ピーピーピー

朝のけだるい授業もっとも居眠りでもしようものならミサトのチョークが飛んでくるためみんな懸命に眠気を堪えている。

もっともそのミサトが一番嫌がっているのだが。

鳴ったのはミサトの携帯だった。

授業中よ!)

と思いつつも出るミサト。

二言三言聞くと顔が厳しくなる。

通話が終わると宣言した。

「みんな、後は自習よ。洞木さんお願いね」

ただならぬ雰囲気にヒカリもうなずくことしかできない。

「シンジくん一緒に来て!」

そう言い捨て教室を飛び出る。シンジも素早く席を立つ。

シンジ?」

事情がわからず不安そうな目のアスカ。

「大丈夫。悪いけど鞄頼むよ」

「う、うん

「ありがとう。じゃ行って来る」

ミサトに負けない早さで飛び出ていく。

後には不安そうなアスカ達と事態についていけないクラスメート達が残された。

「なぁ3人一緒ならわかるけど、なんでシンジだけなんだ?」

「それがわからんからわしも困っとんじゃ」

「シンジ

「大丈夫よアスカ。碇君もそう言ってたじゃない」

「うん」

爆音を立ててミサトの車が校庭から飛び出していった。

 

ネルフ本部へと爆走するミサトのルノー。

相変わらずの運転だが、

戦闘機に乗っていると思えばたいしたことないさ)

そう思って気を落ち着けるシンジ。

「何があったんですかミサトさん?」

「わからないわ、ただ最高度の緊急呼出よ」

答えるミサトの表情は固い。

………

 

 

「来たか」

執務室に入るとゲンドウ、冬月の他にリツコと加持がいた。

「どういうことでしょうか?」

「非常事態よ葛城一佐」

リツコが真剣な口調で言った。

シンジ」

ゲンドウが口を開く。

「はい」

「フィフスチルドレンの所在が確認された」

 

 

シンジがかろうじて倒れずにすんだのは強靱な精神力の賜物だろう。

同じようにショックを隠せないミサトが質問する。

「渚カヲルいえ、第十七使徒がですか?」

「使徒は全て倒した。そうでなければサードインパクトを起こせまい」

冬月が否定した。

「おそらくはダミープラグの母体。言ってみればレイ綾波レイと同じクローンと推測されるわ」

ネルフ本部を襲ったエヴァシリーズを操るダミープラグ。

これに渚カヲルのダミープラグが使用されていたことは確認されている。

シンジはかつてレイの肉体が漂っていたLCLの水槽を思い返していた。

「リリスレイはサードインパクトの後、人間として再び生を受けました。同様に渚カヲルの魂も使徒としての生を終えた後、別の肉体に宿り、そして再び生を受けたと考えられます。シンジくん?」

シンジは涙を流していた。

カヲル君も綾波と同じように生きている)

「シンジくん」

ミサトが口を開く。

大丈夫です、ミサトさん」

そう言って涙を拭った。

今は泣いてなんかいるときじゃない。僕のやるべき事をやらなくちゃ)

シンジの脳が正常に回転し始める。

「使徒でないなら残る問題は彼がフィフスチルドレン適格者だということだね父さん」

そうだ。エヴァを起動できると考えねばならん」

「そしてもしエヴァをネルフ以外の組織が所有していたら

ネルフはエヴァンゲリオンという圧倒的な軍事力をもって世界の監視を行っている。

だが、ネルフに対抗しうる力を持った勢力が生じたらそのバランスは一気に崩れる。

それだけはなんとしても阻止しなければならない。

「フィフスチルドレンあるいはそのボディは現在一体だけ確認されている。無論所在地もだ」

「僕達がしなくてはならないのはダミープラグの母体となりうるパーツの存在の確認及び破壊、それからフィフスチルドレンの身柄の確保だね」

「そうだ。無論、状況に応じてフィフスチルドレンの排除もありうる」

状況を確認するシンジとゲンドウ。

わかった。僕が行くよ」

「シンジくん!?」

「ミサトさん、可能性だけなら起動可能なエヴァが存在するかも知れないんです。

 もしもの場合に備えて最低一機のエヴァが必要です。そしてそれは僕の役目です」

シンジくん」

シンジの意志は固いと悟るミサト。

「もっともこれが高価な囮作戦という可能性もあるがな」

「どういうこと?」

加持の言葉を聞き返すミサト。

「つまりエヴァに乗ってのこのこ現れた僕をエヴァごと誘拐するんですよ」

苦笑しつつシンジが説明した。

………あきれた」

開いた口がふさがらないとはこの事だ。だいたいエヴァをどうやって誘拐すんの?

「ま、確かに馬鹿げた話だがシンジくんとエヴァが出向く所まではうまくいっている」

「エヴァの状況は?」

「七号機の調整は終わっています。現在、輸送の準備中です」

「リツコさん輸送手段はいりませんよ」

「? いくらS2機関のおかげで電源の心配が無くても

「忘れましたか?エヴァシリーズには羽があるんですよ」

 

 

 

というわけでシンちゃんはちょっち出張することになったの。すぐに帰ってくるから心配いらないわ』

「何が!というわけよ! 全然説明になってないじゃない!!」

アスカは電話の向こうのミサトに怒鳴った。

『ごめん。機密事項なの。勘弁して』

………しょうがないわね」

パイロットに知らせられない事態なら、ミサトを責めても仕方がないとわかっている。

『あ、それから私もちょっとの間帰れないからね』

………ミサト」
 

電話越しの声にちょっと引くミサト。

「な、なーに?ちょっち声が怖いわよ」

『機密がどうこう以前に何かアタシに隠しごとしてな〜い?』

たはは、さすがはアスカだわ)

してないって言ったら信じてくれる?」

………

「ごめん。卑怯な言い方だったわ」

謝るミサト。
 
 

電話越しの声からミサトの心を察したアスカは気持ちを切り換える。

ま、いいわ。パイロットには言えないこともあるだろうしね」

『物わかりのいい妹をもっておねーさんは幸せよん

ころりと機嫌のよくなるミサト。

「そのかわり一つだけ

『なに?』

………

押し黙ってしまったアスカにミサトの優しい声が届く。

馬鹿ね。シンジくんはちゃんとアスカの所に帰るわよ』

「ア、アタシは別に!」

『心配ないわ。シンジくんはアスカを悲しませるようなことは絶対しない、そうでしょ?』

うん」

『それにアスカが元気ないとシンジくんも悲しむわよ』

うん、そうね。今日はもうお風呂入って寝るわ」

『そうしなさい』

「ミサトもがんばってね」

『ありがと。じゃ、おやすみ』

「おやすみ」
 
 
 

受話器を置くとミサトはプラグスーツに着替えたシンジを見た。

予想通りプラグスーツには何やら怪しい箇所が多数ある。聞いた話だとエントリープラグ自体も改造されているとかいないとかそれはともかく

「聞いてのとおりよ」

………

シンジは答えない。

「ふふふ照れちゃって。ま、あたしの言いたいこともわかってるでしょうから言わないでおくわ」

「はい」

素直に返事する。

日向が報告を入れる。

「ドイツ支部から入電!作戦を開始します」

瞬時にミサトのスイッチが切り替わり命令を発する。

「以後、全ての指揮をMAGI経由で本部へ移行!エヴァンゲリオン七号機発進準備!」

『エヴァ七号機エントリー準備、パイロットは至急ケイジへ移動して下さい』

アナウンスが流れ発令所が騒がしくなる。

「じゃ、行って来ます」

加持とリツコにあいさつしてドアに向かうシンジ。

「ああ、気をつけてな」

「しっかりね」

そこへ少しの間だけ姉の顔に戻ったミサトがからかう。

「浮気しちゃ駄目よ〜」

「そんなことしません!!」

 

「先行部隊距離8千まで接近」

「エヴァ七号機エントリー終了。シンクロ率103%ハーモニクス正常。全て問題ありません」

『10番リフトへ移動完了』

『進路オールグリーン』

『カタパルト準備よし』

ミサトが司令塔を見上げる。

………

ゲンドウは無言である。隣に立つ冬月が頷いて代わりに答えた。

ミサトもうなずき返すと振り返り命令を発した。

「エヴァンゲリオン七号機発進!!」

 

シンジは2年ぶりの加速圧を心地よく感じていた。

「射出三秒前、二、一、射出!!」

エヴァ七号機は地上へ出る加速をそのままに空中へとカタパルトで打ち出された。

行くよ)

シンジが念じた瞬間、背中から巨大な白い翼が展開されエヴァ七号機は自らの力で天空へと駆け昇っていった。

 

 

 

戦場へ