<葛城家、食卓>
「ふーん。ま、いいけどさ。学校に行っている間はどうする気?」
レイの件を聞かされたアスカは当然考慮すべき内容を質問した。
「あ…」
「そーいやそーね」
全く考えていなかった二人。
相変わらずどこか抜けている。
案外これでバランスがとれているのかもしれない。
「さすがに高校に託児所はないわよ」
アスカが言わずもがなのことを言う。
「あたしが預かろうにもねぇ」
腕を組むミサト。ミサト自身も忙しくなるのだ。何よりミサトに任せておいたらどうなるかわかったものではない。
「…じゃ、仕方ないですね。僕がしばらく学校を休みます」
しばらく考えた後シンジはそう言った。
「え?」
「そーね。悪いけどそれしかないか」
ミサトもうなずく。
最近はそうでもないとはいえ昔はネルフがらみでさんざん学校を休んでいた。
それにくらべれば今回は家庭の事情、よっぽどマシである。
「自分の妹の面倒を見るのは当然ですよ。みんなに何日か会えないのは残念だけど」
「ま、シンちゃんなら勉強の心配だけはないしね〜」
アスカは二人の会話をよそに考え込んでいた。そして、
「じゃ、私も休む」
「「え?」」
「シンジだけに任せておけないわ。それに2歳とはいえ女の子なんだから」
もっともらしく言葉をならべていく。
「でも、悪いよ」
「何言ってんの。レイには私だって世話になってんの。だから面倒を見るのは当然よ」
「世話にって?」
「ミサトもそれでいいでしょ?」
シンジを無視してミサトに確認する。
「ええ。そりゃかまわないけど…」
「じゃ、決まりね」
(…僕の意志は?)
相変わらず女性が強い葛城家であった。
<2−A 教室>
「それでセンセと惣流が休んどるんか」
ヒカリから事情を聞いたトウジが言った。
朝、二人がそろって休みだったのにミサトの様子には変わりなく何事かと思っていたのである。
「それは仕方ないわね〜」
マナは少しつまらなそうに言った。
「あら、なにか不満そうね?」
「だってあの二人がいるのといないのとじゃ騒々しさがひと味違うでしょ?」
「それは言えるね。二人のファンも今日はおとなしいし…」
ケンスケはのんびりとカメラのレンズを拭いている。二人がいないのでカメラの手入れをすることにしたようだ。
「二人のファン、というのはどういうことだい?」
カヲルが微妙なニュアンスの違いに気づいて尋ねる。
ケンスケはニヤリと笑う。
「あぁわかった? 実はうちの学校にはあの二人に関する3系統のファンがいるのさ。
まずは入学してから未だ増加の一途をたどる惣流のファン。ほとんど男子だけど一部女子が混じってるのはご愛敬だね」
ヒカリがジト目で見た。何か言いたいことがあるらしい。
「二つ目はシンジが帰ってきた時からのシンジのファン。追っかけだけじゃなく潜伏しているおとなしいグループもいてさすがに俺も完全には把握できてない」
「あんたって何者よ?」
マナもヒカリと同じくジト目で見る。
「で、最後が最近現れだしたシンジとアスカのカップルのファン。アイドルとか有名人とかのカップルってみんな注目するだろ?あれと同じだよ。まあ二人にちょっかいを出すこともないから一番まともだよ」
「…するとケンスケはその3グループにまんべんなく写真を売り歩いとるっちゅうことやな?」
トウジもジト目になる。
「ははははは、二人のおかげで資金には困らないよ」
「相田君の商魂には感服するね」
カヲルは微笑んだ。
「…とに何やってんだか」
「先生たちに取り締まってもらおうかしら」
「ああそれは無理だよ委員長」
「どうして?」
「だって、一番のお得意様はミサト先生だからね」
「…は?」
ヒカリが間抜けな声を上げる。
「だから、どんな写真も一度ミサト先生に見せて検閲してもらってるんだ。もちろんミサト先生がほしがったら無料で進呈してるし」
「そりゃ賄賂っちゅうんや」
トウジがあきれて言った。
「そ、そんな…」
「おちついてヒカリ! まだ、あなたには伊吹先生という最強の味方がいるじゃない!」
「そ、そうね。伊吹先生なら…」
自分をとりもどすヒカリ。
「さすがに伊吹先生には賄賂は通じない…って言いたい所なんだけど、伊吹先生は二人のファンでね」
ケンスケが楽しそうに言った。
「「へ?」」
「だから二人の幸せそうにしている写真が好きなんだよ、伊吹先生。二人の微笑ましい光景を見てると心が和むとか、幸せがあふれてて元気を分けてもらえるとか言ってたな」
ケンスケがとどめを刺す。
「そ…そんな」
がっくりと肩を落とすヒカリ。
「ヒ、ヒカリ! 気をしっかり持つのよ!」
「ちなみに二人の写真の一番のお得意様はそこに座ってるよ」
「「え?」」
二人がケンスケの指さす方を向くとマユミが幸せそうに写真を見ていた。
「…あら? みなさんどうかなさいました?」
視線に気づくマユミ。
「マ、マユミ。あなた…」
「そ、そんなマユミが…」
「え? え?」
「やれやれしゃーないのー」
少女たちの喧噪をよそにトウジはカヲルを窓際に誘った。
「なんだい鈴原君?」
「なにってわかっとるやろ?」
「?」
カヲルが不思議そうな顔をする。
「はぁ。お前ってホンマかウソかわからへんから始末に弱るな」
「ほめられたと思っておくよ」
にっこり笑うカヲル。
「…いくらわいが阿呆でもわかる。なんかあるんか?」
なんかあったのか? とは聞かない。これから何があるのか、だ。
「…推測していることはあるけど、それが真実とは限らないからね。
しがないパイロットとしては命令を待つだけだよ」
「…なんかはぐらかされたような気もすんが、まあもっともな話やな」
「そんな暗い話は置いておいて、どうだい?」
「なんや?」
「子育て真っ最中のお二人を見に行くというのは?」
カヲルは悪戯っぽく笑った。
<葛城家 リビング>
午後、二人は何をするでもなくぼーっと過ごしていた。
レイはアスカの腕の中ですやすやと眠っている。
二人もこのまま眠ってしまおうかと考えていた。
「…どうかしたの?」
アスカがふと聞いた。
「え?」
「だってさっきからずっとこっちを見てるじゃない。そんなにレイが気になる?」
シンジは頭をかいた。
(…そんなに見てたつもりはないんだけどな。)
「レイじゃなくて、そのアスカが…」
「私がどうかしたの?」
「えーとなんていうか…お母さんって感じがして」
「え…えぇっ?」
思わず焦るアスカ。
「そんな感じにもなるんだ。なんかいいなって思って…」
「ちょ、ちょっと恥ずかしくなるようなこと言わないでよ」
照れるアスカ。それを見てシンジも自分の言った意味に気づき照れる。
まだまだ微笑ましい二人だった。
ピーンポーン
ベルが鳴ると反射的に二人は玄関に向かった。
「「はーい」」
返事がしてドアが開くと思わず5人、もとい4人は固まった。
「「ああ(あら)、みんないらっしゃい」」
毎度ながら完璧なユニゾン。
それはいいのだが、アスカは眠っているレイを抱いたままだった。そう、それはまるで…
「やぁ親子みたいだね、3人とも」
カヲルが口を開くと我に返る一同。
やはり最初に動いたのはケンスケだった。
「いかーん! カメラ、カメラ!!」
あわてて鞄を開いて商売道具を取り出す。
「なんやもう所帯持ちかいな…」
「二人の数年後ってまさにこうなのかしら?」
トウジとマナが感想を述べる。
「…う、うう」
同感なので何も言えないヒカリ。
例によってマユミは遠い世界に行っている。
そこでシンジとアスカも状況に気づく。
「「ちょ、ちょっと所帯って」」
「相も変わらずイヤーンな感じぃ!」
デジタルビデオを回しながらケンスケ。
「邪魔すんのもなんやし今日は帰るか」
「そーね」
「「ちょっとトウジ(マナ)!!」」
ひたすらユニゾンの二人。説得力のかけらもない。
「おや、おめざめだね」
そこへ救いの手がさしのべられた。レイが目をさましたのである。
「ごめんねレイ起こしちゃった?」
「あーよしよし、変な奴らが来たせいね」
レイをあやすシンジとアスカ。
やはりどっから見ても赤ん坊を抱えた若夫婦である。
「…生きててよかった」
マユミがぽつりと言った。
「「マ〜ユ〜ミ〜」」