「こなくそーっ!!」
アスカはアスファルトの道路に手をつくとそれを反動に跳びすさった。
直後、伍号機は脇腹に強い衝撃を受けた。
「何で!?」
慌てて両腕でガードする。両腕にずしりと重い蹴りがくる。
アスカは後方へ跳んで距離を開けた。
冷静に状況を分析する。
(…反撃を私がかわすと見越していた。そしてそのかわす方向を読んで軌道修正。側面に一撃を入れて体勢を崩した後突き蹴りで沈める、と。鈴原なんかじゃ今ので終わってるわね。シンジの奴いつのまに格闘技なんか覚えたのよ。アメリカで訓練してたにしても私だってずっと訓練してたのよ…!?)
「くぅ!」
考え込んでいた隙をついて七号機が肩口から体当たりした。
高層ビルに叩きつけられる伍号機。
「調子に乗るな!!」
起きあがりざま回し蹴りで七号機を牽制する。姿勢を低くしてかわす七号機。
「そこっ!!」
低姿勢になった七号機目掛けて前転踵落とし。
が、踵を包み込むように受け止めた七号機は脚にもう一方の腕を添えると後転して伍号機を投げ飛ばした。
「ちょっとなんなのよ〜!!」
宙返りして着地する伍号機。振り返ると当然の如く七号機が走ってくる。
「シンジのくせに〜!!」
それならばとこちらも接近して懐に飛び込む伍号機。牽制の突きを放ち、七号機が上体をそらしかわしたところで腕を曲げ肘をうちこむ。
(…もらった!)
が、伍号機の肘は目標に到達する前に七号機の肘と膝で挟まれ止められる。
そのまま七号機は伍号機を蹴飛ばした。
たまらず尻餅をつく伍号機。
「こんのぉーっ!!」
アスカは切れた。
はっきり言ってシンジが相手という事は忘れて、必殺の突き、蹴りを放ち、七号機を本気で破壊する気で攻撃をしかける。
『後30秒よ』
リツコが残り時間を告げるがアスカの耳には入らない。だが、シンジには聞こえた。
(…ごめん、アスカ)
「!?」
伍号機…アスカの目から七号機が消えた。
『はい…そこまで』
リツコが冷静に言った。
七号機の手刀は伍号機の喉の30cm手前で止められていた。
伍号機は微動だに出来なかった。
『お疲れさま、二人とも上がっていいわ』
「あら、アスカは?」
リツコは子供達を見回して言った。疲れきったトウジ、まったく疲れを感じさせないシンジとカヲルはいるがアスカの姿が見えない。
「あ〜アスカのことだから久しぶりにロッカーに当たり散らしてんじゃない」
ミサトは顔をかく。
「ロッカーにね…まあ女子更衣室はアスカの専用みたいなものだから構わないけど修理費も馬鹿にならないのよ」
「シンジ、惣流になんかしたんか?」
「う、うん。ちょっと…」
「シミュレーションでアスカをこてんぱんにやっつけたのよ」
「あっちゃあ〜今日は顔を会わさんうちににとっとと帰るか」
リツコの言葉に天を仰ぐトウジ。
「…お待たせ」
見るからに不機嫌な顔でアスカが現れた。びくっと背筋を伸ばすトウジ。シンジはちらりとアスカを見たがアスカが視線を合わせようとしないので肩をすくめた。
「詳細はデータの分析後になるけど今日の試験は概ね成功ね」
「概ねとは?」
珍しくカヲルが発言する。
「七号機がシンジくんの動きについていけてないみたいね。動作のフィードバックもやや遅いわ。あと、最後の一突きだけど…」
ミサトはアスカの顔をうかがった。昔なら『バカ!!』の一言でシンジを張り飛ばして帰って行くところだが…
「シンジくん」
「はい」
「あれは実戦ではやらないで」
「どういうことですか?」
「シミュレーションだと七号機のアキレス腱が切断。全身の各部の筋肉組織が断絶。もし、相手を仕留めることはできてもその後身動き一つとれず修理に最低でも1ヶ月以上かかるわ」
「おやおや」
カヲルが相槌をうつ。
「そうですか…やっぱり量産型じゃきついですか…」
「そうね、初号機や弐号機なら別なんだけど…」
「ま、仕方が…わっ!」
いきなり腕を引っ張られて慌てるシンジ。
「ちょっと付き合って!もういいでしょリツコ!?」
「ええいいけど」
「ほら行くわよシンジ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「いってらっしゃい」
カヲルに見送られてシンジとアスカは出ていった。
「どこへいくの?」
「いいから! あ、加持さーん!!」
少し先を歩いていた加持を見つけて呼ぶ。
「よう、お二人さん。テストは終わったのかい?」
「え、ええ…」
「ちょうどよかったわ! 加持さん、ちょっと付き合って!!」
「え?」
「なるほどな」
「まぁ予想された事態ではあったんですが…」
トレーニングウェアに着替えさせられた男二人は訓練所で事の顛末を話し合っていた。
これから何が始まるかは容易に想像がつく。
「というわけで格闘の訓練につきあって!」
予想通りの答えにため息をつく二人。
「しょうがないとりあえず俺が審判をするからシンジくん…」
「え、僕ですか?」
「どのみちいつかはけりをつけとくべきことだ」
渋々、アスカの前に立つシンジ。
昔と違ってアスカとは身長も体重も格差があるのだが外人部隊を殴り倒せるアスカにそんないいわけは通用しない。
「エヴァと同じようにはいかないわよ!!」
アスカは気合い一閃飛び出した。
(…しかし、こうムキになるアスカを見るのも久しぶりだな。昔はよくこうやってシンジくんに突っかかっていたもんだ)
加持はのんきに眺めていた。審判といってもただ見てるだけだ。第一、先程から状況に変化はない。アスカが攻撃してシンジがかわす。それの繰り返しだ。訓練の後のせいかアスカの息は乱れている。適当なところで止めるか…
「ちょっとシンジ! 真面目にやりなさいよ!!」
アスカは立ち止まると肩で息をしながら言った。
「一応、真面目にやってるんだけど…」
対照的にシンジはまったく息が乱れていない。
「少しは攻撃してきたらどうなのよ!」
びしっ、と指さしてアスカが言う。
「僕がアスカを殴れるわけないじゃないか」
素直に答えるシンジ。
「訓練でそんなこと気にしてどうすんのよ!! ぜぇぜぇ」
どうしましょうかと加持を振り返る。
「シンジくん。はっきりとけりをつけろと言っただろう?」
「はぁ、しょうがないな」
一つ息を吐くと、シンジの顔が真剣になる。
やっとやる気になったかと身構えるアスカ。
「行くよ!」
シンジの姿が消えた。
「え?」
気付くとアスカはシンジに抱きかかえられていた。
コツンとシンジに指で額を弾かれる。
「痛っ」
「はい、そこまで」
加持が終了を告げた。
アスカを下ろすシンジ。
アスカは何が起こったのか分からず座り込む。
「これでわかったかい、シンジくんの実力が」
加持に言われて頭が動き出す。
「…うそ」
「嘘じゃないさ。アメリカにいる間みっちりしごいたからな。シンジくんに勝てる奴は世界中を探してもそうはいない。俺も厳しいところだな」
「まだまだですよ」
「ま、そういうことにしとこうか」
そこで加持は表情を改める。
「これはシンジくんの奥の手だ。エヴァのパイロットと言ってもエヴァがなければ一般人、と思って来た奴らを撃退するためのな。当然、重要機密だぞ」
「…もしかして、この前、私を助けに来たのは…」
加持はシンジを見る。
シンジは仕方がないと肩をすくめた。
どのみちこれ以上はアスカに隠しておけない。
最高機密の部分を除いて話すしかない。
「…まぁ想像の通りだ。はっきりいって個人戦闘なら葛城なんかより余程役に立つ兵士だよシンジくんは」
つまり、格闘技のみならず銃火器の使用や武器による戦闘も自分を凌駕しているということだ。
「…アスカ」
シンジが心配そうに顔を見る。
「シンジのくせに…シンジのくせに…」
男二人は耳を両手で塞いだ。
「シンジのくせに生意気よーっ!!!!」
<加持の仕事部屋>
「…で、アスカは?」
「走って出て行きました」
「あらあら…じゃ、今頃はケイジかリツコのところね」
「葛城の所は?」
「私がここにいるのに行ってもしかたないでしょ?」
ミサトとシンジ、加持は加持の部屋でコーヒーを飲んでいた。
部屋は昔使っていた小部屋だ。
立場上、加持にも広いオフィスが与えられるのだが使い勝手の面から加持はここを愛用している。
「しかしよほど悔しかったのね」
「アスカはシンジくんが強いと認めているけど、それは精神的な部分であってそれ以外の表面的な部分は相変わらず自分の方が優れてるって無意識に思っていたんだな」
「学力までばれないことを祈りますよ」
シンジが肩を落として言った。
理由はどうあれアスカを悲しませた事がつらいらしい。
「そんなに気落ちしなくてもすぐにシンジくんに惚れなおすさ」
「そ〜よ、昔のアスカとは違うんだから」
<リツコの部屋>
「で、私に愚痴を聞いてもらいに来たの?」
「ぶ〜っ。何よリツコまで」
膨れた顔でリツコを見るアスカ。
リツコはアスカにコーヒーの入ったマグカップを渡す。
「だってこれはパワーバランスの問題よ。シンジが…その、芯の所で強いのはいいけど…それ以外は私の方が上じゃないと駄目なの!」
「格闘技は体力、体格的に勝る男性の方が強いのは仕方ないんじゃないかしら?」
「…百歩譲ってそれは認めても加持さんの口振りだと格闘技だけじゃないみたいだし…」
「そうね。おまけにシンジくんは頭の方も…あ、言ってよかったのかしら?」
そういってアスカを見る。
目が三角形である。
はっきり言って怖い。
「…ア、アスカ?」
「リ〜ツ〜コ。どういうことか聞かせてもらいましょうか」
「…シクシク。レイ、みんなでアタシのこといじめるのよ…」
レイに愚痴をこぼすアスカ。
(…ちょ、ちょっと失敗したわね。)
何のことはない。シンジが大学を数校卒業し、各分野の修士や博士号をとっているという話をしたのだ。
案の定、アスカは落ち込んだ。
バックには縦線が入っている。
はっきりいって暗い。
「レイだけはアタシの味方よね…ってアンタはどうせシンジの味方か、ま、しょうがないわね」
「キャッキャッ」
<再び加持の部屋>
『作戦部葛城一佐、作戦部葛城一佐。至急、技術部赤木博士の所へ出頭して下さい』
「ほら当たりよ」
カップをおいてミサトが言った。
「リっちゃんも匙を投げたか、これは怖いな」
「ほらシンジくん行くわよ」
「やっやっぱり行くんですか?」
「逃げんじゃないわよ」
「はぁ〜」
逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ…懐かしい呪文を唱えてシンジは席を立った。
<十数分後、リツコの部屋>
「…女心は複雑だな」
「…昔、加持さんが言ってた言葉の意味が最近よく分かります」
「な、女性は向こう岸の存在だろう?」
加持とシンジはしみじみと話し合う。
「作戦失敗か…」
「ま、しょうがないわね…」
ネルフの実務責任者とも言える二人の女性は自分たちのミスを冷静に分析していた。
数分前、レイ相手に愚痴をこぼすというアスカの姿にびびったミサトではあったが果敢に説得を試みた。
「もういいわよっ!!」
あえなく失敗。むしろ悪化させた気がする。
結局、その日アスカは家に帰っても自室にこもりっぱなしであった。
『アタシの許可無く厨房を使っちゃ駄目!』
という言いつけをシンジが律儀に守った為、ミサトとシンジの夕食は久しぶりにインスタント食品であった。
アスカは月を見ていた。
月を見ていると少女を思い出す。
少女はいつもの無表情。
赤い瞳がアスカを見つめていた。
「わかってるわよレイ。アタシもシンジが強くなったのはうれしいわ。でもね…」
そういって布団をかぶる。
「悔しいじゃない…」