<2−A教室>

 

 

「…生徒会役員?」

「…ですか?」

アスカとシンジが確認した。

試験明け初日。彼らの元を訪れたのは3年生の現生徒会長だった。

「そうだ。二人に生徒会の推薦候補として選挙に出てもらいたい」

しっかり者と評判の生徒会長は眼鏡を持ち上げるとそう言った。

「なんでアタシ達なの?」

アスカが当然の疑問を口にする。予期された質問だったので回答も淀みない。

「まず第一に3年生には大学受験が控えている。受験勉強をしながら生徒会活動を行うのは難しい。自然、生徒会活動を行うのは学力に余裕のある者が多くなる」

確かにシンジとアスカに受験勉強の必要はまったくない。

「次に生徒会の推薦は他に立候補者がいない場合に当選してもらうことを考慮して行うものだ。だからまず全校生徒にそれなりの知名度と人気がなければならない」

これも満たしている。はっきり言って二人のことを知らない生徒はいないだろう。人気の方もいまだにうなぎのぼりである。

「そしてしっかりとした計画、決断能力。各種実務能力等々も必要とされる」

いずれにしても二人に勝る者はいないだろう。高校の生徒会にはもったいない人材である。

「というわけで後は二人の意志次第なんだが?」

一方的な話ではあったものの二人に対しあくまで対等に、かつ理論的にも整合のとれた話し方であったため二人は好感を持った。

が、それはそれ。二人はなによりもまずエヴァのパイロットである。

「…せっかくのお話ですが僕たちは別方面で時間を制約されることが多々あります」

シンジが話を切りだした。だが、相手も引き下がらない。

「多少の事は僕も噂に聞いているよ。だけど、二人にお願いしたいのは生徒会長と副会長だ。補佐する人間は十分にいるよ」

「ふーん。さすがにアタシ達に頼むだけあってぬかりは無いようね?」

アスカが言った。口調は偉そうだが少し感心しているのである。相変わらずシンジ以外には素直でない。

「どうするシンジ?」

「そうだね。ここまで言ってくれてるのに断るのもなんだし、一応ミサトさんに聞いてみようか?」

「ああそれなら…」

会長はポケットから折り畳んだ紙を取り出すと二人の目の前で開いた。

『ぜんっぜんOKよんっ! 頑張ってね(はぁと)』

ご丁寧にキスマークまでついている。

生徒会長も困惑気味だ。どうやら目の前で作成したと思われる。

「あんの女は〜!」

ぐっと拳を握りしめるアスカ。

「ミサトさんらしいや」

シンジも苦笑する。

「で、どうだろう? 引き受けてくれるかな?」

「いいよね、アスカ?」

「シンジがいいならいいわよ」

アスカに確認するとシンジはうなずく。

「わかりました。僕たちでよければ引き受けさせてもらいます」

会長の顔がぱっと明るくなる。

「ありがとう。そういってもらえると助かるよ。ところで実はもう一つお願いがあるんだが」

「何です?」

「どっちを会長にしてどっちを副会長にするか生徒会でもめてね。君たちで決めてくれないかい?」

申し訳なさそうに頭を下げる会長。こっちの方が難題らしい。

「どっちって…」

「言われてもねぇ…」

シンジとアスカは顔を見合わせた。

 

 

<2−A ロングホームルーム>

 

「…というわけで生徒会役員の立候補者を募る予定だったんだけど、先に決まっちゃったわけ」

ミサトがクラスに言った。

「もちろん、他に立候補したい人がいてもOKよ。洞木さんなんかどう?」

「え、わ、私は…」

慌てるヒカリ。

「ミサト先生。やっぱり委員長はクラス委員じゃないといかんですわ」

『うーん、その通りだ』

トウジの言葉に妙に納得するクラス一同。

「けだし名言ね」

「鈴原にしてはいいこと言うじゃない」

ミサトとアスカにほめられまんざらでもない顔のトウジ。

ヒカリも心持ちうれしそうである。

「それじゃ、鈴原君と渚君も一緒にどう?」

ミサトは別の案を出す。

「あかんあかん。わしには無理ですわ」

「ま、冷静な分析だな」

「ケンスケ、少しはフォローしょうとか思わんか?」

「事実だろ」

「そらそうや」

笑う二人とそれを笑うクラスメート。

マナは隣のカヲルに矛先を向けた。

「カヲルはどうなのよ?」

「二人の邪魔をするのは野暮というものだよ」

微笑むカヲル。代わりに手を挙げると予想外の発言をする。

「書記に山岸さんを推薦するというのはどうでしょうか?」

「あら悪くないわね。生徒会長と副会長をよく知ってるしフォローもしやすいわね」

「そうね。マユミもしっかりしてるから二人が忙しくても何とか切り盛りできるかも」

「あのミサトさん。僕たちまだ当選したってわけじゃ…」

「何言ってるのよシンジ。このアタシとシンジが立候補するのよ。能力、容姿、性格。

 どれをとってもパーフェクトなアタシ達に勝てる奴なんかいないわ!

 ま、選挙はあくまで建前ね」

断言するアスカにクラスが沸き上がりやんややんやと歓声が上がる。

「まあまあそれはそれとして、どう山岸さんやってみる?」

急に静まり返る教室。

「えっ? えっ?」

注目され慌てるマユミ。

「わ、私でなくてもマナさんとか…」

「あたしにはネルフに入るための勉強があるの。それこそ大学受験の比じゃないわ」

ひそひそ話す二人。

「でも、二人の足を引っ張るんじゃ…」

「アタシ達の本業を知ってるでしょ」

「山岸さんがやってくれると助かるよ」

追いつめられるマユミ。

「いいんじゃないか? やってみたら」

ケンスケがそう言うとシンジ達もうなずく。

「わ、わかりました。やってみます」

「おっしゃあ!!」

「きゃっ!」

いきなりミサトが叫んだため驚くマユミ。

「これで生徒会は私たち2−Aが牛耳ったわ!!」

『おーっ!!』

来年には2−Aでなくなっていることをあえて無視して盛り上がる一同。

「このうえは勝利を完璧にするために選挙運動よ!!」

「その件に関しては僕にお任せを」

ケンスケの眼鏡が光る。

「シンジくんとアスカの当選は揺るぎ無いわ!

 だからみんなで山岸さんを応援するのよ!!」

『おーっ!!』

「あの、そ、そこまでしていただかなくても」

「甘いわ山岸さん。これは戦争なのよ!」

「せ、せんそう、ですか?」

「戦うからには勝つ!!」

(…ミサトさんもたまってるんだなぁ)

シンジは保護者の心中を察して苦笑した。

 

 

ケンスケが指揮を執る宣伝工作部隊は尋常ではなかった。

3人それぞれ及び全員の写真入りポスターを学内の掲示板に貼りまくり3人を映したビデオディスクを回覧した。

しかも全て自費である。

だが、誰も感謝しようとはしなかった。

なぜなら、

「…こちら2−A後援会事務局。

 …ああポスターも映像ディスクもうちで管理している。

 …そうだ、ポスターは1枚500円。ディスクは1枚1000円だ。

 …高い?

 …別にいいんだぞ。他に扱っているところはないんだからな

 …わかればいい。ポスター、ディスクとも4種類だ。

 …ああ、ブツは選挙の後、引き渡す

 (プツッ)

 …く、くくくくく」

というわけである。

無論、賄賂工作はぬかりなくシンジのポスターは碇家の食卓にさえ飾られていた。

予約だけでもとんでもない額になっている。総売り上げはすごいことになるだろう。

笑いの止まらないケンスケだった。

一方のシンジとアスカといえば、

「…こっちがラグビー部でこっちがサッカー部」

「これは美術部でこっちは茶道部…うちにも茶道部なんてあったんだね」

二人の机は各部、愛好会、同好会からの贈り物で溢れていた。

通常の選挙と違い二人には当確印が3つ程、しかも花丸がついている。

そのため予算優遇、部活動への昇格などを願って賄賂攻勢が始まっていた。

もっとも主に運動部系がアスカ、文化部系がシンジと分かれており、その構成人員を考えると単に二人に会うのが目当てという気もしないでもない。

とはいえ野球部全員がアスカのまわりでわいわい騒ぎ、華道部全員がシンジのまわりできゃあきゃあ騒ぐといった様な事態が日々続くのでさすがの二人も参っていた、

「二人が恋人宣言しちゃったからなかなか近づけなかった分だけ反動が来てるんじゃないかしら?」

ヒカリが語る。

「せやな。惣流ににらまれるのが怖くてシンジに近寄れん奴らとかにはまたとない口実やろ」

トウジも語る。

「マユミはどうなの?」

マナがもう一人の当事者に尋ねた。

「ええ、こっちは全然。代わりに真剣に部活動について考えている人とかがいらっしゃって話していかれるんだけどとってもためになるわ」

「最後に勝つのはどの部か、だね。今回の選挙はみんな学ぶことが多いんじゃないかな?」

相変わらずカヲルは淡々としている。

「それで渚君は私を推薦したの?」

「さあね」

カヲルはいつものように微笑むだけだ。

「それにしてもあの二人にプレゼント攻勢なんてお金の無駄ね」

「アスカの場合逆に反感を買うわね、あれは。だいたいシンジ以外の男にプレゼントされても喜ぶわけ無いじゃない」

「おまけにシンジにプレゼントしとる女共は惣流ににらまれるって寸法や」

「碇君はどうなの?」

「シンジはたぶん全員に公平にって考えるでしょ」

「そうね。じゃアスカににらまれた分だけきくのね」

「じゃ、最後にものを言うのはなんや?」

「それは、ね」

カヲルがマユミを見る。一同の視線がマユミに集中する。

「な、なんでしょうかみなさん?」

思わずノートで顔をかばうマユミだった。

 

 

碇家食卓