<葛城家 夜>
アスカは待ちくたびれてテーブルに突っ伏していた。
まだ制服のまま着替えておらずテーブルの上には鞄が転がっている。
プシュー
ガチャン
玄関のドアが開いて閉じたがアスカは気付かない。
玄関から入ってきた人物はアスカを一瞥するとリビングを出ていく。
再びリビングに姿を見せたときには手にタオルケットを持っていた。
そのタオルケットをアスカの肩に掛けてから顔をのぞき込む。
アスカがすやすやと眠っているのを確認すると電気を消して自分の部屋に消えた。
「う…う、うん?」
目を覚ましたアスカは部屋が真っ暗なのに気付く。
ゆっくり背中を起こすと肩から何かが落ちた。
「?」
電気のスイッチまでたどりつき電気をつける。
「10時ぃ〜?」
時計の針が時間の経過を示していた。
「ふわぁ〜あ」
体を伸ばす。のばしきったところで後ろにタオルケットが落ちているのに気付いた。
さっき肩から落ちたものとわかる。無論、自分が用意した覚えはない。
ミサトはそんなに気が利かない。消去法により犯人が導き出される。
「あったかい…」
タオルケットを拾うと頬をすり寄せた。
『シンちゃんのお部屋』
ミサトのかいたプレートが襖につるされている。
すーっと息を吸い込む。
(…よし!)
「…シンジ? 帰ってるんでしょ、入ってもいい?」
「………」
返事はない。決心がゆるみかかるが右手に握ったタオルケットが力をくれる。
「入るわよ」
襖を開けて部屋に入る。
部屋の中は真っ暗だ。
「シンジ。聞いて欲しいことがあるの」
「………」
シンジは答えない。
寝ていないのは気配で分かる。
S−DATも聞いていないしパジャマに着替えてもいない。
「…その、朝はごめんなさい。アタシが馬鹿だったわ、あんなことを言うなんてね。でも、あんな事は冗談でも二度と言わない」
「………」
「だって私はシンジが好きになってくれた女の子だもの。私は私、惣流アスカラングレー。
…だか…だから、私のこと無視しないで。シンジに無視されたら私…私…ひっく」
泣かないと決めていたのに涙があふれ声がもれる。
(…駄目よ! 泣き落としなんて!)
紅い瞳の少女の面影を思いだし力をふりしぼる。
「お願いだから、私のこと見て、私のこと振り向いて。私のこと怒ってもいいから、私のこと嫌いになってもいいから、無視だけはしないで!」
そこまで言うと、アスカは声を押し殺して泣き出した。
「………」
ガバッ
シンジは起きあがるとアスカの横を通り過ぎていった。
そのままリビングに行ったらしく何やらごそごそしている音が聞こえる。
「?」
アスカは涙を拭うとシンジの後を追った。そこで目を丸くする。
「…何やってんのシンジ」
「見ればわかるだろ」
「…お弁当を食べてる」
「わかってるじゃないか」
怒った様に言うと食事に戻るシンジ。
何のことはない。テーブルに置きっぱなしだったアスカの荷物から自分の分の弁当を取り出し食べているのだ。
「…どうして」
「おなかが空いてるんだよ」
「…どうして」
「何も食べてないから」
「…どうして」
「…お昼はアスカのお弁当って決めてるんだ」
少し赤くなってシンジが言った。
「…晩御飯は?」
「食べてない」
「…どうして」
アスカは涙を流しながらも笑って聞いた。
「言わなくてもいいだろ」
「…聞きたい」
「…夜はアスカの手料理って決めてるんだ。だから早く作って…わっ!!」
アスカはシンジの首に飛びついた。食べかけの弁当が宙に舞う。
「ちょっちょっとアスカ!?」
慌てるシンジ。
(…シンジが見てくれる。シンジが返事してくれる。ただそれだけで何て幸せなんだろう)
「…大好きシンジ」
そう呟くとシンジが抱きしめてくれた。
「…暖かい」
「…ごめん、アスカ」
シンジが謝るとアスカが涙目で睨んだ。
「あんたって強くなっても本質的なところが全然進歩しないわね」
「そ、そうかな?」
(結構、変わったつもりなんだけどな〜)
「そうよ。謝るのは私…ごめんねシンジ、辛い思いさせて。私も辛かったけどシンジも辛かったんでしょ?それとも私のうぬぼれかな」
「うん、つらかった」
シンジは素直に言った。
「世界中であんたぐらいよ。この私を泣かせられるのは」
「うん、そうだね」
「バカ」
「うん」
そう言って二人は笑った。
「えーこほん」
咳払いが聞こえてびくっとする二人。
とっさにシンジは離れようとしたがアスカはシンジを放さなかった。
「…いったいなにやってるのよ」
「え、えーと」
うまく頭が回らないシンジ。
(…なーにやってんだか、心配して損した。)
ほっとしたような腹が立つようなミサト。
「端から見るとアスカがシンちゃんを押し倒して襲ってるように見えるんだけど…」
「し、失礼ね。別に押し倒…したような気もするけど、襲ってなんか無いわよ」
「ま、確かにシンちゃんならいつでも逃げ出せるわね。じゃ、合意の上かしらん?」
「ご、合意の上?」
「馬鹿!」
赤くなってシンジを黙らせるアスカ。
「ははーん、アスカ何を考えてるのかな〜?」
「べ、べつに何も考えてないわよ。そ、そうだシンジおなかが空いてるのよね。すぐになんか作るわ。悪いけどここ片づけといて!」
アスカはまくし立てるとシンジを解放しリビングから走り去った。
それを見送った後でミサトは口を開く。
「…で、シンちゃん。うまくいった?」
「…ええ荒療治だった気もしますけど」
照れくさそうに頭をかくシンジ。
「まったく、無理するんだから」
「わわっ、ミサトさん!?」
ミサトに抱きつかれて慌てるシンジ。
「あーらシンちゃん。アスカ以外の女は抱きついちゃ駄目?」
「駄目とかそーいう問題じゃなくて!」
懸命に脱出を図るシンジだが慌ててるためうまくいかない。
「あーっ! ミサト何やってんのよ!!」
着替えたアスカがその光景を見て叫ぶ。
「なーに? ちょっとくらいいいじゃない」
「いいわけないでしょ! 離れなさいよ!!」
そういってシンジを引っ張る。
「ちょっちょっとアスカ!」
「ちょっと! シンちゃんの首がとれるわよ!」
「だったらミサトが放しなさいよ!」
「姉と弟のちょっとしたスキンシップじゃない!」
「ミサトが言っても説得力に欠けるのよ!」
「く、苦しい…」
「ほらシンちゃんもこう言ってるじゃない!」
「シンジはアタシのなんだから返しなさい!!」
パッ
アスカの言葉を聞いた途端にミサトは手を離した。
「うわっ!」
「きゃっ!」
もんどりうってころがる二人。
「あら〜抱き合っちゃって仲がいいわね〜」
にやにやとミサト。
「い、今のはちょっとひどいですよミサトさん…」
「あ、あんたって奴は…」
「だってアスカがシンちゃんは自分のものだっていうから返してあげたんじゃない。文句ある?」
いけしゃあしゃあというミサトに反論できないアスカ。
「さぁてお風呂お風呂。今日のご飯はなっにかな〜」
意気揚々と自分の部屋に引き上げるミサト。
「あんの女は〜!!」
頭から湯気を出さんばかりに怒っているアスカを見て思わず笑いがこぼれるシンジ。
「ちょっと何よシンジ」
「はははは、ごめんごめん」
「笑いながら謝っても誠意が感じられないわね」
だが、懸命に笑いをこらえるシンジを見て自分も笑い出すアスカ。
「ふふふふ」
「はははは」
次第に二人の笑いが家中に満ちる。
二人の笑い声を聞きながらミサトは湯船に浸かった。
「いい湯だなっと♪」
<翌朝 通学路>
ヒカリはいつもより少し早く待ち合わせ場所に着いた。
腕時計を見る。
あの二人が来るにはもうしばらくかかるだろう。
そう思っていたのだが、予想より早く二人は現れた。
「………」
ヒカリは嬉しいやらうらやましいやら複雑な気持ちで二人を見た。
アスカはいつもと違って腕を組むのではなくシンジの身体に両手を回し腕に頬をすり寄せながら現れた。さすがのシンジも困った顔をしている。
「あ…お、おはよう委員長」
「お、おはよう碇君、アスカ」
「おはよっヒカリ!」
昨日とうってかわって花が咲いたような笑顔で挨拶するアスカ。
(…仲直りしたのって聞くだけ野暮ね)
<昼休み>
「はーい、あーんして」
「い、いいよアスカ」
クラス一同がしらけて見てる前でシンジとアスカは仲良く弁当を食べている。
今日はなぜか二段重ねの重箱だった。
二人で一つのお弁当である。
「私が食べさせてあげるってば」
アスカはだし巻き卵をもったままの箸をつきつける。
(…アスカ。元気になったのはいいんだけどちょっとやりすぎじゃない?)
ヒカリとマユミは困惑気味の顔である。
マナとトウジはとっとと二人のことを無視して弁当を食べている。
ケンスケは食事もそっちのけで撮影にいそしんでいる。
カヲルは相変わらず何事も無いかのようにコーヒー牛乳を飲んでいる。
「…食べてくれないと泣くわよ」
「………」
アスカの脅しに屈するシンジ。
「はい、あーん」
「はい」
ぱくりとシンジが口に入れる。アスカは幸せそうにシンジを見ている。
「おいしい?」
「うん、おいしい」
答えないと泣くわよ、と言われるのは目に見えているので赤くなりながらも答える。
「よかった! じゃ、次これね」
クラスメートのほとんどが青筋を立てたり羨望の眼差しで見たりしているのだがアスカは気付きもしない。
ヒカリはため息をつくと言った。
「アスカ幸せ?」
「うん、とっても!」
アスカは輝かんばかりの笑顔で答えた。