【新世界エヴァンゲリオン】

 

 

 

 

<シンジの部屋>

 

 

午前6時45分。

シンジはベッドに腰掛けていた。

台所の方からは今日も元気にアスカが働いている音が聞こえてくる。

主人たるミサトはまだ布団の中で高いびきだろうか?

いつも通りのほのぼのとした時間。

だが今朝のシンジの顔は真剣だった。

それは手にしている携帯電話から聞こえる内容のためだ。

「…はい、はい。そうですか…。ではやはり僕も…」

シンジの提案を予想していたのか電話の相手が返事を返す。

『気持ちは嬉しいが今の君の仕事はパイロットのガードだ。君の手伝いがいるときにはそう言うよ』

「ですが…」

『今のうちくらい高校生活を楽しむんだな。第一、こっちの仕事ばかりしているとアスカにばれるぞ』

相手の声がからかうような響きを帯びる。

「…それもそうですね。この前みたいに落ち込むことはないでしょうが…」

『「なんであんたはアタシに隠し事ばかりしてるのよ!!」ぐらいは言いそうだな』

「ははは、笑えませんね」

ひとしきり笑った後お互い真剣な口調に戻る。

『冗談はさておきそちらに手が回る可能性は高い。他の二人はともかくアスカとはなるべく一緒にいるんだな』

「わかりました。でもこれって公私混同しているような…」

『せっかくだ、仲良くするんだな。じゃ、また連絡する。葛城にもよろしくな』

電話が切れるとシンジはため息をついた。

(…ため息を一つつくと幸せが一つ逃げていく、か)

 

 

「…だそうです」

「ふーん」

眠そうな顔のままでミサトはうなずいた。

もっとも頭の方は覚めている。

ちらりと忙しそうなアスカを見るがアスカの耳には入ってないようでせわしく動いている。

プシュッ

エビチュをあけてゆっくり飲む。

「ま、あたしも加持の意見には賛成ね。シンジくんがちょー腕利きなのはわかるけどいきなりイレギュラーが参加すると組織ってのは混乱するからね〜」

伊達に指揮官やってないわよという顔で言うミサト。

シンジも同感なので反論しない。

「いざとなりゃ加持も呼ぶわよ。隠し玉ってとこね。そ〜れ〜に〜」

ミサトの顔が切り替わる。

「シンちゃんはアスカを守んなきゃね〜」

「おっしゃる通りですけど、何か引っかかりますね」

(…ああ、また始まる)

諦めにも似た気持ちで身構えるシンジ。

「だってぇ〜」

ガンッ

荒々しくサラダの入ったボールが置かれた。

「ミサト! せめて朝食の用意ができるまで待てないの!?」

「あ…」

手の中のエビチュを見る。

「今夜は1本迄ね」

「あ、アスカ! 後生だからそれだけは勘弁して!」

アスカの手をヒシッととって哀願するミサト。

「何言ってんのよ! これでもアル中のあんたのことを考えて1本は飲んでもいいと言ってあげてるのよ!」

「しょ、しょんなぁ〜」

台所を制する者が家を制す。

ますます家長としての権威を失っていくミサトであった。

「まあまあアスカ、ミサトさんも反省していることだし…」

「甘ーい!! 今のうちにみっちりしつけておかなくてどうするのシンジ! 加持さんの所にお嫁に出すのに恥ずかしくない女に教育しなおすのよ!」

「な、なんか違う…」

「あらアスカ、まだ当分は無理よ。加持の方も仕事が落ち着くのにかなりかかるだろうし」

「…それは加持さんの方にも問題があるわね」

腕を組んでうなるアスカ。

「それより先にアスカをリツコの所にお嫁に出すことになるかもね〜」

「なっなんでアタシがリツコの所に…」

(…相変わらず切り返しがうまいなあミサトさん。)

シンジは作戦部長としての能力がこんなことに浪費されるのをどう考えるべきか思い悩む。

「だってぇ、シンちゃんと結婚するならリツコが姑でしょ?」

「け…け…」

「あらぁ? 今更恥ずかしがらなくてもいいじゃない。ほら、シンちゃんも平然としてるし」

たしかにシンジの顔は赤くなっていない。

「…さすがに免疫がついたんですよ。先にアスカの方が真っ赤になると逆に落ち着くようになりました」

「ちょっち悔しいわね…あ、でもシンちゃんの方から攻めれば二人とも落とせるってことよね」

「………」

どうやら作戦部長としての頭脳は働きたくて仕方がないようである。

結局ミサトは思考能力の低下したアスカ相手にビール3本までの譲歩を取り付けたのだった。

 

 

 

 

 

【第拾参話 動き出す時計】