【新世界エヴァンゲリオン】



 

 

 

 <碇ゲンドウ宅食卓>

 

 

食事の後片づけが済むととリツコがお茶を入れた。

シンジは最初後片付けを手伝おうとしたのだがリツコにやんわりと断られている。

レイもシンジのシャツをつかんだまま放そうとしないのでシンジはおとなしく座っていた。

「ごちそうさまでした。リツコさん、お料理上手だったんですね」

シンジは少し意外だった。日頃、白衣で仕事をしている所しか見たことが無かったので家事をしているイメージが浮かばなかったのだ。

「あらありがとう」

柔らかな笑みを浮かべて座るリツコ。こういったところも前は想像しなかったなぁ、とシンジは思う。

「でも実際の所、アスカに教えてもらったおかげなのよ」

「アスカに、ですか?」

日本を離れる前の日々を思い出す。

いかに戦後処理の真っ只中であったとはいえ、シンジが帰らなかったり、少し風邪をひいたりした時の参上は……身震いがした。それらを踏まえた感想を口に出す。

信じられない」

「ふふ。今でも時々料理を教えてもらっているのよ?仕事もあるから時間の都合をつけるのがなかなか難しいけれどね」

「へえ」

葛城家の台所でアスカの指導を受けながら料理しているリツコの姿というのを想像してみる。

(あでも、なんだか

それはとても暖かな

「当然、アスカの料理はもっと美味しいわよ」

「そっかアスカもがんばってるんですね」

アスカががんばっていると聞いてシンジはうれしくなる。

「まぁ最初は、シンジくんが出て行ってから生命の危機を感じたんでしょうね。ミサトもそこそこには家事ができるようになったわ。料理の方はま、仕方ないわね。あれも一つの才能だし」

こめかみを押さえて顔をしかめるリツコを見て、シンジも苦笑する。

「嘘みたいですけどでもこれなら加持さんが戻ってきても大丈夫かな?」

「加持君?」

何気なく呟いたシンジの言葉にリツコの顔色が変わった。

「ええ、加持さん………あ、もしかしてリツコさん、まだ

シンジは先ほどから黙ったまま二人の会話を聞いていたゲンドウの顔を見る。

特に表情に変化は無い。無い、が

コトンと湯飲みをおくリツコ。

ゲンドウさん」

声が冷たい。

「ななんだ」

一転、目に見えてびびりまくるゲンドウ。

加持君、生きているんですか?」

「あ、ああ、後でだな、その話そうと

「他に知っているのは?」

ゲンドウの言い訳を一顧だにせず尋問するリツコ。

「ふ、冬月だけだ」

「そう

そこでリツコは黙り込む。

『ズズズ

気まずくなってお茶を飲むシンジとゲンドウ。

ゲンドウは茶を飲み干すと席を立った。

「さ、さて先に風呂に入らせてもらおう」

ゲンドウさん」

「なっなんだ!?」

「レイもお願いします」

「あ、ああ。わかった」

シンジからレイを受け取るとそそくさとゲンドウは出ていった。
 
 

別人みたいだ」

足音が消えてから呟くシンジ。

「本当、私も最初は驚いたわ」

肩をすくめるリツコ。

「よく結婚する気になりましたね?」

実際、どうしてリツコがゲンドウなんか(自分の父親に向かってなんだもないが)と結婚する気になったのか不思議でならないシンジ。

(まぁ、結局僕が子供ってことなんだろうけどさ)

実の母親であるユイにはもう聞けないが、リツコがゲンドウのどこを気に入ったのかには興味があった。

「あら、昔のシンジくんみたいで結構かわいいのよ」

ほめられてるのかけなされているのかわからないんですけど」

複雑な顔をして言うシンジ。

「あら、もちろんほめてるのよ」

そう言ってリツコは楽しそうに笑う。

以前は見られなかったその笑顔を見てシンジは心が和むのを感じた。

「よかったリツコさん幸せなんですね」

いろいろ思う所はあるけれど、とりあえず、リツコが幸せならそれでいい。

「ええ、夫はちょっと頼りないけれど、かわいい娘もできたし立派な息子も出来たしね」

そういわれてちょっと照れるシンジ。

「さて邪魔者はいなくなったことだし

「その言い方結構ひどいですよ」

「いいのよ。さてシンジくん」

リツコの顔が真剣になった。空気を察したシンジも背筋を伸ばす。

「今からネルフの技術部長としてではなくあなたの母親として質問するわ、いい?」

「はい」

「本当にネルフを継ぐつもり?」

 

ネルフ本部にその籍を置くサードチルドレン碇シンジは第一支部に2年の間出向していた。アメリカへの留学が公式な理由である。が、表があれば裏がある。裏の理由は要するに人質である。ネルフ本部とエヴァンゲリオン初号機からパイロットたるサードチルドレンを引き離すことによりフォースインパクトを起こす意志のないこと、初号機を動かす意志のないことを国連を始めとする各国家、各勢力に示したわけである。

だが、ゲンドウはそんなことだけのためにシンジを第三新東京市から出すほどお人好しではない。真の理由は当然、他に存在する。シンジが父親である現ネルフ総司令碇ゲンドウの後を継いでネルフの総司令となる。その過酷な目標を達成すべく徹底的な英才教育を行うのが本当の目的である。碇ゲンドウと碇ユイの間に生まれた少年の才能はその期待を負うに十分であり、既に数校の大学を卒業しいくつかの博士号も手に入れている。また、極秘裏に生還した加持リョウジが直接選抜し、自身も加えた教官陣による格闘、戦闘術の徹底的な訓練によりシンジは一級の兵士として鍛えられた。戦術、戦略立案、諜報活動の指揮、政治的駆け引き、経済戦争のあり方等々未だその道の超一流達(例えばミサトやリツコ)には及ばぬものの一流として差し支えない能力を持っている。17歳にしてこれであるから20代半ばには十分にゲンドウの後を継げるだろう。

だけど今ならまだやめられる。

リツコはそう言っている。

平凡な人生を歩むことが出来る。

それは刺激のない生活かも知れないが裏表もなく平和で心静かな生活。

命のやりとりなど空想にすぎない世界。

 
 

シンジは空になった湯飲みを持ち上げて見つめる。

全てが終わった後、父さんが言ってくれたんです

 

 

 『すまなかったな、シンジ』

 

 

そして、これからはみんなの幸せを、僕やアスカの幸せを守っていくためにネルフがあるんだって言ってくれました。その時、僕はとってもうれしかった。本当にうれしかったんです。僕やアスカを父さん達が守ってくれる。それが嘘じゃないことがわかってたから。

でも、父さんだって不老不死じゃありません。みんなそうです。いつかネルフを去る時が来ます。そのとき誰かが後を継がないと安心していられませんよね?

僕はアスカやあやなレイやミサトさんや加持さん、リツコさんや父さん、みんなを守りたくてエヴァに乗りました。それが僕にできること、やるべきこと、自分で決めたことだったんです。でも、これからはエヴァで使徒を倒せばみんなを守れるというわけじゃありません。そのためにはやっぱりネルフが必要なんです。

みんなをみんなの幸せを守るために僕が出来ること。もし、僕に父さんの後を継ぐことができる力があるなら今は無くても、いつか手に入れられるなら僕は、父さん達が僕達の幸せを守ってくれたように、僕の力でみんなの幸せを守っていきたいんです」

シンジは言い終えるとふう、と息を吐いた。

それでシンジくんは幸せ?」

リツコは厳しい目で問い掛ける。

自分を幸せにできない人間に他人を幸せにできるはずがないってよく言いますよね。誰の言葉か忘れちゃいましたけど。

昔、ミサトさんや加持さんも同じ様なことを言ってくれました。自分がどうしたいのか、それが一番大事だって。

僕はみんなを守りたい。みんなの幸せを守ってみんなの笑顔を見続けられたら………僕はきっと幸せです」

そう言ってシンジは笑顔を浮かべる。その笑顔は澄み渡っていて一点の曇りも無かった。

「そうシンジくん、大人になったわね」

リツコは優しい眼差しで言った。

まだまだ子供ですよ」

「いいえ。シンジくんは使徒と戦ってた頃から私なんかよりずっと大人だったのよ」

リツコは昔を思い返すように目を閉じる。

「リツコさん

「ふふ今のを聞いたらゲンドウさん涙を流して喜ぶわね」

「父さんが?」

とても想像できない)

「そう、あの人あれで結構親馬鹿なのよ」

そう言ってちらっとドアの方を見る。

さて、シンジくん」

「はい」

「シンジ君の覚悟はわかったわ。私も力の限り協力させてもらうから、できることがあったら何でも言ってちょうだい」

「はい。あ、早速ですけどMAGIのアクセス権を頂けますか?いくつか考えていることがあるので」

しばし考えるリツコ。

「そうね報告書通りなら実力は十分あるしいいわ。明日にでもマヤに手配させるわね私しか知らない裏コード集を教えてあげるからどんどん使ってね」

そういってにっこりと笑うリツコ。

「え、いいんですか?」

「気にしなくていいわ。アクセス権も私を除けば最高位にしておくから」

「そ、そこまでしてもらわなくても」

「あら可愛い一人息子ですもの当然よ」

「はぁ」

「私の研究室は好きに使ってもらって構わないわ。私が出勤する日はレイもそこにいることが多いから喜ぶでしょう」

「はい。じゃ、お言葉に甘えさせて頂きます」

「ええ」
 
 
 

「ところでシンジくん」

不意に話題を変えるリツコ。

「はい」

「みんなの笑顔が見たいって言ってたわね」

「ええ、そうですが?」

「誰の笑顔が一番見たいのかしら?」

にっこり笑うリツコ。

「り、リツコさん!?」

「ふふふふ、なるほどミサトは年中こういう楽しみがあったのね。うらやましいわ」

慌てるシンジを見て楽しそうに笑うリツコ。

「リツコさんはミサトさんと違うと思っていたのに

類は友を選べない、朱に交われば真っ赤に染まる、というけれど。

「冗談はおいておいてシンジくん」

「はい」

「ミサトのところへ住みたいならそうしなさい。なにも気兼ねすることはないわ」

リツコの目は真剣だった。

リツコさん」

「自分に正直に生きなさい。私はそれに気づくのに随分かかったわ」

はい」

ふっと顔をゆるめてリツコは続けた。

「でも、たまには泊まりに来てちょうだいね。ゲンドウさんも喜ぶわ」

「父さんが

「そう。もちろん私とレイもね。私たちは家族ですもの。それだけは忘れないでね」

「はい」

シンジはしっかりと頷いた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

【第弐話 再会】