<2−A教室>

 

 

『というのが碇君がアメリカに留学する前の経緯。本当はアスカもそばにいて欲しかったんだけど引き留められなかったって悔やんでるの』

ヒカリは二人にノートパソコンでメールを送って事情を説明していた。

サードチルドレン(当然シンジを含めてチルドレンの個人情報は機密扱いである)が第一支部に派遣されていることは公開情報として発表されており、関心のあったマユミもマナも知っている。また、戦自の工作員としてマナはより深い情報を知っており、シンジがいわば人質として送られていることも知っている。

再び第三新東京市にやってくることが決まる前からそれらの情報を得ていた二人だったので、アスカ達と再会した後、アスカ達がシンジの話題を一切出さないことから彼らの気持ちを察し自分たちもシンジの話題には触れなかった。特にマナは友人が人質となっていると知っていてその人間の話題を出すことなどできるはずもなく、結局、『シンジ』という名前を口にすることすらなく一年以上の時を過ごしてきたのである。

だが、基本路線はあっていたものの、シンジの話題を避ける理由はやや異なっていたらしい。

『アスカさんと碇君ってそういうご関係だったんですか。以前は喧嘩ばかりしてたように見えましたけど』

『今もはっきり恋人って訳じゃないんだけどね。どちらかが告白したって訳でもないみだいだし。まぁ、アスカ素直じゃないし、昔は自分の気持ちもわからなかったしね』

(でも、あなたと碇君が仲良くしている姿とかが刺激になっていたんでしょうね)

昔を懐かしむヒカリ。そこへ物騒なメッセージが入る。

『許せない

『え?あの、ちょっとマナ?』

なにやらディスプレイの表示に感情がこもっているようで不安になるヒカリ。

『どうしたんですかマナさん?』

『どうしたもこうしたもないわ。私はアスカだったから諦めたのよ!もうとっくにちゃんとそういう仲になってると思っていたから、そっとしておいたのに!!』

フォントのサイズが大きく変換されており、何やらディスプレイから怒りが伝わってくるようである。

どうもマユミと違って事情は把握していたが、別路線の解釈だったようだ。

(さしずめ、離れ離れの恋人ってとこかしら?)

それはそれで必ずしも間違ってはいないとは思うのだが、マナの立場としては歯がゆい所なのだろう。

『ヒカリさん、マナさんどうしたんですか?』

少し考えるヒカリ。

火に油を注ぐことになる様な気もするが、話さないと事態が把握できないし、せめてマユミだけでもを味方にしておきたい。

『昔ね、マナは碇君が好きだったの』

言っておいて考えるヒカリ。

あの時の事情は途切れ途切れにアスカから聞いた。妙にしおれた様子で…

(碇君も間違いなくマナが好きだった。だからアスカはあんなにしおれて……あれ?そういえば別にマナが碇君をふったわけでも、碇君がマナをふったわけでもなかったわよね?…てことは両想いで…事情があって一生逢えないってことで…あ、でもあの時マナかアスカって聞かれたら碇君は…え、でもでも今はたぶんアスカと碇君両想いだし…)

非情に複雑な問題を考え出したヒカリ。

続きが来なくなったのでとりあえず確認を試みるマユミ。

『えーと、それはひょっとして、アスカさんの方を選んでマナさんはふられた

ちょんとリターンキーを押してから気付く。

「あ

マユミがおそるおそるマナの方を見ると無理矢理笑顔のマナが微笑んでいた。

はっきり言って怖い。

『マユミちゃん後でお話があるの、だいじょーぶよ痛くしないから』

「はははははは」

生きて帰れないかも)

 

授業が終わる頃にはマナも落ち着いてアスカを問いつめるようなことはなかったが、機嫌が悪いのは変わらない。気の強さではアスカについでおそれられているマナである。二人そろって不機嫌なため、2−Aの面々は生きた心地がしなかった。

 

 

<よたび ミサトのお部屋>

 

「ケンスケが?」

「そう。相田君のお父さんが一時期危なかったのは確かよ。悪くすれば

悪くすれば親子そろって処理していた。

シンジはそうならずにすんで良かったと前向きに考えて気を落ち着けた。ひたすら後ろ向きだった過去のシンジとは雲泥の差である。

シンジくん。時期から言って俺達が仕事したころだな」

「そうですね」

日付を確認してうなずくシンジ。

「どういうこと?」

「あーそのなんだ。シンジくんの訓練がてらゼーレ関係の組織をいくつか潰した」

加持は軽く言ったがそれが尋常なことで無いことはミサトももちろん知っていた。

「そう。………じゃ、相田君のお父さんのことがわかって、結果的に二人が助かったのはそのせいかもね」

「そうかもしれないな」

………

偶然かも知れないが、自分の働きでケンスケの幸せを守れたのかも知れない

過信は禁物だ。でも、もしそうなら自分は自分の望んだ道を歩いていけているのかもしれない。

(どうかそうでありますように)

シンジは祈る。

「さて、これでだいたい終わりだな。後は俺が就任次第、一からネルフの大掃除だ」

「せいぜい働くのね〜」

「ありがとさん、さてシンジくん」

「はい?」

「野暮とは思ったんだが、放っておいても二人とも話さないと思うんでね。

 どうするんだシンジくん、葛城の所に厄介になるのか?」

加持は単刀直入に尋ねた。

シンジもミサトも明らかにこの話題を避けていた。

シンジは自分が一緒に住んでいいのだろうかという不安。

ミサトはせっかく本当の肉親と暮らすシンジを邪魔していいのかという気持ち。

それらが口にすることをためらわせていた。

もっとも傍から見ている加持にしてみれば、結局一緒に暮らしたいんだろう?と思っていたのでまったく遠慮する気は無い。

そんな加持の意を汲んだのかミサトが口を開く。

「シンジくん」

「はい」

「シンジくんさえよければまた一緒に暮らしましょう。私は全然かまわじゃない。私はそうしてくれるととてもうれしいわ」

はっきり言葉に出さないと通じないこともある。

ミサトはそれをこの少年のおかげで学んでいた。

「アスカも同じ気持ちのはずよ」

………

「シンジくんはどうなんだ」

加持が促した。

………僕もミサトさんのところで一緒に暮らしたいです。

 もちろん、父さん、リツコさん、綾レイと一緒に暮らしたいという気持ちもあります。

 でも、やっぱり僕の帰る家はミサトさんの家です」

「シンジくん

ミサトの胸が熱くなる。

「ミ、ミサトさん?」

シンジが慌てる。

「どしたの?」

「葛城よほどうれしかったんだな、泣くなんて」

そういう加持の声も優しい。

「え?」

手の上にぽつりぽつりと涙が落ちる。

そっか私うれしいんだ。シンジくんが私を家族と思ってくれてたんだって、私の家が自分の家だって言ってくれて。ふふ、リツコもさぞかしうらやましいでしょうね)

目頭を抑えるミサト。

(あ〜本当に幸せ)

 

 

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