<翌早朝 ネルフ本部>

 

 

んとに頭くるわねー」

ミサトは早朝に呼び出されてネルフ本部に来ていた。

ミサトの生態生活習慣は知れ渡っているためか使徒が来たのでもない限り、深夜に呼び出されることはあっても早朝に呼び出されることはまずない。なのに今日は朝食の支度をするため早起きのアスカが起きた直後を見計らうように呼出があり、緊急事態ということで取るものも取りあえず出勤してきたのだ。

「相変わらず朝早いと不機嫌ですねミサトさんは」

「当然でしょ!本当にどこの馬鹿よ?」

ミサトは言葉を止めた。

今、自分は誰と話した?

誰か知らないが話しかけられたのでつい答えてしまったというよりも、その声に答えるのは自分にとってはあまりに自然なことであり

視線を転じるミサト。

自動販売機を背にラフな服装の少年が立っていた。

随分と背が高くなり見違えるような姿になっているが、照れくさそうに微笑むその顔、その声はまぎれもなく

「シンジくん!!」

衝動の赴くまま、ミサトは跳んだ。

 

 

 

 

「お久しぶりですミサトさん」

ミサトを抱きしめ、背中をさすって落ち着かせてからシンジは言った。

それを聞いたミサトが頬を膨らませる。

「ちょっとぉシンジくん?違うでしょ!」

「あ、そ、そのただいま、ミサトさん」

ちょっぴり照れて言うシンジ。

「お帰りなさいシンちゃん」

ミサトの変わらぬ微笑み。

(ああ、僕は帰るべき所に帰ってきた)

シンジは心から思った。

「それにしてもかっこよくなっちゃってぇ」

ミサトはゴロゴロとシンジの胸に頭をこすりつける。

当ったり前だけどシンジくんも成長してんのね〜)

「ミサトさん猫じゃないんですから」

困ったような顔をしながらそれでも笑みを絶やさずシンジが言った。

「ごめんねぇ出迎え出来なくて。いつ帰ってきたのって昨日リツコが資料をよこしたのはこれを知ってたからね〜!おのれリツコ、よくも私のかわいいシンちゃんを!」

「僕の方こそすみません。真っ先にミサトさんにあいさつにいこうと思ったんですけど」

「シンジくん相変わらず優しいのね〜お姉さんうれしいわ。いいのよシンジくんは全然気にしなくて。どうせ、リツコか碇司令の陰謀よ。まったく、シンジくんを独占しようだなんてネルフが許しても私が許さないわ!」

さすがはネルフ作戦部長、事態を正確に把握していた。シンジも苦笑するしかない。

「ま、朝早くから呼び出しただけマシね。おかげでちょっと眠たいけどふわぁ」

そう言ってシンジから離れたミサトは背中を伸ばして欠伸をもらした。

「ほら眠気覚ましだ」

そういって横から缶コーヒーが差し出される。

「あ、気が利くわね!?

目を見開くミサト。

 

 

「よ、葛城。久しぶり」

加持はそういって笑った。

 

 

 

 

「加持?」

「ああ」

「死んだんじゃ

「ああ、おかげで足がいっぺん無くなっちまったから少し短くなったかな」

おどけて加持が言う。

「うそ」

「本物ですよミサトさん」

パァァン!!   カン!

缶コーヒーが床に落ちる音と甲高い平手の音が響きわたったのはほぼ同時だった。

そしてその後にはミサトの号泣だけが響いていた。

 

 

 

「はい、ミサトさん」

ハンカチを差し出すシンジ。

(やっぱりリツコさんに借りておいて正解だったな)

「あ、ありがとうシンジくんその、変なとこ見せちゃったわね」

目元を拭きながらしどろもどろに言うミサト。

「いいえ、昔と違って嬉し泣きするミサトさんが見れてよかったです」

「む、昔って」

「そういえば俺のために毎晩泣いてくれたんだってな」

「あ、あんたねぇ」

うれしいよ」

ぐっとミサトが言葉に詰まる。何か言い返したいが真っ赤な顔では説得力に欠けるだろうと思いとどまる。

「葛城

「何よ!?」

思わず強く言い返すミサト。

「約束を覚えているか?」

「約束?」

「もし、もう一度会うことが出来たら8年前、もう10年前になっちまったか10年前に言えなかったことを言うってな」

あ」

黙り込むミサト。

加持はシンジの方に向き直ると真剣な声で言った。

シンジくん、立会人を頼めるかい?」

「喜んで」

即答するシンジ。

「ありがとう」

加持はミサトに向き直る。

………葛城」

「愛してる。俺と結婚してくれ」

 

 

しばし静寂が辺りを包み込む。

「葛城?」

「あんたって本当にひどい奴よね。何年も放っておいて、勝手に死んで、勝手に生き返って、人をこんなに泣かせて、そのうえ結婚してくれ!?」

………

加持は黙って聞いている。

「おまけに女心が全然わかってないときたわ!」

「すまない」

「答えなんかきまってるじゃない!!」

そういってミサトは加持にしがみつくと泣き出した。

「葛城」

「ひっく、本当にひどいんだからOKに決まってるでしょ」

ミサトがそう言うと加持は力一杯ミサトを抱きしめた。ミサトも一層加持にしがみつく。二人ともそして二人を見ているシンジも幸せだった。

 
 
 

「おめでとうございます。ミサトさん加持さん」

「やだ恥ずかしいところ見せちゃった」

さすがに照れているミサト。

「いいえ、僕もうれしいです」

本当にうれしそうに微笑むシンジ。

「ありがとうシンジくん。ところで

真面目だった加持の顔がいつもの顔に戻る。

「はい?」

「俺は平手一発だった。どうやら病院送りも免れそうだな」

そういってまだ赤い頬を指さす。

「何の話?」

「あ、はは」

シンジは乾いた笑いをもらす。

「なに、俺とシンジくん、どっちの方がひどい目にあうかって話さ」

あ、そっか。ふふ、シンちゃんもた〜いへんよねぇ」

ミサトがいつもの笑いを浮かべる。

ミサトさん、ゆうべのリツコさんと同じ顔してますよ」

(どうしてそんなに立ち直りが早いんですか?)

そう思いながらシンジは言った。

「あら失礼ね。で、加持くんはどう思う?」

「そうだな一往復で両頬真っ赤ってところかな」

ニヤニヤと答える加持。

「加持さ〜ん」

「甘いわ加持くん。二往復に蹴りが入るわよ、きっと」

これまたニンマリとした顔でミサト。

「ミサトさ〜ん」

「さて、リっちゃんたちも待ってるだろうしそろそろ行こうか」

「そうね、とっちめてやらなくっちゃ」
 
 
 

その後、ミサトがリツコを問いつめ(さすがにゲンドウには文句が言えない)、シンジはリツコに無理矢理レイを抱かされ、それがミサトのからかいの種となり………そんな暖かい雰囲気の中でミーティングが進められた。

 
 
 
 
 

 

<通学路>

 

「おはようアスカ」

「おはよヒカリ」

「今日は早かったのね」

ヒカリは珍しく自分より早く待ち合わせ場所に来ていたアスカに何事かと思う。それを見透かしたのかアスカが事情を説明した。

「ミサトが早朝から呼び出されて本部に飛んで行ったもんだからこっちも早くなったってわけ」

「早朝から?ミサト先生、今日は機嫌悪いわね」

ヒカリは天を仰いだ。雲一つない空が恨めしい。

「そうね。ま、学校に来れればいいけど」

「何かあったのかしら?」

「私達には呼出がないって事は大したことじゃないわよ」

結局の所ネルフの戦力といえばエヴァ以外に存在しない。そのパイロットであるアスカ達に召集がかけられない以上、ネルフに対する危険はないということになる。

「そ、そうよね

なにやら歯切れの悪いヒカリに少し考えるアスカ。

「?はは〜ん、さては」

ミサトや昨夜のリツコと同じ笑みを浮かべるアスカ。

朱に交われば赤くなるとはよく言ったものである。

「わ、私は別に鈴原が心配だとかあ」

「ヒカリって本当に正直者よね〜」

「うう…」

墓穴を掘って真っ赤になるヒカリ。

「ま、あたしはいいけどね」

にしてもヒカリも変わった趣味してるわね)

 

 

<ネルフ本部 ミサトの部屋>

 

この部屋にも無論正式名称はある。しかし本部内での俗称は『葛城一佐の部屋』で問題ない。シンジ達にしてみればミサト(さん)の部屋で終わりだ。終わり、なのだが

やれやれ葛城の部屋は整理整頓なんて言葉とは一生縁がないと思ってたんだがシンジくん、これはフォースインパクトも間近なのかもしれないな」

加持はミサトのデスクの前に椅子を引っ張るとしみじみと言った。

「うっさいわね〜」

加持をにらみながらミサトが言った。

(ほんと朝涙を流して喜んでいた人物と同一人物とは思えないなあ)

そんなことを思いながらシンジはコーヒーメーカの方へと向かう。

なにはともあれ相変わらずミサトはミサトらしくてシンジは嬉しい。

「コーヒーいれますね」

「シンちゃんは優しいわね〜。乗り換えようかしら」

「おいおい」

苦笑する加持。
 
 

マグカップを並べると3人は資料を手に取る。日頃、子供達のガードを兼任しているミサトに送られてくる諜報部の資料だ。

「さしあたりこのくらいを頭に入れておいて」

ミサトが示したのはアスカとトウジの交友関係である。筆頭にはケンスケやヒカリのデータがある。

「どうだシンジくん裏の世界がますます嫌になっただろう?」

その裏の世界で五本の指に入る加持が楽しげに言った。

「まったくですね」

「?」

加持を張り倒そうと思っていたミサトだったがシンジが笑って答えたため思いとどまる。

「シンジくん、変わった?ていうか

(その、なんていうか強くなった?)

「これも自分で選んだことです。それに

「それに?」

「俺がシンジくんに最初に教えたことさ」

加持が口を挟んだ。

「何よそれ?」

「ミサトさんには内緒です」

「男同士の秘密って奴だな」

そういって笑い合う二人。

なんか悔しいわね」

そう言って膨れっ面をしてみせるミサト。

 

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