アスカの姿が見えなくなってからカヲルが言った。

「何か悪いことを言ったかな?」

はぁ、とため息をつく一同。

もっともミサトは一人上機嫌でぽんぽんとカヲルの肩を叩く。

「いーのいーの、この調子でよろしくねん」

「いえどういたしまして」

「ミサトさ……………?」

ミサトをたしなめようとしたシンジがしゃべる途中で固まる。

「どうしたのシンジくん?」

「何かにおいませんか?」

そう答えるシンジの表情が徐々に変わっていく。

「え、そう?」

鼻をくんくんさせるマナ。

「そーいや、なんか嗅ぎ慣れたようなにおいがなんやったかな?」

鼻のいいトウジが言った。

「確かに僕も

怪訝そうな表情を浮かべるカヲル。

「エヴァのパイロットって鼻もいいのかな?」

「エヴァって何か臭うんですか?」

「生ものやないんやさかい、そんなあ、思い出したわ」

「そうかLCLに似てい

カヲルの顔が険しくなる。

すばやく視線を交わすミサトとシンジ。

うなずくミサト。シンジは席を立つと店の奥へ向かった。

ミサトは携帯を取り出し、短縮ボタンを押す。

「おいシンジ!?」

トウジの呼びかけにシンジは足を止めもしない。

ミサトさん」

なじみがないわけではない空気を感じて言外に問い掛けるマナ。

マナだけにわかるように目で答えながらミサトは他の面々を安心させるように言った。

「アスカの様子を見に行ってもらっただけよ。あなたたちはここにいてあ、日向君?」

訳が分からず座ることしかできないトウジ達。

その中でカヲルは一人何かを探るかのようにじっと目を閉じていた。
 
 






<ネルフ本部発令所>






「葛城一佐から連絡が入りました!!」

日向が司令塔に向かって報告する。リツコから報告を受けていた冬月が振り返る。

「内容は?」

「ケース202です!」

「20アスカ君か」

表情一つ変えることなく冬月は命令を発した。

「総員第一種警戒態勢!!」

サイレンが鳴り響き、MAGIのアナウンスが始まる。
 

『総員第一種警戒態勢、総員第一種警戒態勢、各員
 

「周囲に展開中の部隊は?」

青葉に尋ねる。

「保安部の4個小隊です。うち1小隊は………5分前からLOST!?」

「何でこっちに報告が来てないんだ!?」

日向が怒鳴る。

「わかりません! 保安部からの報告では続けて2番目もLOST!」

『京都周辺のネットワーク回線で広範囲にノイズ発生!』

「対処用プログラム3番から5番まで即時放出!」

オペレータの報告に叫ぶリツコ。発令所内各所のオペレータ達の動きが慌しくなる。

「保安部の件は後回しだ! 戦自の部隊は?」

「現在展開中。ですが展開終了まで10分はかかります!!」

「やむをえんか

警報がなり、メインスクリーンがMAGIのモニターに切り替わる。

『EMERGENCY』

スクリーンを覆い尽くすメッセージ。

冬月とリツコの顔色が変わる。

「ネルフ本部に対しハッキング!」

「目標は保安部データバンクに侵入!」

「早いな!」

報告しながら青葉と日向と彼らの部下達が侵入者撃退に当たる。

「回線封鎖完了、敵性体に対し攻勢プログラえ? 侵入者消滅、回線遮断

あまりのあっけなさに日向も唖然となる。

もろすぎるな」

「ええ、MAGIの防衛段階を変更した方がいいでしょう。場合によっては封鎖の必要が

冬月とリツコが顔はますます厳しくなっていく。

再び、青葉が叫んだ。

「再度ハッキング!いえ、排除終了。両者に続けて3回線から同時に侵入!」

「どうなってるんだ

日向がうなる。もっとも、ここにミサトがいたら既に解答を導いていたかも知れない。

「敵性体三者とも排除。先の二つとほぼ同レベルと推測されます!」

「再度侵入! 今度は5回線からです!!」

………

リツコは無言で司令塔を降りていく。

「何が狙いだ

冬月は眉間に一際皺を寄せた。
 
 





<そば屋化粧室>






……………

シンジの目の前は血の海だった。

店の店員と変装した保安部員が数人、血塗れで倒れている。

喉を切られたのが直接の死因の様だが、はっきりしないのはその後めった刺しにされているためだ。

プロには違いないが二流だな)

辺りを見回し敵の力量を推察する。

殺害後の無意味な行為に、辺り構わず残った痕跡。

雇われ殺し屋レベルか?)

いや、違うな。そう思わせておいて)

あくまで最悪の可能性を考慮しておかなくてはならない。

アスカはまだ無事だ)

そう考えて気を落ち着けるシンジ。

携帯を取り出すと保安部を呼び出した。

………現在、回線が非常に混み合っております。しばらくしてからお掛け直し下さい』

やけに長い呼び出し音の後に帰ってきたのはそんなメッセージだった。

直通回線が阻害され、通常民間回線もまた妨害されている。

………なるほど」

内心焦っていたシンジの頭が冷静になっていき、神経が静かに研ぎ澄まされていく。

(絶対不健康だよな、こういうのって)

異常事態や危険を前にすると返って冷静になるという一種の職業病に陥っている自分自身に対して笑みを浮かべると、シンジはかすかに残るガスの臭いを血の臭いからかぎ分けた。

耳がかすかな音を捉えたときシンジは既に跳んでいた。

 

 

 

日常