<5時間目 屋上にて自習>

 

 

「さて、それじゃみんなで考えよう」

一人冷静なカヲルが座っている6人に対して言った。

「問題は二つ。シンジ君はなぜ惣流さんにああいう態度をとっているのか?

 そしてそれをやめさせるにはどうしたらよいか? これでいいね?」

「とりあえずぶん殴って惣流にわびを入れさせるんじゃあかんのか?」

「鈴原!」

「…あんたじゃ無理よ」

ぼそりとアスカが言った。

「どういうことだい?」

「シンジは白兵戦だってアタシなんかより遙かに強いの。鈴原なんか瞬殺されるわ…」

そしてまたうつむく。

「なるほどね」

「もっともシンジの場合、黙って殴られるという線もあるね」

「せやな…」

トウジもうつむく。

「話を戻そうか。まずシンジ君は惣流さんに何をしているのか理解している筈だ」

「わかってなくてやってても許せないけど、わかっててやってるなら尚更許せないわね」

マナのバックに炎が燃え上がる。

「マ、マナさん落ち着いて下さい。

 ねえ渚君。じゃあ碇君はなぜわかっててこんなことをしているんでしょうか? 碇君って人にそういう事をされるよりそういう事をする方がよっぽどつらいって人じゃないかと思います」

「そうね。碇君って人を傷つけるくらいなら自分が傷つく方がいいってタイプよね」

「………」

「どうしたトウジ?」

トウジの表情に気付いたケンスケが声をかける。

「うん? …ああちょっと昔のことをな」

シンジは人を殺すくらいなら自分が死んだ方がいい、そう言って自分の乗ったエヴァへの攻撃を拒否したとトウジは聞いていた。

「だから僕たちは…いや、惣流さんは考えなくてはいけない。なぜシンジ君は自分を苦しめてまで君に辛く当たるのか」

「………」

カヲルの言葉にだんだん頭が冴えてくるアスカ。

正常に回転を始めれば他者の及ぶところではない。

間もなく一つの結論に行き着く。

「…シンジは私に怒ってるの?」

「おそらくね」

アスカの推測を裏付けるカヲル。

「怒るって何に?」

「いつもさんざんな目にあってもセンセは怒ったりせんやろ?」

「そうじゃなきゃ惣流の彼氏はつとまらないしね」

「じゃあ、余程のことがあったのね…」

「アスカさん、何か心当たりあります?」

みんなに問われて考え込むアスカ。

「昨日、テスト前まではいつもどおりだったね」

カヲルが思考の助けをしようと口を挟む。

「せやな。あの後どっちかちゅうと惣流の方が機嫌が悪かったな」

「どうして?」

「ああ、テストでシンジが惣流に勝ったんや」

「そうなのアスカ?」

「…うん。エヴァの格闘で負けて、その後、生身でも負けて、個人戦闘の技術も学力も何もかもアタシより上だった」

「学力っていいますと?」

「…アタシは一ヶ所しか大学卒業してないけどシンジはアメリカでも一流の大学を何校も卒業してるの。博士号も持ってるわ」

「うそ…」

マナが一同を代弁していった。

「…あんまり悔しかったんで昨日は何もせず部屋にずっと閉じこもってたわ…」

「…アスカ」

「ううん、いいの。シンジがアタシより優れた男だってのはうれしいことだもの」

「言ってくれるわねぇ」

「だから、今朝はいつもどおりの私に戻ってシンジに接したんだけど…」

「朝のシンジ君の様子はどうだったんだい?」

「普通通り…ううん、たぶん心配してくれてたんだと思う。アタシがおはようって言ったらいつもよりうれしそうに笑ってた」

「あ〜朝からお熱いことで」

「なんややってられへんなってきたな」

「ちょっと二人とも!」

「ふむ。で、その後は?」

「朝食を食べて、学校に行こうとしたらシンジがいなかった…」

再びどっと落ち込むアスカ。

「なるほど。ではシンジ君が怒るきっかけは朝食中から家を出るまでということだね」

カヲルは腕を組んだ。

 

 

<リツコの部屋>

 

リツコはコーヒーを飲みつつモニターを見ていた。

画面には量産型エヴァの筋肉組織組成図が表示されている。

プルルル。

コール一回で受話器を取る。

相手は予想通りの人物であった。

『…で、シンジくんは?』

単刀直入に聞くミサト。

リツコは部屋の隅に視線を移す。

「腕を組んでレイとにらめっこしてるわ。さすがにレイもちょっと怖がってるみたいね」

『あらあら…』

電話の向こうで苦笑するミサト。

「一応、自分が何をしてるのかはわかっているそうよ」

『それはそれで問題ね…』

「さすがにつらそうだけどね」

『ま、無理もないわね。シンジくんにとってわざと人につらく当たるなんて苦痛以外の何ものでもないもの』

「それでもやるというんだから、今回は私たちが口出しできる問題じゃないわね」

『そうね。…何なら今日はそっちに泊まってもらう?』

「あらミサト。息子の面倒はちゃんと見てくれないと駄目じゃない」

『ちっ』

「たぶん今日一日の辛抱よ」

『そうね、明日はきっといつもよりアツアツのカップルに戻ってるわ』

 

「…はあ、ごめんねレイ」

「?」

シンジは昨日のアスカのようにレイに愚痴をこぼしていた。

馬鹿なことをしているという自覚があるだけに余計辛い。

(…碇シンジ。お前は何をやっているんだ?)

 

 

 

「じゃあ朝食の時はどんなだったの?」

マナがアスカに尋ねた。

「えーと」

 

 

<葛城家 朝の食卓>

 

ビールを空けながらミサトが言った。

「で、アスカ復活したの?」

「…ひっかかる言い方ね」

「事実でしょ」

にへらにへらと笑うミサト。

「…き、昨日は悪かったわよ」

一応、心配してたのだとわかっているので答えるアスカ。

「気にすることないよアスカ」

「あ〜らシンちゃんは優しいわね〜。良かったわね〜アスカ」

赤くなるアスカ。だが開き直ったかのように顔を上げると口を開いた。

「ふん、そりゃそうよシンジは私と違って優秀だから余裕があるのよ」

「…それはちょっと」

シンジが少し困ったような表情をする。

「あら、アスカも変わったわね〜」

「…ミサトさん」

シンジは本式に困った表情を浮かべる。

「ま、どうせ何をやってもシンジにはかなわないんだから仕方ないじゃない。

 でも、ミサトと違って家事が出来る私はシンジに奉仕できるの」

「悪かったわね、家事能力が無くて」

いつものように喧嘩が始まる空気だ。

「さぁシンジ何でも命令していいのよ。炊事、洗濯、掃除なんでもござれよ」

「………」

シンジの顔が険しくなるが、アスカは気付かない。

「遠慮せずこき使ってね。どうせ私にはせいぜいそのくらいの価値しかないんだから」

「…ごちそうさま」

ガタッとシンジは立ち上がった。

「あれ、今日は小食ね」

見当違いの事を言っているのに気付かないアスカ。

シンジはさっさと自分の部屋に消えた。

「なんかあったのかしら?」

「新しいケンカの仲裁方法かしら?」

シンジに鈍い鈍いと言いつつも人の事は言えない姉妹であった。

 

 

うなずくカヲル。

「ふむ。なるほどね」

「結局、何だったのかしら?」

カヲルはわかったようだがマユミは首をひねる。

「「「うーん」」」

マナ、ケンスケ、トウジも右にならう。

「アスカ、わかった?」

答えを見つけたヒカリがアスカに言った。

「………たぶん」

アスカがか細い声で言った。

「どういうこと?」

マナが尋ねる。

言ってもいい? と目で尋ねるヒカリ。

「…アタシが話すわ」

「そう」

 

「…昔シンジに負けた時…ショックだったわ。私は人類を守るエースパイロット、選ばれたエリート、それが私の存在理由だと思ってたから。私はそれに…エヴァのエースパイロットということにしがみついて生きてたの。だからシンジに負けた後…負けたと思いこんだ後はもうぼろぼろ…シンクロ率も下がる一方。私に価値なんか無いんだ、私はもう誰にも必要とされないんだ。そう思いこんでた時に使徒の精神攻撃が追い打ちをかけてきたの。

 そしてアタシの心は壊れた…」

みんなはアスカの告白を静かに聞いていた。

「サードインパクトの直前にアタシは死にたくないって思って初めてエヴァと心を交わせた。

 そしてアタシはもう一度立ち上がって戦うことが出来た。

 …でも、だめだった。敵のエヴァに負けて身も心も砕かれた。

 あのままだったら私も消えてたわね」

カヲルは一人離れたところに立ち、目を閉じて風を感じていた。

「…でもシンジが来てくれた。いつもシンジはアタシの心にいつのまにか入ってくるの。

 シンジの心に触れて…シンジの過去、シンジの哀しみ、シンジの苦しみを知った。

 アタシなんかよりよっぽど辛い目に遭っているのにシンジは私を救うために必死だった。

 そして…」

 

…そして私は帰ってきた。

 

「シンジが怒っているのはアタシが自分を卑下するような事を言ったから。

 アタシが自分には価値がないなんて言ったから…」

「…そんなことがあったんだ」

「アスカ…マユミ?」

マユミは滝のように涙を流していた。

「ウルウル、よかったですねアスカさん」

「ちょ、ちょっと泣かないでよマユミ!」

慌ててマユミをなだめるアスカを見ながらケンスケとトウジは言葉を交わす。

「…シンジらしいな」

「…せやな。人のことばっか気にしよる」

 

「では、問題は解決だね」

「え?」

カヲルは笑顔で言った。

「シンジ君は君のために怒っている。君が謝ればシンジ君はすぐに許してくれるさ」

「そやな」

「そうね」

あっさりうなずくトウジとヒカリ。

アスカはもじもじとしている。

「どうしたのよアスカ」

「…でも、顔も見てくれないのに話を聞いてくれるかしら?」

「………」

マナの額に青筋が浮かぶ。何やらオーラも立ち上っているような気がする。

「ま、マナさん?」

マユミが声を掛けた瞬間マナは爆発した。

「いーかげんにしなさい!! いつものあんたはどこにいったの!?

 そういう態度がシンジを怒らせてるってわかんないの!

 あんたは泣く子も黙る惣流アスカラングレーでしょ!

 無理矢理にでも顔を向けさせて何が何でも話を聞かせるのよ!!」

「それはそれでひどい話やな」

「だね」

「二人とも!」

ヒカリに怒鳴られて肩をすくめるトウジとケンスケ。

「ここからは君たち二人の問題だ。ま、がんばるんだね。君がしっかりしないとシンジ君がどっかに行っちゃうかも知れないよ」

「!?」

 

(…シンジがいなくなる? そんなことは自分には耐えられない!)

 

『…忘れないでね』

 

「レイ!?」

突如、立ち上がって叫ぶアスカ。

何事かと驚く一同の中、例によって一人落ち着いているカヲル。

アスカは周囲を見回したが、レイの気配はない。

「ア、アスカ大丈夫?」

「………」

アスカはふっと息を吐いた。

(…全くあんたってシンジに負けず劣らずのお人好しね。オーケーわかったわ。)

「帰る」

そう言うとアスカはすたすたと校舎の中に消えた。

後には訳がわからない友人達が取り残される。

トウジが一同のココロを代弁して言った。

「…なんやねん一体」

 

 

 

最終パート