【新世界エヴァンゲリオン】

 

 

 

<心の補完、あるいはココロの補完>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葛城ミサトの場合

 

 

 

「あれ、あたし…

 …確か死んだんじゃ…

 …シンジくん?」

ミサトはエレベータの前で立ち上がった。

撃たれた傷を探るが痛みは感じないし血も流れていない。

そもそもジャケットは身に着けた時のままで銃弾の跡もない。

「一体何が……!?」

ぼんやりと白い人影が立っていた。

次第に人影ははっきりしてくる。

それはミサトの記憶に長く長く封じ込められていた人物。

「………お父さん?」

男は寂しそうに微笑んだ。

それは随分と老いを感じさせたが間違いなくミサトの知る微笑み。

『…元気にしていたか? ずいぶんとつらい思いをさせてしまったな』

不意にミサトの目から涙がこぼれ落ちる。

…憎んでいたんじゃないの?

…嫌っていたんじゃないの?

…恨んでいたんじゃないの?

…違うのミサト?

…父への復讐

…使徒への復讐

涙はとまらない。

『綺麗になったなミサト』

「………」

『もう泣くな。お前が泣いていると私もつらい』

「ふ…ふぇ…えぐ…」

そう言われてますます泣くミサト。

…私、ずっと…

『もう過去に捕らわれるな、そして幸せになってくれ……それが私の願いだ』

男の声がミサトの心にしみていく。

『じゃ、そろそろ行くよ……お前にもう一度会えて良かったよ』

「…うん。お父さん、あのね…」

『何だ?』

「私…お父さんのこと、大…好き」

そういってミサトは泣きながら笑った。

『そうか…』

男はにっこり笑うと消えた。

後には何も残ってはいなかった。

ただ………

 

「…ありがとう、お父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤木リツコの場合

 

 

 

「………頭でも打ったのかしら」

LCLが打ち寄せる岸辺でリツコは頭を振った。

確か、自分はゲンドウに…

「とうとうおかしくなったのかしら…ね…!?」

絶句する。

リツコと同じように白衣をきた女性が立っていた。

「………………まさか」

リツコは目を疑った。

『ほら、そうやってすぐにロジックで考えようとする。悪い癖ね』

「…母さん、なの?」

『そうよ、久しぶりねリっちゃん』

女は楽しそうに笑った。

『それにしても悪い所ばかり私に似たようね。

 何でもロジックで考えようとするし、あんなひどい男を好きになるし』

「…そうね。なんと言っても母さんの娘だもの。本当、馬鹿よね」

『………』

「あの人は最初から私なんか見ていなかったのに…何で、何でなのよ!」

そう言って泣き崩れるリツコ。

『リっちゃんも言ってたじゃない。男と女はロジックじゃないって。

 私だってあの人が本当は誰を必要としてたのかくらい知っていたわ。

 でもね、私はそれでもあの人が好きだったのよ』

「…母さん」

『ほら、もう泣かないの。MAGIと同じよ。人はいくつも矛盾を抱えて生きていくの』

「…どうせ母さんは最後にはいつもあの人を選ぶんでしょ?」

すねたように口を尖らせるリツコ。

『ふふふ、そうかもね。ロジックじゃないもの』

「ふふ、本当ね」

リツコの顔に笑みが戻る。

『もう大丈夫ね?』

「わかんないけどやってみるわ。ふられたらそれまでのことよ」

『そう当たって砕けろよ。今度はちゃんと気持ちを伝えなさい』

「うん、ありがとう母さん」

『砕けたら砕けたよ。そしていつか幸せをもぎとりなさい。それが私の願いよ』

「わかったわ」

『じゃあね』

そう言って女は消えた。

 

「…またね、母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬月コウゾウの場合

 

 

 

「…久しぶりだね」

『はい。冬月先生にはいつもご面倒ばかりお掛けしています』

かつての教え子の言葉に冬月は頬をゆるめた。

「なに、自分で買って出た苦労だ」

『ありがとうございます』

「彼にはもう会ったのかね」

『………』

「そうか、ではこれで私もお役ごめんだな」

『もしお願い出来るのでしたらもうしばらくあの人とシンジを見てやってもらえないでしょうか?』

「それが君の願いかね?」

『はい。冬月先生以外に頼れる方はいませんから』

「ふ、君の頼みならしかたあるまい。できるだけのことはさせてもらうよ」

『ありがとうございます』

「では、今度こそ本当に」

『ええ』

満面の笑顔のまま彼女は姿を消した。

 

「…さらばだユイ君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

碇ゲンドウの場合

 

 

 

LCLの海辺に女と男が向き合っていた。

『あなたとシンジは本当に似ていますね』

「そうだな。私はシンジが怖かった、どう接していいのかわからなかった。

 私がそばにいてはシンジを傷つけてしまう、だから遠くに追いやった」

『………』

「それが余計シンジにつらい思いをさせていたのだとわかっていてもな…

 私は臆病者だからな」

『でも、あなたはあなたなりに精一杯やったではありませんか』

「ああ、だがそれは君に会いたい、ただそのためだ。自分の欲望の為にシンジに、多くの人々に多大な傷を負わせてな」

『もうすんでしまったことですわ』

「私を許してくれるのか? シンジを傷つけた私を」

男の口調に女は困ったような表情を浮かべる。

『もう、あなたはいつもそうですね。誰があなたを許す、許さないと決めるのです。あなたのやりかたは間違っていたかも知れません。でもそれは自分なりに自分に正直に生きようとした結果です。…少なくとも私はあなたを恨んだりしてはいません』

「そうか…すまない」

顔を伏せるゲンドウ。

『あなた…あなたがそんなだからシンジもいつまでたっても泣き虫なんですよ』

「そうかもしれんな。だが、シンジは私より強い男に育ったよ。君の血を引いているからかな?」

『あなたの血もです』

「そうだな…」

『これからはあの子をしっかり見ててやって下さい』

「…行ってしまうのか?」

『…あなたの気持ちはうれしいわ。でも、私はもはや存在しない人間です』

「そうか………私も一緒に…」

『あなた』

「………つまらんことを言った。後始末はきちんとつけなくてはな。世界のために」

『ええ、あの子が選んだ世界ですもの』

「ああ」

『最後に一つお願いを聞いてもらえますか』

「何だ?」

『この子のことです』

そう言って両腕の中の赤子をゲンドウに見せる。

「………レイ、か?」

『この子は私たちのせいで何も幸せを知らないまま人間としての生を終えました。

 でも、せめて今度は人間の女の子として幸せな一生を送ってもらいたいんです』

「…そうか。わかった君の望むとおりにしよう」

『ありがとうあなた』

「礼を言うのは私の方だ」

『…忘れないで下さい、私はいつもあなたとあの子を見守っています』

「忘れたりするものか」

『…ええ私も忘れません』

「…ユイ」

『?』

「愛している…君に会えて良かった」

『私もです』

ゲンドウをそっと抱きしめ彼女は消えた。

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第拾話 ココロの刻印】