「父さんが、アスカと、ですか?」
シンジも耳を疑った。
リツコはレイを寝かしつけている。
「ええ、そうよ。アスカが心配?」
「そんなこと無いですけど、ちょっと意外だったんで」
シンジは正直に言った。
「そうね。あの人はシンジくんとレイは気に掛けていたけどアスカに関しては無関心だったわね。あの人にとってアスカは単にエヴァのパイロットに過ぎなかったから」
「そうですね。アスカにとっても単にネルフの総司令というだったでしょうし」
「そこに何か変化が現れたと言う事よ」
「何かって何です?」
「さぁ? 少なくとも鍵はシンジくんね」
リツコは悪戯っぽく笑った。
「まずは君に謝らなければならない」
ゲンドウはそう切り出した。
「謝る?」
今日は本当に次々と驚かされる日だ。
「最終的に決断したのはシンジとはいえ第一支部への出向を提案したのは私だ。そのために君とシンジにつらい思いをさせた」
「い、いえ。もうすんだことです」
聞き慣れない口調に思わず丁寧に答えるアスカ。
(…これがあの外道な命令を出す総司令?)
「そしてもう一つ謝らなければならない。今から私は君の将来を決めるかも知れない話をする」
「私の…将来ですか?」
(…何を言う気よ、この親父。)
「そうだ。この話を聞けば君は自動的にいくつかの選択肢から選択をせざるを得ない。
それを避けるにはこれ以上話を聞かないことだが、もう君の好奇心は止められまい。
結果、君は選択することになる。そこへ追い込んでしまうことを謝りたい」
そういってゲンドウは頭を下げた。
「ちょ、ちょっとやめて下さい!」
誰に言っても信じてくれないだろう、アタシに碇司令が頭を下げたなんて。
「大事なお話だというのは十分わかりました。とにかくおうかがいします」
「そうか。では、話そう…これはシンジの将来の話だ」
この前加持に聞いが教えてもらえなかった話と察する。
「シンジのことだからまだ君に話していないだろう。それは先程述べた理由に寄るものだと理解してやってくれ」
「わかっています。シンジのことなら」
「そうか」
そういってゲンドウは口元をゆるめた。
(…え、今、碇司令笑った? 嘘!?)
「さて今言った件だが、シンジをアメリカに送った理由はいくつかある。まずは政治的なもの。次に初号機と引き離す事によりフォースインパクトが起こる危険性をしばらくおさえること」
「フォースインパクトが起きるの!?」
思わず叫ぶアスカ。
「ああ、シンジと初号機があれば起こすことは可能だ。だからネルフが完全な防備を取り戻すまでシンジをここに置いておくのは危険だったのだ」
「でも、シンジがさらわれでもしたら…」
「シンジには加持君をつけておいた。そして最初の話に関わってくるのだが…シンジには自分で自分の身を守れるよう鍛えさせた」
「………」
「実際、シンジに対する襲撃は20件を越えている。うち半数はシンジ自身が撃退した」
「!?」
「そして加持君とシンジが率いる部隊は既に10を越えるゼーレ関係の組織を潰している」
「あのシンジが…」
(…まさかそこまで)
愕然となるアスカ。
それを見てゲンドウが寂しそうに言った。
「シンジの手を血に染めさせたのはこの私だ。恨むなら私を恨んでくれ」
アスカはしばらく考え込んだ後首を左右に振った。
「でもそのおかげでシンジは無事に帰ってきてくれたんです」
「…そうか」
「では、本題に入る」
「はい」
アスカも姿勢を正し身構えた。
「単刀直入に言おう。シンジには私の後を継いでもらう」
「!?」
「すなわちネルフの総司令となりネルフを指揮するということだ」
(…シンジが、あのシンジがネルフの総司令!?)
「ゆえにシンジにはありとあらゆる教育を受けさせた。短期間であったがまずまずの成果をあげている。私が退く頃には十分につとまる様になっていることだろう」
「それで…」
(…ネルフの総司令。そんなの確かに生半可なことじゃつとまらないわね)
「これはネルフ内部でも最高機密に属する」
一時、総司令としての顔を取り戻しゲンドウが言った。
「了解しました」
アスカもパイロットとして答える。
「…さて、君にこんな話をしたのは一つ頼みがあるからだ」
「頼み?」
「…シンジが好きかね?」
ゲンドウは唐突に言った。
「え!?」
驚くアスカを手で制しゲンドウは続ける。
「ああすまない。君の気持ちは周知の事実だが確認しておきたかったのでね。
……人を愛するというのは素晴らしいことだ。
私も妻を愛していればこそここまでやってこれた……」
アスカは何も答えなかった。
これはゲンドウの独白だ。
妻というのはつまり…
「シンジは総司令の責務を果たすだろう。人の幸せが自分の幸せだと言ってな」
「………」
「だが、あいつは自分の幸せを忘れがちだ。時には自分のことを優先させるということを思い出させてくれる人物があいつの側にいてくれれば私も安心できる」
(…つまり、私にシンジの側にいてくれないかってことね。)
遠回しだがシンジを本当に愛しているのだとわかり初めてゲンドウに対するわだかまりが消えていくアスカ。
(…シンジと一緒で不器用なのね。当たり前か親子だし)
アスカは息を吸い込む。
「私はシンジが好きです…いえ、少なくとも自分では愛しているつもりです」
ゲンドウが視線をアスカに戻す。
そのままお互いの視線をぶつけ合う二人。
「私はシンジにずっとそばにいてもらいたいと思っています。だからシンジがネルフの総司令になるというなら私もネルフに残るまでです。あいつの幸せなんて知らないけど私は私の幸せを捨てるつもりはありませんから」
アスカのこれまた遠回しの言葉にゲンドウは…今度こそ本当に微笑んだ。
「…長いですね」
「…そうね、さすがに少し心配になってきたわ」
お茶を飲んでいたシンジとリツコも少しそわそわしてきた。
二人が消えてから既に30分以上経過している。
「ありがとう惣流君」
「お礼なんていりません。私は私のために決めたんです。それにお話を聞かせてもらってこっちこそ感謝しています」
「そうか」
ゲンドウは眼鏡を持ち上げると表情を改めた。
「君の処遇はエヴァのパイロットのままだ。それが全てに優先することに変わりはない。だが君の能力ならすぐにも作戦部、技術部のいずれかに入れるだろう。現状で何か希望はあるか?」
「いえ、今のところは」
「では、君の面倒はこれまで同様葛城君にお願いしよう」
「作戦部へ、ということですね」
「あくまで仮のことだ。もっとも、いずれ前線指揮官として従事してもらうことになるかもしれんがな」
「わかりました」
「ごくろうだった。さがっていい」
「はっ」
アスカは敬礼すると書斎を出て行こうとした。
「……一つ、宿題を与えておこう」
「え?」
「……今のシンジにはネルフの作戦部長は勤まらない。現在ネルフの作戦部長を任せられるのは私が知る限り葛城一佐だけだ」
「どういう…」
「よく考えることだ」
そう言ってニヤリと笑うゲンドウは皆の知るネルフの総司令の顔をしていた。
結局わけがわからないまま出ていくアスカ。
バタン
書斎のドアが閉じる。
ゲンドウは眼鏡を外すとデスクの上に置いた。
「……シンジ。いい娘と巡り会ったな」
居間の前でぐっと拳を握るアスカ。
「よし」
扉をあけ中に入る。
「さあシンジ寝よ寝よ」
「あらアスカ。遅かったわね」
「何の話だったの?」
興味津々な二人。
「ふふふ、気になる?」
「「うん(ええ)」」
「ヒ・ミ・ツ」
(…少しはお返ししてやらないとね。)
「…あらそう。ま、いいわ。じゃ、ごゆっくり」
そういうとリツコはあっさりと居間を出て行った。
もちろんこれからゲンドウを尋問するつもりである。
「アスカ?」
「さぁレイ、こんな奴は放って置いて寝ましょうね」
そういってリツコが敷いた布団にレイと一緒に潜り込む。
「ふにゃむにゃ」
半分寝ているレイは無意識にアスカにすり寄る。
「はやく電気消してよね」
シンジは追求を諦めた。
(…まぁ、怒ったり泣いたりしてるわけじゃないし、いいか。)
シンジは電気を消すと自分も布団に潜り込んだ。
「…シンジ」
アスカが呼ぶ。
「何だい?」
シンジは顔をアスカの方に向けた。
「…ずっと…一緒にいられたらいいね」
そういうとアスカは布団を頭までかぶった。
「………そうだね」
シンジは答えると目を閉じた。