「了解」

『ジャンプ』

 

フォン

独特の発光現象を残してナデシコはこの世界から影も形もなく消えた。

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんなこんなでナデシコは遺跡を積んでこの世界とひとまずお別れすることになりました。

アキトさん達の来た世界に高飛びして、ほとぼりが冷めた頃に舞い戻ってくるという筋書きです。まるで犯罪者みたいですけど。

一年くらいで地球と木連が平和になるのかどうかはわかりませんが、その時はその時できっとユリカさん達が平和にしてしまうに違いありません。

私はというと……特に何も。だって一緒にいてくれる人達がいるんですから何も心配はいりません。それに私、まだ少女ですから。ゆっくり考えます。

それではこの世界のみなさん、ひとまずさようなら。また会いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに読者のみなさん。まだ少しだけ続きますよ?


 
 
 
 
 

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